ごじらいく

足跡の先に・・・

この時期の蚊

2018年09月23日 | 日々のつぶやき
この時期の蚊は、とてもきついものがあります。
さされると、ものすごい痛かゆく、とてもつらいのです。
しかも、食欲旺盛な蚊は、家の中に入って来ようと躍起になっています。

そこで、玄関に蚊取り線香を置くことになりました。
これで安心です。
蚊取り線香の香りはローズ。
しかし、煙っていっる時だけローズなのですが、やっぱり、時間が経つと、普通の蚊取り線香の香りになるのです。
髪の毛も洋服も、みんな蚊取り線香のにおいが染みつくのです。
ずっとローズの香りでいてくれればなぁ。と、思います。

今日、両親が買い物に出かけました。
帰ってきたとき、父が母の洋服を見てびっくりしていました。
なんと、背中に3匹の蚊がとまっていたそうなんです。
あの3匹が家の中に入ってくれば、もう一悶着になること間違いなしなんです。
「いや~。びっくりしなぁ。」と、父が3匹の蚊のことを話します。

玄関先で、井戸端会議をする母は、「ここも噛まれた。ここも。」と、あっちこっち爪でペケポンのマークを付けていきます。
うちの周りは水が多くて、蚊が発生しやすい環境にあるみたいです。
ガレージも扉を開けると、蚊が2~3匹飛び出してくるのです。

「やっぱり、この時期の蚊はきついよね。」と、言いながら、車を出すことになります。
蚊は25℃~30℃が一番活動しやすい気温だそうです。
今が丁度そんな時期なんです。
早く涼しくなって欲しいなぁ。と、思うんですが、季節はゆっくり移り変わっていきます。
蚊は、元気に飛び回っています。


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やべぇなぁ

2018年09月22日 | 日々のつぶやき
昨日は、知人の写真サークルの写真展に行ってたんですが、「やべぇ。」ことになりました。
それは、私にメールをくれた人が受付にいたんです。

いつもは、受付には知らない人がいるので、しら~っと、写真展に入っていき、さっさと見て、即帰ることにしていました。
しかし、知人がいる以上、それなりの話をしないといけないことになります。
パッと見て帰ることも出来なくなって、面白くない写真をじっくり見て帰ろう。と、思ったら、同じような催しがある小物店まで見る羽目になりました。
「ウザ。」と、思うのです。

一番困ったのが、サークルへの勧誘です。
今のところ、サークルへ入ることも考えていないので、どう断ろうか、必死に考えました。
おまけに、「いろいろ動くと、痩せるぞ。」と、遠回しに太っていることへの予防線まで張られてしまいました。
超ウザ。と、思うのです。

たぶん、また、来年、メールが来て写真展に行くことになります。
今度は、知人がいない日に当たりますように。と、祈ってしまいました。

太っても、自分が行きたくないところには、行かなくていい。と、言ってくれる心優しい人がいいのです。
そう言うことをは、年よりは気が回らないのです。
ほんと、えらい目に逢ったと、湿気の多い暑い日にえっちらおっちら自転車を走らせ会場から帰ることになりました。

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創作水栽培

2018年09月20日 | 日々のつぶやき
ホームセンターに行っても、球根の水栽培の容器が売っていないため、コップとワイヤーを買って、自ら創作することになりました。
よく考えたら、私って、すごく、すごく不器用なんです。
そのことがすっかり頭から抜け落ちていました。

ネットで、作り方を見ただけで、自分にも簡単に出来るものだと勝手に思い込んでいたのです。
「うっかりしていた。」と、後悔しました。

まずは、一つ作って、何がいけないのか反省しながら、二個目を作ることになります。
球根は3つ。
三個目はらくらくを作れるといいなぁ。と、思ってしまいます。

しかし、この不器用さで、よく生きてこれたなぁ。と、今更ながら感心しました。
これが、原始時代だと、すぐに死んでしまうくらい不器用なんです。
それが、この水栽培作りで感じたことです。
あまりにも不器用なんで、言いたいことが多くてブログが成り立っているのかも。と、思ったりします。
私は、人の10倍努力しないと、普通の人と肩を並べられない人間なんじゃないか。と、思います。

