報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「トンネル工事現場事務所に到着」

2019-07-17 19:05:41 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[7月12日19:00.天候:雨 とある県境山中(逆女峠)・トンネル工事現場]

 私の名前は愛原学。
 都内で小さな探偵事務所を経営している。
 今日は仕事の依頼を受けて、東京から車で3時間走った所にある山あいの峠を訪ねた。
 この峠は冬期通行止めになる険しい峠で、既存の道路は先述の通り、貧弱なものであった。
 しかしながら物流や行楽の円滑化を図る為、新道並びに峠を穿つトンネルの工事が行われている。
 新道は順調に峠まで工事が進んだようだが、問題はトンネル。
 トンネルの長さは数キロにも及ぶ長大なものになるとのことだが、中間辺りで怪奇現象が多発するようになったという。
 例えばトンネルに入った作業員の数と出て来た作業員の数が合わないとか……。
 あとは幽霊の目撃例が多数発生しているとか、そんな感じだ。
 そんな調査を引き受ける探偵会社などあるわけもないが、そこを私達が引き受けたというわけだ。

 高橋:「先生、ナビだとそろそろですよ」
 愛原:「そうだな」

 オレンジ色のセンターラインが引かれた道路は舗装が古い。
 途中までは広くて新しいバイパスができていたのに、峠の手前で現道に強引に引き込まれてしまった。
 つまりトンネルが開通するまでは、この道も新しくできないのだろう。
 その峠も特にカーブの所でタイヤ痕が無数にあったり、ガードレールが壊れていたりとヒドい有り様だ。
 まるで廃道のようであるが、しかしトンネルが開通するまでは現道のはずなのだ。
 しかし、私達はこの峠に向かう道路に入ってから、ただの1度も対向車とすれ違うことは無かった。
 何故ならこの峠、名前を逆女峠(さかさおんなとうげ)という。
 何でも江戸時代、この峠の中間地点には一軒の宿屋があったそうだが、そこの女将というのが妖怪・逆さ女を正体とし、宿泊した旅人の男達を天井にぶら下がって物色してはその肉棒……もとい、肉を食らっていたという伝説がある。
 その後、逆さ女は旅の侍に返り討ちにされたものの死に切れず、再び復活して旅人を襲っていたが、今度は旅の僧侶に法華経の力を持って調伏され、ついにこの世から姿を消すことになったのだという。
 だとしたら、この峠の名前は逆さ女を退治した英雄たる僧侶の名前から取っても良さそうだが、その僧侶が固辞したか、或いはそれでも逆さ女による恐怖の方が勝っていたのかもしれない。
 で、この峠を越えると、あの霧生市になるのだ。
 後で知ったことだが、確かに私達が霧生市を訪れた時は大雨であった。
 この峠の先には川が流れているのだが、その川が大雨で増水し、老朽化していた橋が流されてしまったそうである。
 元々こちら側は大雨に警戒して道路が通行止めになっていたので、それによる被害は無かったのだが、不幸中の幸い、橋が流されたおかげでゾンビやクリーチャーが橋を渡って隣町までやってくることはなかったというわけだ。
 但し、足止めをされてしまった霧生市からの避難者はゾンビ達に捕まって食い殺されてしまったそうだが……。

 愛原:「! 高橋、あそこ!」

 私は左前方を指さした。
 舗装がいきなり真新しくなったかと思うと、現道は真っ直ぐ行くのに、それだけは左折するようになっている。
 恐らくそれがトンネルへのアクセス道路なのだろう。
 そこはバリケードがしてあったのだが、監視小屋からヘルメットを被った警備員が出て来た。

 警備員:「探偵の愛原様ですか?」
 愛原:「はい、愛原です」

 私が助手席から名刺を出すと、警備員は大きく頷いた。

 警備員:「監督から聞いております。この道を真っ直ぐ行かれまして、右側に工事事務所がありますので、そちらまでお願いします」
 愛原:「分かりました」

 そう言うと警備員は可動式のバリケードを退かしてくれた。

 愛原:「よし、行こう」
 高橋:「はい」

 私達は真新しい舗装の道路に足を踏み入れた。
 それまでは大型車同士がすれ違おうとすると減速しなければならないくらい狭い道路だったが、ここは白いセンターラインになっており、道幅も広くなっていた。
 大型車同士であっても余裕ですれ違えるほどだ。

 高橋:「先生、あのプレハブのことですかね?」
 愛原:「そうだろうな」

 入口にいた警備員の言う通り、右側に2階建てのプレハブ小屋がいくつか建っている箇所を見つけた。
 実際入口まで行くと、『妖伏寺トンネル(仮称)工事事務所』と書かれていた。
 ん?逆女峠に穿つトンネルだから、つい私は『逆女トンネル』という名前になるものと思っていたが、違うのだろうか?

