年金記録問題で新たな問題が発覚した。こういうことである。《過去の約四億件の厚生年金紙台帳とオンライン記録をサンプリング調査で照合したところ1.4%も不一致だった。全体で五百六十万件の記録が間違っている計算になる。
年金加入日や年金額算出の基礎となる「標準報酬」などの入力ミスが多く、いくら加入記録を基礎年金番号に統合しても本来の年金額を受給できない可能性がある。》(中日新聞、2008年7月1日)
紙に書かれた数字を人手でキー入力するからには当然入力ミスを防ぐための仕組みを作っておくべきであるが、実態はどうであったのだろう。不可解である。予測されていたこととはいえ、また社会保険庁のずさんな仕事ぶりが明らかになった。しかしこのような入力ミスが社会保険庁の専売特許であるはずはない。同じような仕事をしているところでは日常発生していることだろう。今や社会保険庁は格好の敵役で叩きやすくなっているからその「悪行」が事細かく報じられるが、社会保険庁の役人だけが特別に人格・能力が劣っているわけではあるまい。結果的にその有無はともかくチェック機能が働かなかったのだから、社会保険庁のシステムに本質的な欠陥があったのだろうと私は思う。
この報道を見て入力ミスにかかわるある出来事を思い出した。私の現役時代の話で、医学部内の教室予算案に私が目を通したことが事の発端であった。予算案は事務室が作ったもので、問題がなければ一年間の教室予算がそれで決まる。今年度の校費はいくらかそれが分かれば十分だから、普段はその書類の中身までわざわざ目を通すことはしない。その時はたまたま私が予算会議に出ていて時間つぶしに書類を眺め回していたんだと思う。あるところでどうもおかしいと私の直感が働いた。過去一年間の実績に応じて各教室の電気代を算出するのだが、わが教室の電気代が医学部の中で最高額になっている。これが引っかかったのである。
京大の医学部構内(病院とは別)にはあたかも群雄割拠の根城のように沢山の建物があった。それぞれの教室が城を構えているのである。たとえば構内最大の建物には医化学第一、第二講座と薬理学第一、第二講座の四つの教室が入っていて、医学部内でも最大の研究人口を擁して華々しい研究業績を競い合って挙げていた。私どもの建物はその横手にあって、私も夜は結構遅い方であったが、帰り道に否応なく目に入るこの医化学・薬理の建物はいつも灯りが煌々と輝いており文字通り不夜城のようであった。それにくらべて私どもの建物に入っているのは二教室、それも両教室で院生が毎年一人でも入ってくれば大喜びをするほどのこぢんまりとした世帯であった。いくら電気代を使ったとしても医化学、薬理の教室を上回ることは絶対にありえないことである。そのことを指摘すると事務長がそれもそうですな、と言う。そして調査を約束した。
どこでどうなったのか、教室員立ち会いで調べて貰った。そして原因はコンピューターへの入力ミスであることが分かった。医学部構内の各建物に配電盤があってそこにメーターが取り付けられてある。それを私どものところでは用務員が調査用紙に書き込んで事務に提出する。それを一年分まとめてコンピューターに入力する際に担当者がキーを打ち間違えたのである。今から見ると幼稚なパソコンの利用法であるが、パソコンが大学内の事務処理にようやく使われはじめた頃なので、最後の書類仕上げに使われるぐらいで、日常の出納記録はまだ手書きの時代だったのである。この入力ミスのおかげで前年度に電気代をなんと200万円あまり余分に差し引かれていたのである。これには驚いてしまったが、その分は必ず返すからということになり(当然のこと!)とりあえず一件は落着した。
