[4月初め午前中 さいたま市某区 私立帝慶学院女子高 藤谷春人]
「いやあ、今年度から新体育館の工事をお任せ頂き、大変な大功徳です」
藤谷は何故か男子禁制の女子高の中を歩いていた。
とはいえ、1人ではない。隣には年配の、恰幅のいい校長が一緒である。
「こちらこそ、よろしくお願いしますよ。藤谷組さんはここ何年もの間、アベノミクスの恩恵を受けずに、企業努力で業績を上げていらっしゃるということで、是非にと思った次第です」
「大変光栄です。早速明日から作業に当たらせて頂きます。まず先に、重機などの搬入からさせて頂きますので……」
「ええ。お任せします」
その時、藤谷の目に1人の女子生徒の姿が目に入った。
「おっ、こんにちは!新体育館の建設、もうすぐ準大手ゼネコン入り且つそのうち大手ゼネコン入り間違い無しの藤谷組をどうぞよろしく。何なら、卒業後の就職先にどうぞ!」
「あの、藤谷専務?どなたに言っておるので?」
校長が首を傾げた。藤谷の目線の先に目を凝らしながら、訝しげな顔をする。
「へ?」
「誰も見当たりませんが……?」
次の瞬間、女子生徒の姿はいなくなっていた。
「……あれ?目の錯覚かな???」
藤谷は首を傾げて、目を擦った。しかし、やはり誰もいなかった。
「す、すいません。目の錯覚だったようで」
「はあ……」
「まあ、とにかく、安全第一で作業させて頂きます」
「よろしくお願いします」
藤谷は自分の車に乗り込むと、すぐに学校を後にした。
「いやいや、年度初めから早速そこそこ実入りのいい仕事が入ったのは、マジで功徳だわー。今年こそ、“大白法”で体験発表載っちゃうかなぁ、おい」
その時、藤谷は見覚えのある顔が目に入って車を止めた。
「おーい、お二方」
「藤谷さん」
それは栗原江蓮と蓬莱山鬼之助だった。
「学校ならまだ春休みだろ?」
「そういう藤谷さんは?うちの学校から来たみたいだけど……」
「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれた。実はな……」
「女子生徒の体操着でもパクりに行ったのか?」
「アホか!新体育館の建設、うちが請け負ったんだよ。それで、今日は年度初めのご挨拶に、専務として校長先生にお会いしてたってところだ」
「ふーん……」
藤谷は胸ポケットから何かを出そうとした。
「ちっ。タバコ切れた」
とはいえ、ストックがダッシュボードの中にあるらしく、それを開けた。
「ん!?」
中から現れたのは紺色の……スクール水着だった。
「藤谷さん……」
「藤谷、テメェ……」
「違う!これは、あの雪女の仕業だ!あいつ、ブラとパンティじゃなく、今度はスク水置いて行きやがった。その前はブルマーだったし!」
「お前にラブコール送ってる雪女ってな、こっちじゃ中高生じゃねぇのか?」
キノは呆れた顔をした。
「30過ぎて、そんなのと付き合ったら犯罪だぜ?」
「だから困ってんだよ、こっちは!」
「ていうかさ、藤谷さん……」
江蓮は目を丸くしていた。
「後ろに誰乗せてるの……?」
「は?」
藤谷は反射的にルームミラーを見た。
そこにいたのは……。
青白い顔をした……悲しげな……それでいて、恨めしそうな顔をしている女子高生の……。
「うわっ!出たっ!」
振り向くと、既にそこには誰もいなかった。
藤谷は車から飛び降りた。
「オメェ、取り憑かれたな」
「な、何いっ!?」
「校長だけでなく、幽霊に挨拶でもしたんじゃねーのか?」
「え?……あ!もしかして……」
藤谷は校庭での出来事を思い出した。
「あれ……幽霊だったのか……って、何でこんな真昼間に!?」
「幽霊が夜だけってのは大間違いだぜ?元は生きてる人間だ。中には夜が怖いってんで、昼しか出たがらねぇ意識体もいるくらいだ」
「おぉおい、助けてくれよ!?」
「でもキノ、藤谷さんがここまでフツーに車を走らせられたってことは、本当は取り憑かれてないんじゃない?」
と、江蓮。
