【人間合格】
こまつ座
作 井上ひさし 演出 鵜山 仁
紀伊国屋サザンシアター(新宿)
公演中止の案内がちらほら届き始めた3月の終わりごろに舞台を観たのが最後となり、その後のチケットは6月の公演分まですべて払い戻し、となっていた。
緊急事態宣言が開けてすぐに発売されたこの公演のチケットを早速購入。
公演のころにはもうコロナも落ち着いているかなあ、なんて思っていたら、あの頃よりも状態は悪くなっているようだ。
もしや公演中止か、と劇場に電話してみたら、スケジュール通りとのこと。
少し悩んだけど、息子からもらったサージカルマスクを持参して劇場に出かけて行く。
帝国大学在学中の22歳から命を絶つ前の38歳までの太宰治を描いたこの作品。
この舞台の中では「太宰治」ではなく本名の「津島修治」(青柳翔さん)
写真で見る太宰治は細面で神経質そうな印象だけれど、青柳さんはお顔が丸くて健康そう。
最初、ちょっと太宰っぽくないなあ、と思ってみていたけれど、徐々に津島修治に見えてくる。
当時非合法だったプロレタリア運動を通じて知り合った二人の男友達との親交を描いている。
太宰治のことはこれまでに読んだいくつかの小説と、
心中未遂などの女性スキャンダルや薬物中毒のことくらいしかわからなくて、
なんとなく暗くて自堕落なイメージだったのだが、男友達との友情を大切にする今回の舞台はちょっと新鮮だった。
農村の若い女の子が120円で人買いに売られていた時代に実家から毎月80円の仕送りをもらっていた、という大地主の息子だったという修治。
そのことを隠して友人たちとブルジョアを非難したりしている姿がちょっと切ない。
名家6男だった彼が母の愛情に飢えていたようなセリフも垣間見える。
修治は太宰治として小説を書き続け、友人の一人、山田(伊達曉さん)は役者となり軍を鼓舞するような芝居で人気者になる。
もう一人の佐藤(塚原大輔さん)は共産主義を貫き、名前を変え、住むところを転々として当局から逃げ回る。
毎年必ず送られてくる年賀状の偽名に必ず「赤」が入っているのがくすっと笑える。
ちょっと空気が重くなってくると必ず現れる青森の実家の番頭「中北さん」。
絶妙な間で流ちょうな津軽弁で笑いを誘う。
地元のものらしき謎の歌をよく歌うのだけれど、この歌が本当にお上手。
行く先々でさらっと関わる女性たちは栗田桃子さんと北川理恵さん。
時に旅館の女将だったり、下宿屋の女将と下働きの少女だったり、カフェの女給だけど共産党員、劇団の女優や、津島が精神を病んで入院した病院の看護師さん、などなど次々と早変わりで出てきて違和感が無いのがすごい。
戦争が終わり、地主制度は崩壊し、それまでの価値観が180度変わってしまって、3人の関係もちょっと変わってくる。
あれほど「赤」を非難していた中北さんまで、民主主義をたたえている。
修治の兄の選挙活動に友人たちを利用しようとする中北さんに激怒する修治の姿が、なんだか頼もしい。
役者として人気者だった友人は、一転して戦争を批判するような芸風になったことについていけない劇団員たちに逃げられ、
苦悩のうちに精神を病んでしまう。
身分を隠して逃げ回っていたもう一人は、潜伏先で知り合った女性と結婚して幸せになったのもつかの間、無理がたたり亡くなってしまう。
大切な友人二人が遠くに行ってしまい、屋台で酔いつぶれる修治。
屋台のおじさんはついさっきまで津軽弁を話していた中北さんだった益城幸次郎さんが演じている。
今度は流ちょうな標準語と静かな声で穏やかに話す姿は完全に別人だ。
最後に、屋台に4人の若者たちがやってきて、働いている工場で組合を結成した祝杯をあげる。
絶望している修治の横で希望に満ち溢れる4人が対照的。
このあと修治は自ら命を絶つことになるのだが、舞台は屋台で飲みつぶれているところまで。
戦争が終わろうとしていたころ、仙台の旅館で偶然再会する3人と中北さん。
この時の修治のセリフがちょっと心に残る。
「小説家というものはその人にしかわからないきらきらした小さな宝石を拾い上げて言葉にする・・・」みたいなことだったように思う。
心に残ったという割にはうろ覚えの自分が情けない・・・。
きっとたくさんの小さな小さな宝石を拾い集めていたんだろうな。
もしかしたら拾いすぎてこぼれてしまったのかもしれない。
もっと長く生きていたら、大きなダイヤモンドになっていたのかなあ・・・
などととりとめのないことを思ったりする。
ちょっと誠実な、友人を大切にする熱い太宰治の一面を垣間見ることができ、ちょっと今までとは見方が違ったかもしれない。
これを踏まえて小説を読むと、感じ方が違うかも。
さて、気になる劇場のコロナ対策は・・・というとちょっとビミョー。
いつもは1箇所の入り口は、すぐ前のエレベーターホールが狭いからか、今回は出口のほうからも入場できた。
入り口で検温、アルコール消毒。
ロビーのベンチは一人おきに座るよう、座面に紙が貼られている。
が、肝心の客席は・・・
「ガイドライン」なるものの内容を詳しくはしらないけれど、席と席の感覚はあけるんじゃなかったっけ?
劇場のHPからお借りした座席表はこんな感じ
観客はおそらく1/3もいなかったのではないだろうか。
せっかく面白い舞台だったのに、たくさんの人の目に触れられないことは本当に残念だ。
ちなみに友人と私が座ったのは左側のブロックの5,6番(通路側)
ここは1~6まで全員ぴったりくっついて座っていたのに、真ん中の11~12人が座るブロックは1列に2~3人しか座っていない。
見回すと両サイドの5~6人がなんだかびっしり詰められていて、真ん中ががらがら。
どういう販売の仕方をしたのだろう・・・。
休憩時間に意を決して、空いてる席に移動できないかスタッフの方に聞いてみたところ、真ん中のブロックのチケットは購入している人がいるので移れない、とおっしゃる。
ということは満席になるように販売した?
緊急事態宣言が明けてすぐだったので、まだガイドラインができていなかったのだろうか。
結局、確実に開いている反対側の狭いブロックに移動させてくださった。
この列は私たち二人だけ。
ちょっと安心なようなそうでもないような・・・。
帰宅してから渡されたチラシに混じって、ご来場者カードが入っていた。
もし、この日コロナの感染者が出た場合に連絡するため、と書いてあるが、積極的に「書いてください」とも言われなかったし、書くものも持ってなかったのでいつも配られるアンケートくらいにしか思っていなかった。
私も友人も書いていない。
もう少しアナウンスしてもよかったのではなかっただろうか。
まあ、そんなに心配なら行かなきゃいいんだけど・・・。
名のある劇場・劇団なので、ちょっと過信していました。
とはいえ、やっぱり観劇は楽しい。
これからしばらくはコロナとの共存の中でエンタメ業界は越えなければいけないものがたくさんありそうだけど、なんとか頑張ってほしい。
いろいろな心配をせずに、心から観劇を楽しめる日が、普通に外を歩ける日常が、1日も早く来ることを願うばかりです。