ごじらいく

足跡の先に・・・

2か月

2018年08月31日 | 日々のつぶやき
振り返ってみれば、この2か月、「暑い。暑い。」を口が酸っぱくなるくらい叫び、用が無ければ家から出ることもありませんでした。
ほとんどがクーラーの部屋にこもりっきりになっていたのです。
まあ、確かに暑いのは、暑いんですが。
こんなにこもったのは久々でした。
しかし、外が嫌いというわけではないのです。
「どこか行きたいなぁ。」と、思うけど、「暑い。」が先にきて、外に出れないのです。

天気予報によれば、明日は雨。
久々の雨で、気分が変るかもしれないのです。

テレビを見ていれば、東北の方では雨が降り続いているようです。
東北だけ先に秋がくるなんてずるい。と、思ってしまいます。
これから残暑がやってきます。
カレンダーでは9月に突入するにも、昼間は暑いんじゃないか。と、思ってしまうんです。
何度も言うようですが、今年の暑さは異様でした。
7月に入るなり38℃は当たり前になっていました。
私の仕事のメダカの水槽の水足しがひっきりなしになっています。
ちょっと手を抜くと、水かさが減ってしまうんです。
いつも、カルキ抜きし水を足すのが日課になります。

天天の散歩も忘れてはいけないのです。
なるべく日陰を歩き、汗をかきかき帰ってきては、うちわであおいで涼をとります。
クーラーをかかった部屋にも関わらずです。

今年は本当に暑かったです。
外を歩いている人は普通の顔をしているのが、ウソっぽいのです。
「早く涼しくならないかなぁ。」と、思いながら過ごすのは、もう飽きました。

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肺がん検診の予約

2018年08月30日 | 日々のつぶやき
去年、11月に肺がん検診をしたのですが、早々と、もう予約を入れました。
検診日は、9月の4日です。

なぜ、そんなに早く検診に行きたかったのか。というと、最近、母が「やたら咳が出る。」と、言うのです。
しかも、体重が落ちてきた。と、びっくりするようなことを言います。
何もなければいいのですが、万が一のために早めに検診を受けることになります。
母だけ検診を受けたらいいのではないか。と、思われるかもしれませんが、問診票に記入するのは私の役目。
年に、2回も保健センターに行くのは邪魔くさいんです。
結局、二人で検診を受けに行くことになります。

去年、母が、肺がんで引っかかりました。
去年のレントゲン写真は、なんだかあやふやで、写真を見る先生も、はっきりわからないようです。
だから、経過観察で様子を見ることになったんです。
そう言うこともあり、なるべく、肺がんがしっかり見て取れるのなら、早い方がいい。と、思ったんです。

私は、たぶん、夏風邪ではないか。と、思うんです。
そんなに、母が咳き込んでいる姿を見たことがないのです。
母の自己申告みたいなものなのですが、まあ、念には念を入れて、ということになります。

私のいとこが、肺がんで亡くなりました。
どうも、1か月も咳き込んでいるにも関わらず、医療機関に受診することが無くて、もう手遅れでした。
そんなことがあってはならない。と、思うんです。
しかも、ガンの薬は、普通の薬と違って高価すぎるんです。
いくら医療の高額の控除を受けても、死んでしまっては、どぶにお金を捨てるようなものなんです。

さて、母の咳は何であるか。は、私にはわかりませんが、来週検診に行ってきます。


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嘆きの電話

2018年08月29日 | 日々のつぶやき
親戚のおばさんから電話がかかってきました。
どうも、旦那様の愚痴だったんです。

もう、高齢の夫婦である親戚のおばさんは、旦那様の介護で不平不満がたまっているようでした。
だんだんわがままになっていく旦那様に辟易としておられました。
電話に出た母は、愚痴を聞いてやるのが一番の解決法だ。とばかりに「そうなの。」「へぇー。」と、聞いてあげていました。

