佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

八丈島の釣り/1981年12月

2009-06-22 12:58:47 | 釣り
半年ぶりに東京八丈島に釣行した。前回、釣友の中谷氏と来たときにヒラマサの入れ食いで良い目をさせてもらったのに味をしめての今回の釣行となった。

大阪から名古屋空港まで車で行き空港に車を置き、そこから八丈島まで飛行機で1時間足らずの飛行。

島に着くとすぐにレンタカーを借りて、地元の石積の鼻へ下検分に出かけた。地磯であるが八丈島きっての大型魚の釣り場で、6月には地元の釣り人が1.5メートルという素晴らしい大シマアジを仕留めている。

地元の人が何人か釣っていたので釣果を見せてもらった。50cmクラスのグレと小型のシマアジといった所で、誰も大型のシマアジやヒラマサは釣っていなかった。

翌日は午前3時起床。張り切って出掛けた。ところが風波が激しく危険なために夜が白むまで待機することとなった。夜明けとともに釣りを開始したが、潮が大変速い。道糸10号にハリス7号でのカゴ釣り。海面まで5m以上はあるのでタモが届かない。

中谷氏がまず竿を曲げたが小型のグレだった。続いて私に来たのは水炊きに良い50センチほどのウスバハゲ。風が強く竿が振りくいので他の人も交えての観音周りにして投げ込んでいく。

この磯にも何度か来ているため地元の釣人の中にも顔見知りが出来てきて、お互いに挨拶するようになった。こうなるとしめたもので、先に来ていても仲間に入れてもらえる。先端が狭いので仲良くしなければ釣りにならないし、入れてもらえない。

この日はグレの50センチクラスと三の字の50センチクラスがボツボツと上がったが、狙い井のシマアジやヒラマサはでなかった。

二日目、午前4時過ぎには石積みの鼻に立っていた。相変わらず風が強いので早く来たが、結局夜明けまで待つはめになった。

その日の第1号は私に来た。底物釣りが主で上物釣りはまだ2回目という新米釣り師だったので魚に振り回されてやっと上げたのは52センチのグレだった。

この磯で魚を掛けると全てゴボウ抜きでタモを使わないのである。そのためにも皆さんが太い仕掛けで釣っているので、掛けた魚はバラさないというのがここの磯の鉄則。

以前、ヒラマサ釣りで来た時も、掛けると皆さんが竿を上げて待ってくれる。そして一斉に「ブリアゲ!、ブリアゲ!」とのたまうのである。

この地元の人びとは朝の出勤前と帰宅後の時間に、ヒラマサを1匹釣りに来るのであるが、背中にカゴを背負い、竿1本とエサを少しを持ち、そして1匹釣るとこれがタバコ銭に変わると言う、気楽な釣りである。

地元の人はタモどは持ってきてない。私たちは1匹1匹を大事に捕りたいのであるが、先ほど言ったように、放り上げろの合唱なので、リールをすばやく巻いて磯の上に放り上げるしかないのでバラす率が多いので困るのだが、待ってくれているから、皆と合わさないわけには行かないのでブリアゲをする、そしてバラしてしまう。

この磯に歩いてくる途中に5~6段の階段があるのだが、この階段は、関西は泉州出身の釣人が自費で作られたとのことで、その方はここが気に入ってその後、この地で渡船屋と民宿をしているという、遊びの釣りが高じてこの地元で商売をはじめたという大変な方もおられます。

今回の釣りで楽しかったのは地元のヤッターマン氏。彼とは四度一緒に釣りをさせてもらったが、魚を掛けると磯の上で座したまま体を反っくり返らせて天を仰ぎつつ「ヤッターヤッター」と大声でどなる。本当に体全体で喜びを表しているのである。

南紀でこんなことやったら「うるさい」と近くの人に文句の一つもいわれるであろうが、大らかな八丈島ならであろう。

結局この日の釣果はグレの52センチを筆頭にシマアジ、サンノジ、ウスバハゲ、など25匹ほどで、大型のシマアジやヒラマサは出なかった。
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