今から考えても多くの疑問が残る。まず電気代が例年に比べて200万円(ということにする)も多く差し引かれたのに、教室の誰もがなぜ気がつかなかったか、である。その当時教室には文部事務官が配属されていて教室の会計も含めて一切の事務を処理していた。30数年勤続のベテランの文部事務官が定年退職して新しい事務官に変わった頃だったので、目減りにに気づかなかったことがまず考えられる。次に、われわれ教官がなぜ気づかなかったのかというと、それには教室独自のシステムを説明する必要がある。当時としても誠に恵まれたことであったが、教官のほとんどは自分の研究費ぐらいは科学研究費をはじめとして自分で稼いでいたので、校費に依存することはなかったのである。ただ科研費が当たらなかったスタッフには校費を優先的に割り当てるという方針を定めていた。その場合でも各自の研究室の決めた場所に購入伝票を釘差しにしていると事務官が集めに廻っては事務処理をする。校費が底をつき出すともうありませんよ、と注意をうながす、そのようなシステムだった。もし全員がそれぞれの研究費を持っていると、校費の減りには自然と疎くなるし、年度末に残額があるとその使途は教室員で相談して決めていた。
こういうことで教室でのチェック機能は0であった。しかし事務室ではどうか。紙データと入力データを突き合わせる程度のチェックすらなかったのである。ではそれ以外に間違いに気づくところはなかったのだろうか。まず関電には既に電気代を払っているのである。学部の各教室から申告のあった使用電気量に基づく電気量の総額が関電からの請求額より多いことに誰か気づかなかったのだろうか。それともその程度の食い違いは常態だったのだろうか。これでは社会保険庁を一方的に非難するなんて後ろめたくて出来るはずがない。
その年度だったか次の年度だったかもう覚えはないが200万円は戻ってきた。先に間違って引かれたという感覚がなかったから丸儲けのようであったが、正しくは入力ミスのおかげでしなくてもよいは貯金をしたようなものである。しかしはじめに200万円の消えた先、またあらためてどこから出てきたものやら、事務がミスを認めた以上私も今ほど時間があったわけではないので深くは追求しなかった。それどころかちゃんと辻褄を合わせるなんてさすが事務のプロ、大したものだと感心したぐらいなのである。もちろん不正事務処理を告発するなんて考えはこれっぽちもなかった。この話ももう時効は成立しているだろうからと明かす次第である。
社会保険庁の入力ミスについても、意図的にしたものでなければ受給者に不利な入力ミスもあれば有利な入力ミスもあった筈である。本来の年金額より少なく受け取っている受給者は当然その差額を補填されようが、より多く受け取っていた受給者は差額分を返還しないといけないのだろうか。私にはそちらの方が気になっている。
年金加入日や年金額算出の基礎となる「標準報酬」などの入力ミスが多く、いくら加入記録を基礎年金番号に統合しても本来の年金額を受給できない可能性がある。》(中日新聞、2008年7月1日)
紙に書かれた数字を人手でキー入力するからには当然入力ミスを防ぐための仕組みを作っておくべきであるが、実態はどうであったのだろう。不可解である。予測されていたこととはいえ、また社会保険庁のずさんな仕事ぶりが明らかになった。しかしこのような入力ミスが社会保険庁の専売特許であるはずはない。同じような仕事をしているところでは日常発生していることだろう。今や社会保険庁は格好の敵役で叩きやすくなっているからその「悪行」が事細かく報じられるが、社会保険庁の役人だけが特別に人格・能力が劣っているわけではあるまい。結果的にその有無はともかくチェック機能が働かなかったのだから、社会保険庁のシステムに本質的な欠陥があったのだろうと私は思う。
この報道を見て入力ミスにかかわるある出来事を思い出した。私の現役時代の話で、医学部内の教室予算案に私が目を通したことが事の発端であった。予算案は事務室が作ったもので、問題がなければ一年間の教室予算がそれで決まる。今年度の校費はいくらかそれが分かれば十分だから、普段はその書類の中身までわざわざ目を通すことはしない。その時はたまたま私が予算会議に出ていて時間つぶしに書類を眺め回していたんだと思う。あるところでどうもおかしいと私の直感が働いた。過去一年間の実績に応じて各教室の電気代を算出するのだが、わが教室の電気代が医学部の中で最高額になっている。これが引っかかったのである。