たった1球のヒヤシンスの球根の容器を作るだけで、こんなに必死になるとは。
物があふれている時代に手作りとは。
ほんと、トホホなことです。

はてさて、私の水栽培はいつ完成するのか。
まだ、見果てぬ創作活動に終わりはあるのか。
ほんと、乞うご期待ってところです。
出来上がったら、写真を撮ってお披露目する予定です。


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パジャマ

2018年09月19日 | 日々のつぶやき
父が、「四十物のパジャマが欲しい。」というので、両親がスーパーで割引のパジャマを買ってきました。
まあ、なんとなく女物のパジャマのような感じだったんです。
ちょっと驚いたのっが、「お父さんが着て大きかったら、あなたにやる。って言うてたよ。」というのです。
なんで、私よりカサの大きい父が着れないような大きいパジャマを私に着せようとするのか。ということです。
たぶん、私が、父より体重が重いので、大きいと勘違いしているのでしょう。

「いやぁ。別にいいけど。」と、返事をしておきました。
父は、自分が着て大きいサイズは私にお下がりとしてくれるのです。
だから、パジャマは男物だし、下着であるシャツも男物なんです。
別にいいけど。

そういえば、最近、服を買ってないなぁ。と、思うようになりました。
買うとしても下着類ばかりで、貰い物が多くなりました。
服を選ぶのに、大きいサイズのコーナーしか行けないし、そこには「欲しい。」と、思う服は無いのです。
「Mサイズになりたい。」と、切に願ってしまいます。
今、Mサイズになったら、服を大量に買いあさり、ウハウハしてしまうでしょう。
そんな夢も私にはあるのです。

「昔はよかったなぁ。」と、今の私は言います。
洋服はなんでも入るし、気に入った服も着れます。
化粧も楽しいし、写真を撮られるもの全然平気でした。
「昔に帰りたい。」と、思ってしまいます。

父が買ってきたパジャマは、是非とも私が着たい。と、思います。
どうか、大き目であって欲しいのです。
パリッと糊のきいた新品が欲しいと、思うけど、一体どうなることやら。


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体重計が壊れる

2018年09月18日 | 日々のつぶやき
ここ数日、だんだん体重が減ってきていました。
「おお。痩せてきた。」と、大喜びしていると、「私も。」と、母が自分が痩せてきたことを言うのです。
体重表を見ると、父も徐々に痩せてきています。
「ははーん。これは、体重計が壊れているせいだ。」と、確信しました。
というのも、私はダイエットなんかしていないんです。
「ダイエットしろよ。」と、言う声もあるかもしれませんが、下手に痩せるとしわが出てくるんじゃないか。と、思ってしまうんです。
まあ、体重計がこわれているんじゃ、正確な体重が測れません。

私は、どちらかというと、最先端をいく体重計より、ばね式の体重計の方が正確ではないか。と、思うんです。
正味の体重が測れていいような気がします。

そういえば、先月、ダイエットに挑戦したにも関わらず、一向に体重が落ちませんでした。
これも体重計が壊れていたせいかもしれません。

何も数十Kg体重を落とそうなんて考えていないんです。
5kg落ちればいい。と思っています。
その5kgが大変なんです。
食べないダイエットをすると、その反動がくるでしょう。
運動は考えていません。
出来れば、日常の何気ない習慣で痩せたいんです。
そのバロメーターである体重計が壊れては元もこうも無いのです。

「新しい体重計が欲しいなぁ。」と、思うけど、何を基準に買ったらいいか、今ひとつわかりません。
しばらくは、今のまま壊れた体重計でしのぐことになります。
ままならないなぁ。