電話を切った母は、その内容を家族に言います。
どんなに横暴な旦那さんかを、笑いながら言うのです。
それを黙って聞いていた父なんですが、最後に、「あいつは、昔っから、あんな奴だったんだ。」と、片づけてしまうのです。
母は、そのわがままになっていく親戚のおばさんの旦那様を父に見立てて言っているようでした。
ちっとも、父の心には届かないようでした。

私から見れば、その旦那様も父も、そんなに代わるものでもないのです。
まるで、父のことを言っているようでした。

わがままな旦那様を持つと、その妻は悲惨な目に遭います。
自ら施設に入ってやるのが、その家族のためになるのです。
私は、そんな話を聞くたびに、「結婚は、地獄だなぁ。」と、思うのです。
年老いて、自分も大変なのに、旦那様の介護までしないといけないのが、たぶんつらいことです。
こんな時、「結婚しなくてよかった。」と、思います。
ある意味、子供なんて役に立たないのです。
子供にも家族があって、親の面倒まで見ることが出来ないのですから。

昔は、親の面倒をみて、旦那様の面倒をみて、そして、死んでくれてホッとする。というのが、当たり前でした。
でも、介護の途中で自分が死んでしまったら、「私の人生、一体、何だったのか。」と、後悔することになります。
それは、いいことではないと思うんですけど。


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増えすぎたホテイアオイを捨てる

2018年08月28日 | 日々のつぶやき
放っておくとどんどん増えていくホテイアオイ。
もう、どこにも持って行く水槽がないので、捨てることにしました。
まあ、新しい芽と、古い芽を見極めて。

ホテイアオイを捨てると、瓶がすっきりしてメダカがよく見えるのです。
ネットでホテイアオイのことを調べてみると、ホテイアオイが邪魔して日光が当たりにくくなるのと、酸素が無くなるのとでメダカには良くないことが多いのです。
ここらで、思い切ってホテイアオイを間引き、捨てることで、メダカのためになったようです。

今日は、意外といつもより気温が高いと感じず、ベランダで整理することになります。
いったん、ホテイアオイを瓶から全部取り出すと、メダカが元気なのがよくわかり、とてもいい環境です。

最初、2個のホテイアオイが捨てるほど繁殖しました。
まあ、花は咲かなかったけど。
これから、毎年、夏前に2個ほどホテイアオイを買って、増やすのもいいかも。
たった6匹のメダカから、かなりの子孫が生まれました。
水槽で言えば4個分もいます。
あとは、どう冬越しするか、考えないといけません。
本当は、金魚が欲しかったけど、メダカも結構可愛いのです。
金魚を飼うのは、メダカが全滅してからにします。

一番困るのは、小さな水草で田んぼになんかある繁殖力の旺盛なやつなんです。
すぐに増えて、取っても取っても、バンバン増えていくやつなんです。
どこから水槽に入ったかわからないんですが、いつの間にか水面を覆ってしまい、困っています。
こいつをどうにかしないといけません。
また、暇を見て取り除くことにします。
今年は、メダカがいっぱい増えて、本当によかったと思います。



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まだまだ暑い

2018年08月27日 | 日々のつぶやき
メダカに餌をやろう。と、ベランダのツッカケを履いたら、飛び上がるほどの熱さ。
「あちちちち・・・。」と、声が出ました。
まだ、夏は終わっていなかったようです。
よく、あんな場所でも生きてるなぁ。と、思うメダカ達です。

盆が済んだら、めっきり秋らしくなる。と、思っていたら大間違いでした。
未だにクーラー無しで夜眠れないほど暑いのです。
去年はどうだったか。と、昨年の記事を見たら、結構、暑さでまいっていたことが書かれています。
今年だけの暑さではないようでした。
「早く涼しくなって欲しい。」と、思うのは贅沢な話でしょうか。

