僕を置いて誰の幸せも来ないだろう。だから、僕は何としても加わる必要があった。世界よ見るがよい。僕の働きを見届けるのだ。
「銀よ動くな! 今更遅い」
角さんが進み出ようとする僕の動きを止めた。君がいなくても世界は回る。そのようなことを言い残して、敵陣に飛び込んでいった。一足で向こう側へ渡れる角さんのことが羨ましかった。だけど、言う通りにしよう。現在地は、世界の中心からあまりに遠くかけ離れていた。
靴紐を結んでから靴を履く。お茶を注いだ後になってグラスを用意する。ちょっとした手順の綾で世の中は狂い始める。世界は繊細にできているのに、人間の集中力は限定的だ。2時間を超えると早くもカオスの領域に突入する。畳に跳ね返る茶しぶきが盤上にまで届き、この世のものとあの世のものを錯綜させる。すべては人間の性、先生が間違えるのもやむなきことだ。
「ひとでなしに会ったなら、それを人とは思わぬこと。鳥、記号、魔物、アバター、幽霊と見よう。言語、能力、価値観……。何もかもが乖離している。だが、それはその内に消えていくものだろう。残念ながら、ひとでなしに似た何かはあなたの中にも流れているのだ。人は疲れるもの。だけど、想像によって抵抗することはできる。私は王様が走らせた駒にすぎません。今では首一つとなったが、せめて言いたいことは言わせてもらおう。私は無実だ」
戦いには加わらず、僕は世界の端っこで眠ったまま法廷劇を眺めていた。250手を過ぎた頃だった。思わぬ方がやってきて僕を再び覚醒させた。
「王様!」
なんと独りで!
激闘の末、王は敵の追撃を逃れここまで逃げ延びてきたのだ。
(君がいなくても世界は回る)
100手も前に角さんが言った言葉が思い出された。世界は僕の知らないところで回り続け、今は王が僕を頼っている。王が来た以上はここが世界の中心だ。
「君が天国への道を切り開け!」
王の先頭に立って僕は動いた。遙か向こうに成駒たちが控えているのが見えた。激闘が残した爪痕でありこの先の光だ。
「さあ、こちらです!」
ふりかかる桂を払いながら、王を導いた。
詰まされなければ、来世はきっとあるのだ。
「銀よ進め!」
追いかけてきた竜と王との間に踊るように戻ってきたのは馬だった。僕は敵玉の位置さえ知らない。もはやどうでもいいことだ。
「わっしょい! わっしょい!」
ただ天国へ向けて突き進むだけだった。