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メダカの世話に追われる日々

2018年09月17日 | 日々のつぶやき
今年は、増えすぎたメダカの世話に追われることになりました。
次々、孵化するメダカに、ウハウハしてしまい、そのあとのことを一切考えていませんでした。
メダカも放っておくと死んでしまうんです。
せっせと、水替えし、餌をやり、住みよい水槽にしてやることが大切です。
今になって増えすぎのメダカがうっとうしく思うのです。

あるテレビ番組で、メダカを愛する男がクローズアップされました。
たくさんの水槽に、小分けにされたメダカを愛でる男は実に優雅というしかないのです。
何でも極めれば、それが道になるんだなぁ。と、思います。
時々、出張に行く男は、餌やりを妻にさせます。
妻もたいへんだなぁ。と、考えます。
死なせたら怒られるし、かと言って、面倒だ。と、言ってしまえば終わってしまいそうになります。
今の私は、妻の気持ちがわかるようになりました。
でも、メダカを増やしたのは私なんです。
自業自得とは、こういう事を言うんです。

これから冬にかけて、どう管理するか考えると、ちょっと滅入ってきます。
いったん、全部のメダカを一緒くたにし、冬越しさせることになります。
まだ、小さなメダカは食べられないように、べつの水槽に隔離することになりそうです。

つい最近、ホテイアオイを捨てたのに、またぐんぐん育ってきて、これも処分しないといけません。
何かと面倒なんです。
初めは、父が買ってきたメダカなんですが、いつの間にか私のメダカになってしまっています。
手を放した父は、「次は、何をしようか。」と、模索中。
「一緒に、メダカを育てよう。」と、言えばいいんですが、こればかりは虫が良すぎますよね。


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勘違い

2018年09月15日 | 日々のつぶやき
私は毎日、レモン酢を飲んでいるのですが、その様子を見ていた母が、「私にも飲ませて。」と、コップを出してきます。
一回、母に飲ませたところ、便秘で悩んでいたのが、すっと出たそうです。

たぶん、勘違い。
レモン酢は、美容にいいのです。
便秘に効くとは書かれていなかったような気がするんです。
ちょうど、レモン酢を飲んだときに、偶然、便が出たのでしょう。
あれ以来、母は、便秘に効く。と、思い込んで、私が飲んでいるときにも、「私にもちょうだい。」と、コップを出してくるようになりました。
別にいいんですが、母は元から胃が弱いんです。
その弱い胃に酢はきついだろう。と、思います。
しかも、私が薄めて飲んでいるのに、お水をちょっとしか足さないんです。
「あれじゃあ、また胃を壊した。」と、文句を言うに決まっているのです。
もっと別のいい方法があれば、言うことないんですが。

あるCMで、酢をスプーン一杯飲むと、内臓脂肪が少なくなる。というのを見たことがあります。
「ほんとうかなぁ。」と、疑ってしまいます。
内臓脂肪なんで、お腹を開けてみるわけにはいかないんです。
本当なら、私は、だいぶ内装脂肪が減っているはずです。
もう何年もレモン酢を飲んでいるからです。

美容にも内臓脂肪にもいいレモン酢は、私にとってなくてはならないものなんです。
巷には、もっといろんな酢があふれかえっています。
どれが自分に合っているのかわからないけど、「美容」という点を重視すれば、おのずとレモンになるわけです。
何年後の私は、どうなっているか。
楽しみであり、怖くもあるのです。


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ヒヤシンス

2018年09月14日 | 日々のつぶやき
ホームセンターに行ったんですけど、チューリップの球根はたくさん売っているのに、ヒヤシンスの球根は全くないのです。
今年こそ、ヒヤシンスの球根の水栽培をしよう。と、思っているのです。
凄くがっかりしました。
まだ、その時期ではないのかもしれません。

ちょっと遠くのホームセンターも覗いてみたいんですが、かなり遠いので、自転車で行くにはしんどいんです。
両親が先に車で見に行ってもらって、あれば、自転車を飛ばして買いに行こうと思っています。

