Forza世界史 in Blog

心機一転となりますか。

ふたたび「中世」です

2009年04月14日 | 余禄
 ふたたび「中世」です。
 中世の人間関係は、土地を媒介にしたものである、と説明しました。今回は「中世」の前近代性についてです。
 土地を媒介とした人間関係とは、自分が「所有」もしくは「保有」している土地を、「守ってもらう人」とその土地を「守ってあげる人」との人間関係をさします。西欧においては、土地の所有者は「地主(世界史では領主)」ですから、自分がその土地を耕すわけではなく、農奴と呼ばれる農民を働かせるわけです。そのころは農業以外に産業はないですから、土地を所有できなかった人々(農奴)は、領主から土地を借りて生活しなければなりません。
 さて、ここで問題なのは、有効な農地はごく限られていた、という点です。非常に貧しい土木工作器具しかなかったはずです。森や沼といった自然の前に、西欧の人々は大変無力でした。おそらくこの辺が日本の中世と違っていた点でしょう。ごく限られた農地を「所有」することに成功した「領主」が人口に占める割合は、5%~8%程度。理不尽な比率です。領主にとって、この理不尽さを「必然」にする必要があった。それが中世のもつ「前近代性」です。現在のわれわれにとって「理不尽」と感じられることですが、中世の人にとっては「必然」でしかなかったといえます。社会倫理が人々の思考をがんじがらめにしていたわけです。
 このような窮屈さを打破する力が近代を志向したわけです。
 

ノートの取り方

2009年04月14日 | 余禄
 授業中にノートを取るとき、最近とくに良いと思う方法は、「接続詞を書き込む」ことです。教員による板書が、うまくまとめられている板書であればあるほど、このことは意味を持つように思います。
 ある人のことを「論理的である」と感じる場合と、そうでない場合があります。その違いは、前に言ったことと、その次に言うこととの関連性が明確かどうかにあります。では、どのようにしたらそれが明確になるかといえば、両者をつなぐ言葉である「接続詞」をはっきり的確に使えば良いということになります。
 筋が通ってわかりやすいノートを作るには、板書を写すだけではなく、その板書に書かれた行と行とを「接続詞」で結ぶ。こうすれば論理性の高いノートになり、後で見なおした時に、筋道があるので理解しやすいということになります。

中世の特徴をみると

2009年04月14日 | 余禄
 土地を媒介にした人間関係が成立した時代を「中世」と呼びます。これは日本で言えば鎌倉時代の「一所懸命」の主従関係が該当しますし、イスラム世界では「イクター制」の成立(10世紀ころイラクで)をもって中世といいます。
 また、多くの地域でこれら土地を媒介にした人間関係を成立させる基礎になる「精神」が存在しているといえます。西洋では「キリスト教倫理観」が社会を支配します。西アジアでは9世紀ころに完成した「イスラム倫理観」です。日本の場合「武士道」と言いたいところですが、「武士道」は江戸時代の中期以降でしょうか。「いざ鎌倉」という倫理観。まさに命がけで土地を守る為に、もしくは土地を新しく手に入れるために戦う。これが坂東武士たちの「一所懸命」の精神です。
 一方、このような意味における中世は、中国ではあまり顕著ではありませんでした。10世紀前半の混乱がそうさせたのかもしれません。中国では地主階級が王朝に治安維持など、自分の土地を守る為の行為を委ねていたようです。その代わり彼らは「科挙」を通じて王朝の政治に関与していったわけです。この点についてはまたの機会に触れたいと思います。
 「中世」は非常に興味深い時代です。「ダビンチコード」が西洋世界でベストセラーになるのもわかるように思います。21世紀の世界は中世に向かっていくと思います。世界史であつかうような「遅れた」時代では決してないのです。
 

なるほど近現代世界史

2009年04月14日 | 書籍紹介
今は発売されていない河合出版の名著。近現代史の情報をほぼ網羅していると言ってよい。アマゾン=ドット=コムなどで中古本を探そう。もしあれば即注文すべし。
なるほど近現代世界史

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08年東大第1問

2008年02月27日 | 余禄
再現答案例
第1回万国博覧会はロンドンで開かれ、英国の帝国主義に基づく覇権を象徴した。インドはキャラコ綿産業を破壊され、綿花プランテーションに依存するモノカルチャー化が進行。シパーヒーはインド大反乱を起こしたが、鎮圧され、1877年インド帝国成立で英の本国統治が開始。英仏は自由貿易の拡大を目的に、清に対してアロー戦争を起こし、北京条約で天津を開港させた。危機感を持った清朝は、外交を担当する総理衙門をはじめて置き、洋務運動では軍隊の近代化を図った。ディズレーリはインドや清と英を結ぶ航路確保のためスエズ運河株を買収。財務的に支配下に置かれたエジプトはアラービー=パシャの乱を起こしたが鎮圧された。一方カピチュレーションのために英仏の影響下にあったオスマン帝国は、ドイツからの支援で近代化を図り、アブデュル=ハミト2世はミドハト憲法を制定した。英仏の介入でクリミア戦争に敗北したロシアは、アレクサンドル1世が近代化を図り、農奴解放を宣言。しかし南下は英の介入で叶わなかった。日本は日米修好通商条約をきっかけに英とも不平等条約を結ぶ。1867年明治維新で近代化に乗り出し、富国強兵を掲げた。そしてビスマルクの助言で国家権力の強い明治憲法を制定。江華島事件で朝鮮と不平等条約を結び、列強入りを目指した。

