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近代革命の社会力学(連載第177回)

2020-12-09 | 〆近代革命の社会力学

二十五 スペイン・アナーキスト革命

(5)革命的施策の展開
 スペイン・アナーキスト革命における政策面における最大の成果は、その実験的な経済政策に表れた。とりわけ、労働者自主管理システムの幅広い導入である。中でもスペインにおける工業中心地であったカタルーニャでは、産業の75パーセントが自主管理下に置かれた。
 このような自主管理経済は、中央の人民戦線政府がソ連式社会主義の範例に沿って産業の国有化という集産主義的な施策を志向したことと拮抗する形で、地方のレベルで進められた。同様の試みはロシア革命当時のロシアにも表れていたが、こちらでは、ボリシェヴィキ派が全国的な権力を確立するにつれ、国有化路線に収斂していったのに対し、スペインでは多党連立の人民戦線政府の不安定さが、地方での実験的な施策の展開を可能にしたと言える。
 自主管理システムには、労働者自身が直接に経営権を掌握する形態と、労働者委員会が労働条件の決定権を握る形態という二つのタイプがあった。前者が最も急進的な形態の自主管理であるが、これは外資の支配がなく、アナーキスト系労働組合の影響が強い企業体で導入された。
 自主管理システムにおける賃金に関しては、家族単位の世帯給制度が試行されたが、より急進的な経済政策は、地方農村部における貨幣制度そのものの廃止であった。これは、農村の革命的コミューンをベースに、貨幣制度を廃止し、労賃を世帯ごとのバウチャー制に置換するものであった。
 これにより、日常必需品は共同貯蔵所でクーポンにより取得し、余剰品は近隣コミューンに流通させる一方、貨幣はいまだ貨幣が廃止されていない地域との取引にのみ限局するというある種の混合経済が試行されたのである。
 このような農村コミューンは、革命的経済政策のもう一つの柱である農業の集団化を前提としている。ここでの「集団化」は、同時期のソ連で実施されていた中央主導の強制的集団化とは異なり、労働者の自主管理に照応する形で、農民が地主から収用した土地を集団的に所有したうえ、生産手段を共有しつつ、自主管理的なコミューンを通じて農業経営を行う、自主管理農業システムであった。
 こうしたコミューンは同時に地域の議決機関も兼ねており、全員参加型の直接民主主義が試行されていた。一方で、これらコミューンが連合してより広域的なまとまりを形成する場合もあった。そうしたコミューンとコミューン連合の形成が最も進展したのは、一大農業地帯であるアラゴンであった。
 スペイン内戦に義勇兵として共和派で参加し、こうした革命的コミューンを見聞したイギリスの作家ジョージ・オーウェルは、その印象を、「文明生活における普通の動機―俗物根性、金銭欲、ボスへの恐怖等々―が消滅している」とし、故国イギリスとの対比で、階級分断が消滅し、「農民とかれら自身の他には誰もおらず、誰も他の何者をも自分の主人としない」と書き記している。
 また、スペイン・アナーキスト革命は環境政策の面でも当時としては先駆的な施策を導入し、作物の多様化、灌漑の拡大、森林再生などを実行したほか、労働衛生面から、当時の国民病であった結核の予防のため、大気汚染の原因となる金属工場を閉鎖するなどの実績も上げた。
 こうした経済実験は、ソ連式の全体主義的社会主義・集産主義モデルに対する自由な自主管理型共産主義のオールタナティブとして一つの革命的な範例となり得たはずのところ、同時進行中の内戦の激化によって妨げられ、最終的に敗北したことで、挫折する運命にあった。


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