ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2014.10.19 ホームカミングデー音楽祭、今年も無事終了

2014-10-19 21:41:27 | 合唱
 昨夜は草臥れて早々に入浴。その後、いつものタイケルブ服用の時間まで待てず、小一時間早く飲んでバタンキューだった。
 そのため今朝は腹痛も早めに始まり、目覚まし時計より1時間早く目覚めてしまう。毎度お馴染みの浴槽足湯でゆっくり温まって準備完了。隣室の両親も早寝早起きでは負けていないので、昨夜の約束より早く朝食レストランに行った。ところが、何やらロビーもレストランもどこもかしこも大混雑で長蛇の列。これでは私の集合時間にとても間に合わない。かといって、長い距離を歩くことが出来ない父に、ホテル外のカフェまで歩かせるのはとても無理ということで、コンビニでもろもろ調達して各部屋で頂くという羽目に・・・。

 朝食後、夫が最寄の路面電車駅まで送りに来てくれて、予定どおりの電車に乗り込む。席に座って夫に手を振っていると、なんと隣の席には合唱団の世話役の先輩がいらっしゃるではないか。そのままお喋りをしているうちに終点に到着。集合時間10分前に講堂前でメンバーと合流した。
 今日も抜けるような秋の青空。校歌の歌詞のとおり講堂が聳えていて、何よりのホームカミングデー日和である。

 まずは講堂ステージのリハーサル。立ち位置等を確認し、モダンジャズトリオの方々と、それぞれの曲の出だし等を軽く歌って終了。講堂の構造のせいなのか音が後ろに吸い込まれてしまい、両隣と後ろの男性の声しか聴こえない。歌いにくい。ちょっと不安に思っていると、皆が、口ぐちにそう言っている。
 第2ステージである教室棟の楽屋入り。ここで白のブラウス、黒のスカートという今日の衣装に着替えを済ませる。現役メンバーは殆どがロングスカートの演奏会用正装だ。そして、第2ステージのリハーサル。同じく立ち位置の確認と、ピアノ伴奏曲の“入り”のタイミング等を確認してこれまた終了。予定時間より10分ほど時間が押しているということで、外国曲2曲は触りの部分すら歌うことが出来ず、楽屋に戻る。こちらのステージの方がまだ周りの声が聴こえてきて歌い易い。これまた皆同じ感想のようだった。

 楽屋でも残された時間は20分。直前練習ということで、ブレスの位置や強弱、発音等、先生の指示を最終確認し、身体を軽くほぐしただけでタイムアップ。
 再び講堂に戻って、再集合。グリークラブやもう一つの混声合唱団と3団合同でオープニングセレモニーの校歌の練習。同じ校歌とはいっても、それぞれの団によってアレンジも違うので、タイミングもなかなか難しい。今年はグリークラブ平成2年卒生が指揮を執った。

 そうこうしているうちにお昼になり、講堂前の階段に整列。陽射しが半端ではない。逃げ場なくジリジリと焦がされて日傘をさすわけにもいかず(大学のマーク入りの野球帽を被った強者が数名いたけれど)、例年のことながらこの待ち時間とセレモニーの間が一番体力の消耗が甚だしい。シミソバカスの素をしこたま仕込んでいる感じ。
 ふと前を見ると、被り付きに両親と夫の姿が。後で夫から聞いたことには、チェックアウト後、時間調整をしてタクシーで到着したばかりだったそうだ。恥ずかしいけれど、ちょっと手を振ってみると、父も母も嬉しそう。例年、夫と息子の2人も最前列でカメラを構えてかなり目立っていたとは思うが、高齢の両親連れの夫も相当目立っていることは間違いない。
 やっぱり恥ずかしいなあ、と下を向いていると、なんとサプライズなことに、高校時代の同級生のGさんも声をかけに来てくれてびっくり!