採点基準
○ 1851年の第1回万国博覧会はイギリスが「世界の工場」であることを象徴し   た。
-1 帝国主義の覇権確立は時代的に間違い。

○ インドに関する記述のポイントは(115字)
① 綿工業が壊滅的打撃を受けた
② 綿花プランテーションによるモノカルチュア化
③ インド大反乱鎮圧によりムガル帝国は滅亡した
④ 1858年から東インド会社にかわって本国議会が直接統治
⑤ 1877年インド帝国が成立。完全な植民地になった。

○ 中国に関する記述のポイントは(116字)
① イギリスの自由貿易体制に組み込まれた。
② 江南経済混乱の結果、太平天国の乱が発生した。
③ 「中体西用」を唱える洋務運動が漢人官僚により開始。上からの改革で近代化  を図った。
④ 冊封体制が崩壊し総理衙門を置く近代的外交への転換を図った。

○ エジプトに関する記述のポイントは(69字)
① 1869年のスエズ運河開通でインドへの経由地として重要度が増した
② ディズレイリによるスエズ運河株式買収で帝国主義的支配下に置かれた。
× アラビ=パシャの乱は1881年なので加点対象にならない。

○ トルコに関する記述のポイントは(168字)
① クリミア戦争では、タンジマートを行っていたトルコに対して支援し、ロシア  の南下政策を押さえると共に、イギリス工業製品の輸出を図った。
② ミドハト憲法成立で立憲君主制への移行に成功したかに見えた。
③ 露土戦争により憲法は停止されて近代化に失敗した。
④ 統一間もないドイツ帝国宰相ビスマルクは、ベルリン会議を開催し、パクス=  ブリタニカを支持した。
-1 カピチュレーションのために英仏の影響下にあった、とはいえない。
-1 ドイツからの支援は、90年代以降のこと。タンジマートでははっきりといえ  ない。
-1 農奴解放令はアレクサンドル2世の間違い

○ 日本に関する記述のポイントは(64字)
① 日米修好通商条約と同じく不平等条約で侵略の足がかりとした
② 日本は明治維新を成功させ富国強兵策を展開。立憲君主制へ移行した。
★ ビスマルクの使い方は面白いけど、露土戦争で使うべきだろう。

各予備校の答えを見ると、アメリカ南北戦争・ロシア農奴解放令・ドイツ帝国の統一が書かれているので、
○ アメリカに関する記述のポイントは(93字)
① 綿花プランテーション経営を行うアメリカ南部を原料供給地として経済的に支  配した。
② 南北戦争に勝利した北部は南部を軍政下におき、イギリスへの依存から南部を  切り離し、産業革命を完成させた。
★ ただし、南部プランテーションは50年ころから始まったものではないので、  「1850年ころから70年代までの間に、パクス=ブリタニカに組み込まれていっ   た」とはいえないのではないか?その場合、アメリカは書かないことになる。

○ ドイツに関する記述のポイントは
① イギリスはドイツ各領邦を製品の市場と位置づけた。
② 保護貿易政策をとるプロイセンのビスマルクは、1871年にドイツ帝国を成立さ せ、国内市場を確保することに成功した。
★ ただし、これはアメリカ、ロシアについてもいえるが、「アジア各地の人々の  状態を見た著者は・・・」のくだりがあるので、ドイツまで書くべきか?
★ また、ドイツがイギリス製品の市場とされたのは1830年代だろう。アメリカの  場合同様に、時期的に書かなくても良いのではないか。

過去の本試験に類題が出題されています。
1996年 第1問
 18世紀後半にイギリスで始まった産業革命は、世界全体に工業社会の到来をもたらし、現代世界の形成に大きな役割を果たした。そのさい、人々はイギリスの覇権を「パクス=ローマーナ」(ローマの平和)になぞらえて「パクス=ブリタニカ」と呼んだ。しかし、「パクス=ブリタニカ」の展開には、さまざまな地域において、これに対抗する多様な動きが伴った。現代世界はこのような対抗関係を重ねるなかで形作られたとも言えよう。そこで、19世紀中ごろから20世紀50年代までの「パクス=ブリタニカ」の展開と衰退の歴史について、下に示した語句を一度は用いて、解答(イ)に15行(1行30字)以内(450字)で述べよ。なお、使用した語句に必ず下線を付せ。