京大の医学部構内(病院とは別)にはあたかも群雄割拠の根城のように沢山の建物があった。それぞれの教室が城を構えているのである。たとえば構内最大の建物には医化学第一、第二講座と薬理学第一、第二講座の四つの教室が入っていて、医学部内でも最大の研究人口を擁して華々しい研究業績を競い合って挙げていた。私どもの建物はその横手にあって、私も夜は結構遅い方であったが、帰り道に否応なく目に入るこの医化学・薬理の建物はいつも灯りが煌々と輝いており文字通り不夜城のようであった。それにくらべて私どもの建物に入っているのは二教室、それも両教室で院生が毎年一人でも入ってくれば大喜びをするほどのこぢんまりとした世帯であった。いくら電気代を使ったとしても医化学、薬理の教室を上回ることは絶対にありえないことである。そのことを指摘すると事務長がそれもそうですな、と言う。そして調査を約束した。
どこでどうなったのか、教室員立ち会いで調べて貰った。そして原因はコンピューターへの入力ミスであることが分かった。医学部構内の各建物に配電盤があってそこにメーターが取り付けられてある。それを私どものところでは用務員が調査用紙に書き込んで事務に提出する。それを一年分まとめてコンピューターに入力する際に担当者がキーを打ち間違えたのである。今から見ると幼稚なパソコンの利用法であるが、パソコンが大学内の事務処理にようやく使われはじめた頃なので、最後の書類仕上げに使われるぐらいで、日常の出納記録はまだ手書きの時代だったのである。この入力ミスのおかげで前年度に電気代をなんと200万円あまり余分に差し引かれていたのである。これには驚いてしまったが、その分は必ず返すからということになり(当然のこと!)とりあえず一件は落着した。
今から考えても多くの疑問が残る。まず電気代が例年に比べて200万円(ということにする)も多く差し引かれたのに、教室の誰もがなぜ気がつかなかったか、である。その当時教室には文部事務官が配属されていて教室の会計も含めて一切の事務を処理していた。30数年勤続のベテランの文部事務官が定年退職して新しい事務官に変わった頃だったので、目減りにに気づかなかったことがまず考えられる。次に、われわれ教官がなぜ気づかなかったのかというと、それには教室独自のシステムを説明する必要がある。当時としても誠に恵まれたことであったが、教官のほとんどは自分の研究費ぐらいは科学研究費をはじめとして自分で稼いでいたので、校費に依存することはなかったのである。ただ科研費が当たらなかったスタッフには校費を優先的に割り当てるという方針を定めていた。その場合でも各自の研究室の決めた場所に購入伝票を釘差しにしていると事務官が集めに廻っては事務処理をする。校費が底をつき出すともうありませんよ、と注意をうながす、そのようなシステムだった。もし全員がそれぞれの研究費を持っていると、校費の減りには自然と疎くなるし、年度末に残額があるとその使途は教室員で相談して決めていた。
こういうことで教室でのチェック機能は0であった。しかし事務室ではどうか。紙データと入力データを突き合わせる程度のチェックすらなかったのである。ではそれ以外に間違いに気づくところはなかったのだろうか。まず関電には既に電気代を払っているのである。学部の各教室から申告のあった使用電気量に基づく電気量の総額が関電からの請求額より多いことに誰か気づかなかったのだろうか。それともその程度の食い違いは常態だったのだろうか。これでは社会保険庁を一方的に非難するなんて後ろめたくて出来るはずがない。
その年度だったか次の年度だったかもう覚えはないが200万円は戻ってきた。先に間違って引かれたという感覚がなかったから丸儲けのようであったが、正しくは入力ミスのおかげでしなくてもよいは貯金をしたようなものである。しかしはじめに200万円の消えた先、またあらためてどこから出てきたものやら、事務がミスを認めた以上私も今ほど時間があったわけではないので深くは追求しなかった。それどころかちゃんと辻褄を合わせるなんてさすが事務のプロ、大したものだと感心したぐらいなのである。もちろん不正事務処理を告発するなんて考えはこれっぽちもなかった。この話ももう時効は成立しているだろうからと明かす次第である。
社会保険庁の入力ミスについても、意図的にしたものでなければ受給者に不利な入力ミスもあれば有利な入力ミスもあった筈である。本来の年金額より少なく受け取っている受給者は当然その差額を補填されようが、より多く受け取っていた受給者は差額分を返還しないといけないのだろうか。私にはそちらの方が気になっている。