唐は征服した地域に住む住人に対して寛容な政策を採りました。これを【覊縻政策】といいます。征服された部族の長に【自治権】を与えて、彼らに住民を統治させました。すなわち【間接統治】を行なったわけです。部族長が反乱を起こすことのないように監督する仕事を行なうのが【都護府】です。都護府には長安から役人が派遣されます。また、反乱や異民族の侵入といった非常事態が発生したときは、長安から軍隊が派遣されました。
都護符は全部で【6】ヶ所置かれました。覊縻政策を採っているので、曽於地域にいる部族を支配するために軍隊を集める権限はなく、徴税権も持っていませんでした。なお、覊縻とは、覊は馬をつなぐ紐、縻とは牛をつなぐ紐、の意味で、部族長がある程度まで自治を行なうことを示しています。
都護符は全部で【6】ヶ所置かれました。覊縻政策を採っているので、曽於地域にいる部族を支配するために軍隊を集める権限はなく、徴税権も持っていませんでした。なお、覊縻とは、覊は馬をつなぐ紐、縻とは牛をつなぐ紐、の意味で、部族長がある程度まで自治を行なうことを示しています。