[1月2日09:00.石川県金沢市 十条家前 敷島孝夫&エミリー]
「さすが日本海は雪国だなぁ。南里研究所があった仙台市泉区よりも、雪深いよ」
「イエス」
金沢市内には、2時間遅れで敷島達は到着した。駅前からタクシーに乗り換えて、十条家に向かった。
「でもまあ、ちゃんと除雪してあって、走りやすい道だ」
南里研究所と違って、十条家は金沢市郊外の平坦な住宅街にあった。
市内の鉄道網はJRの他に、北陸鉄道という私鉄が2路線運行されているが、あいにくと十条家は鉄道沿線には無い。
「イエス」
「えー、お客さん、そろそろなんですが……」
運転手がタクシーを減速させた。
「そう?えーと、住所だと……」
「敷島さん。ここ・です」
エミリーは、ある家を指さした。
「ん?」
その家は、何故か雪が高く積もっており、家全体が雪の壁に覆われているといった感じだった。
「何だって、この家だけ雪が多く積もってるんだ?」
「ああ、やっぱりこのお宅でしたか……」
運転手は納得したかのように頷くと、タクシーを止めた。
「えっ?」
「市内でも有名なんですよ。『北陸一の発明家』って」
「ええーっ!?」
南里はそんなに有名ではなかった。せいぜい、自治会費未納で有名だったくらいだ。もっとも、世界的権威のロボット工学の大家という顔なのだが。
「十条理事も、世界的権威の1人のはず……なんだけどなぁ……」
十条は南里やウィリーと違って栄誉には興味が薄く、本来なら財団理事長を務めても良いくらいだ。しかし、
「自分が理事長をやろうものなら、財団が3日で潰れるから」
という理由で、せいぜい理事会の末席に身を置いているくらいだ。
研究できる環境さえあれば良いという理由で、研究室を置いている大学も、地元の大学に終始している。どうしてもと請われて、東京の大学に客員教授として出向しているのも、何かの気まぐれらしい。本当に変わった博士だ。
「まあいいや」
敷島達はタクシーを降りた。
「おー、キールじゃないか」
雪の壁には、ちゃんと門の部分に穴が開いていた。そこから家の中を覗くと、庭の除雪をしているキールの姿があった。
いつものタキシードにタイという“ベタな執事の法則”の恰好ではなく、除雪作業に相応しい作業服に作業ズボンを履いて、下にはブーツを履いている。
「あっ、これは敷島参事……と、エミリー……」
「明けまして・おめでとう」
エミリーが新年の挨拶をするのを見て、エミリーに振袖を着せるアイディアを思いついた。
(いやいや。俺はもう、ボーロカイド・プロデューサーじゃないったら)
新年に則して、振袖や紋付き袴を着用したボーカロイド達の写真集を売り出してみたら、飛ぶように売れた。
特に、どういうわけだか、巡音ルカに赤い着物を着せ、緑の帯を巻かせて、黄色いかんざしを着けさせたら、一部の熱狂的なファンから、
「赤く染まった裁縫バサミをアイテムとして持たせてくれ」
とのメールが殺到し、首を捻った記憶がある。
「おめでとう……ございます」
「いいよ、キール。俺の前では遠慮しなくていい」
「はあ、ですが……。とにかく、どうぞ。博士が中でお待ちです」
[同日09:15.十条家応接間 十条伝助、キール・ブルー、敷島孝夫、エミリー]
「仙台から、遠路はるばるお疲れさんじゃの」
「いえいえ。新年のご挨拶に。明けまして、おめでとうございます」
「おめでとう。エミリーも元気に稼働しておるようじゃな」
「イエス」
「しかし、平賀君達も気が利かんな」
「は?」
「エミリーにも振袖着せてやれば良いものを……」
(俺と同じ考えだなぁ……)
もっとも敷島は商魂によるもので、十条とは心中が違うだろう。
「来年、考えておきます」
と、敷島は言っておいた。
「メイドロボにメイド服を着せるのと同じように、マルチタイプには色んな服を着せてやると良いだろう。せっかく普段は、財団事務所のエントランスにいるんじゃからな」
「あ……そうですね。でも、今回は振袖着て来なくて正解だったかもしれませんよ?」
「バージョン4.0のことかね?」
「振袖着て、あんなド派手な戦いはできません」
「ふむ……」
「今時バージョンが発見されるのは、ある程度しょうがないと思うんです。ただ、それだってバッテリー切れの錆び付いた状態で見つかるのが普通だろうに、あんなに元気に稼働していました」
「つまり、誰かが回収して改修し、勝手に稼働させたということかね?」
「それしか考えられません」
「誰が?」
「そんなの分かりませんよ」
「ふむ。それについては、財団の調査部門に任せるしか無いが……。帰りも夜行バスかね?」
