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貨幣経済史黒書(連載第36回)

2020-06-07 | 〆貨幣経済史黒書

File35:ジンバブウェの天文学的インフレ

 大恐慌や大不況、感染症パンデミック等が勃発するつど、有価証券資産は価値下落を免れないが、現金資産なら価値は一定であり、何はともあれ、やはり現金資産を多く持つほど安全である―。これは、とりあえず正論である。「とりあえず」というのは、物価と通貨価値ともにひとまず安定が保持されている経済状況下では、ということである。
 その点、アフリカのジンバブウェで2000年代に発生し、現在も後遺症が続く天文学なハイパーインフレーションは、現金資産も決して絶対的に安全ではないことのまさに黒書的な教訓となる出来事である。ジンバブウェでなぜそのような悪夢のハイパーインフレが発生したかについては、この国の成り立ちから見ていく必要がある。
 ジンバブウェは、1980年に白人優越主義の白人国家ローデシアが黒人主導に転換されて成立したかなり新しい国である。黒人主導となっても、しばらくは農地の大部分を白人が所有する不平等な構造が温存されていたが、2000年、ついに政府はこの構造にメスを入れ、白人から農地を強制的に接収し、黒人に再配分した。
 続いて、外資規制のため、外資系企業株式の過半数をジンバブウェ黒人に強制譲渡させるといった過激策も導入したことから、白人地主層の流出と外資系企業の撤退が続いた。これにより従来、白人経営の農業と外資で支えられていたジンバブウェ経済が一気に縮退した。
 これに対し、政府は通貨の大量供給で対応しようとした。その結果は、天文学的な規模のハイパーインフレーションであった。2000年からインフレ絶頂期の2008年までに物価は700万倍に騰貴し、08年のインフレ率は実に2億311.5万%に達した。年率では220万%というから、仮に年初に1本100円のバナナがあるとして、年末には220万円に高騰する単純計算となる。
 これほどのウルトラインフレになると、通常のインフレ対策は通用しないため、究極の手段として、通貨価値を政策的に切り下げること(リデノミネーション:いわゆるデノミ)によるほかなくなる。ジンバブウェ政府も、2008年8月に100億分の1のデノミを断行するも効果なく、2009年2月に1兆分の1のデノミを連続実施するという過激策を講じた。
 このように短期間で二次にわたる過激なデノミを断行したことにより、自国通貨ジンバブウェ・ドルは事実上無価値となったため、流通も停止、以後は、アメリカ・ドルを基軸とする外貨主義に転換したのである。外資排除の政策が外貨導入を帰結したのは、皮肉というものであった。
 ちなみに、自国通貨の価値をあえて破壊するかのようなデノミ政策は必ずしも特異なものではなく、ジンバブウェと同時期のものに限っても、トルコ(05年)やルーマニア(同年)、北朝鮮(09年)などでデノミが実施されている。
 また、歴史的には、近年投資対象として注目されるブラジルのレアルなども、たびたび通貨名の変更を伴いつつ、1994年までの約半世紀で8回にのぼるデノミにより、275京分の1という天文学的な率での長期的な切り下げを経ている。
 まとめれば、ハイパーインフレーションは安定なはずの現金資産が異常な物価高騰により実質的に価値下落する状況を来し、対策として打たれるデノミは通貨価値を政策的に切り下げることにより、現金資産の価値が額面上も一挙に下落する。いずれにせよ、現金資産を多く保有する富裕層ですら貧困に陥る可能性を孕む貨幣のホラーである。


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