[5月1日 時刻不明 地獄界“賽の河原”入獄審査場 蓬莱山鬼之助]
「次は甲だな。お前の罪は許せん。河原で石積みの刑だ」
「お前は乙か。“学校でイジメ被害の再体験”コース。よろしくぅ!」
キノは巡視役のはずだが、何故か審査場の受付で送られた罪人達の仕分けをしていた。
「ほい、一段落」
「意外とキミは、こういう仕事の方が向いているのかな?」
青鬼監督が首を傾げる。
「叫喚地獄でも、入獄審査とかやってたもんで」
キノは片目を瞑った。
「座っていると重い刀を下げなくていいっていう楽さもあるんで」
「ちょっと待った。少なくとも剣客が言うセリフじゃないよ、それ」
刀を下げた状態で椅子に座ると、刀が引っ掛かるので、受付業務の際は刀を腰から外す。
「で、監督、何か用っスか?」
「ああ。この前、キミが検索していた者なんだけどね……」
監督はスッと1枚の書類をキノの前に置いた。
「どうやら閻魔庁側で結審したらしく、ここに送られることになったようだ」
それは栗原江蓮の体の本当の持ち主、魂としての栗原江蓮のことである。
心臓疾患で僅か15歳で死亡した栗原江蓮は成仏したかと思われたが、罪障の関係で如何に仏法に縁していたと言えども、地獄界送りになったようである。
代わりにキノの計らいで地獄界から這い上がった川井ひとみが入れ替わるように栗原江蓮の体に憑依し、今では栗原江蓮として生きている。
「ええっ?マジっスか?さすがに哀れだなぁ……」
「罪人に私情は禁物だよ。もしまたやったら、今度という今度はキミも捕縛されて、投獄されることになるだろう」
キノが川井ひとみに一目惚れして地獄界から勝手に這い上がらせたことは重罪であり、蓬莱山家が叫喚地獄を総べる獄長の一族ということで、その力を駆使したこともあり、キノは無期限停職で済んだ。
本来は地獄界の辺境とはいえ、賽の河原でバイトすることも許されないのだが、人手不足という理由で『研修』と称してここに来ている身分だ。
また勝手に罪人に私情を挟んだら、さすがに蓬莱山家の威光も及ばなくなるだろう。
「まあ……そうっスね」
こうして、入獄審査場に魂としての栗原江蓮がやってきた。
当然であるが、見た目は肉体と同じである。
(江蓮……)
無論監督はキノが変な気を起こさないよう、審査官は別の獄卒に振った。
しかしキノは離れた所から、それを見ていた。
「その方、名を申せ」
「栗原……江蓮です」
当然ながら、声も肉体と同じである。
「閻魔庁でも言われたと思うが、如何に仏法を実践していたとて、完全に罪障が消滅しきっておらぬ。また、病死により、両親に対する親不孝の罪もある。よってこの賽の河原にて、その罪と向き合うが良い!」
「……はい」
「ああいうことってあるんだな」
「そもそも、栗原家は元々創価学会所属だったからな、その分の罪障が大きかったようだ」
青鬼監督がそう言った。
「なあ、カントク。あいつの担当、オレにやらせてくれ……やらせてください。あいつには勝手に体を使わせてもらっている借りがある」
しかし青鬼監督は、静かに首を横に振った。
「あいにくだが、それはできない相談だよ。キミが栗原江蓮の肉体を無断使用している件は、地獄界全てに知れ渡っている。キミが担当すると、間違いなく私情を挟むという色眼鏡で見られることだろう。あくまでキミがここに来たのも、栗原江蓮が来たのもただの偶然なのだ。分かるかね?」
「そんな……」
「キミのここでの仕事は、あくまでも遊撃的な巡視役だ。獄卒と罪人達のやり取りを見ているだけでいい。キミも少しは立場をわきまえたまえ」
「くっ……!」
キノは右手で拳を作り、歯ぎしりをした。
「鬼之助君。今、私が言ったことをヒントにして、よく考えてみなさい。きっといい手段が見つかるはずだ」
青鬼監督は牙を覗かせてニッと笑いながら、詰所の方へと戻っていった。
「ヒントだぁ……?」
「オラオラーっ!早く石積め!」
まずは河原で石積みの刑場に送られた栗原江蓮。
担当獄卒達が鞭や金棒片手に罪人達を恫喝して回る。
