眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

逃げる王様

2021-07-14 23:52:00 | 将棋の時間
「王手!」
 おじいちゃんは耳が遠かった。ちゃんと大きな声で言わないと王手を手抜いて攻めてくるから大変だ。

「王手!」
「ふー」
 おじいちゃんが苦しそうに息を吐いている。だけどなかなか捕まらない。おじいちゃんの王様は大きく見える。

「王手!」
 ずっと僕の攻めのターンだ。王手は追う手だと言う人もいる。だけど王手の誘惑にはかなわない。玉は包むように寄せよという格言もある。そんな風呂敷みたいな真似ができるものか。王手している間は負けっこない。

「王手!」
 おじいちゃんの王様はすっかり裸なのに、周りの小駒を吹き飛ばしながらずっと逃げ回っている。もう、盤面を何周も回っているのだ。王様って、こんなに泳ぎが上手なんだ。

「王手!」
 もう喉が嗄れそう。僕はおーいお茶に手を伸ばす。
 最後の頼りはやっぱり龍しかない。おじいちゃんの王様の背後へと、僕は眠っていた龍を大きく転回させる。
(王手!)僕の王手は夕暮れの鴉の声にかき消された。

「王手!」
 おじいちゃんがすかさず反撃の角を打ちつける。
 逆王手?

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和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

2021-07-13 23:51:00 | 将棋の時間
 久しぶりに和食が食べたい気分だった。普段なら行き当たりばったり飛び込むような真似はしない。スマホを持ち始めてからというものすっかり冒険心をなくしてしまった。予め近くの店を検索してそれなりの評価を集めるものに狙いを定め、あらゆる条件を確認してから実際に足を運ぶ。確かにそれなら大きな失敗は少ない。しかし、昔はもっと違った楽しみがあったようにも思う。(ハラハラしたりときめいたりわからないからこその出会いもあったのだ)
 その時、私のスマホのバッテリーは残り30ほどで、少しの不安が私を小さな冒険へと突き動かした。




「いらっしゃいました。おひとりぼっちで?」
 店員に案内されて私は隅っこのテーブルに着いた。
 女は少し日本語に不慣れな様子だった。

「今日は何しに来ましたか?
 ごめんください。
 今、がんばって修行中です」

「じゃあ、将棋でもしようかな」

「まいりました」

 しばらくして彼女は盤と駒を持って戻ってきた。

「振り駒の結果先手が私に決まりました」

76歩
 どこで覚えたか、その手つきは美しく、高段者であることはすぐにわかった。

84歩
 私は居飛車を宣言した。

68飛
 彼女はいきなり飛車を振ってきた。

34歩

66歩
 角道を止める本格的な振り飛車だ。

62銀

48玉

42玉

38銀
 美濃囲いを目指す落ち着いた駒組みだ。

32玉

39玉

33角……
 私は居飛車穴熊を目指した。
 しかし、彼女は少しも穴熊を恐れる様子がなかった。
 普通に美濃囲いを発展させ普通にさばき合い気がついた時には圧倒的な形勢不利に陥っていた。
 手強い。(ウォーズ三段の私がまるで歯が立たないなんて……)

 踊るような手つきで彼女は角を盤上に打ちつけた。

55角

「いやいや、私は飯を食いに来たんだよ!」

 頭に金がのっかるまで指すことはなかった。

「肉じゃがをおひとり分、ごはんをおひとり分、豚汁をおひとり分……」




 色々あって私は食事にありつくことができた。どこにでもあるような素朴な味付け。それで十分満足だった。目まぐるしく変わる世の中にも、このような普通の店が存在することは、うれしい驚きではないか。

「負けました」

 打ちのめされた私は以後何度かその店に足を運んだ。
 四間飛車の使いと再戦することは二度とかなわなかった。店の人の話では、彼女は女流のプロになったのだとか。働きながら修行を怠らない彼女なら、それも当然の結果だろう。

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ポッポ店長スタイル

2021-07-12 03:25:00 | ナノノベル
 あまたなる店長が店を守ってきました。お店の歴史は店長の歴史でもありました。皆様覚えておいででしょうか。あの口笛吹きの店長を。あの土下座の店長を。どうぞお忘れくださって結構でございます。主役はあくまでも皆様お客様方なのですから。

 いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、はい、皆様ようこそいらっしゃいませ。どうぞ、心行くまでお買い物をお楽しみくださいませ。

 発注熱心な店長がいました。毎日毎日お店は多くの商品であふれました。その分無念にも忘れられ、捨てられていく品々もありました。そうかと思えば全く発注を放棄した店長もいました。その店長はまもなくお店を辞め、その後しばらくは自由な暮らしを送ったものと聞いております。

 将棋の好きな店長がいました。猫好きの店長、居眠り店長、ポップ好き店長、立ち読み店長、親切な店長、人見知り店長。開店当初より多種多様な店長を立てて営業を続けて参りました。それもひとえに地域の皆様のおかげであります。本日もごゆっくりとお買い物をお楽しみくださいませ。

 いらっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、へいらっしゃーい。本日も早朝よりわざわざ足をお運びいただきまして、誠にありがとうございます。店長をはじめ従業員一同、心よりお礼申し上げます。

 かつては口汚い店長もいました。礼儀知らずの名を欲しいままにした不届きな店長がいたことも、恥ずかしながら事実でございます。しかしながら、過去は過去。いつまでも振り返ってばかりはいられない。いい奴もいれば悪い奴だっているものさ。どうぞ皆様、本日は大船に乗ったつもりで、存分にお買い物をお楽しみください。安いぞ安いぞ野菜が安い、肉が安い、パンが安い、飲料が安い、加工品が安い、お店のつくりが安い。

 安いが一番、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい、やっすい。安かろうがそう悪くない。どうぞ皆様、手に取ってごらんください。持ってけドロボー! 大ドロボー! お客様は天下の大ドロボーでございまーす!

 人参、キャベツ、白菜、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、らっさい、いらっさーい!

 芸術肌の店長は今では街角で個展を開いていることでしょう。名ばかりの店長がいました。腰掛けた店長は立ち上がり、海を渡って新しい世界を目指しました。「俺は行く! 止めるんじゃないぜ!」こんなところに長居は無用。くつろぐのはお客様だけで十分だ。情熱的に言い放って出て行く若者を誰が制止できましょう。店長の数だけ物語がございました。さあ、出て来い! ニューリーダー。次世代を担う新しい店長はいるのか。昨日までの俺はバックヤードに置いてきた。あいつは偽物の俺だ。今ここに立つ俺が本物の俺なんだ。だからやってやる。俺が見事に仕切ってやる。みんな黙ってついてこい。俺こそが店長だ! 私こそが店長さ! 当店では店長候補に相応しい人材を随時募集しております。どうぞ皆様奮ってご応募ください。決めるのはあなた、選ばれるのは、あなたかもしれない。

 いらっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、ようこそ、いらっしゃいませ。

 ただいま店先に腰を下ろしておりますのが現在の店長でございます。悠然と佇みながら鳩に餌を投げ与え、店長の一日がスタートして参ります。人1割、鳩9割をモットーに、日々前向きに務める店長を、どうぞ皆様あたたかい目で見守っていただけると幸いでございます。
 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
 本日のおすすめ、特にこれと言ってございません。
 エブリデー、ハッピー・プライス。
 皆様どうぞごゆっくりお買い物をお楽しみくださいませ。

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パワハラ・ラーメン体験記

2021-07-11 10:57:00 | 幻日記
 あれは私が働き始めて間もない頃でした。お昼休みに会社の人に連れられてラーメン屋さんに行きました。近所では割と有名な豚骨ラーメンの店でしたが、私はその時が初めての来店でした。席に着いてゆっくりメニューを見ようとしていると、せっかちな部長がぽんぽんと勝手に皆の注文をしてしまいました。強面の部長ということもあって、誰も文句も言えず従うしかありませんでした。

「お待たせしました。豚骨ラーメン全のせ特盛りでーす」

 思っていた味とは違い、少しあっさりとした豚骨ラーメンでした。けれども、3分の1まで食べたところで、私は苦しくなってしまいました。普段から小食の私には、容量を超えていたのです。店の人にも申し訳なく思い、私は必死で箸を動かしました。食べても食べてもなくならない器の中が、だんだんと鬼の頭のように見えてきて、私はとうとう音を上げてしまいました。

