日々是好日

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博士号汚職?で逮捕の怪 論文博士廃止のきっかけになるか

2007-12-13 11:08:21 | 学問・教育・研究
asahi.comが《医学博士号を取得した名古屋市立大の研究員から現金を受け取っていたとして、愛知県警は5日、同大大学院医学研究科の元教授伊藤誠容疑者(68)=名古屋市瑞穂区春山町=を収賄容疑で逮捕した。調べに対し、伊藤元教授は金銭の授受は認める一方、「便宜を図っていない」と供述しているという。
 捜査2課の調べでは、伊藤元教授は同科教授だった05年3月下旬、博士号の論文審査の主査として、学位申請者の同科研究員5人から審査で有利な取り計らいをしたことの謝礼として、現金計百数十万円を自分の研究室で受け取った疑い。》(2007年12月5日(水)22:52 )と報じた。私は東京で遊びまわっていたので、この関連のニュースに気づいたのは二三日前のことである。他紙の関連記事にも目を通してみた。

この記事がどうも私にはしっくりこない。不手際なことをやらかす県警と私の頭にインプットされていたあの愛知県警がなぜ?とまず思った。博士号の学位記は確か大学が発行するのではなかったのか。私の学位記で確認すればいいのだが、どこかに雲隠れして見つからないので、発行者は博士号を授与した大学の総長・学長であるとの前提で話を進めるがまず間違いはなかろう。なぜこのことに拘るのかと云えば、今回のような医学博士号の授受を巡っての問題はまず大学内で処理するのが筋なのではなかろうか、と思うからである。

学位制度は教育基本法とその施行省令である学位規則に定められたものである。しかし学位の授与にいたる諸々の具体的な手続きは大学の各学部、さらには各学科によって決められているのが実情であろう。今は「大学」が「大学院」になっているが、要するに学位授与は今や死語かもしれないが「大学の自治」の範囲の行為なのである。「学部の自治」でもある。

YOMIURI ONLINEの伝えるところでは名古屋市立大学《大学院医学研究科では主査、副査への謝礼が慣例化》しており、また《関係者によると、博士号取得に対する謝礼の相場は、主査に対してが20万~30万円、副査が5万~10万円》(共に2007年12月9日3時2分 読売新聞)とのことである。学位の取得に伴うお金のやり取りに注がれる世間の目は厳しいかもしれないが、ここにどのような犯罪性があるのだろう。

2004年度に伊藤氏が主査として関与した18人の内訳は、論文博士が16人で課程博士が2人だったとのことである。論文博士が異常に多いのが目につくが、これは伊藤氏の定年退職と関係があるようで、いわば『滞貨一掃』なのであろう。そしてYOMIURI ONLINEの報じる《伊藤容疑者は2004年度に博士号を取得した5人から、口頭試問の問題を事前に教えた見返りに、現金計百数十万円の謝礼を受け取ったとして逮捕》というのも、この「論文博士」が絡んでいるのであろう。そこで焦点を「論文博士」に絞ることとする。

愛知県警が伊藤氏を逮捕したからには逮捕を妥当とする法律上の解釈がありえたのだろうが、権力はどんな理屈でもつけるもの、今のところその是非は論じない。しかし私にはこの問題のどこに警察の乗り出す犯罪性があるのかが分からないのである。確かに「口頭試問の問題を事前に教えた」のが事実であればフェアーではない。しかし「論文博士」の場合、口頭試問と云ってももともと儀式化しているのが実態であろう。その実態から離れて「口頭試問の問題を事前に教えた」と決まり文句のようなことをいいたてても事態の把握とはほど遠いものである。いずれにせよこれは警察の介入ではなくて学部内、もしくは大学内で対処すればよい問題である。

あえていうが、たかが「論文博士」を貰うかどうかの問題である。「論文博士」にいったいどんな値打ちがあるのだろう。(論文)医学博士号を欲しがるのは多分開業医とか勤務医、さらには官公庁の公務員なのであろう。しかし例えば開業医が医学博士号を得たとしても、病院・医院の看板に「医学博士 何のなにがし」と掲げることは認められていないはずである。「お上」からして医学博士号の値打ちを認めていないからである。となると論文博士号を欲しがるのは自己顕示欲のみと断じてもあながち的はずれではなかろう。論文博士号を貰う方も与える方もお金が動くことで双方とも満足する、どこにも被害者がいないではないか。そのどこが犯罪なんだろう(私に俗説上の田沼意次が乗り移ったようである)。

折に触れて医者への診療報酬外の謝礼が問題になる。お世話になった先生にいくら包んだらいいだろう、と頭を悩ませた人も多いはずである。大学病院で難しい手術を受けるときなんか、特に気を遣うのではなかろうか。この医師と患者との間での金銭のやり取りは論文博士号の授受に伴う金銭のやり取りと本質は変わらない。医師への謝礼をめぐって世間が騒ぎ出すと病院内に「謝礼お断り」の張り紙が出る。こういう事が過去何回も繰り返えされているうちに「謝礼お断り」が社会的にも次第に定着してきたとは思うが、その慣習が完全になくなったわけではなかろう。だから今回の出来事をきっかけに名古屋市立大学大学院医学研究科の教室や教授室の扉に「学位取得にともなう金品の贈与は一切お断りいたします」というような張り紙を貼り廻ればいいのではないか。仮にそれに従わない教員が出たとしても学内で処分すればよいのである。もっとも税法上の違法行為があればこれこそ法律的に処断されるべきなのである。

もちろん私は学位の売り買いとも受け取られかねない金銭のやり取りを支持しているのではない。一挙に警察の出動となったことに疑義を感じているだけのことである。しかし勇み足気味の愛知県警の介入を機に、「論文博士」を一挙に廃止する方向に世論が動けばよいと思っている。「論文博士」の出鱈目さかげんは知る人ぞ知るではないか。中央教育審議会はすでに「論文博士」を将来的に廃止する方向で検討すべし、との方針を打ち出している。博士号取得希望者へは現在の大学院制度の柔軟な運用によって応えればよいのである。