ごじらいく

足跡の先に・・・

シミの原因

2017年01月31日 | 恋する花ちゃん

最近、ちらほらと顔にシミが出てきたなぁ。という感じです。

「もう、そんな年なんだなぁ。」と、鏡をじっくり見ます。

最近は、なるべく陽に当たるようなことをしないようにしています。

そのうえ、日焼け止めクリームをしっかり塗り、自分ではちゃんとケアをしているつもりでした。

「シミの原因は何か。」と、ネットで調べれば、一番に紫外線でした。

もろもろの原因はあるのですが、びっくりしたのが「糖分の取りすぎ」にも原因があり、毎朝、たっぷりの砂糖を入れた紅茶を飲んでいることも危ないことなのかもしれません。

そして、執拗なマッサージも危ないのです。

毎日欠かさずマッサージをしている私は、かなりシミについて危険な行動をしていることがわかりました。

「そりゃあ、シミもできるわなぁ。」と、ちょっと反省モードに突入です。

しかし、どれもこれもやめれないんです。

砂糖もマッサージも習慣化してしまって、「これがないと、一日は終わらない。」と、思ってしまいます。

 

20年ほど前に、いずれ出来るシミを見ることが出来る機械で顔を見たことがあります。

そりゃあもう、びっくりしました。

顔中シミだらけ。というか、シミのないところがないんです。

モロモロの黒い顔に唖然としました。

私の将来は、シミだらけの顔なんです。

あの時は、こわいなぁ。と思ったんですけど、喉元過ぎれば熱さを忘れると、すっかり忘れていました。

怖い。怖い。と思いながらも毎日が過ぎていく。そんな日々です。

 

 

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干した布団が落ちる

2017年01月30日 | 日々のつぶやき
ちょっと前、ものすごい風が吹く日、私は何も考えずに布団をベランダに干していました。
窓の外では、風がゴーゴーと音がするくらい激しいのです。
「こんなに風が吹くってことは、布団もよく乾くだろう。」と、安易に考えていました。

だんだん雲行きも怪しくなり、「そろそろ、布団を仕舞おうか。」と、ベランダを見ると、干してあった布団がないのです。
「誰かが仕舞ってくれたんだろうか。」とも考えたんですけど、一応、ベランダの外を見ると、私の布団が道に落ちているではありませんか。
「やべぇ。」と、ダダダダ・・・と、階段を駆け下り、急いで布団を担いで戻ってきたんですけど、敷布は破れ、悲惨な状態に。
そのことを母に言うと、「なんて、恥ずかしい。」と、嫌味を言われることに。
ちゃんと、布団ばさみで布団をはさんでいたにも関わらず、布団ばさみすら砕けるほどのひどい風だったのです。
「アカンなぁ。」ということになりました。

母は、急いで布団ばさみを買ってきてくれたんですけど、布団を干す気候が気になって、気になって仕方がないことになります。
今までは、天気だけを気にしていたんですけど、最近では、風の有無も気遣わないといけません。

敷布も新しいものに変え、見た目おニューな布団に、ちょっと満足している私です。
出来れば、敷布よりお布団がおニューであったらなぁ。と、思うのです。
風の吹く日はご用心。
それが、今の私なんです。

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男より犬

2017年01月29日 | 日々のつぶやき
未だかつて犬よりいい男をみたころがありません。
それは、私の周りにはいい男がいなかっただけかもしれませんが。
犬と暮らしていると、「男なんて、別にいらないや。」と、思ってしまいます。
それくらい犬の誠実さが、たまらなくいいのです。
それが、日増しに増していき、今では犬なしでは生きていけないくらい可愛いのです。

犬はウソをつかないし、裏切らない。
手をかけてやれば、ちゃんと愛を返してくれます。
本当にいい相棒です。

それに比べて男は、ウソをつくし、見栄を張る。
女を下に見るのです。
都合のいい時は褒めますが、いざとなったらよそ見をします。
そういう男しか周りにいなかったので、男の良さがわかりません。

「やっぱり、持つべきものは犬の誠実さかなぁ。」と、今では男より犬を選ぶことになります。
犬がいれば、それでいい。
そんな生活がもう27年も続けてきました。
犬の寿命が長ければいいのに。と、思う日々です。
これからの生活にも犬は欠かせません。
「男より犬。」それが、私の人生の基盤です。
もうしょうもない男はいりません。犬さえいたらいいんです。