「さすがにホテルに一泊して、明日の飛行機で帰りますよ」
「ふむ。その方がいいだろう。どのようなルートでこの繁忙期の中、チケットを入手したのかは聞かないでおこう」
「はは……」
敷島は口元を歪めた。
「おおかた、往路のバスも、不正とまではいかないまでも、なかなかの裏ルートで入手したので、罰が当たったんではないか?」
「さすが理事。新年早々毒舌で……」
「毒舌ではなく、正論じゃよ。そして、それは言う方ではなく、言われる方が悪い。非の打ち所が無ければ、さしもの毒舌家も黙っているはずじゃ。それでも言うのは、それはもはや毒舌でも正論でもなく、ただの中傷じゃからの」
「さようで」
逆に学会(創価ではない)では、毒舌くらいでないとダメなことは敷島も知っていた。
何しろ学会(だから、創価ではない)という所は、いかに自分の研究が正しいかを主張する場だからだ。
そして、その為には相手の研究成果を否定してやらなければならないこともあると……。
「あれ?」
その時、敷島はふと気づいた。
「ご家族の方は?姿が見えませんが……」
「ああ、うむ。皆でTDRに行ったよ。2泊3日でな。5日に帰って来る」
「理事は行かれなかったんですね」
「老体にはキツくての。まだ、近くの温泉なら良かったんじゃが……」
いかにもという感じで、十条は自らの腰をトントンと叩いた。
(いやいや、確か去年、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学まで足運んでなかったか?この爺さん)
「さて、そろそろ本題に入ろうかの」
十条は敷島を見て片目を瞑った。それにピンと来るものがあった。
「入りましょう。エミリーとキールには、席を外してもらっていいですか?」
「構わんよ。あー、キールや。もしエミリーを好いておるのなら、2人してどこか出掛けてくると良い」
「エミリーも遠慮しなくていいから」
「きょ、恐縮です」
「ありがとう・ございます」
キールとエミリーは手を取りあって、部屋から出ようとした。
「おお、そうじゃ」
ポンと十条は手を叩いた。
「?」
「2人とも。ホテル代は、後で請求書をわしに回してくれれば良い」
ズコーッ!!
敷島を含むアンドロイド2人はズッコケた。で、敷島が代表して突っ込む。
「んなワケないでしょうよ!」
「さすが日本海は雪国だなぁ。南里研究所があった仙台市泉区よりも、雪深いよ」
「イエス」
金沢市内には、2時間遅れで敷島達は到着した。駅前からタクシーに乗り換えて、十条家に向かった。
「でもまあ、ちゃんと除雪してあって、走りやすい道だ」
南里研究所と違って、十条家は金沢市郊外の平坦な住宅街にあった。
市内の鉄道網はJRの他に、北陸鉄道という私鉄が2路線運行されているが、あいにくと十条家は鉄道沿線には無い。
「イエス」
「えー、お客さん、そろそろなんですが……」
運転手がタクシーを減速させた。
「そう?えーと、住所だと……」
「敷島さん。ここ・です」
エミリーは、ある家を指さした。
「ん?」
その家は、何故か雪が高く積もっており、家全体が雪の壁に覆われているといった感じだった。
「何だって、この家だけ雪が多く積もってるんだ?」
「ああ、やっぱりこのお宅でしたか……」
運転手は納得したかのように頷くと、タクシーを止めた。
「えっ?」
「市内でも有名なんですよ。『北陸一の発明家』って」
「ええーっ!?」
南里はそんなに有名ではなかった。せいぜい、自治会費未納で有名だったくらいだ。もっとも、世界的権威のロボット工学の大家という顔なのだが。
「十条理事も、世界的権威の1人のはず……なんだけどなぁ……」
十条は南里やウィリーと違って栄誉には興味が薄く、本来なら財団理事長を務めても良いくらいだ。しかし、
「自分が理事長をやろうものなら、財団が3日で潰れるから」
という理由で、せいぜい理事会の末席に身を置いているくらいだ。
研究できる環境さえあれば良いという理由で、研究室を置いている大学も、地元の大学に終始している。どうしてもと請われて、東京の大学に客員教授として出向しているのも、何かの気まぐれらしい。本当に変わった博士だ。
「まあいいや」
敷島達はタクシーを降りた。
「おー、キールじゃないか」
雪の壁には、ちゃんと門の部分に穴が開いていた。そこから家の中を覗くと、庭の除雪をしているキールの姿があった。
いつものタキシードにタイという“ベタな執事の法則”の恰好ではなく、除雪作業に相応しい作業服に作業ズボンを履いて、下にはブーツを履いている。
「あっ、これは敷島参事……と、エミリー……」
