日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

SPEEDIをお遊びに過ぎない「シミュレーションごっこ」と断じた理由について

2011-05-04 14:12:51 | 学問・教育・研究
5月2日の小佐古内閣参与の辞任に思うこと ボランティアによる「生物医学研究」のすすめで私はSPEEDIの運用について、《現段階ではお遊びに過ぎない「シミュレーションごっこ」》と断じた。そうしたところ政府が3日夜から福島第一原子力発電所からの放射性物質の広がりについて、SPEEDIを用いて予測した結果を順次ホームページ上で公開し始めた。文科省が地震翌日の3月12日から同16日までに行った38件をPDF文書で、また経済産業省原子力安全・保安院はほぼ同じ期間の42件のデータを公表したが、これらを一通り見る限り私の断定が間違っていないことの確信を深めた。お遊びに過ぎないことが分かっていたからこそSPEEDIをを運用した技術者は公表する気にならなかったのに、無理矢理出さされてしまったように私の目には映る。私に言わせると、あんなもの恥ずかしくて出せないという技術者の判断の方がまともなのである。

現役時代、「シミュレーション」が私のレパートリーの一つであった。幾つか研究論文を発表しているが、そのうちの一つに5種類の酸化還元中心をもったミトコンドリアのある成分が酸素と反応して酸化される際に、電子がこれらの酸化還元中心をどのような順番でどのような速さで通り抜けて行くのかのシミュレーションを行ったものがある。そのためにはまず反応モデルが必要になるが、この分野で多くの研究者により得られている数々の知見にもとづいて私が考えたの次のようなものであった。ミトコンドリア内の一成分に過ぎないがその酸化還元状態がこれほど沢山あり得ると考えていたことがお分かりいただけるだけでよい。反応が始まり、この56種類の状態のそれぞれが全体に占める割合の時々刻々変化していく有様を微分方程式で表し、それを数値解析で解いていくことが操作の基本となっている。次の表を含めこういうものをブログに持ち出すのはいささか場違いであるが、シミュレーションの一端に触れて頂ければとの思いからである。


さらには酸化還元中心同士のどのステップでどちら方向にどの速さで電子が流れるかを検討して最終的に用いた値が次のようなものである。


こんなややこしい数値など、ただのこけおどしと思っていただいてもよいのであるが、SPEEDIの場合と同じように「モデルに数値を入れる」ことでシミュレーションを行うことをご理解いただきたいのである。

SPEEDIのパンフレットには

緊急時には、気象データ、地形データをもとに、局地気象予測計算の結果を用い、3次元領域全体の風速場計算、放射性物質の大気中濃度計算および線量計算を行い、被ばく線量などを予測します。

と説明しているが、入力データとして次のようなものが挙げられている。


この「放出源情報」がシミュレーションではもっとも重要であるから本来は実測値が欲しいところであるが、今回は肝心要のそのデータがないものだから、単なる推測値の入力に終わっているようである。シミュレーションではモデルさえあれば、あとはどのような値を入力しても自動的に計算された結果が表示されるのである。入力データごとにいろいろな結果が出てきても、これだけではどれがまともな結果であるのか判断の仕様がない。ところが同じシミュレーションと言っても、SPEEDIと私の場合とでは本質的に異なる重要なポイントがある。それは私の場合には一方で次のような実測データがあると言うことである。


これは実験材料であるミトコンドリア成分の吸収スペクトルの時間変化で、私の場合はシミュレーションがこの測定データを再現しなければならないという厳しい制約が科せられているのである。逆に言えば上の反応モデルに従う以上、次ぎに出てくる数値の組み合わせが、もっとも再現性を満足させるものとして導かれてくるのである。もしシミュレーションが測定結果をなかなか再現出来ないとなると、モデルを考え直すことになる。実は上のモデルはそのような試行錯誤を経て導かれたものなのである。このようにしてモデルの有効性が検証されていく。

ところがSPEEDIでは実測データにもとづく検証がなされているとは思われない。なぜなら今回の不幸な福島第一原発の事故がはじめて科学的には実に貴重な実測データを与えたのであって、これまでそのチャンスがなかったからである。SPEEDIの有効性の検証がない限り何をやろうと「シミュレーションごっこ」と揶揄されても一言もないはずである。関係技術者の間で実測データと突き合わせることで検証が進められているのではと私は想像するが、もし有効性が検証されたSPEEDIが出来上がるのであればぜひやって頂きたいことがある。

私は以前福島原発事故 「レベル7」あれこれで新聞記事を引用して次のように述べた。

この記事によると、「Speedi」と名付けられた計算機モデルに、事故の発生地点から離れた各所で測定された放射能の値を入力して計算させることで、事故現場の放出源から放出された放射能量が求められるようである。もちろんデータ入力にはこまかい条件があるだろうし、どのような地域分布でデータを集めるか、またデータ数の多寡によって計算結果は振れるであろう。それにしてもなぜ原子力安全委員会と原子力安全・保安院がそれぞれ別々の数値を発表したのだろう。そしてさらに次のような話があって、この発表値が信じてよいものかどうか、問題がややこしくなっている。

ここの私の推測が当たっているのかどうか確信はないが、原理的には可能なはずである。実測データを再現するには事故現場から放出された放射能量の最適地を求めれば済む話であるからである。お遊びついでにせめてそこまではやって欲しいものである。なんせ開発費が100億円を超えているというのだから。