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仰山

2017年01月28日 | 日々のつぶやき
「仰山」は、たくさんの。と言った意味があります。
私も使っている言葉なんですが、「ぎょうさん」とは言っていなかったんです。
子供のころから、「ぎょうさん」を、「ようさん」と覚え違いをしていて、恥をかいたことがあるんです。

そういうことが、「ぎょうさん」だけでなくて、ほかにもあります。
「お膳」という言葉を、「おでん」と呼んでいたことなんです。
大人になるまで、そういうことに気付かずに過ごしてきました。
周りの人の、「へっ??」という言葉に、「ハッ!」とします。
たぶん、ほかにも自分では気づかない言葉を使っているはずです。
親は、全然、訂正してくれなかったし、働くまでの間の人たちも、「おかしいよ。」とは言ってくれませんでした。

最近では、「自分は、ちゃんと喋れているのだろうか。」と、考えることもあります。
ちょっとおかしいイントネーションを使うことも度々あるんです。
「ありがとう。」という言葉を関西弁でなくて、関東の言葉を使っていたこともあります。
いつ、それを覚えたかは定かではないので、たぶん、テレビの影響ではないか。と思ったりします。

最近の子供は、ちゃんとした関西弁を使わない子が出てきている。というのを何かで知ったことがあります。
それは、テレビの影響が大きいそうです。
私も子供頃からテレビっ子だったので、関西のイントネーションと違う言葉を言っている可能性があります。
ちょっといきった人間のようにとらえられるところもあります。
今考えると、「恥ずかしい」思いもしてきました。
影響ってこわいなぁ。と思います。

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釣り

2017年01月27日 | 日々のつぶやき
ぼんやりテレビを見ていたら、「なんか、釣りって楽しそう。」という気になりした。
昔、ちょっとだけ釣りをやったことがあるなぁ。ということを思い出しました。
もともと、父も昔、釣りが好きで釣り竿やクーラーボックスも持っています。
ふとした瞬間、「釣りにでも行ってみようかなぁ。」という考えも沸いてきたりします。
しかし、足がないのです。
こんな時、ちゃんと車に乗れる体制を取っておけばよかった。と、がっかりします。

たぶん、釣りは、素人の素人なので、本当に釣れるかわからないし、潮も読めません。
同行してくれる父の言いなりになるしかないのです。
こんな時、「ちゃんと働くようになったら、絶対に釣りを始めよう。」と、心に誓うのです。

昔、お見合いをした人が釣り好きで、お見合い写真に魚の写真をよこした人でした。
あの時は、「なんじゃ、この人は!!」と、びっくりした思い出があります。
結局、お見合いはお断りしたんですけど。
まあ、釣りは奥が深いので、のめり込んだらあとには引けないこともありそうです。
そのうち、釣り人になって海のそばで暮らしているような感じになるのではないだろうか。と、思ったりします。
自分の釣った魚をさばけるようになりたいなぁ。と、思います。
車の運転と、仕事。それが、釣りを始める条件です。


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化粧下地

2017年01月26日 | 日々のつぶやき
ずいぶん前から、私が愛用している化粧下地が売り切れ状態になっていました。
どこのお店に行っても売っていません。
半ば諦めかけているとき、ふと大量に下地が仕入れてられました。
「なんと!!」と、小躍りしたい気持ちになります。
今度、売り切れ状態になったら、また困るので、いつもは1個買う下地を2個ほど手にとることにしました。
この下地のせいで、化粧をする気もなくなって、すっぴんで過ごしたこともあります。

そうなったら、今度は美容液も気になって、2本持っているのに、また買い足すことになりました。
なんか「美容液」と聞くと、「綺麗になっていくんじゃない?」という気になります。
しかし、元の顔がこうなんだから、元以上に綺麗になるわけでもありません。
やっぱり、気のせいなんです。
でも、顔は綺麗にならないけど、保湿成分が含まれているせいで、つっぱることも無くなりました。

いつも使う化粧品は常備してほしいなぁ。と、思うのは当たり前なんですけど、もっとお肌にいいものもそろえて欲しいなぁ。と、思う気持ちもあります。
テレビのCMは、とてもきれいな女優さんがモデルなので、「本当にこれでいいのかなぁ。」と、思ったりします。
めっちゃ汚い人が、それなりになっていくのを写してくれるのが一番有り難いことです。
それって、非常識でしょうか。


