[9月1日13:00.廃ホテル“シークルーズ”跡 敷島孝夫&キール・ブルー]
「たかだか2週間も経っていないってのに、随分と風景が変わったなぁ……」
「そうですね」
集中豪雨による国道7号線矢立峠における土砂災害は復旧し、片側交互通行ながら通れるようになった。
災害現場は大規模な復旧工事が進められており、ダンプカーや重機を乗せた大型トレーラーと幾度と無くすれ違ったり、並走したりした。
「ホテル跡はあの後、警察や消防に封鎖されていたが、財団がどんな手を使ったんだか知らないが、今日から財団の調査が入れるようになった」
運転席でハンドルを握る敷島は、前を見たまま言った。
「はい」
助手席に座るキールは同調した。
地元の新聞には集中豪雨による山崩れにより、ホテル内に土砂が流入、その衝撃で放置されたプロパンなどのガスボンベがガス漏れを起こし、爆発したことによる火災が原因で全焼・全壊したと報道されている。
確かに今から思えば、爆発していた時、少しガス臭かったような気がする。
但し、それは自爆の燃料に館内に張り巡らされたガス管を使用したものだと考えられている。
元々は国道からホテルへのアプローチで、広場になっていた場所が抉り取られていた。
先月はここに車を止めていたのだが、それが跡形も無くなっている。
ここから少し行った所に災害復旧工事の事務所があり、ここに車を止めることが許可されている。
そこからは徒歩で移動。
川は嘘みたいに穏やかになっていたが、ホテル跡へのアクセスには工事用の何の飾りっ気も無い仮設橋を渡ることになった。
「お疲れ様です」
橋を渡り切り、瓦礫の山と化したホテル跡の前に立っていたのは、財団仙台支部長に今年の夏に就任したばかりの森須理事だった。
60代で見た目が“刑事コロンボ”の主人公に似ていることから、教壇に立つ大学の学生からは『コロンボ教授』と呼ばれているらしい。
「ボス自ら陣頭に立たれるとは、今度の新しい支部長は随分とアグレッシブですね」
敷島は笑みを浮かべた。
「ふふふっ。この前の健康診断で運動不足が露呈してね。医者に運動しろとうるさく言われたよ」
「運動不足は理系人の職業病ですからね。うちのアリスにも、ランニングをさせてますよ。今はグラマーな体型を維持していますが、あのままだと近いうち、肥満体になってしまいます」
「そうだな。うちのカミさんにも、『これ以上メタボになったら離婚だ』と言われた。キミはまだ新婚だから分からんだろうが、30年も経てばゴミ扱いされるってことだ」
「はあ……」
「それより、今日の目的は聞いてるな?」
「シンディを今日から実験的に起動させるそうですね。今はメモリーが無い状態だからいいようなものの、破壊前のメモリーがここに保管されているそうで……」
「その通りだ」
アリスが見つけたウィリーの実験ノートに記載されていたという。
あのノートはただの研究ノートではなかった。
アリスに宛てて書かれた遺書もあった。アリスがあの場で斜め読みしかしなかったのは、泣くのを防ぐ為であった。
研究成果は全て孫娘であるアリスに相続させる。それをどのように扱うかも、アリスの自由とするとのことだった。
実はシンディのこともノートには書かれていて、それによると、前の体が耐久年数が来た時のことを考えて用意した交換用のボディだという。
だから基本、そのまま使える。
しかしメモリーが無いため、起動させても行動はできない。
「予備のメモリーを、あの時計台の振り子の下に隠しておいたって今さら言われましてもねぇ……」
敷島はホテルの建物だった残骸を見て、頭をかいた。
「この中から探すってのは……」
「探してくれ。キールに搭載されたスキャニングも使ってな」
「え〜……参ったなぁ……」
「参事。取りあえず、ホールがあった場所に行ってみましょう」
「周辺をくまなく探してくれ」
[同日14:00.廃ホテル“シークルーズ”跡・エントランスホールがあったと思われる場所 敷島、キール、森須]
「いや、これ、今日中に見つかるかなぁ……」
