[5月12日18:00.天候:晴 東京都江東区森下 ワンスターホテル1Fロビー]
エレベーターから降りて来た鈴木は、スーツに着替えていた。
エレーナ:「鈴木氏、それは?」
鈴木:「明日、御講に着て行くスーツだよ。デートにも、ちょうどいいでしょう?」
エレーナ:「はあ?」
エレーナはフロント係の仕事から外れた為、黒いベストを脱いでいた。
白いブラウスに青いリボン、黒いブリーツスカートというシンプルな恰好である。
首に着けているリボンだけ青いのは、契約悪魔“マモン”のシンボルカラーに合わせているからだ。
ゴエティア系の悪魔がほぼ黒で統一されているのに対し、キリスト教系“7つの大罪の悪魔”に関しては、実にカラフルなシンボルカラーを持っていたりする。
稲生が、「東京の鉄道のラインカラー」と揶揄するほどだ。
鈴木:「シンプルなファッションの中、そのリボンのカラーがいいアクセントを出してるね」
エレーナ:「ああ、これ?私はあまり好きな色じゃないんだけど、マモンがこの色が好きでね」
エレーナがチラッとフロントの方を見ると、オーナーの横で売り上げ計算をしているマモンの姿があった。
時折、パチパチとソロバンを弾く音が聞こえる。
鈴木:「……なんで西洋の悪魔がソロバン弾いてるの?」
エレーナ:「さあ、何でかな……」
エレーナは肩を竦めながら、さっさとレストランの方に行こうとした。
と、そこで急に足を止めた。
エレーナ:「鈴木氏!あなた、悪魔の姿が見えるの!?」
鈴木:「ええっ?見えちゃダメなヤツだったの!?」
キリスト教では有名な7人の悪魔。
高級悪魔なだけに、人間の姿に化けている時は、とてもシックな恰好だ。
マリアのベルフェゴールは、いかにも英国紳士といった感じの姿をしている。
ここのマモンは、高級ホテルのフロント主任といった格好をしていた。
オーナーもパリッとした恰好はしているのだが、それより高級感を感じさせる。
が、それが客の前で金勘定して、しかもそれにソロバンを使っているのだから、どこか滑稽だ。
エレーナ:「あなた、少しずつ霊力強くなってない?」
鈴木:「そうかなぁ?特にここ最近、幽霊が見えたりすることは無いけど……」
エレーナ:「この前、痴漢の幽霊を倒しただろう?」
鈴木:「いやあ、この御開眼済みの御数珠ってよく効くねぇ……。効かなかったらどうしようかと思った」
エレーナ:「いや、そういう問題じゃ……」
鈴木:「とにかく、行こうよ」
鈴木はエレーナの手を引っ張って、レストランまで行った。
エレーナは、それを振り解こうとはしなかった。
別に好意ではなく、それを忘れてしまうほどに、鈴木からは不思議な感じがしたからだ。
キャサリン:「いらっしゃい。エレーナがここに来るのも珍しいけど、男の人を連れて来るのも珍しいわね」
鈴木:「彼女の『彼女希望者』です!」
キャサリン:「魔道師を口説こうとするなんて、なかなか度胸のある男性ね」
鈴木:「稲生先輩や、稲生先輩のお従兄さんの例もありますから」
キャサリン:「ああ、そうだ。ウラジオストクに行ったナディアは元気にしてるかしら?」
エレーナ:「元気にしてるみたいですよ」
キャサリン:「そう。ウラジオストクにはここ何年も行ってないから、懐かしいねぇ」
エレーナ:「キャシーさん、それより注文を……」
キャサリン:「ああ、そうね。ご注文は?」
鈴木:「お酒は飲める?」
エレーナ:「飲めるけど、またこの後仕事だから、今日は飲めないよ」
鈴木:「それじゃ、このノンアルコールビールを1つ。僕には普通のビールを」
キャサリン:「かしこまりました」
エレーナ:「『取りあえずビール』か」
鈴木:「そういうこと。あ、ここは俺が出すからね。オーナーさんが出してくれるというキミの夕食代は、そのままポケットに入れちゃえばいいよ」
