ザ・コミュニスト

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弄ばれる拉致問題

2014-05-30 | 時評

突然の拉致「再調査」という新展開は、拉致問題が政治外交上の駆け引き材料となっていることを改めて示した。おそらく昨年末の親中派・張成沢氏粛清後の朝鮮側事情の変化であろう。つむじを曲げた中国からの援助途絶で経済苦境が深まり、日本からの経済援助引き出しの必要性が強まった。安倍政権の歴史認識に基因する日韓関係の途絶で、日本を南から北へ引き寄せる好機と見て取ったこともあろう。

一方、安倍政権が従来の強硬な制裁姿勢を修正して、再調査開始だけで一部制裁緩和の方針に転じたのは、生存者確認・帰国の感触を得たことで、問題を一挙解決して消費増税・集団的自衛権問題以降の支持率低下傾向の歯止めと再上昇を狙う好機と見てのことだろう。

2002年の問題表面化以来、膠着、展開、膠着そしてまた展開と二転三転するのは、両当事国ともこの問題を人権問題とはとらえておらず、外交問題という認識の下に、地域冷戦の続く東アジアにおける外交的駆け引きの賭け金として都合よく利用してきたからである。

しかし、この問題は、市民の人身の自由、居住移転の自由そして生命に関わる国境を越えた複合的人権問題である。今度こそ待ったなしで解決を図るべきだが、発表された合意文書はあいまいである。

「包括的解決」をうたうが、第二次大戦戦没者の遺骨収集や日本人妻帰郷と拉致被害者の救出が全部包括されているのはおかしい。それでは拉致が問題の一部でしかないと言っているのと変わらない。重大性と優先順位は明白であり、拉致を最優先とすべきだっただろう。すでに生存者の所在は確認済みと言われる「再調査」にも短期の期限を付けるべきである。

ただ、年月経過と北の医療事情からして物故者がいる可能性も十分あるので、またも虚偽の疑いを持たれないよう死亡事実を明確に証明する方法の決定や、朝鮮国民の配偶者があるなどして帰国が困難な場合の対応も検討しなければならない。人権問題としてとらえるなら、そうした細部まで神経を使うべきものだ。

[追記]
懸念していたとおり、朝鮮側は「再調査」の最初の回答期限とされた時期を過ぎても、明確な回答を示していない。そこへ、拉致問題のヒロイン的象徴となってきた横田めぐみ氏の死亡状況に関する詳細な証言の存在が明らかになった。自ら引き出した証言にもかかわらず日本政府は信憑性なしと根拠を示さず切り捨てるが、証言者はめぐみ氏が収容されていた当時の病院の医療スタッフと見られ、信憑性を無条件に否定できる間接証拠ではない。その内容は公式発表の自殺ではなく、向精神薬の大量投与による謀殺を示唆するものである。政治的な危険分子を精神病院に収容し、薬物投与で行動抑制するという手法は旧ソ連でも見られた政治的抑圧手法であった。旧ソ連の指導を受けた朝鮮でも継承されていて不思議はない。今回、朝鮮側が「総合調査」という新たな変化球を投げてきたのは、めぐみ氏の「病状」を知る人物の脱北で不都合な真実が露見する可能性を見越してのことだったという推測も成り立つ。仮に証言が真実だとしても、そうした秘密警察機関の不正行為の深相は、旧東独が崩壊し、統一ドイツになって旧東独秘密警察の組織的不正が白日の下にさらされたのと同様、朝鮮の現体制が崩壊しない限り、明らかにならないだろう。拉致問題で中途半端にパンドラの箱を開けようとした政府の手法は、ますます袋小路に立たされつつある。(2014.11.12記)


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