灰谷健次郎氏の「いのちまんだら」を読んでいたら、こんなエピソードがでてきた。作文教師の玉本格氏が訪問教師をしているとき、子供からこんな詩をつきつけられたという。
先生はよそのひとだ
ほんとうに子どもがすきだから
先生をやっているのか
お金をもうけるために
しかたなくやっているのか
わたしは
それがいちばん知りたい
これって、「先生」のところを、「ジャーナリスト」に変えてみても意味がとおるな、と思った。僕らフォトジャーナリストは、現場にでかけていっていくら被写体と時間を過ごしても、所詮は「よそのひと」だ。この仕事をしていても、苦境の中にいる被写体の人達のためになるよう、という使命感なのか、単に自分の自己満足のために写真を撮っているのか、自分でもよくわからなくなることがある。
先生はよそのひとだ
ほんとうに子どもがすきだから
先生をやっているのか
お金をもうけるために
しかたなくやっているのか
わたしは
それがいちばん知りたい
これって、「先生」のところを、「ジャーナリスト」に変えてみても意味がとおるな、と思った。僕らフォトジャーナリストは、現場にでかけていっていくら被写体と時間を過ごしても、所詮は「よそのひと」だ。この仕事をしていても、苦境の中にいる被写体の人達のためになるよう、という使命感なのか、単に自分の自己満足のために写真を撮っているのか、自分でもよくわからなくなることがある。