なぜ、ヒヤシンスがよくって、チューリップがいけないのか。
チューリップがいけないんじゃなくて、ヒヤシンスの方が花にボリュームがあって育て甲斐があります。
もう少ししたら、両親もチューリップの球根を買ってきて、花壇に植えるはずなんです。
家に何種類もチューリップは必要ないのです。

ヒヤシンスにもいろいろ色があります。
どれにしようか、迷っているところです。
渋めに紫もいいんですが、まず最初はピンクで攻めてみたいと思います。
まあ、あればの話ですが。

ホームセンターも売れ残った球根を安く売ってくれるとありがたいんですが、いつも、急になくなるんです。
買う人がいるのか、それとも、売れ残りは業者が引き取るのかがわからないんですが。

ヒヤシンス、ずっと育てたいなぁ。と、思っていた花です。
たぶん、家に水栽培の鉢がないかもしれません。
探しておかないと。
初期投資が一番高いんですね。

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ゴミ出し

2018年09月13日 | 日々のつぶやき
母が体調が悪い。というので、朝から父と二人でご飯を食べ、一緒にテレビを見、なんか居住まいがわるいなぁ。という感じになっていました。
「そうそう、今日は、ゴミ出しの日で、プラだったなぁ。」と、重い腰を上げてゴミの整理をすることにしました。
いつもは、母がやっている作業なんです。
今は、元気な母ですが、もしいなくなってしまったら、これが私の仕事になります。
「これを、毎日、面倒だなぁ。」と、思うのです。
雨の日も、風の日も、ゴミ出しは必ずしないといけません。
「世の主婦は、大変な仕事をしているなぁ。」と、思います。

よくCMなんか見ていると、ゴミ出しは旦那様が会社に出勤するついでにやってくれるものなんですが、旦那様のいない私は、全部自分でしないといけません。
ゴミ出しのために結婚するのも変だなぁ。と思います。
しかも、私の年齢からすれば、旦那様はもう会社を退職していてもおかしくはない年齢に差し掛かります。
ヘタすると、旦那様の介護をする羽目になるような。
「アカン。アカン。」と、近い将来を予測してしまう私なんです。
ヘタに結婚するのではなく、なんでも言うことを聞いてくれる男友達を作っておくのも手ではあります。
重い家具を運んでくれたり、電球を替える作業をしてくれる便利な男友達です。
友達なんで、肉体関係はありません。
そんな都合のいい人がこの世にいるだろうか。

今は、年老いても頼りになる家族がいます。
いつまでも元気で長生きしてほしいなぁ。と、思います。

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雨の日の水やり

2018年09月12日 | 日々のつぶやき
ここ数日、雲行きが怪しい日が続いています。
こんな時は、植木の水やりをどうするか、考えることになります。
雨は気まぐれです。
植木が満足するほど降るか、と言えば、そうでもないのです。
植木鉢の表面だけ濡れて、根っこの方まで水が行ってないことがあるんです。
仕方がないので、頃合いを見て、雨の降る中、植木に水をあげることになります。

まわりから見ると、「雨の日に水やりをするなんて、どうかしてる。」と、思われることもあります。
しかし、軒の下に入り込んだ植木にも水をやらないといけないし、水を多分に必要とする植物にも、やはりたっぷり水をあげないといけないんです。
邪魔くさいけど、こればかりは、人からどう思われようとやるしか仕方がないのです。

つい最近、雨が降ったので、「水やりはいいかなぁ。」と、放っておいたら、大事にしている梅の盆栽の葉っぱがハラハラと落ちました。
「こりゃアカン。」ということになったんです。
涼しくなったとはいえ、まだ、半袖で過ごしている私なんです。
少ない水では、梅の葉っぱも落ちるでしょう。
「邪魔くさい。邪魔くさい。」言いながら、バケツで水を運んで、雨の中、梅の鉢に水を撒いているのです。