「もう、無理です……」

「俺の注文したラーメンが食えないってのか!」

 部長に凄まれた私はその場で卵のように固まって困っていました。
 その時でした。
 店長さんが私たちのテーブルまでやってきて、壁を指さしました。

(無理な注文をした人には容赦なくお灸を据えさせていただきます)

 部長は貼り紙の文章を見た途端に震え出しました。

「お前たち!」
「へいーっ!」
「見せしめだ! つれて行け!」
「あいよーっ!」

「わーっ、助けてくれー!」

 部長はわめきながら抵抗しましたが、引きずられながら連れて行かれました。
 それ以来、部長の姿を見た人は誰もいません。国外に逃げたという噂もあれば、そんな人は最初からいなかったという声もあります。

 色々あったけど、そのラーメン屋さんが、今の私の大切な職場となりました。悪い人など一人もおらず、私は毎日充実した生活を送っています。
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狐の湯、竜の背

2021-07-10 20:28:00 | 短い話、短い歌
 一番風呂を頂こうとすると先に狐が入っていた。

「どこから入った?」
「遅かったな」
「勝手に入ったな!」

「自分が一番と思ったのだろう」
「そうだ」
「他にライバルはいないと思ったか。わしのようなものは完全にノーマークだったのだろう。思い上がりだな」

 確かに狐の言う通り、そうした部分もあっただろう。反省の意味も込めながら、私は狐の背を流した。

「将棋はどうじゃ、強くなったか?」
「えっ?」

「相変わらず三間飛車か。振り飛車は苦労が多かろうに」

「お、おじいさん?」
「相変わらず鈍いのー」

 見覚えのある竜が、背中で微笑んだ。



評価値は-200振り出した三間飛車はメルヘン・ライク
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猫とナポリタン

2021-07-09 21:19:00 | 短い話、短い歌
 白を基調とした店内に流れるのは古びたJポップ。鉄板の上のナポリタンに思い切りタバスコを振りかけると何だかいい気分だ。半分くらい食べてさらに粉チーズをふりかけた時、穴から虫のミイラが飛び出して鉄板の上に降りた。フォークでちょんちょんとつつくとミイラが復活した。

「ちょっとマスター!」

「また出たかー!」

 駆けてきたマスターはすっかり猫になっていた。ミイラを追って飛び出していく猫を、僕も追いかけた。いくら味がよくてもこんな管理では駄目だと言ってやらないと。
 猫についてよじ登った屋根の上は鍵盤になっていた。猫の歩みに着想を得て作曲を試みる。流行のジャズにフィッシャーのスピードを取り入れてガチャガチャしたような音楽性にしよう。理想のキーを探している間に猫はいなくなっていた。1つ冴えた感じのができそうになった頃、鴉が降りてきてジョイントしようと言ったが、初心者であることを理由に断った。


即興は猫に習った足取りで弾むpomeraの上のメルヘン

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霊のお使い

2021-07-08 10:42:00 | 短い話、短い歌
「おやめ!」

 争いはやめなよ。罵り合うって大人げない。もっと言えば人間的じゃない。だったら共存するなんてできないの。もう出てお行き! 月にでも火星にでもお行きなさい。できないって? 罵る時だけ威勢がよくて、謝るときには元気がないじゃないか。

「お取りよ!」

 今2つ取るなら普段1つ取るよりもお得ときたもんなんだよ。だったら取らなきゃ損だろうがい。あんた何を暢気におとぼけてんだい。凹んでる暇があったらお取りったらお取り! だけどお下がり! お取りの方は他にもたくさんおいでなすってんだよ。おわかりかいこの世間知らずのお坊ちゃんが。お下がりったらお下がり!

