[12月7日13:00.群馬県山中 威吹邪甲&威波莞爾]
「では、先生。お手合わせしてくださるとのことで、ありがとうございます。是非とも本気で、よろしくお願い致します」
カンジはいつものジャンパーにジーンズから、着物に袴という出で立ちになった。しかも第一形態を通り越して、第二形態の姿になっている。
「先生。よろしいのですか?オレは第二形態なのに、先生は第一形態のままで」
カンジは険しい顔で、威吹を見据えた。カンジは白目が黒くなり、逆に瞳が金色に光っている。頭に生えた狐耳と、口元から覗く牙が鋭い。
「いいから。お前は戦いやすい方法で来い」
「では……」
勝負は一瞬で付くか。
「取った!」
カンジは威吹の姿を一刀両断にした。……はずたったが、斬った感触が無い。
「残像!?」
「はい、終了」
いつの間にか後ろに回った威吹に、刀の切っ先を突き付けられた。
「くっ!」
だが、カンジは一瞬でまた間合いを取った。
「……いた!いや、また残像……!」
また気配がする。
「でやあーっ……ああっ!?」
そこにいたのはユタだった。
「ま、まさか!?御免!!」
振り下ろした刀の勢いを完全に止めることができず、代わりに体当たりすることになった。
が、そのユタは威吹が化けたもの。
「はい、また終了な」
今度は短刀を顔に突き付けられた。
「ユタがここにいるわけないだろ。もっと向こうにいるよ」
威吹が指さした所には、100メートルくらい離れた崖の上から双眼鏡でこちらを見ているユタの姿があった。
「確かに実力はあるが、無駄な動きが多い。あと、油断し過ぎ」
「ううっ……!」
「面白いくらい教科書通りの動きなもんだから、こっちはいくらでも陽動してやれるよ。敵が教科書通りの動きをしてくるわけないからな」
「い、いや、威吹が強いだけであって、カンジ君はけして弱くない」
双眼鏡で観戦していたユタは、手が震えて、あやうく双眼鏡を落としそうになったという。
「とても、ポップコーン片手に気軽に観戦できるもんじゃないよ……」
でも結局、カンジを弟子入りさせてやることにした次第。
いくらカンジが生真面目な性格だからとはいえ、あまりにも動きが教科書通り過ぎるのが気になったのだ。
(古老連中め。ややもすれば、若衆が造反しないようにワザと一定以上強くならないようにしやがってるな)
「カンジ」
「はい!」
「分かったよ。お前を妖狐の里のジジィ連中が震え上がるくらいの強さにしてやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。但し、覚悟はしておけよ。今のオレは、今や里から見れば、ヘタすりゃ『造反者』の疑いが掛かってるくらいだ」
「それなら大丈夫です」
「ん?」
「先生はあくまで『追放者』であって、『造反者』ではありません」
「追放処分は出てるのかよ!」
「でも、カンジ君。本当にいいの?いずれにせよ、威吹の立場は最悪なわけでしょ?キミは里じゃ、エリートなわけで……。それが威吹に弟子入りしたとあれば、キミの立場も危うくなるんじゃないかな?」
ユタが至極当然のことを言った。
「オレはエリートじゃありませんよ。テストの成績が良いから即エリートというわけではないんです。そこは人間と違います」
「ふーん……」
「とにかく、オレのことは心配しないでください。オレはとにかく強くなりたくて、先生の弟子に……」
「それならまあ、いいけど……」
[12月8日10:00.ユタの家(威吹の部屋) 威吹邪甲&威波莞爾]
(威吹視点の一人称で)
昨日、カンジの実力を見てやったわけだが、あいつは里では実力派であることが分かった。
本来ならもっと強くなれるはずだ。
だが、どうも里の古老どもはカンジのような優秀な者が、それ以上強くならないように、何か呪縛のようなものを掛けていると分かった。
恐らくは自分達の既得権益が脅かされぬよう、予防策を張ったと思われる。
そう、それはまるで、人間界におけるゆとり教育のように。
