(承前)
(10)「シャルリー・エブド」紙襲撃事件後、1月11日、フランス各地でテロに抗議するデモが行われた。全体で参加者370万人に上った。1944年のパリ解放に次ぐ規模だ。
<ここにイスラエルのネタニヤフ首相が参加しています。これが私は非常に重要だと思うんです>
今、ヨーロッパは長期的な経済停滞の中にある。その状況の中で、「われわれが職を奪われているのに、移民たちがわれわれとは異なる文化、イスラムの文化を放棄しないのはけしからん」という声が大衆の中に高まっている。
デモに370万人も集まってくるのは、テロに抗議する流れとともに、「移民たちよ、出ていけ」という排外主義の要素がある。
同時に、「ヨーロッパの経済的な成果を、一部の金持ちのユダヤ人たちが吸い取っている」という意識もある。ユダヤ人にも金持ちもいれば貧乏人もいるという、ごく当たり前のことがわからないヨーロッパ人が結構いる。それが「ユダヤ人陰謀論」の起源になったりする。
イスラエルは通常の国家ではなく、全世界のユダヤ人を保護、支援することがイスラエルの国是だ。
だから、「皆さんん、どうぞ帰還してください。私たちの家はオープンです」とネタニヤフ首相はいう。これがネタニヤフ首相がパリのデモに参加した意味だ。
イスラエル移民庁長官が、今年フランスから1万人のユダヤ人がイスラエルに移住してくるという見通しを述べている。ヨーロッパにおいて、アンチセミティズム(antisemitism)/反セム主義・・・・反アラブだけではなく反ユダヤ主義も今、強まりつつある。この問題に目を向けなくてはならない。
(11)英国の秘密情報部(MI5)は米国のFBIに当たり、国内の治安、テロ対策を受け持つ。
他方、MI6はCIAに当たり、対外情報、外国での活動を行う。
正確には、MI5は内閣の傘下にある保安局(SS)で、MI6は外務省の枠の中にある秘密情報局(SIS)だ。
アンドリュー・パーカー・SS長官が、2015年1月9日、「シリアのアルカイダ系グループが西側に対する無差別攻撃を計画している」と警告した。
この「無差別攻撃」の標的の一つが日本だ。
パーカー長官は、世界のインテリジェンスの専門家に対してメッセージを発したのだ。「イスラム国」がヨーロッパ諸国などと戦争を始めた、と。
(12)安倍首相の「積極的平和主義」を掲げた中東歴訪は、「イスラム国」による日本人人質事件(後藤健二さんたちの殺害)のきっかけだったかもしれないが、原因ではない。
安倍首相の中東歴訪がなくても、仮に民主党政権が続いていても、日本はテロの対象になる。
また、日本は中東との関係で中立ではなく、西側の一員として、米国の陣営の中に確実に加わっている。
原因は日本のあり方そのものだ。米国との軍事同盟のみならず、国際法の遵守、国連加盟、経済大国、自由と民主主義という価値観を西側諸国と共有・・・・そのこと自体が「イスラム国」などのテロリストにとって問題視される。
(13)「イスラム国」による日本人人質事件で、人質の身代金を払うか、払わないか、という設問は、設問自体が間違っている。
禅の公案のウサギの角は尖っているか、丸いかを議論すること自体が間違いであるのと同じ(ウサギに角はない)。
テロリストは何を要求しているか。「2億ドルの拠出決定はけしからん、撤回しろ」ということなら、合理的な要求で、こちらの論理ともかみ合う。
そうではなく、2億ドル出したのだから、人質1人につき1億ドルを出せ。72時間以内に。日本国民もプレッシャーをかけろ」、それで終わっている。
ポイントは、「身代金を本当に要求しているか」だ。交渉は、双方に交渉する意思がなければ、できない。
(14)2億ドルは220億円ぐらいだ。高島屋や三越の紙袋に、使用済みの1万円札がいくら入るか。5,000万円ぐらい入る。220億円を詰めるには、500袋必要だ。それを72時間以内に集められるか?
2億ドルとなると、振り込みもできない。
金塊だと、200億円分は4トンになる。どうやって運ぶのか?