キールが現場周辺をスキャンする。
中には、あのクリーチャー・ロボの残骸なんかもあった。
さすがにあの大爆発、大崩壊で生き残った者はいなかったようだ。
「探せとの森須支部長からの命令です」
「くそっ。本当ならシンディの起動実験に立ち会ってるか、ルカの復活ライブに立ち会ってるかのどっちかだったんだぞ」
「平賀教授ご夫妻も、今日から大学が始まるのでお忙しいですからね」
「忙しいのは俺も同じだっての。……あれ?」
その時、敷島は何かを見つけた。
「おい、キール。あそこから突き出てるの、もしかして時計台の針じゃないか?」
「スキャンしてみます」
キールがスキャンする。
そして自身のメモリーに残された時計台の全景と照合してみる。
「……ええ、間違いありません。これは時計台に使われていた長針部分ですね」
「針だけでも相当な重さだな。ということは、この辺に時計台があったということで間違い無いな?」
「そのようです」
「あとは振り子だ。特にあの下に付いている大きな丸い部分は、その場に落ちただろうから、それがいい目印になる」
「はい。まず、あの長針を掘り返してみます。あの下に埋まってるかもしれません」
「そうだな。頼む」
キールは瓦礫の山によじ登り、長針を掘り返してみた。
それは途中で折れており、とても人間1人の力では掘り返しも運び出しもできそうにない。
こういう時、キールのようなロボットが1体でもいると大きな力になる。
因みにエミリーはシンディ起動時の際、万が一に備え、現場となっているアリス研究所に控えている。
ボーカロイド達は全員、今日は芸能活動で研究所にはいない。
「ん!?」
キールが長針を引き出した時だった。
「オオオオ……!」
その長針をくわえて一緒に出て来たクリーチャーが現れた。
崩壊前のホテルでは見たことも無いタイプだった。
ずんぐりむっくりした体型で、手足は無く、目や鼻、耳の類も見当たらない。
大きな口だけがついていた。
「参事、離れてください!」
「ああ!」
キールが間合いを取ると、その個体はズルズルと這いずって、キールに近づいた。
動きは遅く、大きな口をガバッと開けるだけで、何か攻撃をしてくるわけでもない。
「危険防止の為だ。排除しろ」
森須がそうキールに命令する。
「かしこまりました」
キールは右手を散弾銃に換えた。
大きな口の中には、機器が直接見えていた。
元々そういう仕様なのか、爆発による衝撃でそうなったのかは不明である。
キールはその口の中が弱点だと見抜いた。
だから間合いを取り、クリーチャーが口を開けるのを待っていた。
「グアアッ!」
クリーチャーが口を開ける。
キールはその口の中に散弾銃を数発発砲した。
全弾命中する。
機器を直接攻撃されたクリーチャーは、爆発を起こした。
「どうやら、電気ではなく内燃機関を使用しているタイプのようだな。中の燃料に被弾したので、爆発したのだろう」
森須は冷静に解説した。
その爆発のおかげで、長針のあった瓦礫の山が軽く吹き飛んだ。
「ありました!振り子の部分です!」
「よーし!」
「研究ノートによれば、カスタムパーツの入ったボックスに偽装しているらしい。それを探索しろ」
「はい」
キールが慎重にスキャンする。
「……!?」
キールは瓦礫の山から少し目を奥の方にやった。
「どうした?」
「いえ、カスタムパーツらしきものが移動している?ようです」
「カスタムパーツそのものじゃないぞ?あたかもそれが入っていると偽装しているボックスだぞ?」
「ええ。ですから……」
「とにかく追おう。誰かが持ち出してるのか?」
「移動速度はゆっくりですが……」
「そんなことは無い。この区域は本来立ち入り禁止だ。今日は特別に財団関係者だけが調査のため、立ち入りを許可されているに過ぎんよ」
と、そこへ電話の着信音が鳴る。
敷島のではなく、森須のだった。
「ああ、財団本部から連絡だ。私はここにいるから、キミ達は捜索を続行してくれ」
「はい」