オレの罪が赦されず、未だに追放処分が続いているというのも、オレが目の上のたんこぶだからだと思われる。
本来オレは、里では中堅の部類に入る。カンジ達に『教科書通りの』教育を施してやり、古老どもにモミテをする立場だ。
ま、オレには人間界で“獲物”と共に生きる方が楽しいと思うから、今更赦免を求めるつもりもないが。
それより、さっきから気になっていることがある。
この部屋にはカンジがいる。オレはカンジを里からの『通い弟子』にするつもりだった。そうすれば、里からの情報も入るだろうと思ったのだ。
しかし、カンジは部屋で寛ぐオレの前に立ち、微動だにしない。彼の出で立ちを見ると、「早く稽古をつけてくれ」と言わんばかりの着物に袴姿。
それはいい。やる気の表れだと、前向きに捉えることができる。それはともかくとして、何か……背中に大きな風呂敷包みを背負っているのが見える。
いや、それだけじゃない。向かって右側には、『ぼすとんばっぐ』なるものと、左側には『きゃりーばっぐ』なるものが見える。
……一体、何なんだ?カンジは、オレから話し掛けてくるのを待っているようだ。
空気が重い。この重い空気は、何年ぶりだろうか。
確か……さくらと知り合った時、彼女に調伏されて2度と人喰いをしないと誓っておきながら、また人を襲って、彼女にまた捕まって、朝まで説教食らった時だったか。2回目襲った時は未遂だったが。
「先生」
やっとカンジが話し掛けて来た。
「何だ?稽古なら、今日は休みだ」
「いいえ。違います。単刀直入に言います」
カンジは風呂敷包みを畳の上にドサッと置いた。
「『通い弟子』ではなく、『住み込み弟子』にしてください!先生のお傍で、強さの秘訣を学びたいのです!」
そう言って、三つ指ついて頭を畳に擦り付けた。
「う、うん……。絶対ヤダ」
「何故ですか!?」
カンジはバッと頭を上げて、オレに何とも言えぬ顔を向けて来た。
「だってここ、オレの家じゃないし。オレとて食客の身だし。そんなオレが住み込み可なんて言えるわけないだろ?」
「ということは……」
「ここの家主殿に許可を取るんだな。オレだって、そうした。ちゃんと家賃も60両、一括払いだ」
「そんな……」
「家主殿は気前の良い方で、60両一括払いで、ユタをちゃんと護衛してくれれば、あとの支払いはしなくても良いと仰った。お前もそれくらいするんだな」
「家主殿はどちらへ!?」
「さあ……。ユタの話だと中国より、印度より、もっと西の国へ出掛けていらっしゃると……。そこまで行くか?」
威吹は意地悪くニヤッと笑った。
「何しろ、年末年始も帰れないって話だからな」
「そうですか……」
カンジは俯いた。よしよし。このまま諦めて、通いにするんだな。
「家主代行……」
「は?」
「家主殿が長期間留守にされる場合、代行がいらっしゃるはずです。ここで言えば、ユウタ殿が正にそれでは?」
「なっ!?どうしてそうなる?」
「ユウタ殿はれっきとした、稲生家の次期当主でありますね?」
「そ、それはそうだが……」
ユタは一人っ子であり、兄がいるわけではない。
「それなら当主殿が留守の間、ユウタ殿が代行を務めていらっしゃるはず。ユウタ殿は20歳でありますれば、法的にも……」
「ちょ、ちょっと待て!オレが許可を取った時は、ユタではなく……」
「それはユウタ殿がまだ未成年であったため、法的にも権限が無かったからでありましょう」
「ただいまー」
その時、玄関からユタが帰って来る声がした。
ギラッと眼光を放つカンジ。
「逃げろぉ!ユタぁっ!!」
[同日13:15.ユタの家(玄関→リビング) ユタ、威吹、カンジ]
(再び三人称に戻る)
「ただいまー。いやあ、今日は午前の御講だけで終わっちゃったよ」
「ユウタ殿……!」
「えっ?な、なに!?」
カンジがユタの眼前に迫る。殺気は無かったが、鬼気迫るものがあった。
「カンジ、やめろ!勝手なことをするな!!」
師匠の言葉を無視し、
「話があります」
と、迫った。
「は、話!?」
リビングへ移動する。
「オレをこの家に置いてください。威吹先生の住み込み弟子になりたいのです」