話は変わって、昨日、元いた写真クラブの先生からメールがありました。
どうも、一番個性的な写真を撮る女性が写真クラブを辞めるそうです。
そのことを憂いているようです。
最後の一言に、その女性の代わりに私に復帰するように勧めていました。
私もまるっきり復帰する気持ちは無いことも無いのですが、一番心を開いていた女性が辞めるので、復帰する意味があるのか。と思うのです。
もうおじさん、おばさんばかりの写真クラブには、あまり興味はないのです。
また、個性的な女性が復帰したら、もどってもいいなぁ。と、考えます。
出来れば、個性的な女性が辞めるより、腹黒い女性が辞めてくれた方が私としては戻りやすい状況でした。

でも、写真は面白いと、今も私は思うのです。
先生の一言、一言が新鮮で、毎回一番に写真を提出して講評してもらっていました。
あの時が一番楽しかったです。
もし、写真クラブに戻るのなら、先に職を見つけて遊ぶお金を稼ぐのが絶対条件です。
今はまだ、その時でないのです。

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存在感を出す天天

2018年08月26日 | 天々
迷子犬が警察に引き取られ我が家から去っていきました。
しかし、まだ存在があるのです。
それは、におい。

綺麗に掃除した。と思っていても取り切れていないニオイが家に残っています。
ニオイに敏感な天天は、家の隅々までニオイをしたおし、きっと、腹を立てているようでした。
そして、迷子の犬がいた3階で、おしっこをしてしまいました。
いつもなら、「あーあ。おしっこして。」と、ちょっとイラッとくるのに、今回は、「ここはお前の家だから、心配はいらないよ。」と、自分の存在感を出す天天に声をかけてやりました。
家族も、それぞれ天天を思いやっています。

当分、どこかしらでおしっこをするかもしれない天天に、「お前はどこにもやらないからね。」と、優しい心で接してやることにしました。
もし、手違いで天天を迷子にさせてしまったら、真っ先に警察、保健所に問い合わせないと。と、思ってしまいました。

今日は、綺麗に天天を洗濯することになりました。
それは、迷子の犬が異様にくさかったから。
もし、天天が迷子になったら、くさいことで保護先でぞんざいに扱われては可哀想。と、思うのです。
マメに洗濯して、いつもいい匂いをさせてやることが、私自身の迷子犬への償いのような気がします。

天天には、何かあった時のための首輪に電話番号が書かれています。
これは、私たち家族と天天を引き合わせる絆のようなものです。
絶対に、はずれないようにしないといけません。
おしっこをしなくても、天天は家族ですから、心配することはないのに。と言っても、天天より心が震えている私は、どう弁解していいのかわからないのです。


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悲しい別れ

2018年08月25日 | 日々のつぶやき
昨日、天天の散歩のときに迷い犬を発見しました。
すぐに飼い主が見つかるだろう。と、思っていたですが、いろいろ周りの人に聞いても犬のことを知らない。と、言われる方ばかりです。
暗礁に乗り上げました。

結局、犬は一晩、私の部屋に置くことになりました。
不安を感じている犬なので、あっちこっちにおしっこをするのです。
しかも、うんこも半端ないほどの量をします。
「簡単だ。」と、思っていた私は絶望にくれました。


今朝も身支度を整えて、飼い主を探しました。
ある人の噂では、「おじいさんがカートに犬を乗せて散歩しているのは、この犬だったかなぁ。」と、おぼろげな記憶もありました。
もしかして、その散歩道に張り込んだらおじいさんに会えるかも。と、思ったんですが、もう犬のいないおじいさんは散歩もしないでしょう。
結局、警察に連れていくことになりました。

町の交番は結構遠いのです。
父に車を出してもらって交番に行ったんですが、たぶん、警ら中で、人の気配がありません。
そのまま引き返して、警察署に交番の電話番号を聞いたら、警官を派遣してくれるそうで、20分待ってパトカーが来ました。
いろいろ書類を書いて、犬はパトカーに乗せられ、連れていかれました。
たった1日飼っただけだけど、変な情が移ってしまい、涙が出そうになりました。
「あの犬、飼い主に会えますように。それでなかったら、これからいい人に出会えますように。」と、祈ることになりました。

