2. アッサルハドン王によるティルス市破壊の年。
3. アッシュールバニパル王によるエジプト征服(オリエント 統一)の年。
4. ネブカドネザル2世によるユダ王国征服の年。
5. キュロス2世によるメディアからの独立の年。
6. カンビセス王によるエジプト征服(オリエント 統一)の年。
正解
①前722 ②前672 ③前667 ④前586 ⑤前550 ⑥前525
【シュメール】文明が衰退すると、代わって【アッカド】人(セム語族)の【サルゴン1世】がメソポタミアの南にある都市国家を征服しました。しかし、彼らもまもなく滅亡し、【シュメール】人の一部が【ウル】の町を復活させました。これが【ウル第3王朝】です。このウルの町で成立したウル第3王朝の王【ウルナンムは】、法律を残しています。われわれは彼が作った【ウルナンム法典】のうちのわずかしか目にすることはできませんが、今、発見された現存する人類【最古の法典】といえます。
【ペルセポリス】はアケメネス朝ペルシアの都。この町は当時パルーサと呼ばれていた。この町を破壊したのは【アレクサンドロス大王】です。彼がこの町を破壊したとき、保管されていた【粘土板】が焼かれ(粘土が焼かれると植木鉢のようになるでしょ)、その焼き固められた粘土板は2000年以上の歳月にも風化することなく保存されたわけです。まさに偶然。この【ペルセポリス碑文】から【楔形文字】の解読研究が始まったわけです。この【ドイツ】人【グロテフェント】の努力を受け継いだのが、【イギリス】人の【ローリンソン】でした。彼はグロテフェントの研究に加え、【ダレイオス1世】の業績を讃えた【ベヒストゥーン碑文】の解読を行い、約5000年前に使用されていた楔形文字の解読に成功したのです。
楔形文字の解読により古代オリエント史研究は飛躍的に進歩しました。たまたま見つけたHPにペルセポリスの様子が写真入で紹介されています。コピー&ペーストで、見てください。
http://cuzco75.hp.infoseek.co.jp/iran/iran03_3.html
シュメール人が発明・発見したものはたくさんあります。現在のわれわれにも伝わっているものの多くあります。たとえば、
①60進法
②7日制
③ノアの方舟の伝説
④バベルの塔の伝説
⑤ギルガメシュ神話
⑥楔形文字
最後の楔形文字(くさびがたもじ)の、「楔(くさび)」というのは、ドアストパーのこと。ドアストッパーの三角形の部分を、まだ固まっていない板状の粘土に押し付けて後を付けます。その三角形の後を組み合わせて「ひとつの文字」を表現したわけです。粘土板ですから乾けば固まります。紙はまだ発明されてないから、紙の代わりが粘土板だったわけです。