「えっ?でも威吹は、通いだって……」
「そう!そうなんだよ!カンジ、この家に食客が2人もいたら迷惑だろう?空気読めよ!」
するとカンジは着物の懐に手を突っ込み、そこから札束をテーブルの上にドサッと置いた。
「家賃はお支払いします」
「……!!」
厚さからして100万、200万ではない。もっとそれ以上の大金だった。
「威吹先生はこちらに住まわせて頂くに辺り、小判60両の家賃をお支払いしたと伺いました。あいにくと今、小判は存在しません。現代の日本円で恐縮ですが、先生がお支払いした60両の換算額をお支払い致します。概算額1000万でいかが?」
「い、いっせん……って、これ、本物!?」
「本物です。嘘だとお思いでしたら、銀行で確認して頂いて結構です」
「つっても、銀行は明日じゃないと開かないし……」
「そ、そうだよな!」
「と、とにかく、これは預かっておこう。僕は別にいいよ。部屋なら空いてるし」
「ユタ!?」
「先生。家主代行より、許可を頂きましたが?」
「あー、もうっ!分かったよ!好きにしろ!」
「よろしくお願い致します」
「しかし……威吹の小判といい、カンジ君の札束といい、妖狐って金持ちなんだね」
「稲荷大明神を拝む人間は、富と名声を求めていると聞きます。実際その眷属であったオレ達には、そこそこの決裁権が与えられているのです」
(そこそこって、上限額いくらだよ、その決裁権!?)
ユタはそれ以上、聞くのはやめることにした。恐らく、普通の人間が立ち入っていい領域ではないと思ったのだ。
「カンジ。とにかく、お前がユウタを家主代行と思うからには、この家ではユタの指示に従うこと」
「当然です」
「そしてお前が将来、特種(S級の旧称)級の“獲物”を狙うならば、オレと一緒にユタの護衛もすること。これも将来、お前が“獲物”を手にした時に備えての予行演習だ」
「分かりました」
「剣術については……。そのうち、追々な」
こうして、住み込み弟子も加わって、稲生家には2人の居候が住むことになったのである。
「では、先生。お手合わせしてくださるとのことで、ありがとうございます。是非とも本気で、よろしくお願い致します」
カンジはいつものジャンパーにジーンズから、着物に袴という出で立ちになった。しかも第一形態を通り越して、第二形態の姿になっている。
「先生。よろしいのですか?オレは第二形態なのに、先生は第一形態のままで」
カンジは険しい顔で、威吹を見据えた。カンジは白目が黒くなり、逆に瞳が金色に光っている。頭に生えた狐耳と、口元から覗く牙が鋭い。
「いいから。お前は戦いやすい方法で来い」
「では……」
勝負は一瞬で付くか。
「取った!」
カンジは威吹の姿を一刀両断にした。……はずたったが、斬った感触が無い。
「残像!?」
「はい、終了」
いつの間にか後ろに回った威吹に、刀の切っ先を突き付けられた。
「くっ!」
だが、カンジは一瞬でまた間合いを取った。
「……いた!いや、また残像……!」
また気配がする。
「でやあーっ……ああっ!?」
そこにいたのはユタだった。
「ま、まさか!?御免!!」
振り下ろした刀の勢いを完全に止めることができず、代わりに体当たりすることになった。
が、そのユタは威吹が化けたもの。
「はい、また終了な」
今度は短刀を顔に突き付けられた。
「ユタがここにいるわけないだろ。もっと向こうにいるよ」
威吹が指さした所には、100メートルくらい離れた崖の上から双眼鏡でこちらを見ているユタの姿があった。
「確かに実力はあるが、無駄な動きが多い。あと、油断し過ぎ」
「ううっ……!」
「面白いくらい教科書通りの動きなもんだから、こっちはいくらでも陽動してやれるよ。敵が教科書通りの動きをしてくるわけないからな」
「い、いや、威吹が強いだけであって、カンジ君はけして弱くない」
双眼鏡で観戦していたユタは、手が震えて、あやうく双眼鏡を落としそうになったという。
「とても、ポップコーン片手に気軽に観戦できるもんじゃないよ……」