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ぎっくり首

2017年01月25日 | 日々のつぶやき

以前、首から肩にかけて、「とても痛い。」と、悩んでいました。

ほんと1週間は痛かったです。

その時、いろいろ自分なりに、「大動脈乖離」かとか、「いつの間にか骨折」ではないか、と心配したのですが、治った拍子にもうそのことは忘れてしまいました。

つい最近、テレビを見ていて、「あれ~?」と、思う事がありました。

それは、「ぎっくり首」なんです。

医学的にはそういう名前ではないのですが、ぎっくり首というものがあるそうです。

本当の名前は、「頸椎捻挫」と呼ばれ、何かの拍子に首が「ガクッ」と衝撃を受けることなんです。

「きっと、私の首もそんな感じ。」と、思ったのです。

きっちりテレビを見ていたわけではないので、治療の仕方や、治るまでの時間などは知ることはできなかったんですけど。

以前、お友達が、ぎっくり腰になり、かなり厳しい状態を過ごしていました。

そう考えると1週間ぐらいで治ったのは不幸中の幸いだったのではないか。と思うのです。

しかし、ぎっくり首の時は、本当に痛くてどうしようもなかったのが現実です。

こういう時は、どこの科の病院へ行けばいいのか、テレビも見逃してしまいました。

しかし、後遺症もないし、もう全然痛くもありません。

たぶん、運動不足が原因ではないか。とも思えます。

病気やケガなどをすると、自分の障害の名前を知ることで半分は安心することが出来ます。

そのことを医者もわかって、ちゃんと病名などを公表してほしいなぁ。と、思ったりします。

名前のわからないことは不安の一つかもしれません。

 

 

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逃げるフェレット

2017年01月24日 | 日々のつぶやき

昨日の夕方、天天を散歩させていたんですが、近くの駐車場で女性が必死に何かを探している風だったんです。

私は、その前から見ていたんですが、どうも飼っているイタチ(フェレット)を放してしまったようで、女性の体を駆け下りながら逃げていくフェレットを見ました。

野生のフェレットと違うのは、逃げ方が甘いんです。

必死に走っているようですが、自分でどこを走っていいのかわからないみたいなんです。

だから、隠れながら走っているようですが、姿が見え隠れして、探しやすいんです。

でも、一度動物を手放してしまったら終わりです。

一目散に逃げるフェレットの姿を追うどころか、いつまでも女性は駐車場をひたすら探していて、もうすでに駐車場を出て、別のところに逃げているフェレットの姿を見ることが出来ていません。

私は、フェレットがどこへ逃げるのか、目で追っていて、教えてあげても女性は身動きすらできないのです。

結局、フェレットはもう姿を見せなくなりました。

探していた女性も諦めて駐車場を出て、家路に着きます。

「なんか、可哀想。」と、思うんです。

この寒い冬空の下、食べるものも今までは与えられてきたはずです。

「もう少し探してあげればいいのに。」と、去っていく女性の後姿を見送りました。

犬のように知能が高ければ、逃げても飼い主のところに帰る本能があるはずですが、フェレットでは帰れないでしょう。

後ろ髪を引かれながら、私も家路に着きましたが、またあの場所を通るとき、ちょっとは気にかけてあげようと、思います。

 

 

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きたな~い

2017年01月23日 | 日々のつぶやき

お掃除をして、その拭き掃除をした雑巾を母に見せて、「きたな~い。」と言われることが私の満足の証なんです。

「よし。これだけ掃除したぞ。」と、自分の家がこんなに汚れていたとは思っていず、ただ雑巾が汚いことだけがいいんです。

今日も、母に雑巾を見せ、「きたな~い。」と、言われ、ちょっとほくそ笑む私でした。

「明日は、もっと汚い雑巾にするぞ。」と、背中をゾクゾクさせています。

毎日、掃除をしていると、雑巾の汚れもそれほど目立たなくなります。

すると、「やった感」が無くなって、日頃、目にしない場所を探しまわします。

「今度は、油汚れにしようかな。」と、換気扇に目をつけています。

今度は、バケツの汚れた油まみれの水を母に見せて、また「きたな~い。」と、言わせてみよう。と考え中です。

 

