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独立派 クロムウェルの軍隊と党派

2023年05月30日 | 高3用 授業内容をもう一度

ピューリタン革命の争点は、【国王大権】を認めるか(王党派)、認めずに議会主義を政治の基本に据えるか(議会派)という点でした。したがって特権階級が王党派と議会派に分裂し内戦になったといえます。ただし、王党派と戦う人々には、国王【ジェームズ1世】や【チャールズ1世】に弾圧されていた【ピューリタン】も多くいました。彼らを【クロムウェル】が軍隊に組織して、【鉄騎隊】を創設し、王党派の軍隊に勝利していきます。鉄騎隊が強かった理由は、【実力主義】を取ったためで、家柄や身分が低くても、戦いで活躍すれば出世できる仕組みになっていたからでした。議会派の軍隊組織は鉄騎隊をもとに改編され、【ニュー・モデル軍】となりました。そこにはピューリタンだけでなく国教徒の特権階級の人々も加わっています。【1645】年【ネイズビーの戦い】で勝利したニュー・モデル軍は王党派に勝利を決定付けました。
 国王【チャールズ1世】を取り除いて議会中心に政治が始まりましたが、政治のやり方に詳しい特権階級の【国教徒】たちが、初めは政治の実権を握りました。彼らを【長老派】といいます。しかし、軍隊で活躍したピューリタンのエリート達はクロムウェルを中心に【独立派】を形成し、【長老派】を追放しました。この長老派がいなくなった議会を【残部議会】といいます。ピューリタンたちが政治の実権を握り、【1649】年には国王【チャールズ1世】を処刑し、イギリス史で唯一の【共和制】が始まりました。ただし、クロムウェルの軍隊は実力主義でったため、ピューリタンのエリートの中には、もともとは貧しかった人や身分が低かった人もいます。彼らの代表となった【リルバーン】は6か条の「【人民協約】」を発表し、【男子普通選挙】を要求しています。リルバーンを支持する人々を【水平派】(【レベラーズ】)といいます。また、【ウィンスタンリー】を支持する人々はもっと過激な発言を繰り返し、【真正水平派】(【ディカーズ】)と呼ばれ、【身分制度】の廃止まで主張しました。しかし、レベラーズもディカーズもクロムウェルによって弾圧されました。
 クロムウェルは【1653】年に【護国卿】に就任し、5年間の独裁政治を行いました。しかし、彼のあとを継いだ息子の【リチャード=クロムウェル】が護国卿になるとすぐに政治が乱れていきました。そのため、【長老派】はクーデタでリチャード=クロムウェルを追放し、【フランス】に亡命していた王子を呼び戻し、【1660】年【チャールズ2世】として即位させました。これを【王政復古】といいます。


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