敷島達はとにかく、何故か現在進行形で移動しているボックスを追うことにした。
「たかだか2週間も経っていないってのに、随分と風景が変わったなぁ……」
「そうですね」
集中豪雨による国道7号線矢立峠における土砂災害は復旧し、片側交互通行ながら通れるようになった。
災害現場は大規模な復旧工事が進められており、ダンプカーや重機を乗せた大型トレーラーと幾度と無くすれ違ったり、並走したりした。
「ホテル跡はあの後、警察や消防に封鎖されていたが、財団がどんな手を使ったんだか知らないが、今日から財団の調査が入れるようになった」
運転席でハンドルを握る敷島は、前を見たまま言った。
「はい」
助手席に座るキールは同調した。
地元の新聞には集中豪雨による山崩れにより、ホテル内に土砂が流入、その衝撃で放置されたプロパンなどのガスボンベがガス漏れを起こし、爆発したことによる火災が原因で全焼・全壊したと報道されている。
確かに今から思えば、爆発していた時、少しガス臭かったような気がする。
但し、それは自爆の燃料に館内に張り巡らされたガス管を使用したものだと考えられている。
元々は国道からホテルへのアプローチで、広場になっていた場所が抉り取られていた。
先月はここに車を止めていたのだが、それが跡形も無くなっている。
ここから少し行った所に災害復旧工事の事務所があり、ここに車を止めることが許可されている。
そこからは徒歩で移動。
川は嘘みたいに穏やかになっていたが、ホテル跡へのアクセスには工事用の何の飾りっ気も無い仮設橋を渡ることになった。
「お疲れ様です」
橋を渡り切り、瓦礫の山と化したホテル跡の前に立っていたのは、財団仙台支部長に今年の夏に就任したばかりの森須理事だった。
60代で見た目が“刑事コロンボ”の主人公に似ていることから、教壇に立つ大学の学生からは『コロンボ教授』と呼ばれているらしい。
「ボス自ら陣頭に立たれるとは、今度の新しい支部長は随分とアグレッシブですね」
敷島は笑みを浮かべた。
「ふふふっ。この前の健康診断で運動不足が露呈してね。医者に運動しろとうるさく言われたよ」
「運動不足は理系人の職業病ですからね。うちのアリスにも、ランニングをさせてますよ。今はグラマーな体型を維持していますが、あのままだと近いうち、肥満体になってしまいます」
「そうだな。うちのカミさんにも、『これ以上メタボになったら離婚だ』と言われた。キミはまだ新婚だから分からんだろうが、30年も経てばゴミ扱いされるってことだ」
「はあ……」
「それより、今日の目的は聞いてるな?」
「シンディを今日から実験的に起動させるそうですね。今はメモリーが無い状態だからいいようなものの、破壊前のメモリーがここに保管されているそうで……」
「その通りだ」
アリスが見つけたウィリーの実験ノートに記載されていたという。
あのノートはただの研究ノートではなかった。
アリスに宛てて書かれた遺書もあった。アリスがあの場で斜め読みしかしなかったのは、泣くのを防ぐ為であった。
研究成果は全て孫娘であるアリスに相続させる。それをどのように扱うかも、アリスの自由とするとのことだった。
実はシンディのこともノートには書かれていて、それによると、前の体が耐久年数が来た時のことを考えて用意した交換用のボディだという。
だから基本、そのまま使える。
しかしメモリーが無いため、起動させても行動はできない。
「予備のメモリーを、あの時計台の振り子の下に隠しておいたって今さら言われましてもねぇ……」
敷島はホテルの建物だった残骸を見て、頭をかいた。
「この中から探すってのは……」
「探してくれ。キールに搭載されたスキャニングも使ってな」
「え〜……参ったなぁ……」
「参事。取りあえず、ホールがあった場所に行ってみましょう」
「周辺をくまなく探してくれ」
[同日14:00.廃ホテル“シークルーズ”跡・エントランスホールがあったと思われる場所 敷島、キール、森須]
「いや、これ、今日中に見つかるかなぁ……」
キールが現場周辺をスキャンする。