「最近の意識体も、動きが変化してるみてーだからな。もしかしたら、霊力C級の藤谷には取り憑く価値も無かったか?ま、それだったら、良かったな?」
「何か、気に障る言い方しやがるな……」
藤谷はようやく、買い置きしていたタバコに火を点けることができた。
「学校行くのか?」
「いい。やっぱり幽霊はいるみたいだからね、それだけ確認できれば今のところOKでいいよ」
「じゃあ、家まで送るぞ。乗ってけ」
「おっ、ありがたい」
キノと江蓮はリアシートに乗り込んだ。
走り出した車。
その様子を電柱の陰で見据える1人の少女。
「栗原……江蓮……イジメの……リーダー………」
[同日11:40.東京都23区内某所 日蓮正宗・正証寺 稲生ユウタ]
「今身から仏身に至るまで……【中略】……保ち奉るや否や?」
「保ち奉るべし!南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
ユタは御経の時間に参加していた。
大抵その時間は、新願者の御受誡や御勧誡が行われることがある。
「おめでとうございます」
紹介者やその周囲の信徒達が、新願者に祝福の言葉を掛けている。
(僕もあんな感じだったなぁ……)
ユタは自分が御受誡した時のことを思い出し、最後に御本尊に御挨拶をするべく、御題目三唱した。
と、その時、
ブチッ!と音がして、ユタの数珠が切れた。
「え……?」
珠が畳の上に転がる。
「ああっと!」
急いでそれを拾った。
「どうしました?」
そこへ1人の僧侶が声を掛けてくる。
「あっ、副住職様!いや……何か、数珠が突然切れて……」
「さようですか」
「おっかしいなぁ……。御山で買ったばかりなのに……」
因みに御受誡の時はさすがに顕正会の数珠を使うわけにはいかないので、藤谷の予備を借りた。
「形あるものは、いずれ壊れるもの。これも、御仏智です」
「御仏智……ですか」
ユタはそれでも、何か胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
(あの幽霊騒ぎ……。後で、連絡してみよう)
「いやあ、今年度から新体育館の工事をお任せ頂き、大変な大功徳です」
藤谷は何故か男子禁制の女子高の中を歩いていた。
とはいえ、1人ではない。隣には年配の、恰幅のいい校長が一緒である。
「こちらこそ、よろしくお願いしますよ。藤谷組さんはここ何年もの間、アベノミクスの恩恵を受けずに、企業努力で業績を上げていらっしゃるということで、是非にと思った次第です」
「大変光栄です。早速明日から作業に当たらせて頂きます。まず先に、重機などの搬入からさせて頂きますので……」
「ええ。お任せします」
その時、藤谷の目に1人の女子生徒の姿が目に入った。
「おっ、こんにちは!新体育館の建設、もうすぐ準大手ゼネコン入り且つそのうち大手ゼネコン入り間違い無しの藤谷組をどうぞよろしく。何なら、卒業後の就職先にどうぞ!」
「あの、藤谷専務?どなたに言っておるので?」
校長が首を傾げた。藤谷の目線の先に目を凝らしながら、訝しげな顔をする。
「へ?」
「誰も見当たりませんが……?」
次の瞬間、女子生徒の姿はいなくなっていた。
「……あれ?目の錯覚かな???」
藤谷は首を傾げて、目を擦った。しかし、やはり誰もいなかった。
「す、すいません。目の錯覚だったようで」
「はあ……」
「まあ、とにかく、安全第一で作業させて頂きます」
「よろしくお願いします」
藤谷は自分の車に乗り込むと、すぐに学校を後にした。
「いやいや、年度初めから早速そこそこ実入りのいい仕事が入ったのは、マジで功徳だわー。今年こそ、“大白法”で体験発表載っちゃうかなぁ、おい」
その時、藤谷は見覚えのある顔が目に入って車を止めた。
「おーい、お二方」
「藤谷さん」
それは栗原江蓮と蓬莱山鬼之助だった。
「学校ならまだ春休みだろ?」
「そういう藤谷さんは?うちの学校から来たみたいだけど……」
「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれた。実はな……」
