眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

フライング・シャツ

2021-07-01 03:33:00 | 短い話、短い歌
 落ちることによって存在を知らせるように滑り落ちる。その度にシャツを椅子にかけ直した。何度も何度も。見ている間はシャツは大人しくそこにいる。けれども、目を離してしまうといつの間にか落ちている。ここにいたくないのか、それとも誰かに着てほしいのか。

 もう好きにしな。

 突き放した瞬間、シャツは大地を離れて行った。あっという間に手の届かない距離まで達すると、自分の小ささに改めて気づいた。

「待ってくれ!」

 ポケットに部屋の鍵があるのを忘れていた。引き留めたのはそれだけのためだ。声はもう届かないかもしれない。早まってしまった自分を責めながら、離れていく様を見送っていた。

 ビルの十階ほどにあったシャツが風を呑んで膨らんだ。そのすぐ側を鴉が横切った。漂いながら少しだけ停滞したシャツから、ゆっくりと光が落ちてくる。

 ありがとう、さようなら
 主のもとへかえりな




流行に周回遅れよれて愛着へと変わる君の夏服


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