犬が去って、部屋を掃除したら、すごい毛落ちしていて、ちょっとうんざりしました。
私は、毛落ちしない犬ばかり飼っていたので、毛落ちする犬の大変さを実感しました。
なんか、変な罪悪感にさいなまれそうです。



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樽とタタン

2018年08月24日 | 読書
中島京子さんの「樽とタタン」を読みました。
なかなか面白くて、一気読みになります。

小さな喫茶店で、タタンと呼ばれる女の子が主人公なんですが、その喫茶店に来る変わった客との掛け合いの話なんです。
未来へ帰りたい女や、サンタクロースの男、白いアゴヒゲをたたえた小説家など、いろいろな人から面白い話が聞けるのです。

一番よかったのが、「パッと消えてピッと入る」の話が心に残ります。
タタンの祖母が死についてタタンに言うのです。
死は、パッと消えて、ピッと残された人の心に残る。ということです。
とても簡単なことなのに、考えると複雑なものです。
小さなタタンは、理解できているんだろうか。
結局、祖母もパッと消えてしまいました。

簡単なようで奥が深い本でした。

中島京子さんの本は、「イトウの恋」「均ちゃん失踪」など読みました。
どれも興味深いものでした。
直木賞の本、「小さなおうち」は、映画で見ました。
インパクトのある言葉は無いのですが、心に引っかかるものがある作家さんです。
また、新作が出たら、すぐに借りて読みたいものです。
結構、面白い話です。


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クーラーをせがむ犬

2018年08月23日 | 天々
朝から蒸し暑く、ハアハア息をしていた天天です。
どうも、父に頼んでクーラーをせがんでいるようでした。
「しゃあないなぁ。」と、クーラーを入れる父です。

台風が近いせいか、なんとも言えない暑さを感じます。
たぶん、湿気もあるのでしょう、気温以上に暑く感じるのです。
天天もそうですが、以前飼っていた犬も、父にクーラーをせがんでいたそうです。
犬も相当暑さを感じるのかもしれません。

前にも書いたことがあるのですが、年がいった人は動物を飼えばいい。というのです。
老人は、気温に対して鈍感になるのです。
そういう時に、暑さに敏感な動物が苦しそうにしていたら、エアコンを入れるようになります。
すると、動物にも優しいのですが、自分の寿命も延びるそうです。

まあ、独り身になる私は、もう年を取ったら動物どころのことではないはずです。
いつまでも犬と暮らしたい。と、思っても先に私が死んだら、一緒に暮らしている動物は生きていけないでしょう。
もう、天天が最後の犬になると思います。

朝からクーラーを入れてやると、途端にハアハア息をしていたのが止んで、静かに寝そべっていました。
お陰で私も涼しくて、眠くなります。
この台風が去ったら、一気に涼しくなってくれると有り難いのですが、秋まで暑さが続くらしいのです。
今年は、暑さから逃れられない厳しいものになります。
夏が暑いと、その冬が寒くなる。というのも聞いたことがあります。
冬のことを考えると、「暖冬がいいなぁ。」と、思うんですけど。
そううまくいかないでしょう。

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スーパーの変革

2018年08月22日 | 日々のつぶやき
朝、父が、「今日は砂糖が安いから、スーパーへ行ってきてくれ。あとで、俺も行く。」と、一人2個までの砂糖を買い物求めるための命令が下りました。
いろいろ用事のある私ですが、「あいよ。」とばかりに、化粧をして出かけます。

スーパーに行くと、滅多に無いほどの人の集まりになっています。
「砂糖。砂糖。」と、砂糖売り場を探して、スーパーの中をうろうろしました。
ありました。
お一人様2個までの砂糖です。
それをカゴに入れて、レジに並んだんですが、バーコードを読み込ませて、お金を払おうとすると、「8番です。」と、言われます。
何のことかわからない私は、「8番?」と、言うと、「お金は8番の機械でお願いします。」というのです。
指さすところを見ると、確かに8番の機械があるのです。

