[期日不明 時刻不明 天候:曇 日本国内のどこかにあると思われる洋館・スイートルーム 井辺翔太]
「……!?」
屋敷の奥へ続くドアを開けようとした井辺の背後に、それまで無かった人の気配が現れた。
振り向くと、そこにいたのは若い女性。
薄紫色だか淡いピンク色の髪をしており、それは一瞬、巡音ルカを思い浮かばせたが、全く違う。
右目が前髪によって隠れている。
身長は井辺より少し低いくらい。
マルチタイプ1号機、3号機より若干低い程度だから170cm〜175cmの間といったところか。
井辺を無表情、無言で見つめている。
「あ、あの……!」
井辺が口を開きかけた時だった。
薄紫色の唇が動いた。
「……お召替えで・ございます……お客様……」
ベッドの上に、スーツが置かれた。
「ど、どうも……。あ、いや、そうじゃなくて……。ここはどこですか?あなたは誰ですか?私はどうしてここに?」
井辺が狼狽を隠しきれないで、質問を矢継ぎ早に行う。
女性はそんな井辺に対し、薄笑いを浮かべた。
「……私は・この・お屋敷で・お客様の・お世話係を・務めさせて・頂きます・ダニエラと・申します」
「! あなたは人間ではないのですか!?」
喋り方がエミリーにそっくりであった。
よく見ると、ダニエラと名乗る女性が着ている服は、エミリーやシンディが着ている服とよく似ていた。
深緑色をしているが、その上にメイドとしてなのか白いエプロンを着けている。
メイドロイドなのか、それとも……マルチタイプ?
ダニエラは薄笑いに更に歯を見せるだけの、不気味な笑みを浮かべて、井辺が開けようとしたドアを開けた。
ピッピッ!という電子音がして、ガチャとドアが開く。
見た目は古めかしいドアだが、実は電子ロックになっていた!
ダニエラがそれに触っただけで開いたのだから、やはりダニエラはロイドなのか。
「……イエス、マスター。お客様には・しばし・この・お部屋で・おくつろぎ・頂きます」
ダニエラは白人の老紳士の絵画に向かって、深々とお辞儀をした。
「あの肖像画は、あなたの……この屋敷のオーナーさんなのですか?」
しかし井辺の質問に答えることなく、ドアがパタンと閉まった。
「あっ、ちょっと!」
井辺はドアを開けた。
……どうやら、ロックが外れた状態にはなったようだ。
「……いない」
廊下は石造りで、地下牢ほどではないが薄暗く、やっぱり不気味な雰囲気だ。
「……とにかく、着替えよう」
ダニエラがベッドの上に置いて行ったスーツは、井辺が着ていた物に似てはいたが、どことなく違った。
だが、まるで新品のようにきれいではある。
まるでオーダーメイド紳士服店であつらえたかのようにサイズはピッタリで、ネクタイもちゃんとあった。
クールビズの時期ではあるが、芸能プロデューサーはそれでもノーネクタイでいることは少ない。
服装には自由な業界というイメージがあるのだが、それは芸能界でも一部の業種だけで、プロデューサーはそうではなかった。
「一体、何が何だか……あっ?」
井辺の頭にフラッシュバックのようなものが蘇る。
それは……。
[9月18日11:30.東京都墨田区・敷島エージェンシー 敷島孝夫&初音ミク]
記者会見を終えた敷島はその足で帰社した。
そして社長室に入ると、MEGAbyteが記録していた映像を確認した。
ロイド達には、常に自分が“見ている”光景をメモリーに“記憶”して残すようになっている。
MEGAbyteの3人のものは共通して、新宿区の現場から井辺がタクシーで池袋のMEIKOの所に行こうとタクシーに乗ったところで終わっていた。
つまり、ここが井辺の足取りが確認できた最後の瞬間なわけである。
警察の捜査でこの時、井辺を乗せた個人タクシーが偽タクシーであることが判明している。
東京の個人タクシーはシンプルな塗装であるし、車種も市販の車を使えば良い。
緑ナンバーも屋根の上の提灯の表示灯も偽造であった。
明らかに井辺を狙った犯行である。
だが犯行声明、例えば身代金やその他要求などは、今のところ敷島の所にも井辺の実家にも来ていない。
