今週の句会直前にしての投稿。いささかの手抜き工事をお許しください。 まだ俳句に手を染めた頃のことですが、ゆらぎ自身の俳句ブログに今回の記事を載せました。ちょうど今、別ブログ(新)緑陰漫筆に桜の記事を書いております。その中で桜を愛した西行のことにも触れました。西行忌は、陰暦2月15日、今の三月中旬ではありますが、西行が入滅した大阪郊外の弘川寺では、今まさに枝垂れ桜が咲き、また落花芬々と散っています。そんなわけで、時季遅れも承知のうえで、再掲させて頂きました。
西行も見し弘川の桜舞う
恋を秘め無常説きたる西行忌
弘川に薄紅(うすくれない)の花匂う
山桜結晶(こを)りしごとく鳴りひびく
散るを見ず帰りし心西行忌
散る花も根に帰りゆく桜かな
花吹雪まるで西行包むごと
ひたぶるに花散りつづき西行忌
辻邦生の『西行花伝』は、彼の文学の集大成ともいうべきもので、10年ほどまえに手にして以来、私の愛読書の一つとなった。まだ桜が、本格的に咲くには日にちがあるが、もう三月も終わりにちかい。この本を読んだときの印象をも込めて、数句詠んでみた。写真は、西行終焉の地である南河内の弘川寺(ひろかわでら)での撮影。数年前の春に訪れた。金剛の山麓にあり、小さなそして静寂なお寺である。桜の色が、ことのほか清冽であるのが印象に残った。西行の思いのごとく、文字通り桜で埋め尽くされている。ここには、西行の墓や西行記念館があって往事を偲ぶことができる。それにしても西行と待賢門院璋子との恋は、儚い夢のようなものであった
あれほど待ちに待った桜の開花も今では大方は散り、つづいて大阪造幣局の「桜の通り抜け」が話題になっています。移りゆく季節の人生の早さにも似て、大変哀切を覚えますね!!。
小生の近在の京西山には勝持寺、別名「花の寺」とも言われ、西行が隠棲し出家を決意したところとも言われるお寺があります。そこに植えられている枝垂れ桜は「西行桜」とも言われ大変有名です。
西行の大変著名な歌、「願はくは 花の下にて 春しなむ そのきさらきの 望月の頃」は大変好きで、興味を持っていました。西行忌の陰暦2月15日は現代の陽暦では何時ごろであろうか?と思い調べて見ました。陽暦に換算すれば1119年3月23日とも言われ、更にグレゴリウス暦にて換算すれば3月30日とも言われています。
この歌の背景の死ぬ時は春の桜の花に囲まれてしかも望月の頃にとの願望は、2月15日の釈迦入滅の日を願ったとも言われています。その願望を見事果たしたようですね!!。
☆恋を秘め無常説きたる西行忌
元、北面の武士佐藤義清(のりきよ)はゆらぎ様のご紹介にもありますよう、待賢門院障子との儚い恋の想い出のほか、平家の栄枯衰盛をも目の当りにして世の無常を強く想ったようです。男女の出会いと別れはいつの世でも、その後の人生をも変えてしまうほど一大事のようですね!!。
☆散る花も根に帰りたる桜かな
日本の気候風土の長くて厳しい冬の寒さから、待ちに待った桜の開花も「あっと言う間」の事です。特に先般の花嵐は古歌にもありますよう、「月に群雲 花に風
夜半に嵐の 吹かぬものかは」の譬えの通りのようでしたね。御句に悠久の輪廻転生の仏教観による「あはれ」を覚え、とても共感を覚えます。
☆ひたぶるに花散りつづき西行忌
花期の短い桜の花とは云え、一度のすっきりと落花とは行きません。ほとんど散り終っていても、時折残花のちらりはらりと散る様は、大変趣を感じます。ましてや前述のような歌の西行忌であれば尚更の事です。
相聞の一首一句を!!。
「吾が願ひ 乱れ散りにし さくら花
実るときなき 恋ぞくるしき」
☆いづこより来たり留むや花の塵
お粗末!!。
今年の桜は満開が遅いのかと思えばいつもより早く散っており、一方では花は長持ちしている。桜を愛でるものには戸惑はせるこの春である。西行と言えば以前訪ねた勝持寺を思い出す。今は寂びているが、かえって往時を偲ぶには落ち着いているようにも感じられた。いつか弘川寺も訪ねて見たいと思う。名句の中から厳選して次の2句を頂きました。
散るを見ず帰りし心西行忌
旅立ちは待ってくれなかった。これも儘ならぬ浮世か。
ひたぶるに花散りつづき西行忌
心静かに西行を悼むのみである。
四句もおとりいただき、恐縮です。”男女”の出会いと別れ”ーつれなくも甘美なものですね。その思い出は記憶にとどめておきたいと思います。
弘川寺の桜の散る様は見事でした。庭の地面を埋め尽くしても、まだ花が散っておりました。
相聞の句、共感を覚えます。
散る花も根に帰りゆく桜かな
ひたぶるに花散りつづき西行忌
駄句の中から、あえて二句もおとりいただき、ただただ感謝申し上げます。
余談な1690がら、お手元にすでにある『西行花伝』の中の、<十三の帖>の”吉野からの手紙”のところをご覧になると、龍峰さんの口から、自ず素晴らしき句が流れ出てくると思います。きっと!
短き花の命を思いつつ、2句おとりいただき、ありがとうございました。 己としては、”ひたぶるに花散りつづき・・”の句を最も気にいっております。なにせ、弘川寺での実景を詠み込んだものですから。
ゆらぎさんのブログの「桜男行状」を読ませていただきました。続編を楽しみにしております。
小生は実相寺の山高神代桜がまさに満開の時に訪れたことがあります。大変な老木ですが花は見事でした。
西行の愛した桜はこのような気品のある花だったのでしょうか。
西行と桜を詠まれた2句を頂きました。
西行も見し弘川の桜舞う
ひたぶるに花散りつづき西行忌
『櫻男』の続編を書きました。お読みいただければ、嬉しいです。また二句もおとりいただき、ありがとうございました。実相寺櫻を見られたのですか! 山梨まで、行動力がありますね。
西行が見た櫻は、おっしゃるように気品に満ちたもののようです。辻邦生の『西行花伝』を読むと、それがひしひしと伝わってきます。