お札、硬貨の入れる場所が矢印で示され、あたふたしながら、お金を入れると、お釣りが出てきました。
ついでにレシートも出てくるのです。
「だんだん、スーパーも機械化がすすんでいて、人件費を削減しているなぁ。」と、思うのです。
なんか、温かみが無くなってしまうのは、ちょっと寂しい気持ちになります。
そのうち、レジも人がいなくなって、全部機械が制覇することになります。
でも、仕方ないですよね。
固定費が一番高いんですから。
もう、昔みたいに、「この桃ちょうだい。」「600円になります。」ではないんですよね。
スーパーは、もう変革の時代に突入しているんですから。

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マイク放送

2018年08月21日 | 日々のつぶやき
私が時々行くホームセンターで、ゆっくり売り場を見ていると、決まってマイク放送が入るんです。
それは、「2階サービスコーナーの方。」というのです。
そして、その返答に、「了解しました。」と、2階サービスコーナーから、また放送が入るんです。

以前、母に、百貨店で万引き客がいる階で、万引きを知らせるマイク放送がある。というのを聞きました。
その時は、「へぇー。」と、母の話を聞いていたんですが、そのホームセンターの意味不明のマイク放送に、「これって、万引き客がいるってこと?」と、思うのです。
しかも、私のいる2階なんです。
もしかして、私が万引犯と間違えられているのではないか。と、思ったりします。
そうなってくると、おちおち買い物の品定めが出来なくて、「困ったなぁ。」と、思ってしまいます。
考えすぎかもしれませんが、あの意味不明のマイク放送で、翻弄されてしまう私なんです。

母から変な話を聞かなきゃよかった。と、思っても後の祭りです。
本当の万引だったら、ホームセンターを出たところで、「お客様。」と言って呼び止められるでしょう。
しかし、抑止力として使われるのは、どうかなぁ。と、思うんです。

自慢ではないのですが、私はまた一度も万引をしたことがないのです。
これは、自慢とは言えないかもしれませんが、当たり前のことですよね。
人から物を取られるのは嫌だから、人のものは取りません。

家の近所には、あのホームセンターが便利なんです。
万引犯扱いはしないでもらいたい。と、思うのはわがままなんでしょうか。


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眉カッター

2018年08月20日 | 日々のつぶやき
今、使っている眉カッターは、もうだいぶ使い込んで切れなくなってしまっているので、母に「100均で買ったら。」と、話していました。
すると、新聞の広告に眉カッターの写真が載っていました。
「いくらするのん?」と、聞くと、「17000円くらいかなぁ。」というのです。
びっくりしました。
眉毛を切るのに、17000円もするなんて。

「あっ!ちゃうちゃう。1700円やわ。」と、一桁間違って教えてくれていたんです。
それでも高い。と、思う私は、相当ケチなんでしょうね。
どうも、その眉カッターには、ブラシもついていて、整えながら切ることが出来るみたいなんです。
テレビショッピングや、通販は本当に必要ない物を売っているように思います。
しかし、茶の間に座っていながら買い物ができるのは、楽と言えば、楽なんです。
その座っている値段が物の値段になるんですね。

まあ、広告の眉カッターは買わないんですが、目の保養としてじっくり見ることが出来ました。
当分は、切れない眉カッターで、悪戦苦闘しながら眉を切ることになります。
眉カッターを買う前に、母にはよく見えるメガネを買ってもらって、正確な値段を教えてもらうことにします。
一桁間違ったら、目が飛び出るほどの値段になるんです。
でも、最近私も目が悪くなって、目を凝らして新聞を読むことが多くなりました。
それは、目にとって悪いことなんでしょうね。
気をつけて、新聞を読むことにします。


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気分がふさぐ

2018年08月19日 | 日々のつぶやき
なぜか、気分がふさいで、何をするにもだらだらになります。
まあ、そんなときがあってもいいんですけど。

朝から図書館に本を返しに行きました。
まだまだ、降り注ぐ太陽の光はきついのです。
しかし、心なしか秋の気配がします。
久しぶりの外出に化粧をするにも、けだるい感覚があり、「こんな日は、ぼんやり一人でいるほうがいいのかも。」と、思ってしまいました。
なんか、けだるさの中に、ちょっとしたイライラもあります。