 司会者によると、メンバーの最年長は昭和11年生まれの78歳、そして最年少は平成8年生まれ(息子と同い年)の大学1年生の18歳。その年齢差、実に60歳、還暦分の声が集まった校歌斉唱である。
 無事校歌を歌い終わり、昼食休憩時間。3人に断って、同期や先輩と学生食堂へ。勤務している大学と同じメニューが殆どで、安心というか非日常ではないというか、ちょっと微妙な感じ。昼食を終えて、一旦楽屋に戻り身支度を整えてあっという間に講堂楽屋口へ。

 第1ステージは
 H.Bishop “Home, Sweet home”(邦題:埴生の宿)
 Traditional “Auld Lang Syne”(邦題:蛍の光)
 B. Chilcott “A Little Jazz Mass”≪Kyrie, Gloria,Sanctus/Benedictus/Agnus Dei≫
 心配だった外国の歌2曲が終わり、メインのJazz Massへ。かなりスピードが加速したけれど、とりあえず無事歌い切ることが出来た。一昨年は、予定時間よりかなり早めに進行してしまい、聴いてくれる予定だった同級生が間に合わなかったというハプニングがあったけれど、今日はとてもパンクチュアルに終了。
 最初、父の疲れ具合によってはこのステージだけで、その後、両親をターミナル駅まで送って夫はそこで待機する、という予定だったが、LINEの連絡で、最後まで聴くとの連絡が入る。ちょっと不安だけれど、練習した歌全部聴いてもらえるのは素直に嬉しい。
 高校時代の同級生と楽屋に戻る道々を一緒に歩きながらしばし思い出話に耽る。第2ステージも聴いてくれるとのこと。思いもかけず、何とも有難いことだ。

 楽屋へ戻り、第2ステージまで待機。半分終わったということで、楽屋の雰囲気もすっかりリラックスしている。大半のメンバーが今でも様々な合唱団に所属しているので、その演奏会のチラシやチケットが飛び交って賑やかだ。

 第2ステージは
 佐藤信作詞・林光作曲“うた”
 さくらももこ作詞・相澤直人作曲“ぜんぶ”
 佐藤賢太郎作詞・作曲“前へ~東日本大震災の被災者の皆様へ”
 B. Chilcott “A Little Jazz Mass”より≪Kyrie, Gloria»
 今回の邦人作曲の歌はどれもとても素敵で、言葉に色々な思いを込めて丁寧に歌うものだ。
 喉の調子もこなれてきて、第1ステージよりJazz Massも乗りよく、いい気持ちで歌うことが出来た。ああ、この15分のために、今年もまた頑張れたのだ、とじーんとする。
 真ん中より少し前の席に両親と夫が並んでいるのが見える。夫はひっきりなしに写真を撮ってくれている模様。ここでも時間通りに終了。

 楽屋に戻り、着替えを済ませる。「お世話になりました。打ち上げは失礼します。」と挨拶して楽屋を後にする。予定では、ターミナル駅までタクシーで向かい、両親がJRに乗ったのを見届けてから私たちは私鉄に乗って帰宅、ということだったが、なかなかタクシーが拾えず。結局、大通りまで歩かせてしまったのが運のつき。父はゼーゼーして「とても新宿には行けない、もう歩けない」と言い出す始末。結局、実家までそのままタクシーで向かい、私たちも実家経由で自宅まで帰ってきた。

 所要時間1時間半もかからず、ほぼ明るいうちに家に辿り着くとは嬉しい誤算だった。
 おかげさまで片付けも洗濯も済ませることが出来た。夫には申し訳ないけれど、夕食は冷凍食品総動員の有りあわせのものになった。

 とにかくこれで今年も一大イベントが終了。
 いみじくも舞台が終わって楽屋に戻る途中、高校時代の先輩がおっしゃった言葉が耳に残っている。「あんなに練習したのに間違えてしまった。やっぱり本番は6、7割くらいの力しか出せないから、100%の練習じゃ足りないんだよな、120%やらないと・・・」と。
 本当にそうなのだろうと思う。さすがに1回や2回練習に出てちょいと歌っただけでは、とてもではないけれど本番で間違えずに歌えるわけがない。今回も、自分なりに頑張って練習したつもりだったけれど・・・やはり上を目指せばきりがない。
 現役の時もずっとそう思っていたのだが、こうして地道にコツコツと、繰り返し繰り返し練習を重ねる時間は膨大だ。が、いざ本番が始まってしまえば、本当にあっという間のこと。その一瞬のために長い長い練習があるのだ、ということを改めて想う。今、現役の息子も12月の初めての定演にはそんな感想を持つのだろうか。

 両親にはいいプレゼントが出来たと思う。何より2人を終日ケアしながら走り回ってくれた夫には感謝だ。
 来年もまた歌えるだろうか。いや、また歌いたいものだ、と思う。
コメント (3)
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