最近、嫌な予感が脳裏に浮かんできます。

それは、家を飛び出して外まで掃除したくなるのです。

家の外は、母の管轄です。

母の掃除の仕方が不十分だとは思っていませんが、「もしかして、もっと汚れがあるのではないか。」と、思ったりします。

何気に、お隣の家の作業場が路地から見えるのですが、「あれは、掃除し甲斐があるなぁ。」と、思うほど汚れているのです。

しかし、よそ様の家まで掃除するわけにはいかないので、見るだけにしておきます。

家の中がピカピカより、汚れた雑巾に愛着を感じる。今日この頃です。

 

 

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鼻息

2017年01月22日 | あの頃

長く勤めていた会社に、ある男の人が途中入社してきたんです。

その人は、私たち経理部の上司になる人で、仕事中に一人ひとりの仕事のやり方などを回って見学されていたんです。

私の後ろに立ったとき、その上司になる人の鼻息にびっくりしました。

まるで電車の中の痴漢を連想させるような鼻息で、ある意味怖かったのを思い出します。

同じ経理部にいた美人の先輩も同じことを考えていたようで、「すごい鼻息だったね。」と、耳元で教えてくれました。

「私一人にだけじゃなくてよかった。」と、ホッとしました。

当分、その鼻息は、おさまることもなかったんですが、だんだん会社に慣れてきて女子社員の扱いもわかってきたようで、だんだん鼻息は静かになってきました。

「あの鼻息は、一体何だったのか。」と、当時の私は頭をひねりました。

ただ女子社員が好きで興奮していたのか、それとも、ものすごい意気込みで仕事を覚えようとしていたのか、定かではありません。

私は決して美人なほうではないので、鼻息の期間が短かっただけのような気がします。

たぶん、美人の先輩にはいつまでも強烈な鼻息を吹きかけていたような、そうでないような、なんとも理解しにくい見学でした。

それから先は、結構、その上司からは相手にされず、ただ、淡々と仕事をしていたような気がします。

 

 

 

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演歌

2017年01月21日 | 日々のつぶやき

この寒い時期、ふと口にする歌は演歌になります。

演歌のテンポが私にはぴったり合うのです。

特に、「津軽海峡冬景色」や、「襟裳岬」など、今の時期、冬を連想させる歌が、とてもいい感じに口から出てくるのです。

また、「舟歌」も好きな歌の一つです。

だからといって、日常が演歌にまみれた生活をしているわけではないのです。

演歌が口に出るときは、お掃除のとき。

演歌のテンポと、私のお掃除のテンポがいい感じにマッチします。

人間は、テンポに合わせた生活をしています。

もし、私がⅩ-JAPANの曲を聞きながらお掃除しても、きっと気持ちよくお掃除ができないのでないか。と思うんです。

好き嫌いは別にして、やっぱり演歌は肌に合うのです。

 

人間が眠りに入るとき、やっぱりある一定のテンポの曲を聞きながら眠りに入ると気持ちよく眠ることが出来るそうです。

人によっては、童謡であったり、ロックであったり、千差万別だそうです。

自分が一番気持ちよく生活できるテンポの曲に合わせて生活するのが理想みたいです。

さて、新しい曲を覚えて、新境地を開拓するのもいいかも。と思ったりします。

それもまた、演歌かもしれません。

 

 

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悩み相談室

2017年01月20日 | 日々のつぶやき

私は、新聞などのコラムの「悩み相談室」が、とても好きなんです。

いろいろな人が悩んでいる、その悩みがどんなものか知りたいくて、いつも相談室のコラムを読んでしまいます。

人には、本当に軽いものから重いものまで、さまざまな悩みがあって、毎回、感心させられるのです。

そういう私も、人に言えない悩みもあるのですが。

悩んでいる人に寄り添うような優しい答えを出す人もいれば、突き放すような厳しい答えも書かれています。

私は、人から悩みを相談されたことがないので、いざとなったら、どんな答えを出すかわかりませんが、できれば、一歩前に踏み出したくなる答えを出したいなぁ。と、思っています。

ほんと、人の悩みは面白くて、「こんな悩みもあるのか。」と、思えるものが満載です。

でも、その人にとっては、心が沈むような思いで書かれているんでしょうね。

いつの時代でも、人の心には影のように潜んでいる悩みですが、悩みを相談できる人がいない人はどうしてるんだろう。と、思います。

幸い、私には、心優しいお友達がいて、私を心配する親がいます。

軟弱な私は、ついつい甘えて、いつも相談することになります。

 