「俺が……『もう1つの仕事』なんかしているから、井辺君を巻き込んでしまったのか……」
「そんなことないですよ、たかお……社長」
「ミク!真っ直ぐ帰って来たのか!」
「えへへ……。ディレクターさん達が『ちょっとお話を』と誘ってくれたんですけど、断っちゃいました」
ミクは午前中、テレビの収録があった。
「井辺……プロデューサーさんは、逆にたかお社長の『もう1つのお仕事』を誇りに思ってましたよ」
「えっ?」
「プロデューサーさん、実は知らなかったとはいえ、KR団と関わってしまったことを悩んでいたんです」
「レイチェルのことか」
井辺が敷島エージェンシーに入社する前、アメリカ旅行中に人間のフリをしたレイチェルに騙され、テロ犯行のカモフラージュ役をやらされたことがある。
まさか、日本人がテロに加担するとは思われないからだ。
「『せめて自分ができることは、社長の“もう1つの仕事”に協力することだ』と仰ってました」
「しかし……結局は、こうして危ない目に遭わせてしまっている……。俺の責任だ……」
「いいえ。逆に、たかお社長が一手に“もう1つの仕事”をしているおかげで、プロデューサーさんは逆にプロデューサーの仕事ができると喜んでいました。だからこそ、『全面的に協力しなくては』と仰っていましたよ」
「ありがたいことだが……。よし、分かった。何とか、ロボット・テロ対策と捜査協力というもう1つの仕事で培ったノウハウを駆使してみるか。マルチタイプの追跡機能を使用しようと思うが、所詮そこはGPSだからな、それは正直役に立つとは思えない」
「他に研究所は無いんですか?」
「研究所?」
「わたし達と同じく、ロイドの開発・研究をしている所です。そういう所に、協力してもらうという手は使えませんか?」
「……なるほど。今のところ警察は警視庁管内……つまり、東京都内だけだ。他県に連れ去られたとなったら、確かにまだ分からないな。で、ロボット・テロ組織の犯行であると考えると……ってか。よし、アリスや平賀先生に連絡してみよう!」
敷島は机の上の電話機を取った。
「早くしないと、『ボカロ・フェス』が……」
「!」
敷島はミクの言葉に、反射的にカレンダーを見た。
井辺が担当するMEGAbyteも出演が決まっている、ボーカロイド専門の大きなライブ。
それまでには何とか救出を考える敷島だった。
「あ、もしもし、アリスか?ちょっと頼みがあるんだが……」
「……!?」
屋敷の奥へ続くドアを開けようとした井辺の背後に、それまで無かった人の気配が現れた。
振り向くと、そこにいたのは若い女性。
薄紫色だか淡いピンク色の髪をしており、それは一瞬、巡音ルカを思い浮かばせたが、全く違う。
右目が前髪によって隠れている。
身長は井辺より少し低いくらい。
マルチタイプ1号機、3号機より若干低い程度だから170cm〜175cmの間といったところか。
井辺を無表情、無言で見つめている。
「あ、あの……!」
井辺が口を開きかけた時だった。
薄紫色の唇が動いた。
「……お召替えで・ございます……お客様……」
ベッドの上に、スーツが置かれた。
「ど、どうも……。あ、いや、そうじゃなくて……。ここはどこですか?あなたは誰ですか?私はどうしてここに?」
井辺が狼狽を隠しきれないで、質問を矢継ぎ早に行う。
女性はそんな井辺に対し、薄笑いを浮かべた。
「……私は・この・お屋敷で・お客様の・お世話係を・務めさせて・頂きます・ダニエラと・申します」
「! あなたは人間ではないのですか!?」
喋り方がエミリーにそっくりであった。
よく見ると、ダニエラと名乗る女性が着ている服は、エミリーやシンディが着ている服とよく似ていた。
深緑色をしているが、その上にメイドとしてなのか白いエプロンを着けている。
メイドロイドなのか、それとも……マルチタイプ?
ダニエラは薄笑いに更に歯を見せるだけの、不気味な笑みを浮かべて、井辺が開けようとしたドアを開けた。
ピッピッ!という電子音がして、ガチャとドアが開く。
見た目は古めかしいドアだが、実は電子ロックになっていた!