エレーナ:「マジで!?助かるー!」
鈴木:「食事は……あのオススメでいいかな?」
鈴木が目を付けたのは……。
鈴木:「『3種のハーブを和えたチキンソテー』なんか美味しそう」
エレーナ:「そうだね」
鈴木:「すいませーん!」
鈴木が料理を注文している間、エレーナは小さく書かれた使用ハーブの内訳を読んでみた。
エレーナ:(グリーンハーブにレッドハーブ……ブルーハーブ……。はーん……、さては魔法薬の調合で結局使わなかったハーブ使ってるな……)
エレーナはニヤッと笑って厨房の方を見た。
鈴木:「おっ、ビール来た、ビール。……エレーナ、なにニヤニヤしてるの?」
エレーナ:「いや、何でもない」
鈴木:「ノンアルコールだけど、ビールだよ」
エレーナ:「どうも」
鈴木にノンアルコールビールを注いでもらうエレーナ。
エレーナは、鈴木に普通のビールを注いだ。
鈴木:「えっ、注いでくれるの?」
エレーナ:「御馳走してくれるって言うんだから、取りあえずお礼ってことで」
鈴木:「いやあ、嬉しいなぁ。顕正会にいた頃は、そもそもこうやって女性と食事する機会すら無くてねぇ……」
エレーナ:「それはそれは」
鈴木:「それじゃ、カンパーイ!」
エレーナ:「乾杯」
エレーナはビールの味がするだけの炭酸飲料を飲んだ。
エレーナ:「稲生氏も類稀なる霊力を持っていた。だけどそれは、生まれ持ってきたもの。前世は高僧だったらしい。だけど、あなたは違う。あなたは後天的に霊力が強くなっただけだ。それはどうしてだ?」
鈴木:「それは俺にも分からないな。特別なことと言ったら、日蓮大聖人の仏法をやっていることくらいだけど……」
エレーナ:「それで霊力が付くの?」
鈴木:「いや、分かんない。そんな自覚、無いしね。エレーナも入信してやってみる?」
エレーナ:「いや、いいよ。ただ、オタク狩りに遭っていたあなたと、痴漢の幽霊を撃退したあなたが、まるで別人のように思えたからさ」
鈴木:「オレも稲生先輩のマネをしてみたって所かな。でもね、俺は嬉しいんだ」
エレーナ:「嬉しい?」
鈴木:「日蓮正宗法華講員数十万人の中には、不思議体験とも思える功徳の体験をしている人達も結構いるんだけど、俺や稲生先輩のパターンはその中でも極端な体験をしているんじゃないかってさ」
エレーナ:「そりゃ、仏教徒と掛け持ちしている魔道師なんて、うちの門内には稲生氏以外いないね」
鈴木:「もちろん俺は、そのダンテ一門とやらに入っているわけじゃないし、入門希望しても断られるだろう」
エレーナ:「少なくとも、私はスカウトしたいとは思わないね。それに、こういう魔道師の世界は、自ら志願して入るパターンはまず無いと思った方がいい。私だって今の先生にスカウトされて入ったわけだし、稲生氏もそうさ」
鈴木:「まるで旧ソ連のKGBみたいだね」
エレーナ:「確かに」
鈴木:「プーチン大統領は元KGBスパイの出自で有名だけど、KGBには大卒後、スカウトされて入ったらしいね」
エレーナ:「ダンテ一門の場合、学歴は全く関係無いから。私も、元々はストリートチルドレン(浮浪児)だったから」
鈴木:「そうだったのか……」
そんなことを話しているうち、注文したものが運ばれて来た。
鈴木:「バジルとはまた違う匂いだなぁ」
エレーナ:「魔法料理だもの。そんじょそこらの葉っぱは使ってないからね」
鈴木:「こうして魔法使いと知り合えたのも、俺にとっては大きな功徳さ。きっと俺の人生も、それで変われそうな気がするんだ」
エレーナ:「魔法で人生を変えるの、あまりオススメしないよ?」
鈴木:「違う。別に、俺が魔法を使いたいとか、そういうんじゃないんだ。一介の人間が、魔法使いと知り合えるなんて、そうそう無いことだぞ」
エレーナ:「それはまあね」
この後、鈴木はとんでもないことを言った。