雨も植木鉢に合わせて降ってくれるといいのに。と、思う私です。
自然は、人間の尺度で動いていないため、人間が合わせないといけません。
恵みの雨は、一体どれくらいか。
今の私にはわからないことだらけです。

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ベランダの掃除

2018年09月11日 | 日々のつぶやき
ナスビの葉が枯れて落ちていきます。
一枚や二枚だと、そう、汚いとは思わないけど、ぽろぽろと枯れては落ちていく葉っぱを見ると、「掃除しなきゃなぁ。」と、思うのです。

そして、重い腰を上げて、掃除することになりました。
乾いた葉っぱは簡単に拾えるんですが、水にぬれた葉っぱは床に張り付いて、取るのに難儀するのです。
「こうなる前に、掃除するべきだった。」と、後悔するのです。
しかし、私の後悔は、のちに生きてこないんです。
その場しのぎの後悔で、あとは頭の隅から抜けていきます。

「もう、ナスビも仕舞うときが来たのかなぁ。」と、ちょっとだけ感傷気味になります。
なんか、夏が終わっていきそうで、悲しい気持ちになります。
かと言って、今年の夏が、思い出深いものだったか、というわけではないのです。
あのものすごい酷暑すら、もう頭にありません。

だんだん日本も温暖化になっていきます。
今年ぐらいの酷暑が毎年続くかもしれないし、25年に一度の台風が毎年来るかもしれません。
ちょっと夏が怖くなるんです。
よかったことと言えば、メダカがたくさん卵を産んで、たくさんの子孫が増えたことです。
「お友達にやろうかなぁ。」と、母に言うと、「あの子もいっぱいメダカを持っているでしょう。」と、バッサリ切られました。
まあ、そんなことはどうでもいいんです。

ベランダの掃除が、どれくらい簡単で綺麗にできるか、考え中です。
秋になるまでに、もう一度綺麗に掃除をすることになります。
「徹底的に。」が、どうしても「適当に。」になってしまう、怠け者の私です。


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人生はプラマイゼロじゃない

2018年09月10日 | 日々のつぶやき
私は今まで、「人生はプラスマイナスゼロよ。」と、軽く考えていました。
しかし、実際は違うのです。
ある新聞の人生相談を読んで、「自分は甘かった。」と、思いました。

ある人のお兄さんのことなんですが、もう64才で亡くなられているんですが、その人の人生を妹が嘆いているのです。
お兄さんは、妹のお母さんのお姉さんが孕んだ子供です。
子供が生まれると、相手の方に言うと逃げていったそうです。
その子供の母親も、子供を産んで育てるのを放棄しました。
その子供が11才になるまで、親戚の家を点々とたらいまわしにされ、生母の妹の家に引き取られました。
しかし、その後も何かあるとののしられ、疎まれて育ちました。
母親となった相談者の母は莫大な借金をこさえてしまいます。
大人になったお兄さんは、その連帯保証人に名を連ねることになりました。
母となった人は無くなり、莫大な借金がお兄さんの肩にのしかかります。
それを返したのです。
そして、64才で亡くなりました。

私はこの相談を読んで、胸が痛くなります。
「人生、プラマイゼロよ。」と、豪語していたのが、そうではないことがわかりました。
一体、人は何を目指して生きているのか。ということです。

相談された人は、お兄さんのことを忘れないで生きてあげることを望んでおられました。

よく考えたら、生まれて7日で亡くなる赤ちゃんや、ユダヤで大量殺人に逢った人たちは、プラマイゼロではないのです。
自分が何も考えず、いつかは報われる。と、思っていたのが、甘いようで、情けないのです。

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ムンクの叫び

2018年09月08日 | 日々のつぶやき
今日、何気にスーパーマーケットの中を歩いていると、どこかで会ったことのある人が前から歩いてきます。
「はて? 見覚えのある顔だ。」と、ずっと考えながら歩いていると、どこかで会ったことじゃなくて、いつか見た絵画の顔だと気が付きました。
それは、「ムンクの叫び」なんです。

