11月23日のブログの続きです。
ここからの帰途は黒谷 金戒光明寺から真如堂の北門前から西へ、吉田山を通り抜けることとしました。吉田山は高さ105mほどの孤立丘です。
歩き始めてすぐ右手に陽成天皇の御陵が・・・、さらに進むと吉田山へ上がる階段が見えます。宗忠神社の参道になっています。
階段の右手には東伏見宮別邸を利用した料理旅館「吉田山荘」があります。唐門は宮大工の西岡常一氏が建てたもの。
吉田山への階段(宗忠神社参道)を上ります。上からは真如堂の本堂と三重塔の甍が見えます。
宗忠神社の拝殿です。黒住教(本部:岡山県岡山市北区)の教祖である黒住宗忠を祀る神社。
紅葉越しに真如堂の本堂、三重塔が見えます。
竹中稲荷神社、宗忠神社への参道です。
散り黄葉にも味わいがありますね。
斎場所大元宮です。吉田神社の末社で、現代ではいくつかある末社のうちの一つの扱いであるが、明治に入るまでは吉田神社の信仰の中心だったのです。
明治になるまで大きな権力を持っていた吉田神道。室町時代末期に吉田 兼倶が創始したものですが、その権力の中心だった社です。
徒然草の卜部(吉田)兼好は一族ですし、信長、秀吉時代で「兼見卿記」で名高い吉田兼見は吉田家の9代目。
道を右側(北側)にとれば吉田神社に出るのですが、今回は吉田山を下り、京都大学吉田寮の横を通って東山通りにでました。