 もうよくわからないや。この人ずっと怒ってるのかな。何の落ち度があったと言うか。
 頼りになる持ち物を探していたけど、それが何であったのか思い出せない。大事なのはそれ自身よりもそれに携わった人の魂、あるいはそれに刻まれた言葉の方かもしれない。
 詩の終わりを伝えるのに、ある人はベルを鳴らした。またある人は3日置いた。僕はどうしたらよかっただろう。完とつけてみたものの、どうせすぐに始まって、それは世界を欺くも同然だった。そうか、その手があったんだ。だけど、知った瞬間、もう手を放れていった。

「お高くおとまりだよ」

 時空の隙間に挟まったペンを救出するには猫の助けも必要だけど、日当50万そこらでも動きやしない。腐るほどぼったくらせてやってるのに、これじゃ全く埒が明かないや。こうなったら特等席にでも招いて極上のゲームを見せながらミルクでも振る舞いましょうか。ああ、だけど自分だけの力じゃね。

「お困りかい?」

 アイデアが尽きたらおやすみよ。少し休んで英気を養うようにするといい。おおよそのことはそれで上手くいくんだから。お前さんおやすみよ。おっかない夢なんか見るんじゃないよ。やさしいものに包まれてお調子者になりなさい。おっ始めるのはそれからのこと。ゆっくりとお大事に。そうそう、今度はお薬手帳も持っておいでね。

(おしまい)




お取り寄せグルメに紛れ旅をするひんやり君は夏の幽霊

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スーパー・リバー・サイド

2021-07-08 00:58:00 | ナノノベル
 ちょうど先客の会計が終わるところだった。最高のタイミングで僕はレジへとたどり着いた。そう思った瞬間、大きな声に前進を阻まれた。
「お客様! 先にお待ちの方々が……」
 まさかと思い振り返ると川が流れていて、小舟に乗って近づいてくる人の姿があった。列は川の向こうにあるようだった。早合点した自分が恥ずかしくなった。
(大人150円)
 橋を渡るのにも金がいるのか。

 橋の上の診療所は大変混んでいた。それは良い傾向で、話のわかる先生がいることを暗示している。待合室で本を開けば、その瞬間から2つの時間が流れ始める。1つは本を持つ時間、自分が望む時間。もう1つは先生を待つ時間、自分がみられるまでの時間だ。所期の目的は物語の中で弱められる。ずっと呼ばれず読み進むことになったとしても、そこに流れるのは幸福な時間だ。異世界の色に染まる頃には、本を持つ手の感触も消えて、自身も透明になっている。


 宇宙人はモノレールに乗ってやってきた。
 それが最強のエイリアンだとわかり始めた頃には、もう極めて厄介な状況に陥っていた。

 エイリアン様と崇め、その下に取り入って生き延びようとする者もいた。エイリアンの好みを探究し喜ばせるように努めればそれは不可能なことではなかった。エイリアンの食べられた後の食器を片づけたり、エイリアンがお休みになる寝床の支度をしたりと、人間にできる仕事は多くあったものと思われる。しかし、その中でもしも粗相があったとしたら、エイリアンの怒りを買って食べられてしまうというリスクもあった。

「食べれるの?」
「そうだね」

 森の中での区別は難解だ。エイリアン以前の安全な暮らしの中では選択の必要もなかった。今では食べれる内に食べておなかければ先が思いやられる。
 人間にとっての敵は何だ?
 睡魔、退屈、空腹、病、妬み、恨み、寿命……。
 今は何を置いてもエイリアンどものことだった。
 戦いは終わらない。個としても、種としても。

「どこに行こう?」
「それともここで泣こうかな」

 ニコニコしないのは不幸だからというのではなく、蒲鉾的な多幸感の下に人々がコントロールされた結果だった。蒲鉾が作り出したもの。どこにいても心ここにあらずという状態。人々は加工された自己を照らし合わせては、誇らしく思うようだった。謎は蒲鉾の身に詰まっているのか、板の方にあるのかは定かではない。

「一生蒲鉾なんて持たないから」

 誓いは遠い過去に、エコバッグの中に忘れてきた。猫も杓子も気まぐれ以上に速く蒲鉾を身につけなければ置いていかれてしまう。エイリアンに睨まれた時代、飲食・観光業界は廃れ、蒲鉾産業だけが辛うじて生き残った。人間の最後の武器として、小さな蒲鉾に多くの望みは託された。