中には、あのクリーチャー・ロボの残骸なんかもあった。
さすがにあの大爆発、大崩壊で生き残った者はいなかったようだ。
「探せとの森須支部長からの命令です」
「くそっ。本当ならシンディの起動実験に立ち会ってるか、ルカの復活ライブに立ち会ってるかのどっちかだったんだぞ」
「平賀教授ご夫妻も、今日から大学が始まるのでお忙しいですからね」
「忙しいのは俺も同じだっての。……あれ?」
その時、敷島は何かを見つけた。
「おい、キール。あそこから突き出てるの、もしかして時計台の針じゃないか?」
「スキャンしてみます」
キールがスキャンする。
そして自身のメモリーに残された時計台の全景と照合してみる。
「……ええ、間違いありません。これは時計台に使われていた長針部分ですね」
「針だけでも相当な重さだな。ということは、この辺に時計台があったということで間違い無いな?」
「そのようです」
「あとは振り子だ。特にあの下に付いている大きな丸い部分は、その場に落ちただろうから、それがいい目印になる」
「はい。まず、あの長針を掘り返してみます。あの下に埋まってるかもしれません」
「そうだな。頼む」
キールは瓦礫の山によじ登り、長針を掘り返してみた。
それは途中で折れており、とても人間1人の力では掘り返しも運び出しもできそうにない。
こういう時、キールのようなロボットが1体でもいると大きな力になる。
因みにエミリーはシンディ起動時の際、万が一に備え、現場となっているアリス研究所に控えている。
ボーカロイド達は全員、今日は芸能活動で研究所にはいない。
「ん!?」
キールが長針を引き出した時だった。
「オオオオ……!」
その長針をくわえて一緒に出て来たクリーチャーが現れた。
崩壊前のホテルでは見たことも無いタイプだった。
ずんぐりむっくりした体型で、手足は無く、目や鼻、耳の類も見当たらない。
大きな口だけがついていた。
「参事、離れてください!」
「ああ!」
キールが間合いを取ると、その個体はズルズルと這いずって、キールに近づいた。
動きは遅く、大きな口をガバッと開けるだけで、何か攻撃をしてくるわけでもない。
「危険防止の為だ。排除しろ」
森須がそうキールに命令する。
「かしこまりました」
キールは右手を散弾銃に換えた。
大きな口の中には、機器が直接見えていた。
元々そういう仕様なのか、爆発による衝撃でそうなったのかは不明である。
キールはその口の中が弱点だと見抜いた。
だから間合いを取り、クリーチャーが口を開けるのを待っていた。
「グアアッ!」
クリーチャーが口を開ける。
キールはその口の中に散弾銃を数発発砲した。
全弾命中する。
機器を直接攻撃されたクリーチャーは、爆発を起こした。
「どうやら、電気ではなく内燃機関を使用しているタイプのようだな。中の燃料に被弾したので、爆発したのだろう」
森須は冷静に解説した。
その爆発のおかげで、長針のあった瓦礫の山が軽く吹き飛んだ。
「ありました!振り子の部分です!」
「よーし!」
「研究ノートによれば、カスタムパーツの入ったボックスに偽装しているらしい。それを探索しろ」
「はい」
キールが慎重にスキャンする。
「……!?」
キールは瓦礫の山から少し目を奥の方にやった。
「どうした?」
「いえ、カスタムパーツらしきものが移動している?ようです」
「カスタムパーツそのものじゃないぞ?あたかもそれが入っていると偽装しているボックスだぞ?」
「ええ。ですから……」
「とにかく追おう。誰かが持ち出してるのか?」
「移動速度はゆっくりですが……」
「そんなことは無い。この区域は本来立ち入り禁止だ。今日は特別に財団関係者だけが調査のため、立ち入りを許可されているに過ぎんよ」
と、そこへ電話の着信音が鳴る。
敷島のではなく、森須のだった。
「ああ、財団本部から連絡だ。私はここにいるから、キミ達は捜索を続行してくれ」
「はい」
敷島達はとにかく、何故か現在進行形で移動しているボックスを追うことにした。