ザ・コミュニスト

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アメリカン・ファシズムの中絶

2021-01-21 | 時評

トランプ大統領に同調し、昨年度の大統領選挙が「盗まれた」と主張するトランプ支持者による連邦議事堂乱入事件という珍騒動の余波が続く中、トランプが一期のみでとりあえずはおとなしくホワイトハウスを退去したことは、彼が体現したアメリカン・ファシズムが「中絶」されたことを意味している。

ここでの「中絶」には、二義ある。一つは、産出の阻止である。とはいえ、過去四年間でかなりの大きさに育ったファシズム胎児の掻爬となったため、母体であるアメリカ社会に大きな副作用も起こしている。乱入事件はそのハイライトと言ってよい。

いまだにバイデンを正当な新大統領と認めない者が、共和党支持者の多数を占める。このような選挙結果に対する認識をめぐる分断は、アメリカが誇ってきた選挙政治の終わりの始まりを象徴している。

もう一つの意味は、中断である。大統領自身がお別れビデオ・メッセージで、「我々の運動は始まったばかり」と意味深長に語ったように、2024年大統領選挙での返り咲きへ向けたトランプ復権運動は続く可能性がある。

その間、アメリカン・ファシズムはトランプとともにいったん下野し、民間でより組織化される可能性もあるだろう。今後、バイデン政権下でも、トランプ支持者の騒乱は続く恐れがある。それに対抗して、バイデン政権が警察的抑圧を強めれば、警察国家化がいっそう進展することにもなり、アメリカが誇る「自由」は侵食されていくだろう。

いずれにせよ、アメリカン・ファシズムはひとまず「中絶」されたことに変わりないが、なぜそうなったのか、トランプ大統領の再選失敗の要因や如何。技術的な選挙戦術論を離れて、ファシズム運動の観点から振り返ると、要するに、トランプはヒトラーになり切れなかったということである。具体的には(以下、箇条文では主語の「トランプは」を省略)━

 共和党の精神的な乗っ取りには成功したが、組織的には完全に私物化できなかった。これは、一元的な党首と集権的な組織を持たず、政治クラブに近いアメリカ的な政党の特質のせいでもある。その点、議席もないマイナー政党に過ぎなかったナチ党を乗っ取ったヒトラーとは対照的。

 ナチス親衛隊のような忠実かつ有能な武装組織を創設しなかった。雑多な親衛集団による議事堂乱入のお粗末な失敗はそのせいであるが、これではまるで失敗に終わった初期ナチスのミュンヘン一揆のよう。ミュンヘン一揆はナチスの選挙参加方針以前の無謀な戦術だったが、トランプ親衛集団は大統領選挙での敗退後に一揆を起こすという勘違いをして自滅、今後、トランプ自身が扇動容疑で弾劾または刑事訴追もされかねないリスクを背負うことに。

 現行憲法の廃棄、少なくとも修正に踏み込まなかった。ワイマール憲法下の首相に就任した直後に共産主義者による議事堂放火テロ事件をでっちあげ、それを口実に非常事態令を敷き、民主的なワイマール憲法を廃棄、全権委任法を導入したヒトラーとは対照的に、独裁を許さない18世紀の三権分立憲法を保持したままであった。

 家族を頼らなかったヒトラーとは対照的に、長く携わった同族企業のやり方を持ち込み、娘夫婦や息子のような家族に頼ったため、才覚ある参謀も周囲に集まらなかった。

アメリカン・ファシズムの継続と復活があり得るかどうかは、さしあたり、有罪となれば大統領職を含む連邦公職就任権を剥奪される可能性のある二度目の上院弾劾裁判をトランプ前大統領が乗り切れるかどうかにかかる。

しかし、歴史上初となる弾劾が成立して、連邦公職就任権が剥奪されても、トランプ支持者をいっそう激高・結束させ、事実上の後継者となる「第二のトランプ」が、彼の家族を含めた周辺、あるいは外部からも現れる危険性はある。それほどに、アメリカン・ファシズムの土壌は大きく育っている。


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