でも結局、カンジを弟子入りさせてやることにした次第。
いくらカンジが生真面目な性格だからとはいえ、あまりにも動きが教科書通り過ぎるのが気になったのだ。
(古老連中め。ややもすれば、若衆が造反しないようにワザと一定以上強くならないようにしやがってるな)
「カンジ」
「はい!」
「分かったよ。お前を妖狐の里のジジィ連中が震え上がるくらいの強さにしてやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。但し、覚悟はしておけよ。今のオレは、今や里から見れば、ヘタすりゃ『造反者』の疑いが掛かってるくらいだ」
「それなら大丈夫です」
「ん?」
「先生はあくまで『追放者』であって、『造反者』ではありません」
「追放処分は出てるのかよ!」
「でも、カンジ君。本当にいいの?いずれにせよ、威吹の立場は最悪なわけでしょ?キミは里じゃ、エリートなわけで……。それが威吹に弟子入りしたとあれば、キミの立場も危うくなるんじゃないかな?」
ユタが至極当然のことを言った。
「オレはエリートじゃありませんよ。テストの成績が良いから即エリートというわけではないんです。そこは人間と違います」
「ふーん……」
「とにかく、オレのことは心配しないでください。オレはとにかく強くなりたくて、先生の弟子に……」
「それならまあ、いいけど……」
[12月8日10:00.ユタの家(威吹の部屋) 威吹邪甲&威波莞爾]
(威吹視点の一人称で)
昨日、カンジの実力を見てやったわけだが、あいつは里では実力派であることが分かった。
本来ならもっと強くなれるはずだ。
だが、どうも里の古老どもはカンジのような優秀な者が、それ以上強くならないように、何か呪縛のようなものを掛けていると分かった。
恐らくは自分達の既得権益が脅かされぬよう、予防策を張ったと思われる。
そう、それはまるで、人間界におけるゆとり教育のように。
オレの罪が赦されず、未だに追放処分が続いているというのも、オレが目の上のたんこぶだからだと思われる。
本来オレは、里では中堅の部類に入る。カンジ達に『教科書通りの』教育を施してやり、古老どもにモミテをする立場だ。
ま、オレには人間界で“獲物”と共に生きる方が楽しいと思うから、今更赦免を求めるつもりもないが。
それより、さっきから気になっていることがある。
この部屋にはカンジがいる。オレはカンジを里からの『通い弟子』にするつもりだった。そうすれば、里からの情報も入るだろうと思ったのだ。
しかし、カンジは部屋で寛ぐオレの前に立ち、微動だにしない。彼の出で立ちを見ると、「早く稽古をつけてくれ」と言わんばかりの着物に袴姿。
それはいい。やる気の表れだと、前向きに捉えることができる。それはともかくとして、何か……背中に大きな風呂敷包みを背負っているのが見える。
いや、それだけじゃない。向かって右側には、『ぼすとんばっぐ』なるものと、左側には『きゃりーばっぐ』なるものが見える。
……一体、何なんだ?カンジは、オレから話し掛けてくるのを待っているようだ。
空気が重い。この重い空気は、何年ぶりだろうか。
確か……さくらと知り合った時、彼女に調伏されて2度と人喰いをしないと誓っておきながら、また人を襲って、彼女にまた捕まって、朝まで説教食らった時だったか。2回目襲った時は未遂だったが。
「先生」
やっとカンジが話し掛けて来た。
「何だ?稽古なら、今日は休みだ」
「いいえ。違います。単刀直入に言います」
カンジは風呂敷包みを畳の上にドサッと置いた。
「『通い弟子』ではなく、『住み込み弟子』にしてください!先生のお傍で、強さの秘訣を学びたいのです!」
そう言って、三つ指ついて頭を畳に擦り付けた。
「う、うん……。絶対ヤダ」
「何故ですか!?」
カンジはバッと頭を上げて、オレに何とも言えぬ顔を向けて来た。
「だってここ、オレの家じゃないし。オレとて食客の身だし。そんなオレが住み込み可なんて言えるわけないだろ?」
「ということは……」
