報恩坊の怪しい偽作家!

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“大魔道師の弟子” 「夜行の旅」 

2016-03-27 11:35:13 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[3月11日23:40.天候:晴 JR新宿駅コンコース ???]

「いつまでも“呪い”に縛られることはないと思う。もう私達は人間を辞めたんだ。それなら、私達はもう少し前を見るべきだと思う」
 マリアンナの言葉に、感激するイリーナ。
「確かに、いつまでも“復讐”していたんじゃ、ラチが明かないと思いますよ。マリアさんの言う通りです」
 稲生も大きく頷いた。

 だが、物陰からそんなイリーナ組のやり取りを思いっ切り不快な顔で見ている者がいた。
「くく……!マリアンナの野郎……!裏切り者……!」

[同日同時刻 天候:晴 東京都江東区森下・ワンスターホテル エレーナ・マーロン]

 “宅急便”の仕事を終えたエレーナは自分が働いているホテルに戻ると、寝泊まりしている部屋へと入った。
「ふう、疲れた。明日からこっち仕事だし、もう寝るか」
 被っていた帽子を壁に掛けると、黒いブレザーを脱いだ。
 ふと机の上を見ると、水晶球がピカピカ光っていた。
 ケータイの着信と同じだ。
 何か着信があると、一部がピカピカ光る。
 エレーナは空を飛ぶ魔女であり、水晶球は基本連絡用にしか使わない。
「ん?何か来てる」
 エレーナは赤いリボンや黒いベストを脱ぎながら、水晶球に触った。
「……あぁ?」
 その内容を読んで、エレーナは怪訝な顔をした。
 そしてその水晶球へ語り、発信元へ返信した。
「あまり、勝手なことしない方がいいよ。稲生氏があのマリアンナの下に所属させられたのも、大師匠様の織り込み済みだと思うから」
 すると、すぐにまた返信がある。
『協力できないのなら、邪魔しないでくれ。邪魔したら、あんたも“自殺”してもらう』
『所詮、“狼”に食われたことの無いヤツには、私達の気持ちは分からない』
『裏切り者はコロス』
(……1人じゃないのか。マリアンナ、ちょっとヤバいかもね。いや、ヤバいのは稲生氏もか)
 部屋は地下にあるが、それでも専用のシャワーやトイレもある。
 一矢纏わぬ姿でシャワールームに入る。
 エレーナの体にも、銃痕がいくつも生々しく残っている。
 ダンテ一門に所属する魔女の大半は、人間時代に性的暴行を受け、マリアを始めとしてその体に痕が残されている。
 エレーナは残りの、きれいな体のままで魔女になったパターンだが、マリアとは別に“魔の者”に狙われ、アメリカンマフィアのボスに憑依した“魔の者”と戦った。
 こちらはマフィアの本部が入る超高層ビルごと叩き潰したことで、完全に“魔の者”から狙われなくなったが、代償は体に受けた銃撃の痕である。
 マフィアのボスだから、こちらも自己愛性人格障害者であろう。
 崩壊したビルの下敷きにさせるくらい徹底的に叩き潰さないと、“魔の者”に憑依された者からの魔の手からは逃れられない。
 『流血の惨を見る事、必至』なのである。
(さて、どうなることやら……)

[3月12日00:07.天候:晴 JR中央本線・臨時快速“ムーンライト信州”81号・1号車内 稲生、マリア、イリーナ]

 ホームに発車メロディが鳴り響く。
 同じ中央線内を走る通勤電車が10両、昼間の特急がやはりそのくらいの長さで運転されているのに対し、臨時夜行快速は6両と、こぢんまりとした編成だ。

〔9番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕

 電車はドアを閉めてゆっくりと発車した。
 そろそろ終電のことを考えなくてはならない時間帯であるが、金曜日の夜ということもあって、まだまだホームは賑わっていた。
 座席は在来線特急の車両が使われているので、リクライニングシート。
 但し、グリーン車は無い。
 稲生とマリアが隣り合って座り、その前にイリーナが1人で座っている。

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。「お待たせ致しました。今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は中央本線、大糸線直通の快速“ムーンライト”81号、白馬行きです。池袋駅で発生しました線路内人立ち入りにより、遅れております山手線の接続のため、この電車、約13分ほど遅れて発車を致しております。お急ぎのところ、大変ご迷惑さまです。これから先の停車駅と、主な駅の到着時刻をご案内致します。……」〕