それは、【お察しください】。
エレベーターから降りて来た鈴木は、スーツに着替えていた。
エレーナ:「鈴木氏、それは?」
鈴木:「明日、御講に着て行くスーツだよ。デートにも、ちょうどいいでしょう?」
エレーナ:「はあ?」
エレーナはフロント係の仕事から外れた為、黒いベストを脱いでいた。
白いブラウスに青いリボン、黒いブリーツスカートというシンプルな恰好である。
首に着けているリボンだけ青いのは、契約悪魔“マモン”のシンボルカラーに合わせているからだ。
ゴエティア系の悪魔がほぼ黒で統一されているのに対し、キリスト教系“7つの大罪の悪魔”に関しては、実にカラフルなシンボルカラーを持っていたりする。
稲生が、「東京の鉄道のラインカラー」と揶揄するほどだ。
鈴木:「シンプルなファッションの中、そのリボンのカラーがいいアクセントを出してるね」
エレーナ:「ああ、これ?私はあまり好きな色じゃないんだけど、マモンがこの色が好きでね」
エレーナがチラッとフロントの方を見ると、オーナーの横で売り上げ計算をしているマモンの姿があった。
時折、パチパチとソロバンを弾く音が聞こえる。
鈴木:「……なんで西洋の悪魔がソロバン弾いてるの?」
エレーナ:「さあ、何でかな……」
エレーナは肩を竦めながら、さっさとレストランの方に行こうとした。
と、そこで急に足を止めた。
エレーナ:「鈴木氏!あなた、悪魔の姿が見えるの!?」
鈴木:「ええっ?見えちゃダメなヤツだったの!?」
キリスト教では有名な7人の悪魔。
高級悪魔なだけに、人間の姿に化けている時は、とてもシックな恰好だ。
マリアのベルフェゴールは、いかにも英国紳士といった感じの姿をしている。
ここのマモンは、高級ホテルのフロント主任といった格好をしていた。
オーナーもパリッとした恰好はしているのだが、それより高級感を感じさせる。
が、それが客の前で金勘定して、しかもそれにソロバンを使っているのだから、どこか滑稽だ。
エレーナ:「あなた、少しずつ霊力強くなってない?」
鈴木:「そうかなぁ?特にここ最近、幽霊が見えたりすることは無いけど……」
エレーナ:「この前、痴漢の幽霊を倒しただろう?」
鈴木:「いやあ、この御開眼済みの御数珠ってよく効くねぇ……。効かなかったらどうしようかと思った」
エレーナ:「いや、そういう問題じゃ……」
鈴木:「とにかく、行こうよ」
鈴木はエレーナの手を引っ張って、レストランまで行った。
エレーナは、それを振り解こうとはしなかった。
別に好意ではなく、それを忘れてしまうほどに、鈴木からは不思議な感じがしたからだ。
キャサリン:「いらっしゃい。エレーナがここに来るのも珍しいけど、男の人を連れて来るのも珍しいわね」
鈴木:「彼女の『彼女希望者』です!」
キャサリン:「魔道師を口説こうとするなんて、なかなか度胸のある男性ね」
鈴木:「稲生先輩や、稲生先輩のお従兄さんの例もありますから」
キャサリン:「ああ、そうだ。ウラジオストクに行ったナディアは元気にしてるかしら?」
エレーナ:「元気にしてるみたいですよ」
キャサリン:「そう。ウラジオストクにはここ何年も行ってないから、懐かしいねぇ」
エレーナ:「キャシーさん、それより注文を……」
キャサリン:「ああ、そうね。ご注文は?」
鈴木:「お酒は飲める?」
エレーナ:「飲めるけど、またこの後仕事だから、今日は飲めないよ」
鈴木:「それじゃ、このノンアルコールビールを1つ。僕には普通のビールを」
キャサリン:「かしこまりました」
エレーナ:「『取りあえずビール』か」
鈴木:「そういうこと。あ、ここは俺が出すからね。オーナーさんが出してくれるというキミの夕食代は、そのままポケットに入れちゃえばいいよ」
エレーナ:「マジで!?助かるー!」
