日々是好日

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堤 未果著「ルポ 貧困大国アメリカII」の信憑性は?

2010-03-07 20:00:52 | 読書
3月5日の堤 未果著「ルポ 貧困大国アメリカII」を読んでで、次のような書き方をしたところがある。

その一方で、UCが数人の役員に対して総予算の一二%にあたる総額八億五000万ドル(八五0億円)のボーナスを出していたとという、ルポの信憑性を疑いたくなるような乱費が行われているとのスキャンダルが浮かび上がった。
(強調は私)

この部分は著書の15ページに出てくるもので、念のためにその前後をコピーで示す。


間違い無く「数人の役員に対して、UCの総予算の一二%にあたる総額八億五000万ドル(八五0億円)のボーナスを出していた」となっている。私にはこのボーナスの額が信じられなかった。こんなことが本当にあり得るとは思えないだけに、もしこれが事実ならまさに大スキャンダルである。でももしこの文章が著者の取材不備や推敲不十分で事実と異なっていたがために、あり得ないと私に思わせたのであれば、これはこの本の信憑性にかかわることである。その思いからルポの信憑性を疑いたくなるようなと持って回った書き方をしたのである。

何故このボーナスの額が信じられないのか、簡単な計算をしてみよう。数人の役員というから10人を超えることはなかろう。それでかりに最大9人とすると1人当たりのボーナス平均額が日本円にして90億円、USドルで9000万ドルを超えてしまう。これでは公的支援を申請した米国企業トップの報酬を遙かに超えてしまう(過去データであるが、ゴールドマン・サックス 5396万ドル;メリルリンチ 8309万ドル;ゼネラルモーターズ(GM)1574万ドル)。営利事業をしているわけでもない州立大学の役員の年間ボーナスがこの額とは私の常識では信じられなかったのである。となるとこれは著者が資料を読み間違えたとしたほうが私には理解しやすい。著者の用いたデータの出所は分からないが、私なりに調べたところ、見つかったのは私の常識を裏付けるような次の資料であった。UCのPreliminary analysis of 2005-06 compensation “above base pay”と、Further analysis of 2005-06 "above base pay" compensation (December 2006)で、おそらく後者が最終報告ではないかと思われる。そこには次のような文章がある。

Any compensation other than base salary and overtime is known as “above base pay” compensation. In November 2006, the University issued a preliminary report on “above base pay” compensation provided to UC employees during the 2005-06 fiscal year. The report showed that $916 million in “above base pay” compensation was paid in 2005-06, excluding employees at UC-managed national laboratories. Of this $916 million, approximately $7 million was paid to employees who are members of the University’s Senior Management Group.

これによると報酬は基本給と残業手当とそれ以外の“above base pay” compensation、即ち諸手当からなっていて、これにはいわゆるボーナスも含まれることがほかの文書で明らかになっている。問題になったのはその諸手当で、これが2005-6年度で9億1600万ドルである。1ドル100円計算で916億円となり、著者のいう総額8億5000万ドル(850億円)と金額が近い。ところがUC文書によると9億1600万ドルのうちおよそ700万ドル(7億円)が"members of the University’s Senior Management Group"に支払われたことになっている。大部分となる残りは、後に記すように、UCの多くの教職員に分配されたようである。資料では総長、学長、副学長などの管理者316人がこのグループに含まれていて、そのうち169人がいわゆる諸手当を手にしていることが分かる。この諸手当を計算すれば700万ドルになるのだろうが、そこまでは確認していない。

ところで著者の堤さんはスキャンダルという言葉を用いているが、その起こりはSan Francisco Chronicle(SFC)の記事に由来するのだろうか。一連の記事をSF Chronicle Series on UC Executive Compensationで見ることができるが、2005年11月13日に次のような記事がある。

When the University of California hired David Kessler as dean of the UCSF School of Medicine two years ago, the university announced he would receive "total compensation" of $540,000 a year.

Turns out he actually got much more.

In addition to his salary, he received a one-time relocation allowance of $125,000, plus $30,000 for six months' rent and a low-interest home loan.

There was more. He was reimbursed for his actual moving costs from Connecticut, and his family received round-trip airline tickets to go house-hunting in the Bay Area.

Kessler is hardly unique. Despite UC's complaints that it has been squeezed by cuts in state funding and forced to raise student fees, many university faculty members and administrators get paid far more than is publicly reported.

In addition to salaries and overtime, payroll records obtained by The Chronicle show that employees received a total of $871 million in bonuses, administrative stipends, relocation packages and other forms of cash compensation last fiscal year. That was more than enough to cover the 79 percent hike in student fees that UC has imposed over the past few years.

ここで出てくる8億7100万ドルは2004-2005年度の額で、2005-2006年度の9億1600万ドルに相応するものである。UCが管轄する国立研究所への支出を除外すると8億4300万ドルになり、新書本の8億5千万ドルはこの数字を引用しているように思われる。この金額がボーナスを含む諸手当に使われたというのであるが、SFCの記事は次のように続く。

The bulk of the last year's extra compensation, roughly $599 million, went to more than 8,500 employees who each got at least $20,000 over their regular salaries. And that doesn't include an impressive array of other perks for selected top administrators, ranging from free housing to concert tickets.

さらに前年度2003-2004年度でこの諸手当は5億9900万ドルになるが、それは8500人以上の教職員に支給され、一人当たり通常の給料より2万ドルを上回ったというのである。限られたトップ管理者への特典はこれに含まれていないというが、具体的な数字はここには出ていない。その限られたトップ管理者への特典の一例が、SFC2005年11月13日の記事に出てくるDavid Kessler氏への手厚い待遇と言うことなのだろう。この「スキャンダル」が世間に知られるようになった2005-2006年度においても、すでに述べたように"members of the University’s Senior Management Group"の169人が諸手当を受け取っており、諸手当が10万ドルを超えた人はそのうちの16人である。諸手当の最高額は25万6916ドルで、基本給と合わせて報酬総額が61万3666ドルに達した人がいる。いずれにせよ堤さんが書いたように、数人の役員に8億5000万ドル(850億円)という巨額の諸手当が分配されたわけではなさそうである。

このようなSFCの一連の記事が引き金になっていわゆるCompensation Scandalが世間に大きく広まったのだろうが、この記事が取り上げたような諸手当の額の大きさ、その支出の根拠などが世間の注目を引いたのであろう。しかし、繰り返しになるが、私がこれまで取り上げてきた資料のどこにも、新書本に記されているように総額8億5000万ドルの諸手当が、数人という限られた役員に支給されたとの記述を裏付けるデータが見当たらない。堤さんは一体どこからこのような情報を得たのだろうか。州立大学の役員の定義自体あいまいであるが、いずれにせよこの数人の役員が平均90億円を超えるボーナスを手にしているとは到底考えられないだけに、堤さんがどこかで過ちを犯したとしか言いようがない。もしそうだとすれば一事が万事ではないが、このルポの信憑性が大きく揺らぐことになる。著者に説明して頂けるだろうか。

【お断り】(3月8日) 昨日投稿した内容に加筆または変更を加えた。