 信号を長くしたのはエイリアンの企てに他ならない。人々は皆突っ立ったまま同じ方向を向かされていた。しかし、その手の中には例外なく蒲鉾が握られていることを、エイリアンは軽視していたのではあるまいか。傍目にそれはただ個々の蒲鉾のように映るが、それぞれの蒲鉾は遙か宇宙基地を経由してつながっていたのだ。点と点が結ばれて無数の線が交流する先に、人々は多くの夢や希望をマッチングすることができた。不要なプロセス、まどろっこしい遠回りに別れを。腹は探り合うより最初から割れていた方がいい。それはエイリアンにはまだ想像できない世界だったに違いない。蒲鉾を持ち合った孤独。それこそが人間がエイリアンに対抗して仕掛けたフェイクだったのだ。


「……さーん!」

「はーい」

「先生はもう帰りましたよ」

(どこに行ってたのですか?)

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1day カップル

2021-07-07 11:21:00 | ナノノベル
 他の人は週に1日、2日、もっと恵まれた人たちは毎日のように逢うことができるのに、僕がオーちゃんに逢えるのは年に1度だけ。
「1日しかない」
 そう思って運命を恨んだりしたのは、もうずっと昔のことだ。

「そうね。ヒコやん。私たちは考えすぎていたのね」
 今は1日あることを思うばかりだ。
 他の誰にもない1日が僕たちにはある。
 なんて輝かしい1日だろう。
 いつか宇宙が滅んでも、僕らは忘れないだろう。

「そうね。私たちは今日という1日を……」

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第14話(緩やかな相棒)

2021-07-05 19:43:00 | 短い話、短い歌
 海外の連ドラをずっと見ていた。
 14話目に入っても、登場人物が覚えられない。筋書きが全く入ってこない。本当に14回も見ているのだろうか。ほとんどの時間は眠っていたのかもしれない。(眠る気でない時ほど僕はよく眠ってしまう)

「まだみてるか?」
 話の切れ目で時々疑ってくる。
「はい」
 適当に指で返す。
「日々は続く」
 と主人公が豪語する。

 誰この人?



日々淡く分断されて千年もつきあいながら他人の二人
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桂ちゃん/消しゴム

2021-07-03 21:21:00 | 短い話、短い歌
「桂ちゃん、すぐに助けに行くよ」
「みんな、僕に構わず中央を目指して!」

「桂ちゃん、どうしてそんなこと言うの?」
「自分の役目くらいわかってるさ」
「桂ちゃん」

「敵将は桂先の銀を選ばなかった。壁銀にして引っ込んだとこで僕の運命とこのゲームのモードが決まったんだ。僕が消えるまで、僅かだけれど確実に存在する時間に、みんなはできることをすべきだよ」

「どうにもならないの?」
「最初からわかってたんだ」
「桂ちゃん、何が?」

「僕ね、本当はただの消しゴムなの。だから……」

「いいえ、桂ちゃんは桂ちゃんだよ」
「ありがとう! さあ、早く、向こうの歩が伸びてくる」

「桂ちゃん、忘れないよ!」
「僕も……」

「さあ、みんな行くぞ!」

(私たちもすぐに行くからね)



殺し屋のタグが弾けて泣いていたみんなが主人公はうそなの

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くわえ煙草のジョニー

2021-07-02 08:00:00 | 夢追い
 冷え切った箱に僕は言い聞かせている。
 できる。お前はできる。まだ空っぽじゃない。あるものだけでひねり出すことができるんだ。

「新しく出た製品ですよ」

 知らない人が寄りついてきても、安易に応じてはいけない。この街は油断ならない。微笑んでいる相手ほど、決して心を開いてはならない。できることは何なのか。

「何ができる?」
「鮮度を保ちます」

 聞いていないのに余計なお世話だ。それに酷く的外れだった。もっと他にできることがある。全幅の信頼を寄せて、僕は扉の中に入っていった。
 冷蔵庫の中は野菜畑になっていた。麦藁帽のおばあさんが、大根を抜こうとしている。日射しが強い。腰を屈めおばあさんは格闘している。手強い大根に違いない。お茶を届けなきゃ。遠くから呼んでもおばあさんは気づくはずはない。土に足下を食われながら、僕はおばあさんの元へ歩いて行く。歩いても歩いてもたどり着けない。