昔、尖っていた頃は、人に弱みを見せるのが嫌で、誰にも自分の胸の内を語ったことがありませんでした。

その頃は、今より苦しい思いで生きていました。

人を売るような人には胸の内を明かしてはいけないけど、「この人なら。」という人に巡り合えたら、お互いに話を聞いてもらうことが出来ます。

そういう意味では、私は恵まれているのではないかなぁ。と、思ったりします。

いつの世にも悩みはつきものなんです。

「プッ!!」と、笑えるような悩みもあってもいいなぁ。と、心から思います。

 

 

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天天の生理

2017年01月19日 | 天々

散歩中、何気に、「歩かせてみよう。」と、カートから下ろし散歩道を歩かせてみました。

たぶん、天天は新鮮だったんだと思います。

あっちこっちいろいろにおいを嗅ぎながら歩いていました。

それから、数日経って、天天に異変が起こります。

それは、生理がきてしまいました。

去年は、丸一年、生理がこなかったんです。

あの何気に歩かせたせいで、天天は発情してしまいました。

「しまった。」と、思いました。

しかし、時すでに遅しです。

発情した天天は、おしっこをこまめに出して、マーキングをします。

「おむつでもしようかなぁ。」と、思っても、それを察して逃げます。

もう天天の天下です。

「お尻を擦ってくれ。」と、手にしがみついてきます。

 

たぶん、今、交尾をしたら、2か月後に出産します。

その頃が一番、動物にとって赤ちゃんを育てやすい暖かな季節になっていくはずです。

 

これからの時期に、野良猫のメスを誘う声が響き渡ります。

何も教えていないのに、ちゃんと子育ての準備をする動物に頭が下がります。

当分、天天はおかしな行動をしてびっくりさせるでしょう。

可哀想ですが、子供を産ませるわけにはいきません。

今が一番可哀想な時期なのかも。

 

 

 

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木工

2017年01月18日 | 日々のつぶやき

父は木工細工が大好きです。

いわゆるDIYを好んでいます。

ホームセンターに行くと、木の棒や、板などを見定め、「本当に要るのか。」わからないものを買ってくるのです。

茶の間では、コタツにうずくまり、何やら設計図を書いています。

その設計図で仕上がったものは、数少なく、机上の空論のような毎日を過ごしています。

母に、「電動式のノコギリが欲しい。」とねだっていて、却下されています。

まあ、使わないものは買わない主義の母なので、ちょっとは安心しているのですが。

私は、なんでもいいから、木の板や、棒を部屋に持ち込まないでほしい。と思っています。

それだけでもかさばって場所を取るのです。

「使わないものは、倉庫へ直してくれ。」と、頼むと、「これは、全部要るものだ。」と、何年も前から動かしていない木の棒などが、ほこりをかぶっています。

あまりの腹立たしさに、年末に、「大掃除するから、片づけてよ。」と、きつく言うと、しぶしぶ片づけても、倉庫には持って行かないのです。

この間、「これを見てくれ。」と、父がご機嫌に指さすものは、ご先祖の過去帳置きでした。

「こんなちゃっちいものを作るのに、どれだけ材料がいるんだ。」とは、口が裂けても言えず、「良かったじゃない。」としか言えませんでした。

たぶん、父は、設計するのと、買い物が好きなだけで、DIYなど二の次なんだろうなぁ。と、思うのです。

こういうのは遺伝するもので、息子である弟にも受け継がれているようです。

 

 

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奇妙大明神

2017年01月17日 | 一ノ宮めぐり・パワースポット

伏見稲荷大社の頂に行く道すがら、根っこの上がった松があります。

とても大きな根っこに、何やらご利益があるみたいです。

その松の名前が、「奇妙大明神」と呼ばれ、商売繁盛、腰の病や、肩こり、神経痛に効果があるようです。

この根っこが上がるという意味で、投資家では「値が上がる」値上がり松で、「膝松さん」と崇拝されているそうです。

 

今回、何の知識も無いままに訪れた奇妙大明神なんですが、白砂に大層に大事にされている風なので、ちょこっと根っこの盛り上がった部分の下をくぐってみました。

さて、何かしらご利益があるのではないか。と、思っているのですが・・・。

 

奇妙大明神の脇に、何やら不可解な石像がありました。

何の意味かは分かりませんが、外国人観光客がしきりにカメラのシャッターを切っていました。

まあ、念のために、私も真似して写してみたんですが、今でも「???」で、意味不明でした。

 

 

 

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