「あっ……」
生前、川井ひとみと違ってあまり体力の無かった栗原江蓮は、積んだ石を自ら崩してしまった。
「何しとるか、貴様っ!!」
「!!!」
近くにいた獄卒が気づいて、金棒を振り上げた。
栗原江蓮は両手で頭を押さえた。
「やめとけ」
しかし、そこへたまたま巡視に来たキノが止めた。
「な、なにっ!?」
「彼女はまだここに来たばかりだ。少しは大目に見てやれ」
「ちっ……!余計な口出しはしないでもらおう!」
「おい、お前。もっと向こうの方でやれ。向こうの石は軽くて平べったくて積みやすいぞ」
「は、はい!」
それを見届けたキノは、
「悪かったな。あばよ」
「何なんだ、アンタわ!?」
当然ながら、止めた獄卒に変な顔をされた。
(たまたま巡視に来て止めるっつー方法も、何回かやるとムリが出てくるな……。もっといい方法が無いものか……)
「おっ、ここにいたのか」
「ん?」
そこへまた別の獄卒がやってきた。
「お前に電話だぞ。詰所に戻れ」
「それって校舎の裏に呼び出し的な……?」
「んなワケあるか!実家から電話だぞ」
「実家!?」
キノは目を丸くした。
こんな所に電話してくる者など、送り込んだ張本人しかいない。
「5分以内に掛け直さないと、もう1回電話するということだが、どういう意味なんだろうな?」
「は、はは……ちょっとその……蓬莱山家の隠語で……。詰所な?」
「詰所だ」
キノは詰所に戻った。
「姉貴のヤツ、この忙しいのに何なんだ……」
「ああ、鬼之助君。その電話を使いたまえ」
青鬼監督が尖った爪で電話機を指さした。
「人間界じゃスマホが主流だってのに、こっちは未だに黒電話かい。電話番号、いちいち覚えてねーぞ」
「実家の電話番号も覚えてないのかい?」
「ケータイで1発だからな……」
キノは自分のケータイを取り出した。
「……って、アンテナ立ってる!圏外じゃねぇの!?」
「何を言ってるのか分からんが、早いとこ掛け直した方がいいんじゃないのかね?」
「お、おう」
キノは自分のケータイに登録された実家の電話番号を検索すると、それを見ながらダイヤルを回した。
{「はい、蓬莱山です」}
電話の向こうから末妹の声がした。
「おう、魔鬼か。オレだ、オレ」
{「蓬莱山家では名前を名乗らない人は、オレオレ詐欺と見なしまーす」}
「誰がオレオレ詐欺だ!兄貴の声くらい、1発で気づけ!鬼之助だ!」
{「ああ、キノ兄ィ。久しぶり」}
「姉貴がここに電話したっつーんで、掛け直した。姉貴に代わってくれ」
{「はーい」}
すぐに電話の声が聞き慣れた姉に変わる。
{「ああ、ウチやけどね」}
「蓬莱山家では名前を名乗らない人はウチウチ詐欺と見なしまーす!」
{「……アンタ、ふざけとるんなら、今すぐそっちへ“面会”に行ってもええんよ?」}
「冗談です!お美しいお姉さま!」
{「まあ、ええわ。で、アンタの今後の処遇なんやけど、十分に反省したと思ったら、いつでも家に戻って来ィ。人間界の江蓮ちゃんには、ウチからフォローしておいたき、ウチも付いとくから、後でアンタの口からよう謝るんよ?それこそ、土下座する勢いでなぁ」}
「あ、ああ。まあ、ちょっとこっちでやるべきことがあるから、それが終わったらにしとく」
{「そっちでずっと働きたい言うんなら、それでも構わんけど……」}
「いやまあ、ちょっとな……。!」
その時、キノの頭に何かもやもやしたものが浮かんだ。
(何だ?この感じ……。何かが……何かが繋がりそうだ)
{「……まあ、何かあったらすぐ連絡するんよ?で、さっき父さんから聞いたんやけど、そっち、何か携帯電話が繋がるみたいやから、それで連絡できるんよ」}
「ああ。オレも今さっき気づいた」
{「じゃあ、そっちの偉いさん達の言うことよう聞いて、頑張りや」}
「ああ。分かった」
キノは電話を切った。
「何だかんだ言って、キミのことが心配なんだ。いいお姉さんじゃないか」
青鬼監督はニコニコして言った。
「そ、そうっスね……」
しかし今日においては、頭の中に現れたモヤモヤ感が晴れることは無かったのである。