自由貿易、 南京条約、 アラービー=パシャ、3C政策、 マハトマ=ガンディー、 宥和政策、  マーシャル=プラン、スエズ運河国有化

06年東大第一問 採録

2008年01月31日 | 余禄
今年の東大の第1問ですが、予備校各社の解答では論じられていない、次の点について論じるべきではないか?と考えています。
 それは、「戦争そのものが変質した」という点です。リード文を読むと「国内社会の民主化が国民意識の高揚をもたらし、対外戦争を支える国内的基盤を強化」とあるので、長期に及んだ3つの戦争における「変化」の要素を書いてもいいかな?もしくはかくべきかな?と思えるのです。
 具体的には①30年戦争が宗教戦争から国際戦争に変化した②フランス革命が革命の防衛から革命の輸出に変化した③第1次世界大戦がシュリーフェン作戦の失敗により電撃戦から総力戦に変化した、の3点になります。いかにも東大らしく、3つの戦争の共通する特性が存在します。予備校各社の解答では簡単すぎやしないか?とも思います。
 以上の点はさらに、①国際戦争になったがゆえにウェストファリア条約という国際条約締結を見た②革命の成果が輸出されたことで、国民国家が西欧で成立し、それに対抗する形で勢力均衡と正統主義がウィーン体制で採られた③総力戦による被害の甚大さから、個別安全保障体制から集団安全保障体制に移行した、点を論じていくことになります
再び06年東大第1問についての発見です。30年戦争、フランス革命戦争、第1次世界大戦の共通点について、アビと散歩をしているときに考えたことです。
 国民国家の形成に与えた影響を考えるとき、30年戦争のとき、何が民族間の戦争の争点であったかというと、それは「宗教」です。戦後のウェストファリア条約でも、宗教を国家が決定することを謳っています。国家主権の確立は、絶対王政という国家形成に大いに影響していくわけです。つぎに、フランス革命戦争では「教育」が国民国家形成に大いに影響している。戦争に多くの地域から一般市民が参加したため、地方語の存在は軍隊組織になじまないわけです。そこで国民が一律の共通語を話し、共通するモラルを持つことが求められたのです。そうしないと軍隊組織が停滞します。また、第1次世界大戦は総力戦といわれます。国民の生活すべてが戦争によって影響され、そのことを国民が違和感なく許す環境は「宣伝」によって形成されたわけです。第2次世界大戦のとき日本が「欲しがりません。勝つまでは」といった宣伝を展開したが、この動きは第1次世界大戦のときに始まったのです。以上のように考えると、国民国家ンの形成に向けて3つの戦争が果たした役割とは、それぞれ「宗教」「教育」「宣伝」によって展開された、といえます。
 ここまで東大の問題が求めているとは思いませんが、このように思考が発展していくことは、東大の問題の醍醐味でもあります。

散歩をしていると・・・

2007年09月12日 | 余禄
 犬を連れて散歩をしていると、突然パラパラと雨が。いつもの道からそれて、近道して帰る途中から、少し雨が強くなり始めます。家の玄関にたどり着くとちょうど、一気に雨脚が強くなりました。その時、どう思いますか?雨が強くなる前でちょうど良かった、とほっとする人ですか?それとも、雨に降られてもう少し早く散歩に出ればよかったと思う人ですか。

時間

2007年05月09日 | 余禄
 時間には2種類の時間があります。マイナスをゼロに引き上げるための時間とゼロから積み上げる時間です。前者は非効率的です。テストのやり直しの時間、呼び出されて怒られている時間、待ちあわせに遅れて謝っている時間だったり、その相手が不機嫌で気まずい気分で過ごしている時間。勉強を始めようとしたけど、ノートをどこに置いたのか分からなくて、探している10分間。こういった不毛な時間を減らしていきたいものです。

ほめて伸ばす

2007年04月22日 | 余禄
 ほめて伸ばすコーチと怒鳴るコーチ。多くの場合、ほめて伸ばすコーチが賞賛されます。その理由としてよく言われるのは、人間はほめられて悪い気はしないのだ、やる気にさせればこっちのものだ、というものでしょう。しかし、それだけではなさそうです。ほめるに値する場面など、そう多くはないのですが、いいシチュエーションを求め、さらになぜそのような局面が起きたのか、ということを見逃さない姿勢。このことこそ良いコーチの資質であるように思います。自戒です。

存在が残る

2007年04月20日 | 余禄
 愛犬あびが亡くなってずいぶん経ちます。自分の中にあびが残っている。そんな感じでいます。その人と離れ離れになっても、自分の存在がその人の中に残る。その人の行動に何らかの影響を与える。そんな感じが、自分の存在に意味を持たせるように思います。コメントを読んでそんなことを考えました。このことと「良く生きる」こととは近いように思います。
 