<少し合理的に考えてみれば、「72時間以内に身代金の2億ドルを払う」ことは、そもそも物理的に不可能だと分かります>
(15)ということは、連中の要求は身代金ではない。「ショー」をやっているんどあ。
首を斬られた人間は全員、橙色の服を着ている。これは、第二次イラク戦争で米国がアブグレイブ刑務所やケイマン刑務所にアルカイダ系とされる人間を拘束した際に着せた囚人服だ。イスラム教徒に対してやったのと同じことをやり返す、というショーを演じているのだ。
しかもすぐに処刑するのではなく、イスラム世界に、「われわれは時間の有余を与えたけれども、日本政府は身捨てた。われわれは命をいきなり奪うことはしない。命を救う条件も出した」という状況を見せつける。それが彼らのシナリオだ。
<身代金の交渉で、表に話が出てきた時は、これはもうだめなんです>
身代金を取るなら、交渉は裏でやる。
しかも、裏でその交渉を始める際は、カネを安全に受け渡せるルートがあって始めてやれる。
72時間というタイムリミットも、身代金という条件も、これは連中が自分たちで一方的に設定したものだ。全てはテロリスト自身の目的を達成するところから出ている。ここを見ないといけない。
(16)この問題についてどう見ればよいか。
既存の国際法を遵守して、国家主権、基本的な人権、市場経済といった価値観を維持している全ての国家体制に対して「イスラム国」が宣戦布告をし、本格的な「戦争」が始まったと見るべきだ。
日本は後方支援しかしてないし、中東を直接植民地支配したことはない。しかし、あの人たちの主張はこうだ。
「イスラム国」がめざしているのは世界イスラム革命だ。アッラーは一つ。それに対応してこの世で機能する法律、シャリーア(イスラム法)は一つ。そして国家はカリフ帝国一つ。カリフという皇帝によって支配されるべきだ。これを実現する戦いにおいては、われわれの戦いへの味方と敵のどちらかしかない。その中間はない」
このことを可視化させたのは、「シャルリー・エブド」紙襲撃事件に始まり、日本人人質事件にも通じる、彼ら「イスラム国」の戦略だ。
これは戦争で、「世界革命」という目的の中で、日本も打倒され得る敵になっている。そこから逃れる術はないことが可視化されたと見たほうがいい。
打倒される対象は、米国、フランス、ヨーロッパだけでなく、ロシア、日本も含まれ、中国、イラン、北朝鮮も対象だ。既存の全ての国家制度を破壊することが「イスラム世界革命」の目的だ。
こういう新しい世界革命の思想とどう対峙していくか。
オバマ大統領一般教書演説(2015年1月20日)、軍事一辺倒ではなく外交を併せた包括戦略のような思想戦が重要になってくる。
こういう問題に対して、われわれは「イスラム国」の内在的な論理を見極めた上で、どう対抗していくか。
意外とこれからは、哲学、思想史、宗教学などを大学で専攻した人が分析すると、面白い活動ができるかもしれない。
□佐藤優『佐藤優の「地政学リスク講座2016」 日本でテロが起きる日』(時事通信出版局、2015)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】日本でもテロが起きる可能性 ~日本でテロ(2)~」
「【佐藤優】『日本でテロが起きる日』まえがきと目次 ~日本でテロ(1)~」
(10)「シャルリー・エブド」紙襲撃事件後、1月11日、フランス各地でテロに抗議するデモが行われた。全体で参加者370万人に上った。1944年のパリ解放に次ぐ規模だ。
<ここにイスラエルのネタニヤフ首相が参加しています。これが私は非常に重要だと思うんです>
今、ヨーロッパは長期的な経済停滞の中にある。その状況の中で、「われわれが職を奪われているのに、移民たちがわれわれとは異なる文化、イスラムの文化を放棄しないのはけしからん」という声が大衆の中に高まっている。
デモに370万人も集まってくるのは、テロに抗議する流れとともに、「移民たちよ、出ていけ」という排外主義の要素がある。
同時に、「ヨーロッパの経済的な成果を、一部の金持ちのユダヤ人たちが吸い取っている」という意識もある。ユダヤ人にも金持ちもいれば貧乏人もいるという、ごく当たり前のことがわからないヨーロッパ人が結構いる。それが「ユダヤ人陰謀論」の起源になったりする。
イスラエルは通常の国家ではなく、全世界のユダヤ人を保護、支援することがイスラエルの国是だ。
だから、「皆さんん、どうぞ帰還してください。私たちの家はオープンです」とネタニヤフ首相はいう。これがネタニヤフ首相がパリのデモに参加した意味だ。
イスラエル移民庁長官が、今年フランスから1万人のユダヤ人がイスラエルに移住してくるという見通しを述べている。ヨーロッパにおいて、アンチセミティズム(antisemitism)/反セム主義・・・・反アラブだけではなく反ユダヤ主義も今、強まりつつある。この問題に目を向けなくてはならない。
(11)英国の秘密情報部(MI5)は米国のFBIに当たり、国内の治安、テロ対策を受け持つ。
他方、MI6はCIAに当たり、対外情報、外国での活動を行う。
正確には、MI5は内閣の傘下にある保安局(SS)で、MI6は外務省の枠の中にある秘密情報局(SIS)だ。
アンドリュー・パーカー・SS長官が、2015年1月9日、「シリアのアルカイダ系グループが西側に対する無差別攻撃を計画している」と警告した。