「ここの家主殿に許可を取るんだな。オレだって、そうした。ちゃんと家賃も60両、一括払いだ」
「そんな……」
「家主殿は気前の良い方で、60両一括払いで、ユタをちゃんと護衛してくれれば、あとの支払いはしなくても良いと仰った。お前もそれくらいするんだな」
「家主殿はどちらへ!?」
「さあ……。ユタの話だと中国より、印度より、もっと西の国へ出掛けていらっしゃると……。そこまで行くか?」
威吹は意地悪くニヤッと笑った。
「何しろ、年末年始も帰れないって話だからな」
「そうですか……」
カンジは俯いた。よしよし。このまま諦めて、通いにするんだな。
「家主代行……」
「は?」
「家主殿が長期間留守にされる場合、代行がいらっしゃるはずです。ここで言えば、ユウタ殿が正にそれでは?」
「なっ!?どうしてそうなる?」
「ユウタ殿はれっきとした、稲生家の次期当主でありますね?」
「そ、それはそうだが……」
ユタは一人っ子であり、兄がいるわけではない。
「それなら当主殿が留守の間、ユウタ殿が代行を務めていらっしゃるはず。ユウタ殿は20歳でありますれば、法的にも……」
「ちょ、ちょっと待て!オレが許可を取った時は、ユタではなく……」
「それはユウタ殿がまだ未成年であったため、法的にも権限が無かったからでありましょう」
「ただいまー」
その時、玄関からユタが帰って来る声がした。
ギラッと眼光を放つカンジ。
「逃げろぉ!ユタぁっ!!」
[同日13:15.ユタの家(玄関→リビング) ユタ、威吹、カンジ]
(再び三人称に戻る)
「ただいまー。いやあ、今日は午前の御講だけで終わっちゃったよ」
「ユウタ殿……!」
「えっ?な、なに!?」
カンジがユタの眼前に迫る。殺気は無かったが、鬼気迫るものがあった。
「カンジ、やめろ!勝手なことをするな!!」
師匠の言葉を無視し、
「話があります」
と、迫った。
「は、話!?」
リビングへ移動する。
「オレをこの家に置いてください。威吹先生の住み込み弟子になりたいのです」
「えっ?でも威吹は、通いだって……」
「そう!そうなんだよ!カンジ、この家に食客が2人もいたら迷惑だろう?空気読めよ!」
するとカンジは着物の懐に手を突っ込み、そこから札束をテーブルの上にドサッと置いた。
「家賃はお支払いします」
「……!!」
厚さからして100万、200万ではない。もっとそれ以上の大金だった。
「威吹先生はこちらに住まわせて頂くに辺り、小判60両の家賃をお支払いしたと伺いました。あいにくと今、小判は存在しません。現代の日本円で恐縮ですが、先生がお支払いした60両の換算額をお支払い致します。概算額1000万でいかが?」
「い、いっせん……って、これ、本物!?」
「本物です。嘘だとお思いでしたら、銀行で確認して頂いて結構です」
「つっても、銀行は明日じゃないと開かないし……」
「そ、そうだよな!」
「と、とにかく、これは預かっておこう。僕は別にいいよ。部屋なら空いてるし」
「ユタ!?」
「先生。家主代行より、許可を頂きましたが?」
「あー、もうっ!分かったよ!好きにしろ!」
「よろしくお願い致します」
「しかし……威吹の小判といい、カンジ君の札束といい、妖狐って金持ちなんだね」
「稲荷大明神を拝む人間は、富と名声を求めていると聞きます。実際その眷属であったオレ達には、そこそこの決裁権が与えられているのです」
(そこそこって、上限額いくらだよ、その決裁権!?)
ユタはそれ以上、聞くのはやめることにした。恐らく、普通の人間が立ち入っていい領域ではないと思ったのだ。
「カンジ。とにかく、お前がユウタを家主代行と思うからには、この家ではユタの指示に従うこと」
「当然です」
「そしてお前が将来、特種(S級の旧称)級の“獲物”を狙うならば、オレと一緒にユタの護衛もすること。これも将来、お前が“獲物”を手にした時に備えての予行演習だ」
「分かりました」
「剣術については……。そのうち、追々な」
こうして、住み込み弟子も加わって、稲生家には2人の居候が住むことになったのである。