「おばあさーん!」


 たこ焼きの上で踊る鰹節の香りが漂ってくる。誰かが手に入れる。僕ではない。最も近くにいる人がそれを手にするのか。あるいは、今はここにいないけれど、最も望む者が手にするのかもしれない。舟が動き始めた。これはまたどういうことだ。鰹節の香りがこちらに近づいてくる。発注もなく届けられる運命的なたこ焼きだろうか。誘惑に手が伸びそうになる。駄目だ。引っかかってはならない。先に1つ食らわせて、後で課金されるトリックが仕掛けられているかもしれない。

「さあ履いていけ」

 それは32センチのスニーカー。主は僕ではない。靴というのは、ただ足が入ればいいというものではない。それでは落とし穴と変わらない。ちょうど納まればこそ、一体となりどこへでも歩いて行けるというものだ。長い道程を歩いてきた。歩き始めた頃の記憶を、僕はもう忘れてしまった。

「鼻毛が伸びたね」

 10年振りに再会したというのに、久しぶりくらい言えないのかね。打ち解ける風景を想像した自分が恥ずかしくなる。目の覚めるようなハエが飛んできたが、やはり眠い。睡魔は最大の思いやりだ。眠らなければどうにかなってしまう。Wi-Fiがハーモニカの音色を飛ばす。バンズに挟まれないように、バッタたちが必死になって逃げて行く。駆けて行くロングコートのお化けたちを尻目に、僕は絨毯に紛れたチャーハンを拾い上げる。

「今日は出張で?」
「いいや、たこ焼きさ」

 歩道から白い煙が見える。歩いてくる女の口元から出ているようだ。歩き煙草の女を避けて、車道に飛び出した。この街の歩道は狭いのに、なんて真似をしてくれるんだ。女が吐き出した煙が道を越えて広がってくる。逃げても逃げても逃げ切ることができない。降下してきた宇宙人がキットカットとサーキットを混同してショートカットを起動した。おかげで僕は家の中にワープすることになった。薄暗い部屋に戻ると僕はわけもわからずに冷蔵庫の前で新しい別の扉を探していた。エアコンの奥か、テレビの裏か、本棚の隙間か、ここにはない。この部屋の中に扉はない。

「やっと気づいたか」

 小馬鹿にしたような兄の声が遠くから聞こえた。
 迷子になるために僕は再び家を飛び出した。疲れを感じなくなるまで歩いた。「ここは2丁目です」お節介なグーグルを閉じて橋を渡ったところでホログラムが現れた。僕は足を止めて映像の中の人々を眺めた。

「どこに捨ててくれてるんだ!」
「すみません」

 青年は事務所の前に投げ捨てた煙草を拾った。短くなった吸い殻を手に持ったままトラックに乗り込む。運転席と助手席の間に挟まれたまま、枯れ木のように縮まりながら現場へと運ばれて行った。

「あれがかつてのお前だ!」
 突然、耳元で老人がささやいた。
 こちらは現実に人間のようだった。

「お前は現場について社員の手伝いをする。エレベーターがなく、何度も階段を往復して荷物を運ばなければならなかった。握力を失ったお前が運ぶ布団の裾は何度も地面に触れて汚れをつけていた。箪笥を運ぶのを手伝う時、お前はうっかり手をすべらせて箪笥は社員の頭を直撃する。その瞬間、罵声と共に社員の足がお前の下腹部を攻撃し、お前はうめき声を上げた。仕事が終わるとお前は見知らぬ街で解放される。車の中にお前は持ってきた靴を忘れてしまう。夕暮れの街をお前は駅を探して独り歩いた。人の流れについて行くが、いつまでもお前は駅にたどり着くことができない」

「あれがお前だ!」

「(俺に貸せ!) お前は街角に立つ少女からマッチを奪い煙草に火をつけた。おかげで少女が創りかけていた希望の物語は光を失って闇だけが残った。お前は燃えかすになったマッチ棒を道端に投げ捨てて歩き出す。お前の頭の中には、街のどこかにあるはずの駅と今日の復讐のことだけがあった。自分が不条理な力で奪い取った小さな物語のことなど微塵もなかったのだ」