ダニエラがそれに触っただけで開いたのだから、やはりダニエラはロイドなのか。
「……イエス、マスター。お客様には・しばし・この・お部屋で・おくつろぎ・頂きます」
ダニエラは白人の老紳士の絵画に向かって、深々とお辞儀をした。
「あの肖像画は、あなたの……この屋敷のオーナーさんなのですか?」
しかし井辺の質問に答えることなく、ドアがパタンと閉まった。
「あっ、ちょっと!」
井辺はドアを開けた。
……どうやら、ロックが外れた状態にはなったようだ。
「……いない」
廊下は石造りで、地下牢ほどではないが薄暗く、やっぱり不気味な雰囲気だ。
「……とにかく、着替えよう」
ダニエラがベッドの上に置いて行ったスーツは、井辺が着ていた物に似てはいたが、どことなく違った。
だが、まるで新品のようにきれいではある。
まるでオーダーメイド紳士服店であつらえたかのようにサイズはピッタリで、ネクタイもちゃんとあった。
クールビズの時期ではあるが、芸能プロデューサーはそれでもノーネクタイでいることは少ない。
服装には自由な業界というイメージがあるのだが、それは芸能界でも一部の業種だけで、プロデューサーはそうではなかった。
「一体、何が何だか……あっ?」
井辺の頭にフラッシュバックのようなものが蘇る。
それは……。
[9月18日11:30.東京都墨田区・敷島エージェンシー 敷島孝夫&初音ミク]
記者会見を終えた敷島はその足で帰社した。
そして社長室に入ると、MEGAbyteが記録していた映像を確認した。
ロイド達には、常に自分が“見ている”光景をメモリーに“記憶”して残すようになっている。
MEGAbyteの3人のものは共通して、新宿区の現場から井辺がタクシーで池袋のMEIKOの所に行こうとタクシーに乗ったところで終わっていた。
つまり、ここが井辺の足取りが確認できた最後の瞬間なわけである。
警察の捜査でこの時、井辺を乗せた個人タクシーが偽タクシーであることが判明している。
東京の個人タクシーはシンプルな塗装であるし、車種も市販の車を使えば良い。
緑ナンバーも屋根の上の提灯の表示灯も偽造であった。
明らかに井辺を狙った犯行である。
だが犯行声明、例えば身代金やその他要求などは、今のところ敷島の所にも井辺の実家にも来ていない。
「俺が……『もう1つの仕事』なんかしているから、井辺君を巻き込んでしまったのか……」
「そんなことないですよ、たかお……社長」
「ミク!真っ直ぐ帰って来たのか!」
「えへへ……。ディレクターさん達が『ちょっとお話を』と誘ってくれたんですけど、断っちゃいました」
ミクは午前中、テレビの収録があった。
「井辺……プロデューサーさんは、逆にたかお社長の『もう1つのお仕事』を誇りに思ってましたよ」
「えっ?」
「プロデューサーさん、実は知らなかったとはいえ、KR団と関わってしまったことを悩んでいたんです」
「レイチェルのことか」
井辺が敷島エージェンシーに入社する前、アメリカ旅行中に人間のフリをしたレイチェルに騙され、テロ犯行のカモフラージュ役をやらされたことがある。
まさか、日本人がテロに加担するとは思われないからだ。
「『せめて自分ができることは、社長の“もう1つの仕事”に協力することだ』と仰ってました」
「しかし……結局は、こうして危ない目に遭わせてしまっている……。俺の責任だ……」
「いいえ。逆に、たかお社長が一手に“もう1つの仕事”をしているおかげで、プロデューサーさんは逆にプロデューサーの仕事ができると喜んでいました。だからこそ、『全面的に協力しなくては』と仰っていましたよ」
「ありがたいことだが……。よし、分かった。何とか、ロボット・テロ対策と捜査協力というもう1つの仕事で培ったノウハウを駆使してみるか。マルチタイプの追跡機能を使用しようと思うが、所詮そこはGPSだからな、それは正直役に立つとは思えない」
「他に研究所は無いんですか?」
「研究所?」
「わたし達と同じく、ロイドの開発・研究をしている所です。そういう所に、協力してもらうという手は使えませんか?」
「……なるほど。今のところ警察は警視庁管内……つまり、東京都内だけだ。他県に連れ去られたとなったら、確かにまだ分からないな。で、ロボット・テロ組織の犯行であると考えると……ってか。よし、アリスや平賀先生に連絡してみよう!」
敷島は机の上の電話機を取った。
「早くしないと、『ボカロ・フェス』が……」
「!」
敷島はミクの言葉に、反射的にカレンダーを見た。
井辺が担当するMEGAbyteも出演が決まっている、ボーカロイド専門の大きなライブ。
それまでには何とか救出を考える敷島だった。
「あ、もしもし、アリスか?ちょっと頼みがあるんだが……」