 山辺:「愛原さんですか?」

 私達の車に気づいたのか、プレハブ小屋の1つから作業服姿の中年男性が現れた。
 年の頃は50歳くらい。
 頭のハゲた気のいいおっちゃんといった感じだ。

 愛原:「はい。東京から来た愛原です」
 山辺:「お待ちしてました。私、現場監督の山辺です」

 車を止めて降りると、雨が降り出して来た。

 愛原:「うわ、降って来た。やっぱり持たなかったか……」
 高橋:「しょうがないですよ。梅雨ですし……」
 山辺:「ん?このコは……?」

 山辺監督はリサに気づいて、不思議そうな顔をした。

 愛原:「ああ、すいません。これでもうちの事務所のコなんです。よくテレビなんかでも、少年探偵団とかいるでしょう?」

 私は取り繕うように笑ったが、山辺監督は不審そうだった。

 愛原:「とにかく、詳しいお話を伺いましょう」
 山辺:「どうぞ、中へ」

 山辺監督は私達を事務所の中へ通した。
 こういう所でも応接セットが用意された空間はあるもので、そこへ通された。

 山辺:「どうぞ。よろしかったら、一服でもしながら……」
 高橋:「ヘヘ、それじゃお言葉に甘えまして……」

 高橋は煙草に火を点けた。
 最近のレンタカーは禁煙車が多く取り扱われており、高橋が借りて来た車もそうだったので、車内ではタバコが吸えなかった。
 山辺監督も愛煙家なのか、やっぱりタバコに火を点けている。
 自分が吸いたいだけだったか、もしかして?
 リサはもちろん、私も禁煙者なので副流煙を吸い込むことになる。

 愛原:「俺は許可してないからな?w」
 高橋:「ああ゛っ!すす、すいませんっしたーっ!!」
 愛原:「別にいいよ」
 山辺:「面白いですね」
 愛原:「事務所じゃ、いつもこんな感じです。それで、仕事の話ですが、何でもお化けが出るとか……」
 山辺:「笑っちゃう話でしょう?でも、本当の話なんですよ」
 愛原:「分かります。特にこの辺は、あの山を越えれば、あの霧生市ですからね。町から出ようとして豪快に挫折した化け物が潜んでいてもおかしくはありません」
 山辺:「やっぱりそうですか。何でも愛原さんは、その霧生市が化け物だらけだった所から見事に生還されたとか……」
 愛原:「そうです。いや、あれは地獄でしたよ」

 日蓮正宗では現世は地獄界ではないという。
 しかし、私はこの現世も八大地獄とまでは行かなくても、それらに付随するとされる十六小地獄のいずれではないかと思っている。

 愛原:「それにても、逆女峠……でしたっけ?その迂回トンネルの工事なのに、名前が何とかというお寺から取っているみたいですが……」
 山辺:「ええ。位置的には、逆女峠からはだいぶ離れています。愛原さん方は、この峠に来られる際、麓にお寺があったのを覚えてますか?」
 愛原:「あ、そういえばあったような……。そのお寺の名前から取ったわけですか」
 山辺:「ええ。あの峠には逆さ女という人喰い妖怪がいたそうなんですが、それを退治した旅のお坊さんがいたそうです。喜んだ村人達が、そのお坊さんの為にお寺を建立して寄進したそうです。そのお寺の名前というのが、『怪を調してくれたお坊さんのいる』という意味で、『妖伏寺』という名前になったそうです」
 愛原:「へえ……」

 とはいえ、私達はその江戸時代のお坊さんみたいに神通力は持っていないので、妖怪(クリーチャー)退治のヒントにはならなさそうだな。
 もっとも、逆さ女とは私と高橋は一戦交えている。
 もちろん、江戸時代に現れたという妖怪としての逆さ女とはだいぶ毛色は違うだろうが、しかし天井からぶら下がって人間を食らうという化け物女という点においては一致している。
 それがあのトンネルの中にも出るというのなら、少し厄介だな。
 私は山辺監督からの話を聞きながらそう考えていた。
 
コメント (1)
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