「……ねぇ、ユウタ」
 車両は6号車の簡易リクライニングシート以外、座席がリニューアルされている。
 シートピッチが従来より広くなり、だいたい中距離電車のグリーン車並みくらいになった。
「はい?」
「東京の電車は、確か路線によって色分けされてるよね?」
「ええ。だから、さっき乗って来た埼京線は緑ですね。マリアさんの色ですよ」
 ダンテ一門は大師匠ダンテの趣味なのか不明だが、各魔道師ごとにシンボルカラーが与えられている。
 但し、見習には与えられない。
 強いて言うなら無色か。
 但し、与えられたから何といった感じで、マリアのようにブレザーの色を緑にしたりするくらいしかやることが無い。
 中には、与えられた色が何なのか分からないほどに黒色に染まったアナスタシア組のような集団もいる。
「その、遅れているという山手線は?」
「黄緑ですね」
「黄緑……。この中央線は?」
「更にどんな電車かにもよりますが、各駅停車は黄色、快速はオレンジ、特急や立川から先の中央本線は青ですね。それがどうかしましたか?」
「いや、何だろう?少し気になったものだから……」
「そうなんですか」

〔「……終点白馬には5時40分、終点の白馬には明朝5時40分、定刻に到着する予定です。電車は6両編成で運転致しております。……」〕

「全員、魔女さんなんですよね?今の色を持つ人達……」
「ああ。黄色はポーリン先生だし、青はエレーナなんだけど……。黄緑とオレンジは、ユウタも知らないだろう」
「あまり、色まで見ませんからねぇ……」
 稲生は首を傾げた。
「気をつけた方がいいと言った魔女の2人だよ。どうしてもユウタが男ということで、入門に断固反対していた奴らの中の2人だ」
「早く1人前になって、信頼を勝ち取らないといけませんね」
「あ、ああ……うん」
 マリアは前向きな稲生に頷いたが、
(いや、絶対そんなのんきな話じゃないと思う。エレーナが送って来たメッセージはこの関係か?)
 マリアが稲生を追い出してくれると思っていた強硬派である。
 しかしそれどころか、稲生に心を許したマリアに対し、物凄く不快に思っているというのにも気づいている。

〔「……次の停車駅は立川、立川です」〕

「ちょっと、寝る前に洗面所に行ってきます」
「ああ」
 稲生はデッキの洗面所に向かった。
 窓側に座るマリアは、まだ空いているイリーナの隣の席に移動した。
「師匠、師匠。エレーナのメッセージですが……」
 既に座席を倒してフードを被っているイリーナは爆睡しているかと思ったら、そうでもなかった。
「……ええ、分かってるわよ。今回、アタシが同行しているのは、正にエレーナのメッセージ通りの内容を警戒する為よ」
「ええっ?」
「さしものあのコ達も、アタシみたいなクラスのヤツが一緒だと手出しができないみたいだね」
「どうして“ウグイス”と“ヴァーミリオン”が?」
「……女の嫉妬ってのは怖いねぇ。私の予想だけど、人間時代、あなたが1番“狼”に食われたのに、さっさと自分だけ立ち直ってユウタ君と幸せになろうってのが気に入らないんじゃない?」
「そんな……!」
「とにかく、あいつらは何かの用事で日本に来ただけだと思うから、国際都市・東京から出てしまえば何もできないよ。あとは、ほとぼりが冷めるまで、屋敷でおとなしくしてるのがベストだと思うね」
「……私も顔を洗って来ます」
「あいよ、行っといで」
 マリアは困惑した顔を隠しきれないまま、デッキに向かった。
 デッキの洗面台に稲生の姿は無かったが、併設されたトイレが『使用中』になっているところを見ると、そこにいるのだろう。
 この列車のトイレは全て和式であり、マリアのようなヨーロッパ人には使いにくい。
(ダメだ……。そんなに器の小さい連中だったのか……)
 顔を洗って、マリアはそんなことを考えていた。
(いつまでも、傷の舐め合いだけじゃダメだ。それでは、いつまでも前に進めない……)

 電車は途中で先行の通勤電車を追い抜いたからなのか、グングン速度を上げ始めた。
 夜行列車だからダイヤはかなり余裕に取られているはずだが、そもそも10分以上も遅れて発車したものだから、回復運転をしようとしているのだろう。
 偶然であろうが、マリアの『前に進まなきゃ』という言葉に呼応するかのように、列車は速度を上げ始めた。

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