「女子生徒の体操着でもパクりに行ったのか?」
「アホか!新体育館の建設、うちが請け負ったんだよ。それで、今日は年度初めのご挨拶に、専務として校長先生にお会いしてたってところだ」
「ふーん……」
藤谷は胸ポケットから何かを出そうとした。
「ちっ。タバコ切れた」
とはいえ、ストックがダッシュボードの中にあるらしく、それを開けた。
「ん!?」
中から現れたのは紺色の……スクール水着だった。
「藤谷さん……」
「藤谷、テメェ……」
「違う!これは、あの雪女の仕業だ!あいつ、ブラとパンティじゃなく、今度はスク水置いて行きやがった。その前はブルマーだったし!」
「お前にラブコール送ってる雪女ってな、こっちじゃ中高生じゃねぇのか?」
キノは呆れた顔をした。
「30過ぎて、そんなのと付き合ったら犯罪だぜ?」
「だから困ってんだよ、こっちは!」
「ていうかさ、藤谷さん……」
江蓮は目を丸くしていた。
「後ろに誰乗せてるの……?」
「は?」
藤谷は反射的にルームミラーを見た。
そこにいたのは……。
青白い顔をした……悲しげな……それでいて、恨めしそうな顔をしている女子高生の……。
「うわっ!出たっ!」
振り向くと、既にそこには誰もいなかった。
藤谷は車から飛び降りた。
「オメェ、取り憑かれたな」
「な、何いっ!?」
「校長だけでなく、幽霊に挨拶でもしたんじゃねーのか?」
「え?……あ!もしかして……」
藤谷は校庭での出来事を思い出した。
「あれ……幽霊だったのか……って、何でこんな真昼間に!?」
「幽霊が夜だけってのは大間違いだぜ?元は生きてる人間だ。中には夜が怖いってんで、昼しか出たがらねぇ意識体もいるくらいだ」
「おぉおい、助けてくれよ!?」
「でもキノ、藤谷さんがここまでフツーに車を走らせられたってことは、本当は取り憑かれてないんじゃない?」
と、江蓮。
「最近の意識体も、動きが変化してるみてーだからな。もしかしたら、霊力C級の藤谷には取り憑く価値も無かったか?ま、それだったら、良かったな?」
「何か、気に障る言い方しやがるな……」
藤谷はようやく、買い置きしていたタバコに火を点けることができた。
「学校行くのか?」
「いい。やっぱり幽霊はいるみたいだからね、それだけ確認できれば今のところOKでいいよ」
「じゃあ、家まで送るぞ。乗ってけ」
「おっ、ありがたい」
キノと江蓮はリアシートに乗り込んだ。
走り出した車。
その様子を電柱の陰で見据える1人の少女。
「栗原……江蓮……イジメの……リーダー………」
[同日11:40.東京都23区内某所 日蓮正宗・正証寺 稲生ユウタ]
「今身から仏身に至るまで……【中略】……保ち奉るや否や?」
「保ち奉るべし!南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
ユタは御経の時間に参加していた。
大抵その時間は、新願者の御受誡や御勧誡が行われることがある。
「おめでとうございます」
紹介者やその周囲の信徒達が、新願者に祝福の言葉を掛けている。
(僕もあんな感じだったなぁ……)
ユタは自分が御受誡した時のことを思い出し、最後に御本尊に御挨拶をするべく、御題目三唱した。
と、その時、
ブチッ!と音がして、ユタの数珠が切れた。
「え……?」
珠が畳の上に転がる。
「ああっと!」
急いでそれを拾った。
「どうしました?」
そこへ1人の僧侶が声を掛けてくる。
「あっ、副住職様!いや……何か、数珠が突然切れて……」
「さようですか」
「おっかしいなぁ……。御山で買ったばかりなのに……」
因みに御受誡の時はさすがに顕正会の数珠を使うわけにはいかないので、藤谷の予備を借りた。
「形あるものは、いずれ壊れるもの。これも、御仏智です」
「御仏智……ですか」
ユタはそれでも、何か胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
(あの幽霊騒ぎ……。後で、連絡してみよう)