あの名画の「ムンクの叫び」は、叫んでいる人がムンクじゃなくて、絵を書いた人がムンクであるそうです。
だから、「ムンクが書いた「叫び」の絵」になるわけです。

今日会った、叫んでいる人の顔にそっくりな人に会ってしまったんです。
あとで思い出して、ちょっと誰かに言いたくなるような光景でした。
しかし、いつも思うのです。
私も有名人の誰かに似ている。って言われたい。ということです。
最近、自分で気が付いたんですが、今流行っている「くっきー」に似ているように自分では思うんです。
しかも、アレンジした顔じゃなくて、素の顔です。
とても人間離れした形相に、何か親近感を覚えてしまうのです。
私も白塗りした顔に、ちょっと何かを書き足せば、別人になれるんじゃないか。と、思ってしまいます。
とても面白い芸人さんです。

「ムンクの叫び」に似た人は、自分がそうだ。と、気づいているのでしょうか。
きっと、キムタクに似ている。とか、山Pに似ている。と、思っているかもしれません。
ヘタに、騒ぐと傷つけてしまうかも。
なんか、特徴のある顔っていいなぁ。と、思うのは、きっと、「その他大勢」の顔を持つ人のコンプレックスかもしれません。

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気管支炎

2018年09月07日 | 日々のつぶやき
母の咳の原因がわかりました。
それは、気管支炎です。

やっと、病院に行く決意が出来たみたいで、病院まで送っていきました。
私は、そのあと用事があったので、病院から出先に行くことになりました。
出先から帰ってくると、母が、安心したような顔をしているのです。
「たくさん薬をもらった。」と、喜んでいるのか、嘆いているのか、わからないのです。

気管支炎と言えば、幼かった頃の私の病気でした。
高熱が出て、病院に行くと、「気管支炎です。」と、注射を打たれるのです。
母は、何かと、「あの時は、大変だった。」と、いつまでも言うのです。
母の場合、高熱は出なくて、咳だけで、ガンか結核かわからなくて困ってしまいました。
でも、どちらにせよ早く病院に行ってもらわないと、結核の場合、家族にうつってしまうのです。
考えるより行動だったんです。

咳止めと、ばい菌をやっつける薬を処方してもらって、だいぶ咳が楽になったようです。
「呼吸器系の病院でないとダメ。」と、言い張っていた母なんですが、この際、町の医者でも見てもらえる病気です。
もし、町の医者で原因がわからないときは、大きな病院に紹介状を書いてもらえます。
「こうでないとダメ。」と、勝手に解釈をするのは早計です。

これで母もおとなしく薬を飲んで、咳から解放されることになります。
1週間もすれば、完璧に治るでしょう。
一件落着でした。


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時限装置

2018年09月06日 | 日々のつぶやき
あれほど怖かった台風が去って、ホッとしている自分がいました。
しかし、その翌日の何でもない午後から、心が不安になって一人でいるのがつらくなります。
ずっと、母のそばで何を話すことも無く過ごしていました。

いったん、不安になったら、もう何も手に着かない状態になります。
私は思うのです。
たぶん、あの怖かった台風ではなく、何気ない些細なことで不安になってしまったんじゃないかと。
心が弱っているときに、些細なことが起こると、途端に弱くなってしまうのです。

以前にも、そんなことがありました。
もう、不安で、不安で仕方なかったときが。
その時は、ずっと母の後ろをついて歩いていました。
大人になってからです。
「私解説書」をひも解くなら、そんなことが、小さな字で注釈として書かれているかもしれません。

あまりに不安で、夜、眠れなくて困りました。
一体、些細なことって何だろう。と、思うのです。
自分でも、その時限装置がわからなくて、困っています。
これは、台風の後遺症か。それとも、べつの何なのか、わかりませんが、時々襲ってくる不安の種を払いのける方法を探るのが先決です。
今も手が震えて、ミスタッチの連続。
私は、何がそんなに不安なのか、全然わからないのです。

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