報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“Gynoid Multitype Cindy” 「ロボット未来科学館・オープン2日目」 2

2016-04-30 21:44:09 | アンドロイドマスターシリーズ
[4月2日17:00.天候:晴 埼玉県さいたま市西区・ロボット未来科学館]

 閉館時間になり、ぞろぞろと来館者が退館していく。
「ご来館、ありがとうございましたー」
 シンディは他の人間のスタッフに交じってエントランス前に立ち、来館者を見送った。
「こんな大きな美人さんが、まさかロイドとはねー。残念だよ」
 中年男性が退館間際、シンディにそう言った。
「よく言われます。ありがとうございます」
 シンディは両手を前に組み、にこやかな顔で返した。
 既に前期型の頃の悪行について、一部の来館者には知られていたが、それを咎めてくる者はいなかった。
 シンディの存在自体が突拍子も無いので、一般の来館者には分からないのだろう。
 一応、公式な説明として、悪行に悪行を重ねたシンディは既にその前期型は廃棄処分としている。
 後期型は真っ新なもので、まだ血に染まっていない。
 メモリーは従来通りだが、あえて悪行を重ねていた頃の“記憶”を残させることで、贖罪を続けさせるというものだ。
 それはエミリーも同じ。
 エミリーの場合は日本に来てからの悪行はしていない為(旧ソ連時代の粛清のみ)、シンディより罪は軽いと思われている。
「館内ゼロでーす!」
 人間の警備員が来館者の全員退館を確認した。
 駐車場にはまだ何台か来館者の車が残っていたが、それは駐車場担当の警備員が対応することになっている。
「お疲れさまでした」
 シンディは人間のスタッフ達に頭を下げると、バックヤードに戻った。

「今日はお疲れさまでした。また明日も、よろしくお願い致します」
 井辺は控え室にいるMEGAbyte達を労った。
「お安い御用です」
「明日も歌えるなんて、ありがたいです」
「はい、頑張ります!」
「本日は、この研究所に泊まって頂きます。整備はここの研究スタッフの方が行ってくれますので、ご安心ください」
「プロデューサーもここに泊まるの?」
 と、Lilyが効いた。
「いえ……。あいにくと、ここには人間の宿泊設備がありません。私は大宮区内のホテルに一泊することになっています」
 敷島も続ける。
「井辺君の実家は岩槻だから、実家に泊まっちゃえばいいのにさ」
「確かに経費としては安上がりです。ですが、西区と岩槻区は離れています。何かあった時のことを考えて、なるべくこの科学館に近い所で寝泊まりしたいと思います」
 それでも大宮区まで出ないと、ホテルが無いという……。
 もっとも、平賀達が泊まったような高級ホテルではなく、ビジネスホテルなのだが。
 その平賀一家は今、東京に出ていて、宿泊先もそちらに移している。
 当然、一家の世話役兼護衛のエミリーもそっちに行っており、今日と明日は科学館にいない。
 今日は平賀が客員教授を務める大学に行き、そこで特別講義を行っているはずだ。
 ちょうどエミリーが同行していることもあり、実際にエミリーの体を開いて、中を見せるというのもすると言っていた。
「じゃあ井辺君、帰ろうか」
「社長、奥様は……?」
「あいつは残業してから帰るから、心配無いよ。キミのホテルまで送って、ついでに夕飯でも食うか。んで、また俺は科学館に戻る。すると、不思議とアリスが残業を終えて、帰ろうとしている頃なんだな」
「そんな良過ぎるタイミングですか」
 普段はそんなに表情を変えない井辺も、少し驚いてみせた。

(表情をそんなに変えないところは、エミリーそっくりね)
 シンディは敷島の車に乗り込みながらそう思った。
 敷島のハイブリッドカーに乗り込む井辺。
 オーナードライバーの場合は、助手席が2番目になるわけだが、そこにあえてシンディが座った。
 社内での立場は、社長秘書というシンディの方が上だったりする。
 尚、だからといってそのヒエラルキーは厳しいものではない。
 KR団やそれに準ずる考え方の人間から見れば、それは批判対象になるからだ。
「じゃあ、行くか。スーパーホテルだったな」
「はい。申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
「あいよ」
 敷島は車を発進させた。
 シンディが助手席に座った理由は、もう1つあった。
「♪〜」
 ここでシンディが自分のバッテリーを充電する。
 アルエットなどの最新機になれば、燃料電池を搭載しているので、そんなに充電を気にする必要は無いのだが。
「小さい仕事ではあるけれど、ちょくちょく声が掛かるようになった。さすがだな、井辺君?」
 敷島はハンドルを握りながら、ミラー越しに井辺を見た。
「ありがとうございます。社長」
「こりゃ、メジャー化も近いぞ」
「はい。結月さんではないですが、もっと頑張りたいと思います」
「違う違う。実はさ、西山館長がデイライトさん本社からの派遣だって知ってるだろう?」
「はい」
 日本法人ではなく、本場アメリカの本社である。
 本社直轄の研究所勤務だった。
「その館長がMEGAbyteをベタ褒めしていたんだ。デイライトさん本社に話が行ったら、こりゃいきなりミク達を追い越して海外デビューの話なんかになったりしてな」
「それなら……!」
 井辺は少し身を乗り出した。
 シートベルトが井辺の体を押さえ込もうとするくらいの勢いだった。
「私は英語力に自信がありますし、Lilyさんも英語への言語機能切り替えが可能です。いつでも海外デビューでしたら……」
「はははは!あくまで、夢の話だよ。現実的に有り得る話としては、デイライトさんやその関連会社からのCM契約とかの話はあるかもな」
 するとそこへ、シンディが割って入った。
「でも社長、それって結局、考えようによっては海外デビューみたいなものなんじゃないの?」
「ん?」
「いくら日本法人といっても、結局は外資系企業なんだから、そこから仕事が来るってことは、実質的な海外デビューみたいなものじゃない?」
「んん?そうか?」
 敷島は海外デビューというと、本当に外国に行って仕事をするイメージであったが……。
 外資系企業から仕事をもらったというだけでも、海外デビューと言って良いのだろうか?
「井辺君はどう思う?」
「えっ?いや……私は、その……。やはり日本法人だけでなく、本場アメリカ本社から仕事の依頼があって、そこで初めて海外デビューという気がしますが……」
「やっぱりなぁ……」
「まだメジャー化は、当分先の話になるかしらね?」
「申し訳ありません」
「いや、いいよ。メジャーという名の階段の駆け上りは危険だ。階段というのは、一歩ずつゆっくり登ってこそ安全なんだ」
「はっ!メモしておきます!」
 井辺は手持ちの手帳に、今の敷島の明言(?)をメモした。
「本当に真面目なプロデューサーさんね」
 シンディはクックッと笑った。
「それでいいんだよ。俺の人を見る目、いいもんだろう?」
「まあ、そうね」

 敷島の車は、街灯の明かりしかない道路を夜景の輝く大宮区へと走って行った。
コメント (3)
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