鈴木:「食事は……あのオススメでいいかな?」
鈴木が目を付けたのは……。
鈴木:「『3種のハーブを和えたチキンソテー』なんか美味しそう」
エレーナ:「そうだね」
鈴木:「すいませーん!」
鈴木が料理を注文している間、エレーナは小さく書かれた使用ハーブの内訳を読んでみた。
エレーナ:(グリーンハーブにレッドハーブ……ブルーハーブ……。はーん……、さては魔法薬の調合で結局使わなかったハーブ使ってるな……)
エレーナはニヤッと笑って厨房の方を見た。
鈴木:「おっ、ビール来た、ビール。……エレーナ、なにニヤニヤしてるの?」
エレーナ:「いや、何でもない」
鈴木:「ノンアルコールだけど、ビールだよ」
エレーナ:「どうも」
鈴木にノンアルコールビールを注いでもらうエレーナ。
エレーナは、鈴木に普通のビールを注いだ。
鈴木:「えっ、注いでくれるの?」
エレーナ:「御馳走してくれるって言うんだから、取りあえずお礼ってことで」
鈴木:「いやあ、嬉しいなぁ。顕正会にいた頃は、そもそもこうやって女性と食事する機会すら無くてねぇ……」
エレーナ:「それはそれは」
鈴木:「それじゃ、カンパーイ!」
エレーナ:「乾杯」
エレーナはビールの味がするだけの炭酸飲料を飲んだ。
エレーナ:「稲生氏も類稀なる霊力を持っていた。だけどそれは、生まれ持ってきたもの。前世は高僧だったらしい。だけど、あなたは違う。あなたは後天的に霊力が強くなっただけだ。それはどうしてだ?」
鈴木:「それは俺にも分からないな。特別なことと言ったら、日蓮大聖人の仏法をやっていることくらいだけど……」
エレーナ:「それで霊力が付くの?」
鈴木:「いや、分かんない。そんな自覚、無いしね。エレーナも入信してやってみる?」
エレーナ:「いや、いいよ。ただ、オタク狩りに遭っていたあなたと、痴漢の幽霊を撃退したあなたが、まるで別人のように思えたからさ」
鈴木:「オレも稲生先輩のマネをしてみたって所かな。でもね、俺は嬉しいんだ」
エレーナ:「嬉しい?」
鈴木:「日蓮正宗法華講員数十万人の中には、不思議体験とも思える功徳の体験をしている人達も結構いるんだけど、俺や稲生先輩のパターンはその中でも極端な体験をしているんじゃないかってさ」
エレーナ:「そりゃ、仏教徒と掛け持ちしている魔道師なんて、うちの門内には稲生氏以外いないね」
鈴木:「もちろん俺は、そのダンテ一門とやらに入っているわけじゃないし、入門希望しても断られるだろう」
エレーナ:「少なくとも、私はスカウトしたいとは思わないね。それに、こういう魔道師の世界は、自ら志願して入るパターンはまず無いと思った方がいい。私だって今の先生にスカウトされて入ったわけだし、稲生氏もそうさ」
鈴木:「まるで旧ソ連のKGBみたいだね」
エレーナ:「確かに」
鈴木:「プーチン大統領は元KGBスパイの出自で有名だけど、KGBには大卒後、スカウトされて入ったらしいね」
エレーナ:「ダンテ一門の場合、学歴は全く関係無いから。私も、元々はストリートチルドレン(浮浪児)だったから」
鈴木:「そうだったのか……」
そんなことを話しているうち、注文したものが運ばれて来た。
鈴木:「バジルとはまた違う匂いだなぁ」
エレーナ:「魔法料理だもの。そんじょそこらの葉っぱは使ってないからね」
鈴木:「こうして魔法使いと知り合えたのも、俺にとっては大きな功徳さ。きっと俺の人生も、それで変われそうな気がするんだ」
エレーナ:「魔法で人生を変えるの、あまりオススメしないよ?」
鈴木:「違う。別に、俺が魔法を使いたいとか、そういうんじゃないんだ。一介の人間が、魔法使いと知り合えるなんて、そうそう無いことだぞ」
エレーナ:「それはまあね」
この後、鈴木はとんでもないことを言った。
それは、【お察しください】。