「次は甲だな。お前の罪は許せん。河原で石積みの刑だ」
「お前は乙か。“学校でイジメ被害の再体験”コース。よろしくぅ!」
キノは巡視役のはずだが、何故か審査場の受付で送られた罪人達の仕分けをしていた。
「ほい、一段落」
「意外とキミは、こういう仕事の方が向いているのかな?」
青鬼監督が首を傾げる。
「叫喚地獄でも、入獄審査とかやってたもんで」
キノは片目を瞑った。
「座っていると重い刀を下げなくていいっていう楽さもあるんで」
「ちょっと待った。少なくとも剣客が言うセリフじゃないよ、それ」
刀を下げた状態で椅子に座ると、刀が引っ掛かるので、受付業務の際は刀を腰から外す。
「で、監督、何か用っスか?」
「ああ。この前、キミが検索していた者なんだけどね……」
監督はスッと1枚の書類をキノの前に置いた。
「どうやら閻魔庁側で結審したらしく、ここに送られることになったようだ」
それは栗原江蓮の体の本当の持ち主、魂としての栗原江蓮のことである。
心臓疾患で僅か15歳で死亡した栗原江蓮は成仏したかと思われたが、罪障の関係で如何に仏法に縁していたと言えども、地獄界送りになったようである。
代わりにキノの計らいで地獄界から這い上がった川井ひとみが入れ替わるように栗原江蓮の体に憑依し、今では栗原江蓮として生きている。
「ええっ?マジっスか?さすがに哀れだなぁ……」
「罪人に私情は禁物だよ。もしまたやったら、今度という今度はキミも捕縛されて、投獄されることになるだろう」
キノが川井ひとみに一目惚れして地獄界から勝手に這い上がらせたことは重罪であり、蓬莱山家が叫喚地獄を総べる獄長の一族ということで、その力を駆使したこともあり、キノは無期限停職で済んだ。
本来は地獄界の辺境とはいえ、賽の河原でバイトすることも許されないのだが、人手不足という理由で『研修』と称してここに来ている身分だ。
また勝手に罪人に私情を挟んだら、さすがに蓬莱山家の威光も及ばなくなるだろう。
「まあ……そうっスね」
こうして、入獄審査場に魂としての栗原江蓮がやってきた。
当然であるが、見た目は肉体と同じである。
(江蓮……)
無論監督はキノが変な気を起こさないよう、審査官は別の獄卒に振った。
しかしキノは離れた所から、それを見ていた。
「その方、名を申せ」
「栗原……江蓮です」
当然ながら、声も肉体と同じである。
「閻魔庁でも言われたと思うが、如何に仏法を実践していたとて、完全に罪障が消滅しきっておらぬ。また、病死により、両親に対する親不孝の罪もある。よってこの賽の河原にて、その罪と向き合うが良い!」
「……はい」
「ああいうことってあるんだな」
「そもそも、栗原家は元々創価学会所属だったからな、その分の罪障が大きかったようだ」
青鬼監督がそう言った。
「なあ、カントク。あいつの担当、オレにやらせてくれ……やらせてください。あいつには勝手に体を使わせてもらっている借りがある」
しかし青鬼監督は、静かに首を横に振った。
「あいにくだが、それはできない相談だよ。キミが栗原江蓮の肉体を無断使用している件は、地獄界全てに知れ渡っている。キミが担当すると、間違いなく私情を挟むという色眼鏡で見られることだろう。あくまでキミがここに来たのも、栗原江蓮が来たのもただの偶然なのだ。分かるかね?」
「そんな……」
「キミのここでの仕事は、あくまでも遊撃的な巡視役だ。獄卒と罪人達のやり取りを見ているだけでいい。キミも少しは立場をわきまえたまえ」
「くっ……!」
キノは右手で拳を作り、歯ぎしりをした。
「鬼之助君。今、私が言ったことをヒントにして、よく考えてみなさい。きっといい手段が見つかるはずだ」
青鬼監督は牙を覗かせてニッと笑いながら、詰所の方へと戻っていった。
「ヒントだぁ……?」
「オラオラーっ!早く石積め!」
まずは河原で石積みの刑場に送られた栗原江蓮。
担当獄卒達が鞭や金棒片手に罪人達を恫喝して回る。
「あっ……」
