日々是好日

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薬害肝炎 議員立法法案に「薬害を発生させた国の責任と謝罪を明記する」ことの無意味さ

2007-12-27 20:42:59 | Weblog
薬害肝炎訴訟問題で福田首相が被害者の救済に向けて、議員立法を指示したことから局面が大きく変わった。原告団は各政党を歴訪して支持を求めており、民主党も原告団が同意するような法案なら国会で賛成もありうるとのことである。ところが原告団が同意するには、その法案に《薬害を発生させた国の責任と謝罪を明記する》(産経新聞 2007年12月26日(水)16:46)ことが最低限欠かせないようである。私はこの点にひっかかった。

25日の薬害肝炎被害者救済の議員立法に望むことで私は《この報道のある点に私は違和感を抱いた。「国が薬害被害を起こした責任を認め、被害者の苦痛に心から謝罪する」という内容を法律に明記することがなぜ必要なのか、私が被害者でないこともあってかどうも理解できないのである》と述べた。原告団は二度と薬害を起こさせないためにこの文言を法律に明記することが必要であると主張しているようだ。しかし「薬害を発生させた国の責任」の実体が私には見えてこないから、これではただの言葉遊びのようにしか感じないのである。それどころか、こういうことに固執していると、日本の薬事・医療行政制度の崩壊をも招きかねないとすら思えたのである。

血液製剤の製造・販売・使用を国が認めたことが「薬害を発生させた国の責任」になるのだろうか。制度的に薬剤の市場への導入には政府の許認可がなければならない。国民の医療の向上のために政府は新しい薬剤の使用を認めるもので、認可に至るまでには薬効、副作用を中心に慎重な審査が行われる。日本ではなぜか新薬認可に長期間かかるが、そのことがかえって審査を慎重に行っているかのような印象を与えているのかも知れない。しかし人智に限りがある以上(これを認めることが出来るのは科学的素養のある人々である)いかなる意味でも完璧はありえない。だから新薬認可がいかに慎重に進められたとしても、事故、すなわち薬害は起こりうるものであるとの認識が根本になければならない。そして万が一の事故発生に備えて迅速な「事故への対応」が講じられていなければならない。

「事故の発生」とはたとえば薬剤の製造工程で汚染が生じ、それが見逃されたままに出荷されて患者の健康障害を引き起こす場合とか、医療現場でその使用方法が適切でなかった場合とか、もろもろのケースがあり得る。このような場合でも薬害を発生させたとして国が責任を問われるのだろうか。もしそうだとすると、死刑執行命令書に在任中署名を拒んだ法務大臣がいるように、新しい薬害被害者を作るのはもちろんのこと、補償で国に多額の出費を強いる恐れのある行為に荷担できないと、在任中に新薬認可の署名を拒む厚生労働大臣が出て来ても不思議ではない。薬事・医療行政制度の崩壊である。

「事故の発生」を完全に抑えることは出来ないことを前提とする、これが科学的な判断というものである。その上で事故が発生した場合に、被害の広がりを最小限に抑えるための手段を確立する。最も効果のある対策は、薬剤の使用でそれとの係わりが疑われるような事故が報告されたら、即刻その薬剤の使用を停止させることを法律で定めておくことである。

かってJRで人身事故があったときに、乗客に不便をかけさせないためにと、事故処理と運転再開を急いだあまりに第二の人身事故を引き起こしたことがある。それ以来JRは一旦人身事故が発生するとこんなところまで、と訝しく思える広い範囲で運転を一斉に停止する挙に出た。そのお蔭で私も何回か会合の約束に遅れることがあった。今でもJRでの人身事故の起こるたびに運転停止のお蔭で不便を蒙る人数が大幅に増えているが、諦めムードが一方では定着してきているようすら思える。

薬剤の使用に関して言えば、服用者の異常行動が問題視された「タミフル」でも、一つの事例であれ責任者が判断して即刻使用停止にすることになる。因果関係の調査はそれからのことで、医学・科学者が納得のいく結論を導き出すまでは使用停止にする。もちろんすべての薬剤が同じような扱いを受けることなる。どのような混乱が、また問題が発生するかは、少し頭を働かせるだけで直ぐに分かることである。

厚生労働大臣が信条として新薬認可に絶対に署名をしないとか、たとえ一例でも疑わしき事例の発生で薬剤の使用を即時停止させるとか、極端なケースのように受け取られるかもしれない。しかし薬害肝炎訴訟の原告団に《薬害を発生させた国の責任と謝罪》を言いつのられたら、このような極端な対応をも視野に入れた論議が涌き起こることは必須である。それよりも重要なことがあるではないか。薬害肝炎の原因の究明である。

私は薬害肝炎の発生原因を特別チームを作って徹底的に調査をして明らかにすることが、原告側の求める薬害再発防止への大きなステップになると思う。今回の議員立法で救済される薬害肝炎被害者はひとまず1000人程度と見積もられている。厚生労働省はいろいろな研究班を組織しているが、その一研究班程度の陣容があれば十分に調査が可能である。被害者1人1人についてカルテを調べ、また聞き取り調査でどのような状況で血液製剤が投与されたのかを明らかにする。わが国では諸外国に較べて血液製剤が極めて大量に使われたという経緯がある。過剰医療なのではなかったのか。その検証過程で医師の判断とか医療機関の経営手法との係わりも浮かび上がってくることは必定である。そのすべてを含めて、血液製剤の投与と感染との因果関係を各被害者全員について明らかにすることが、薬剤被害の再発を抑える具体的な方策に繋がっていく。医療にかかわった誰がどのような責任を負うべきなのかもその過程で明示されることになるだろう。薬害肝炎被害者はこの調査に積極的に協力するという行動で薬害再発防止への意気込みを表していただきたいものである。「言葉遊び」で問題の焦点をずらすべきではない。