「明けまして・おめでとう」
エミリーが新年の挨拶をするのを見て、エミリーに振袖を着せるアイディアを思いついた。
(いやいや。俺はもう、ボーロカイド・プロデューサーじゃないったら)
新年に則して、振袖や紋付き袴を着用したボーカロイド達の写真集を売り出してみたら、飛ぶように売れた。
特に、どういうわけだか、巡音ルカに赤い着物を着せ、緑の帯を巻かせて、黄色いかんざしを着けさせたら、一部の熱狂的なファンから、
「赤く染まった裁縫バサミをアイテムとして持たせてくれ」
とのメールが殺到し、首を捻った記憶がある。
「おめでとう……ございます」
「いいよ、キール。俺の前では遠慮しなくていい」
「はあ、ですが……。とにかく、どうぞ。博士が中でお待ちです」
[同日09:15.十条家応接間 十条伝助、キール・ブルー、敷島孝夫、エミリー]
「仙台から、遠路はるばるお疲れさんじゃの」
「いえいえ。新年のご挨拶に。明けまして、おめでとうございます」
「おめでとう。エミリーも元気に稼働しておるようじゃな」
「イエス」
「しかし、平賀君達も気が利かんな」
「は?」
「エミリーにも振袖着せてやれば良いものを……」
(俺と同じ考えだなぁ……)
もっとも敷島は商魂によるもので、十条とは心中が違うだろう。
「来年、考えておきます」
と、敷島は言っておいた。
「メイドロボにメイド服を着せるのと同じように、マルチタイプには色んな服を着せてやると良いだろう。せっかく普段は、財団事務所のエントランスにいるんじゃからな」
「あ……そうですね。でも、今回は振袖着て来なくて正解だったかもしれませんよ?」
「バージョン4.0のことかね?」
「振袖着て、あんなド派手な戦いはできません」
「ふむ……」
「今時バージョンが発見されるのは、ある程度しょうがないと思うんです。ただ、それだってバッテリー切れの錆び付いた状態で見つかるのが普通だろうに、あんなに元気に稼働していました」
「つまり、誰かが回収して改修し、勝手に稼働させたということかね?」
「それしか考えられません」
「誰が?」
「そんなの分かりませんよ」
「ふむ。それについては、財団の調査部門に任せるしか無いが……。帰りも夜行バスかね?」
「さすがにホテルに一泊して、明日の飛行機で帰りますよ」
「ふむ。その方がいいだろう。どのようなルートでこの繁忙期の中、チケットを入手したのかは聞かないでおこう」
「はは……」
敷島は口元を歪めた。
「おおかた、往路のバスも、不正とまではいかないまでも、なかなかの裏ルートで入手したので、罰が当たったんではないか?」
「さすが理事。新年早々毒舌で……」
「毒舌ではなく、正論じゃよ。そして、それは言う方ではなく、言われる方が悪い。非の打ち所が無ければ、さしもの毒舌家も黙っているはずじゃ。それでも言うのは、それはもはや毒舌でも正論でもなく、ただの中傷じゃからの」
「さようで」
逆に学会(創価ではない)では、毒舌くらいでないとダメなことは敷島も知っていた。
何しろ学会(だから、創価ではない)という所は、いかに自分の研究が正しいかを主張する場だからだ。
そして、その為には相手の研究成果を否定してやらなければならないこともあると……。
「あれ?」
その時、敷島はふと気づいた。
「ご家族の方は?姿が見えませんが……」
「ああ、うむ。皆でTDRに行ったよ。2泊3日でな。5日に帰って来る」
「理事は行かれなかったんですね」
「老体にはキツくての。まだ、近くの温泉なら良かったんじゃが……」
いかにもという感じで、十条は自らの腰をトントンと叩いた。
(いやいや、確か去年、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学まで足運んでなかったか?この爺さん)
「さて、そろそろ本題に入ろうかの」
十条は敷島を見て片目を瞑った。それにピンと来るものがあった。
「入りましょう。エミリーとキールには、席を外してもらっていいですか?」
「構わんよ。あー、キールや。もしエミリーを好いておるのなら、2人してどこか出掛けてくると良い」
「エミリーも遠慮しなくていいから」
「きょ、恐縮です」
「ありがとう・ございます」
キールとエミリーは手を取りあって、部屋から出ようとした。
「おお、そうじゃ」
ポンと十条は手を叩いた。
「?」
「2人とも。ホテル代は、後で請求書をわしに回してくれれば良い」
ズコーッ!!
敷島を含むアンドロイド2人はズッコケた。で、敷島が代表して突っ込む。
「んなワケないでしょうよ!」