この「無差別攻撃」の標的の一つが日本だ。
パーカー長官は、世界のインテリジェンスの専門家に対してメッセージを発したのだ。「イスラム国」がヨーロッパ諸国などと戦争を始めた、と。
(12)安倍首相の「積極的平和主義」を掲げた中東歴訪は、「イスラム国」による日本人人質事件(後藤健二さんたちの殺害)のきっかけだったかもしれないが、原因ではない。
安倍首相の中東歴訪がなくても、仮に民主党政権が続いていても、日本はテロの対象になる。
また、日本は中東との関係で中立ではなく、西側の一員として、米国の陣営の中に確実に加わっている。
原因は日本のあり方そのものだ。米国との軍事同盟のみならず、国際法の遵守、国連加盟、経済大国、自由と民主主義という価値観を西側諸国と共有・・・・そのこと自体が「イスラム国」などのテロリストにとって問題視される。
(13)「イスラム国」による日本人人質事件で、人質の身代金を払うか、払わないか、という設問は、設問自体が間違っている。
禅の公案のウサギの角は尖っているか、丸いかを議論すること自体が間違いであるのと同じ(ウサギに角はない)。
テロリストは何を要求しているか。「2億ドルの拠出決定はけしからん、撤回しろ」ということなら、合理的な要求で、こちらの論理ともかみ合う。
そうではなく、2億ドル出したのだから、人質1人につき1億ドルを出せ。72時間以内に。日本国民もプレッシャーをかけろ」、それで終わっている。
ポイントは、「身代金を本当に要求しているか」だ。交渉は、双方に交渉する意思がなければ、できない。
(14)2億ドルは220億円ぐらいだ。高島屋や三越の紙袋に、使用済みの1万円札がいくら入るか。5,000万円ぐらい入る。220億円を詰めるには、500袋必要だ。それを72時間以内に集められるか?
2億ドルとなると、振り込みもできない。
金塊だと、200億円分は4トンになる。どうやって運ぶのか?
<少し合理的に考えてみれば、「72時間以内に身代金の2億ドルを払う」ことは、そもそも物理的に不可能だと分かります>
(15)ということは、連中の要求は身代金ではない。「ショー」をやっているんどあ。
首を斬られた人間は全員、橙色の服を着ている。これは、第二次イラク戦争で米国がアブグレイブ刑務所やケイマン刑務所にアルカイダ系とされる人間を拘束した際に着せた囚人服だ。イスラム教徒に対してやったのと同じことをやり返す、というショーを演じているのだ。
しかもすぐに処刑するのではなく、イスラム世界に、「われわれは時間の有余を与えたけれども、日本政府は身捨てた。われわれは命をいきなり奪うことはしない。命を救う条件も出した」という状況を見せつける。それが彼らのシナリオだ。
<身代金の交渉で、表に話が出てきた時は、これはもうだめなんです>
身代金を取るなら、交渉は裏でやる。
しかも、裏でその交渉を始める際は、カネを安全に受け渡せるルートがあって始めてやれる。
72時間というタイムリミットも、身代金という条件も、これは連中が自分たちで一方的に設定したものだ。全てはテロリスト自身の目的を達成するところから出ている。ここを見ないといけない。
(16)この問題についてどう見ればよいか。
既存の国際法を遵守して、国家主権、基本的な人権、市場経済といった価値観を維持している全ての国家体制に対して「イスラム国」が宣戦布告をし、本格的な「戦争」が始まったと見るべきだ。
日本は後方支援しかしてないし、中東を直接植民地支配したことはない。しかし、あの人たちの主張はこうだ。
「イスラム国」がめざしているのは世界イスラム革命だ。アッラーは一つ。それに対応してこの世で機能する法律、シャリーア(イスラム法)は一つ。そして国家はカリフ帝国一つ。カリフという皇帝によって支配されるべきだ。これを実現する戦いにおいては、われわれの戦いへの味方と敵のどちらかしかない。その中間はない」
このことを可視化させたのは、「シャルリー・エブド」紙襲撃事件に始まり、日本人人質事件にも通じる、彼ら「イスラム国」の戦略だ。
これは戦争で、「世界革命」という目的の中で、日本も打倒され得る敵になっている。そこから逃れる術はないことが可視化されたと見たほうがいい。
打倒される対象は、米国、フランス、ヨーロッパだけでなく、ロシア、日本も含まれ、中国、イラン、北朝鮮も対象だ。既存の全ての国家制度を破壊することが「イスラム世界革命」の目的だ。
こういう新しい世界革命の思想とどう対峙していくか。
オバマ大統領一般教書演説(2015年1月20日)、軍事一辺倒ではなく外交を併せた包括戦略のような思想戦が重要になってくる。
こういう問題に対して、われわれは「イスラム国」の内在的な論理を見極めた上で、どう対抗していくか。
意外とこれからは、哲学、思想史、宗教学などを大学で専攻した人が分析すると、面白い活動ができるかもしれない。
□佐藤優『佐藤優の「地政学リスク講座2016」 日本でテロが起きる日』(時事通信出版局、2015)
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【参考】
「【佐藤優】日本でもテロが起きる可能性 ~日本でテロ(2)~」
「【佐藤優】『日本でテロが起きる日』まえがきと目次 ~日本でテロ(1)~」