「あれがお前だ!」

「違う!」

「くわえ煙草のジョニー。それがお前の名だ」

「違う! 絶対違う」

「お前が受けた煙。それは10年前にお前が吐いた煙なのだ!」

「違うったら違う! いったい誰のことを言ってるんだ!」


 ラスト・オーダー19時30分、女はカウンターで入店を断られて帰って行く。先に入っている我々は、最後の最後まで居続けることができるのだ。
 我々はずっとここにいる。朝よりも早く夏よりもずっとずっと早くからだ。

「おじさん、令和の前からいるの?」

「もっと前だ」

「そんなに前なんだ」

「君たちが生まれるよりもずっと前だ」

「もしかして昭和の人?」

「もっともっと、我々は宇宙人だ」

「やっぱりそうだ! ずっと何してるの?」

「友達を待っている」

「そうなんだ。でも来ないんじゃないかな。ずっと待ってて来ないんだから」

「我々の感覚は違う。もう来ているかもしれないのだ。人間の振りをして近づいているのかもしれない」

「楽観的なんだね!」

「それが宇宙だ」

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紅の力士

2021-07-02 04:34:00 | ナノノベル
 人間離れした強者におじいさんは正面から立ち向かった。押しても引いてもびくともしない。勝てば犯罪、負ければ引退。先のない取り組みに向けられるエールはない。視界に入ったとしても足を止めることなく、見て見ぬ振りをして行き過ぎる者ばかり。火の粉が自分に降りかかることを恐れ、手元に覗く安全な世界にしか口を出さないのだ。

「手紙を出させて」

 突然の声におじいさんはハッと我に返った。
 まわしが取れないのは技量のせいではない。自分は服を着て土足のままではないか。差出人不明、女の物言いを受けておじいさんは段を降りた。
 汗ばんだ力士は紅に染まりながら、彼女の手紙を呑み込んだ。

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天井マックス

2021-07-01 21:31:00 | ナノノベル
「いらっしゃい!
ごめんなさい。うちは1組4名様までなんです。
上の取り決めで上限が決まってましてね……」

「はい、いらっしゃい!
ご新規4名様奥へどうぞ!」

「上天ざる一丁!」

「ありがとうございます!」

「上野菜天ざる一丁!」

「ご新規4名様奥の奥へどうぞ!」

「ありがとうございます!」


「ちょっとあなたは……」

「つれです」

「はっ、では、どうぞ」

「あなたは何ですか」

「つきそいです」

「おまけです」

「はっ、どうぞお入りを」

「ちょっとあなた方は何ですか!」

「スタッフの者らです」

「はっ、失礼しました!
スタッフの方々奥へ入りまーす!」


「はい、満席です! 止めてー」


「上天丼10、上天ざる9!」

「ありがとうございます!」


「あっ、ごめんなさい!
ただいま満席なんですー!」


「私は貴族だ!」

「ごめんなさいね……」

「私を追い返すのかー!」

「そうは言ってももうスペースがないのよー」


「何だと? 試合が始まってしまうじゃないか!」


「はあ? 何かお間違えでは……
うちはただの食堂だよー!」

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フライング・シャツ

2021-07-01 03:33:00 | 短い話、短い歌
 落ちることによって存在を知らせるように滑り落ちる。その度にシャツを椅子にかけ直した。何度も何度も。見ている間はシャツは大人しくそこにいる。けれども、目を離してしまうといつの間にか落ちている。ここにいたくないのか、それとも誰かに着てほしいのか。

 もう好きにしな。

 突き放した瞬間、シャツは大地を離れて行った。あっという間に手の届かない距離まで達すると、自分の小ささに改めて気づいた。

「待ってくれ!」

 ポケットに部屋の鍵があるのを忘れていた。引き留めたのはそれだけのためだ。声はもう届かないかもしれない。早まってしまった自分を責めながら、離れていく様を見送っていた。

 ビルの十階ほどにあったシャツが風を呑んで膨らんだ。そのすぐ側を鴉が横切った。漂いながら少しだけ停滞したシャツから、ゆっくりと光が落ちてくる。

 ありがとう、さようなら
 主のもとへかえりな




流行に周回遅れよれて愛着へと変わる君の夏服

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