生前、川井ひとみと違ってあまり体力の無かった栗原江蓮は、積んだ石を自ら崩してしまった。
「何しとるか、貴様っ!!」
「!!!」
近くにいた獄卒が気づいて、金棒を振り上げた。
栗原江蓮は両手で頭を押さえた。
「やめとけ」
しかし、そこへたまたま巡視に来たキノが止めた。
「な、なにっ!?」
「彼女はまだここに来たばかりだ。少しは大目に見てやれ」
「ちっ……!余計な口出しはしないでもらおう!」
「おい、お前。もっと向こうの方でやれ。向こうの石は軽くて平べったくて積みやすいぞ」
「は、はい!」
それを見届けたキノは、
「悪かったな。あばよ」
「何なんだ、アンタわ!?」
当然ながら、止めた獄卒に変な顔をされた。
(たまたま巡視に来て止めるっつー方法も、何回かやるとムリが出てくるな……。もっといい方法が無いものか……)
「おっ、ここにいたのか」
「ん?」
そこへまた別の獄卒がやってきた。
「お前に電話だぞ。詰所に戻れ」
「それって校舎の裏に呼び出し的な……?」
「んなワケあるか!実家から電話だぞ」
「実家!?」
キノは目を丸くした。
こんな所に電話してくる者など、送り込んだ張本人しかいない。
「5分以内に掛け直さないと、もう1回電話するということだが、どういう意味なんだろうな?」
「は、はは……ちょっとその……蓬莱山家の隠語で……。詰所な?」
「詰所だ」
キノは詰所に戻った。
「姉貴のヤツ、この忙しいのに何なんだ……」
「ああ、鬼之助君。その電話を使いたまえ」
青鬼監督が尖った爪で電話機を指さした。
「人間界じゃスマホが主流だってのに、こっちは未だに黒電話かい。電話番号、いちいち覚えてねーぞ」
「実家の電話番号も覚えてないのかい?」
「ケータイで1発だからな……」
キノは自分のケータイを取り出した。
「……って、アンテナ立ってる!圏外じゃねぇの!?」
「何を言ってるのか分からんが、早いとこ掛け直した方がいいんじゃないのかね?」
「お、おう」
キノは自分のケータイに登録された実家の電話番号を検索すると、それを見ながらダイヤルを回した。
{「はい、蓬莱山です」}
電話の向こうから末妹の声がした。
「おう、魔鬼か。オレだ、オレ」
{「蓬莱山家では名前を名乗らない人は、オレオレ詐欺と見なしまーす」}
「誰がオレオレ詐欺だ!兄貴の声くらい、1発で気づけ!鬼之助だ!」
{「ああ、キノ兄ィ。久しぶり」}
「姉貴がここに電話したっつーんで、掛け直した。姉貴に代わってくれ」
{「はーい」}
すぐに電話の声が聞き慣れた姉に変わる。
{「ああ、ウチやけどね」}
「蓬莱山家では名前を名乗らない人はウチウチ詐欺と見なしまーす!」
{「……アンタ、ふざけとるんなら、今すぐそっちへ“面会”に行ってもええんよ?」}
「冗談です!お美しいお姉さま!」
{「まあ、ええわ。で、アンタの今後の処遇なんやけど、十分に反省したと思ったら、いつでも家に戻って来ィ。人間界の江蓮ちゃんには、ウチからフォローしておいたき、ウチも付いとくから、後でアンタの口からよう謝るんよ?それこそ、土下座する勢いでなぁ」}
「あ、ああ。まあ、ちょっとこっちでやるべきことがあるから、それが終わったらにしとく」
{「そっちでずっと働きたい言うんなら、それでも構わんけど……」}
「いやまあ、ちょっとな……。!」
その時、キノの頭に何かもやもやしたものが浮かんだ。
(何だ?この感じ……。何かが……何かが繋がりそうだ)
{「……まあ、何かあったらすぐ連絡するんよ?で、さっき父さんから聞いたんやけど、そっち、何か携帯電話が繋がるみたいやから、それで連絡できるんよ」}
「ああ。オレも今さっき気づいた」
{「じゃあ、そっちの偉いさん達の言うことよう聞いて、頑張りや」}
「ああ。分かった」
キノは電話を切った。
「何だかんだ言って、キミのことが心配なんだ。いいお姉さんじゃないか」
青鬼監督はニコニコして言った。
「そ、そうっスね……」
しかし今日においては、頭の中に現れたモヤモヤ感が晴れることは無かったのである。