スタディースキル

2007年04月16日 | 余禄
 今、アメリカの大学では80%以上の大学で「1年次セミナー」を実施しているそうです。大学のレベルによってその内容も変わりますが、我々に興味深いのは、「スタディスキル」であろうと思います。ノートの取り方、講義の聴き方、英語の学習方法まで、学力の低い学生を集める大学が実施しています。
 振り返って、中学や高校の教員がこれらのスキルを伝えてきたでしょうか。各教科に共通するスキルを取り出して言語化すれば効率的でしょう。さらにそのスキルの実践が、授業で行われていることを、授業担当者が授業中に確認する。そのような中で始めて生徒諸君は、「スキル」として身に付けることできそうです。
 学校生活に対して肯定的な生徒は、学力面での伸びが大きいように思います。学校生活に関する「スキル」を身に付けることは、そういった意味でも重要です。「時間の作り方」「時間の過ごし方」「物事の捉え方・考え方」「部活動と学習活動との両立の仕方」これらの「スキル」を言語化して伝えることができれば、学校生活に肯定的な生徒を増やすことができます。
 よく、最後まで部活をやった生徒は、大学受験でも成功する、といわれます。集中力があるからとか、馬力がある、などという表現でその原因を説明しますが、学校生活に対して肯定的であったことの証明と、捉えたいものです。

高校3年間について

2007年04月16日 | 余禄
 高校二年生の1年間で「受験できる大学のレベルが決まる」。また、高校3年生の1年間で「その大学の合否が決まる」。こんなことを良く話していたことを思い出しました。とくに習得に時間が必要な英語にどれだけ意識が向くか?文系は当然でしょうが、理系にとって数3Cが始まる前に、英語のレベルを上げておきたいものです。しかし、このことはそれほど難しいことではありません。しかし、この話にはもうひとつ必要な要件があります。それは高校1年生の1年間で「大学受験ができるレベルの者になる」ということです。言い方を換えれば、高校1年生のときの学力レベルはまったく関係ないのだ、ということです。それよりも大切なことを、そのときに身に付ける。この1点につきるわけです。

非効率な脳

2007年04月12日 | 余禄
 人間の脳の重さは体重の2%程度だそうです。一方、脳が使うエネルギーは人間が使う全エネルギーの20%を占めます。脳は非常に効率の悪い機関だということがいえます。一般に生物の進化において、このような非効率的な機関は退化し、無駄を省くはずです。なぜ脳は生き残ったのでしょうか。
 

日本人技術者の功績

2007年04月11日 | 余禄
 日本人は商品を改良する能力には長けているものの、創造性に乏しく独自性がないと評価されているといわれています。このような評価は日本人にとっての負い目であり、何とかして自分の意見を持ち、オリジナリティのある発明はできないものか?というのがこの20年来のテーマの底流にあったように思います。
 しかし、劇的に人間の生活を改善するような発明発見は、はたして何回あったのでしょうか。古くは金属器の発明や貨幣の発明がそのような変革をもたらしたでしょう。または、近代以降ではエネルギー革命、モールス信号の発明でしょうか。計算機の発明や万有引力の発見、自動車の発明もそうでしょう。現在のコンピュータも最初の計算機が源流になっているといえます。
 ここで重要になってくるポイントがあります。つまり、発明発見によってもたらされた利益を享受できた人間の数はごくわずかであったということです。西欧世界の2億人、合衆国の2億人、その他2億人といったところでしょうか。すなわち、そのような発明発見によって人類が手に入れた技術を、より高度に、より安価に改良することによってのみ、数10億人が恩恵を受けることができたわけです。
 地球規模の視点に立つと日本の技術者達の業績は非常に大きかったといえるでしょう。

成長課題

2007年04月10日 | 余禄
 生涯教育の基本に「成長課題」があります。このことは、狼に育てられた2人の娘に言葉やマナーを教えることができなかった、という話や、ボールを投げる技術を身に付けるのは3歳、ボールをけるのは10歳までが適切であるとか、そういったことでしられています。そういえば、50歳を過ぎてパソコンを使いこなすようになるのは大変な労力です。
 その一方で、この「成長課題」は、それぞれの年代が乗り越えなければならない課題を示しています。もちろん、その課題は時代によっても違うでしょう。さて、高校生の「成長課題」とは何でしょうか。学校によっても違うように思います。我々大人が、自分の時には「この時までにボールをけれるようになっておく必要があるよ。」とアドヴァイスされなかったことを、だから自分は「中田」に慣れなかったのか!とあとで納得したとように、今の高校生諸君にも、「今なすべきこと」はわからないのではないか。
 さて、高校生の「今なすべきこと」は、「自分でやり遂げた感覚」。いかがですか?