まあ、ふさいでいるのは生きてる証拠なんで、ふさぐ気持ちも大事にしていこうと思います。
そういえば、昨夜は、いつもより早く寝ました。
夜中も起きることなく、朝までぐっすり。
「こんな日もあるんだなぁ。」と、朝起きて、身支度をしながら考えました。
もうクーラー無しで、寝れるくらいいい気候になっています。
朝の習慣の天天の儀式。
「お腹を撫でてくれ。」と、横たわる天天のお腹を撫でてなると、目を細めて喜んでいます。
「ふさいでいる場合ではないのだ。」と、思いながら、気持ちは切り替わらない。
こんな調子で、一日が終わるのか。と、考えるのです。

いつもと同じでありながら、けだるい午後、私は夏の終わりの暑さと戦っているのです。

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元気になった人

2018年08月18日 | 日々のつぶやき
テレビで、ある人がガンにおかされて終の棲家に、「ある田舎に住んでみたい。」と、夫婦で移り住んできた土地がありました。
余命1年でありながら、その田舎の空気はいい。と、喜んでおられました。
しかし、なんと、あれから10年経って今もなお元気に暮らしているらしいのです。

自分の好きな土地に行くと、ガンであっても長生きできるんだ。と、思うようになりました。
医者も「よほどいい場所に住んだんだなぁ。」と、今では一年に1回検診に行くだけになり、ほとんど完治したようなものなんです。

その番組を見て、父に、「弟夫婦の家の庭にプレハブを組んで過ごしたら長生きできるんじゃない?」と、言うと、「俺は人のいない場所がいいんだ。」と、文句を言います。
まあ、ガンでないので、言うことを聞いてあげるほどではないんですが。
ほんと父は、昔っから人嫌いで通っています。
もう80才に近づこうとしているのに、人がいない場所がいいなんて、どうかしているとしか言いようがないのです。
人のいない場所には、医者がいないのです。
それに、しゃべる相手もいないし、家族もそんなところに一緒に行けるわけがないのです。
結局、本当の一人ぼっちで暮らさないといけません。

まだ、若者だったら、どうにかなるでしょう。
もう私の年齢でも、人のいない場所では怖くて住めないんです。

今流行の、「ぽつんと一軒家。」という番組が高視聴率を醸し出しています。
世間では、物珍しいものなんでしょう。
そんなところに住む人は、もうすべてを達観し、生きることが出来る人です。
私は、せめて今より田舎ぐらいしか住めません。
父はちょっと変人の域に足を踏み入れているようです。


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生き物は季節に敏感

2018年08月17日 | 日々のつぶやき
毎日、メダカに餌をあげているんですが、この2,3日餌を欲しがらないのです。
夏の間は、私を見るなり水面に浮かんできていたのに、もう今では水の底を泳いでいて、餌に見向きもしなくなりました。
これは、季節が絡んでいるのかもしれません。

もう産卵の時期ではないことを知って、餌を欲しがらなくなったのかも。
それは、それで寂しいことなんですが。
夏の間、あれだけ暑いのに、餌をついばむ姿は修羅と化していました。
いくら餌をあげても、食いつくすのです。
それなのに。

今では、餌に見向きもしなくなって、ただ泳いているだけなんです。
「これが生き物なんだ。」と、思いました。
もう、秋がきて、季節が変わりつつあるのです。
確かに、今日は、とても涼しい風が吹いています。
もうクーラー無しでも十分涼しいのです。
変わらないのは、私だけなのかも。
生き物の中で一番鈍感なのが人間なのかもしれません。
単純な生き物は、肌で季節を感じる力があるのです。

今、卵を産んでいるメダカは冬を越すことはできないでしょう。
もう2年も生きているのですから。
次々に死にゆくメダカを見るのは悲しいことです。

これからは孵化した食欲旺盛なメダカに餌をやることにします。
彼らは、まだこれから長生きするはずですから。

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