眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

橋の下の釣り人

2022-09-19 06:30:00 | 新・小説指導
 教室を離れて町へ出た。
 吸い込まれるように橋の下へ降りた。釣り竿の前に釣り人は座っていた。

「いつから釣っているの?」
「生まれる前からじゃ」
 老人は生まれる前から釣り人だった。前世で釣り残した獲物があるのだと言う。執念が輪廻して川の前に導いた。生まれるよりも早く、生まれてからもずっと、釣り人は釣り人だった。

「何が釣れるの?」
「何も……」
 老人のバケツは空っぽだった。

「ここは駄目なんじゃないの」
「そうかもしれん」
「他にもスペースあるのに」
 老人は朝からずっとその場所にいる。

「自分から動く方がずっと楽じゃ」
「だよね」
「本当なら自分から川の中に飛び込んで網を振った方がずっと話が早い」
「だったら、なぜそうしないの?」

 老人は長い竿を指しながら答えた。

「わしが釣り人だからじゃ」
「ダイバーじゃないんだね」
「そうとも。あんたは何をしておる?」
「僕は物書きです」
「ふん。小説家か」
「まあそんなところかな」

「わしを書くつもりか? わしを仙人のようにするつもりか」
「違います。少し時間が空いたので」
「ふん。売れない小説家の気晴らしか」
 釣り人は決めつけるように言った。

「場所を変えないの?」
「どうして?」
「ここにはいないんじゃない?」
「そうかもしれん」
「だったらどうして……」

「ここではないという不安はどこに行ってもつきまとうものだ。ここではないのでは。今ではないのでは。あなたではないのでは……。だが、ここであるかもしれないのだ」
「でももしも……」

「一度動き始めたら不安の度に動かねばならん。あんたはそのようにして書いていくのか。行きたい場所もわからないのに」
「可能性のある方に行くと思います」
「それがわかればな」
「動かないのは怖くはない?」

「わしは釣り人だ。だから、動くのはわしではない。わしの周りを水が魚が時が、世間が動くのだ」
「監督みたい」
「わしが何もしていないように見えるか?」
 突然、老人はカメラをのぞき込む巨匠のように見えた。

「あなたは映画監督のようだ」
「望むものは望む時にはやってこない」
「ですね」
「だが、それは望みを捨てる理由にはならん」
「はい」
「何もなくてもわしは釣りをしているのだ」
「そうでした」

「魚は好きか?」
「うーん」
「煮えきれない奴だな」
「ふふ。釣れるといいですね」
「あんたも小説を書いているのだろう」
「えっ」
「何もしてない振りをして書いておる」
「書いていないよ」

「頭の中でわしを書いておるな」
「早くかかるといいですね」
「わしは魚だけを求めてはおらん」
「こうしているのが好きなんですか」
「目的と目標は違うということじゃ」
「微妙すぎてわからないな」
「あんたはまだ若いな」
「若くもないけど」
「ふん。まあ好きに書くことじゃ」
「はい」

「あんたはあんたのスペースで」
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センター・サークル

2022-09-19 02:11:00 | ナノノベル
 審判が高々と投げたコインを追って見上げた。ボールかピッチかその選択を大事とみるか、些細なこととみるかは人それぞれだろう。公正を期すためかあまりに高く投げたために、すぐには落ちてこない。芝よりも青い夜空に吸い込まれそうになる。この時間はただ待つだけの時間だろうか。何かを学ぶにはとても足りないように思える。だけど、学びは時を引き延ばしてもくれるはずだ。

 何をするにも僕は人よりもずっと時間がかかる。本を手元に置いて一度も開くことなく寝かせてしまう。楽しみは先にあると思えれば、少し気が楽になる。新しい楽しみの候補が先に現れた時、ようやく手元にあるものに触れることができる。今かどうかがいつも定かではない。問題は解くよりも前にずっと時間をかけて読み込まなければならない。問題の本質を見極めて、密かに隠されたテーマがそこにあるのなら……。コインはまだ上昇の途中だった。

 月明かりの中に祝日の地下街が見える。二人は頬を寄せ合いながら、食品サンプルの入った窓をじっとのぞき込んでいる。「何食べよう?」祝日の旅人が愛おしかった。同じものに視線を送る二人。両者の視線を一身に集めるサンプル(きっとオムライスだ)。その構図があまりにまぶしくて僕は泣きそうだ。認められているという一点においてあまりにも人間らしい。ああ、なんだ準備中か。硝子が割れて閃光と共に円盤が降りてくる。センター・サークルに着陸すると宇宙人は僕を誘拐しようとしたが、ほんの青二才だとわかると歩いてピッチを出て行った。

「駄目だよ君、こんなところに停めたら。君だけのスペースじゃないんだから」
 緑の服の人が近づいてきて僕を責めた。

「違う! 僕のじゃない!」

「ゴール♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」
 いつの間にかゲームが始まり、ゴールが認められている。
 そんなことがあるだろうか。
 センター・サークルを避けて世界がまわっていくなんて。
(1ー0)
 いいや、そんなことが許されてはならない。

「おい、みんな待て! もっとちゃんと始めなきゃ!」

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