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戦後日本史(連載第1回)

2013-05-14 | 〆戦後日本史―「逆走」の70年―

序論

 1945年8月14日(ポツダム宣言受諾日)を起点とする戦後日本も70歳の古希に近づかんとしており、この歳月を「歴史」として振り返ることは不自然ではないだろう。
 もっとも、「歴史」と言った場合、少なくとも現時点から遡って四半世紀くらい過去までが厳密な意味での「歴史」となるのだろうが、本連載ではいわゆる同時代史に属する直近過去も含めて「歴史」とみなすことにする。
 そうした意味での戦後日本の歴史を、本連載は「逆走」というキーワードでとらえ返す。すなわち戦後日本はおおむね1950年(昭和25年)を起点として、あたかも高速道路をひたすらバックしていく車のように逆走を続けてきたと理解するのである。
 この点、つとに日本現代史の領域では、自衛隊の創設をはじめ、1950年代に次々と打たれた「戦後改革」の成果を反故にするような逆行的な「改革」を指して「逆コース」と呼ぶことが行われきたが、そうした「逆コース」は決して1950年代に固有の現象ではなくして、1950年を一応の起点としつつ、現時点に至るまで60年余りにわたって続いていることなのである。
 そうした「逆走」という視座で改めて戦後日本史の全体を振り返ってみると、その間の様々な事象の意味が読み解けるのではないか、というのが管見である。
 では、この二世代余りにわたる歴史的スパンを持つ「逆走」の行き先はどこなのであろうか。念のため予め述べておくと、それはしばしば想起される戦時中の軍国体制への回帰ではない。
 かの軍国体制はあくまでも20世紀前半における帝国主義的国際秩序の所産であって、世界の構造が大きく変化した現在あるいはその延長としての近未来にはもはや成立し難いものである。
 さしあたり現在の「逆走」の到達点は軍国体制そのものではなく、軍国体制を産み出す土壌ともなった権威主義的な国家社会体制ということになろう。それは天皇を戴く垂直的・権威的な社会管理体制であって、自由より秩序を、理性よりも心情を重視する保守的な社会体制である。
 戦後、連合国軍(実質は米国)の占領下で実行された諸改革は、こうした体制にかなり深くメスを入れるものではあったが、そこには理念的・方法的な限界が否めなかったことに加え、日本支配層はそうした外科手術的な改革を極力回避し、回避し難い場合でも極力抵抗して骨抜きにし、旧体制の実質を温存しようと努めたのである。
 そういう旧体制護持・回帰の意思は、実は今日に至るまで日本の政・財・官・学支配層に一貫した意思なのであって、それが60年にわたり世代をまたぐ「逆走」の理念的核となってきた。
 一方で、戦後の日本は「逆走」の開始と期を同じくして資本主義的経済成長を開始し、1970年代半ばまでに米国に次ぐ規模の生産力―大差はあれど―を誇る資本主義経済大国にのし上がった。
 こうした下部構造の「発展」もまた「逆走」の過程で生じた現象であって、結局のところ、戦後日本の「発展」とは単純に前進的な発展ではなく、後方へ向けてのねじれ発展という複雑かつ独異なものであったのである。

*****

 このような「逆走」はもちろん何の抵抗も受けずに粛々と進められたわけではなく、その開始の時点から強い抵抗に直面した。本文でも見ていくように、「逆走」は1960年以降、20年以上にわたりスピードダウンを余儀なくされたのである。
 しかし、おおむね1980年代半ば以降になると「逆走」に対する社会の抵抗力が目に見えて弱化し、むしろ多数派国民はこうした「逆走」を積極的に推進しようとする政権に喝采し、長期にわたって支持するようにさえなる。
 そこには、二度の石油ショックを経て1970年代後半以降日本経済が下降期に入り、生活苦が忍び寄る中で、日本支配層が「逆走」に「改革」の衣を着せて宣伝するようになったことが、有権者大衆に経済再生への幻惑を抱かせるようになったことが大きく関わっていると見られる。
 しかし、そればかりでなく、元来主流的な日本人の中に、濃淡の差はあれ、権威主義的な国家社会体制に対して親和的な価値観が根強く存在しており、それが1970年代後半以降の経済的下降の中で、再現前されてきているように見える。
 これを社会心理学的に掘り下げていけば、「権威主義的パーソナリティ」の問題に及ぶかもしれない。「権威主義的パーソナリティ」とは、強者の権威に対する無条件的な服従を受け入れるような社会的性格を指すが、主流的な日本人は上下関係を当然とし、上命下服を自然に受け入れる傾向性を保持している。こうした国民性は当然にも、権威主義的国家社会体制に対して親和的である。
 それはともかくとしても、本稿執筆時点では「逆走」を阻止できるような対抗勢力はほぼ皆無と言ってよい状況にある。従って、「逆走」を有効に食い止め、少なくともスピードダウンさせる手立ては存在しないというのが筆者の結論となる。
 そうすると、もう間もなくすれば「逆走」はその到達点、すなわち権威主義的な国家社会体制への回帰に行き着くだろう。その場合に懸念されることは、その体制は再び暴走を来たさないかどうかである。権威主義体制は批判を封殺するため、チェックが効かなくなり、暴走しがちだからである。
 この点、再び暴走して軍国体制が再現前するという悪夢の可能性を排除できることは、先に述べたとおりである。だからと言って安心し切れるわけではない。それではどんな事態が考えられるかについては、終章で現時点において看取され得る限りでの予兆を指摘したい。
 いずれにせよ、戦後世代が人口の大半を占めるに至った現在、戦後日本史は筆者を含めたほとんどの日本人にとっては〈自分史〉とも重なり合っている。従って、戦後世代はこの間の「逆走」の結果から逃れることはできないのである。
 そこで、「逆走」の歴史をどう受け止め、その流れに抗うか、それとも流れに乗るのか、一人ひとりが態度決定を迫られているのが現時点である。


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