語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【米国】トランプ政権内の暗闘と対外政策の変化

2017年05月26日 | 社会
 (1)トランプ大統領は、昨年の選挙期間中、「シリア紛争への不介入」を公約した。
 しかし、4月4日にシリア北西部イドリブ県で起きた住民に対する「化学兵器の攻撃」を口実に、6日、地中海に展開した駆逐艦から巡航ミサイル59発をシリア国内の空軍基地に撃ち込んだ。明白な公約違反だ。
 トランプは、選挙勝利後の2016年12月、オハイオ州における演説で、「米国は他国の体制打破や政府転覆を狙うのは止める」とも表明していた。
 しかし、
   ①ロシアとの協調
   ②対外軍事活動の抑制
・・・・を柱とする政権発足前後に掲げられた軍事・外交路線が揺らいでいる。
 それに伴い、政権内部の暗闘が表面化してきた。

 (2)その最初の兆候が、2月13日のマイケル・フリン国家安全保障問題担当大統領補佐官の辞任騒動だ。辞任理由は、補佐官就任前に民間人として駐米ロシア大使と電話で話し合ったことが「法律違反」だったのでは、という「疑惑」から。だが、同補佐官は、陸軍中将出身のタカ派ながら、IS(「イスラム国」)との戦いなど「共有する利害でロシアと協力する]という姿勢により、トランプと同様、軍・諜報関係者や主要メディアから目の敵にされていた。
 そのため、政府機関によると目される盗聴で、同大使との電話会談の事実がリークされ、「ワントン・ポスト」紙が大々的に報道。辞任に追い込まれてしまった。
 後任のハーバート・マクマスター陸軍中将は、オーソドックスな対ロシア強硬派で、担当する国家安全保障会議(NSC/軍事・外交の最高決定機関)から、前任者の息のかかったスタッフを追放し、軍主流の意向を代弁するかのように、トランプが公約した路線を一挙に薄めていった。

 (3)(2)の過程で起きたのが、第二の兆候と呼べるスティーブ・バノン首席戦略・大統領上級顧問の、事実上の失墜だった。
 バノン戦略官は、「オルタナ右翼」と呼ばれる白人至上主義、ポピュリズム的な傾向のインターネットサイト「プライベート・ニュース・ネットワーク」の会長だった。大統領選挙ではトランプ陣営の選挙対策部長として辣腕を発揮。トランプのスローガン「アメリカ・ファースト」の発案者とされる。NSCについてもトランプを通じて常任メンバーに収まる一方、従来からの「国家機関嫌い」から、各諜報機関を統轄する国家情報長官と軍の統合参謀本部議長をそこから外させた。しかし、(1)の米艦による対シリアのミサイル攻撃前日の5日、突如NSCの常任メンバーから排除されてしまった。
 その背景には、新たにNSCへの統率力を強めたマクマスター補佐官の根回しがあった、とされるが、決定的な役割を果たしたのは、トランプの長女イヴァンカの夫、東欧系ユダヤ人の血を引くジャレッド・クシュナー大統領上級顧問だった。
 そして今、バノン戦略官とクシュナー上級顧問の力関係が逆転している。

 (4)もともとバノン戦略官は、対ロシア認識に関してフリン前補佐官と共通する面が多い。また、トランプの選挙戦での「対外軍事活動の抑制」公約は、バノン戦略官の持論だ。このため、バノン戦略官は今回のシリアへのミサイル攻撃に「アメリカ・ファーストに反する」と抗議した。
 逆に、マクマスター補佐官やクシュナー上級顧問は、トランプに攻撃を強く進言した。
 政権発足初期の「トランプ色」を体現していたバノン戦略官の失墜と対シリア政策の変更は、発足から100日過ぎたトランプ政権の軍事・外交政策の変化が示す意味を物語っている。

 (4-a)オバマ前政権から開始されたシリアの政権打倒工作は、従来からの軍・CIAの方針にほかならず、たとえ従来の政策とは異なる公約を持つ大統領が誕生しようが、そうした軍事・諜報機関の意向と異なる路線を打ち出すのは至難だ、という点だ。
 このほど機密解除されたレーガン政権時代のCIAの文書『シリア 劇的政治変動のシナリオ』(1986年7月作成)によれば、米国は当時のハーフィズ・アル=アサド大統領(バッシャール・アル=アサド大統領の父)を打倒する計画を立案。そのため、
   ①政権を握る少数派のアラウィ派に対する多数派のスンニ派や「ムスリム同胞団」による宗教戦争のけしかけ
   ②当時親米だった隣国イラクからの武器供給
・・・・を中心とする秘密工作を構想している。
 オバマ前政権も2011年のシリア紛争勃発当初から、トルコ・ヨルダン両国を経由して「アルカイダ」を含む武装勢力をシリアに送り込み、武器も供与する間接侵略を継続している。
 トランプ政権は、こうした方針を撤回するどころか、今回、シリア軍への初の攻撃に踏み切った。しかも、マクマスター補佐官を中心に、現在、「IS掃討」を名目にシリアのユーフラテス川に沿って最大15万人規模の地上兵力を投入し、シリアを分割して抵抗するシリア軍を撃退する作戦計画が立案中とされ、大統領の承認の可能性も排除されていない。

 (4-b)米国の中東政策にはイスラエルの影が付きまとっている、という点。
 〈例〉「ネオコン」と呼ばれるユダヤ系が中心の積極的軍事政策が特徴の右派グループと、イスラエルの極右リクードのベンジャミン・ネタニヤフ首相が1996年に作成した中東戦略である文書『明白な決別』がある。
 そこではすでにサダム・フセイン・イラク大統領の「除去」と、トルコ・ヨルダンと組んだ上でのシリアの「弱体化と封じ込め、打倒」が明記されている。現在のイスラエル、およびブッシュ政権時代に一時、軍事外交部門を掌握した「ネオコン」の基本路線を規定している。そして、現政権の「ネオコン」の筆頭格がクシュナー上級顧問だ。
 クシュナーは、36歳で政権入りするまで家業の不動産業で活躍し、行政機関で働いた経験は皆無だ。だが、熱烈なイスラエル支持者で、父親もパレスチナに違法入植地を拡げる過激ユダヤ主義者への多額献金者として知られ、超タカ派のネタニエフ首相とは家族ぐるみの付き合いだ。また、「ユダヤ選民思想」が濃厚で、核戦争による「終末の到来」を信じる正統派ユダヤ教の一派に所属している、とされる。
 娘の夫として大統領と最も親しい関係にあるクシュナー上級顧問は、今や政権内で「中東に関する地政学的戦略の推進」を筆頭に、対中国外交など内外の重要政策を手がける最高実力者に昇進。4月3日には、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長と共にイラクを訪問し、米軍の「対IS戦」を視察するなど、NSC内でもマクマスター補佐官の存在がかすむほど影響力を発揮している。

 (5)そのクシュナー上級顧問が今後のトランプ外交の決定的な試金石となる対シリア政策を掌握したら、何が起きるか。米軍は、『明白な決別』に示されたようなイスラエルの思惑に沿った路線に進むのだろうか。
 すでに、シリアへの武装勢力の出撃拠点となっているヨルダンのアカバ港に4月20日、米陸軍機甲部隊が揚陸され、現地では国境を接するシリア南部で同部隊が初めて何らかの軍事行動に出るのではないか、との観測が流れている。
 バノン戦略官は、「オルタナ右翼」の特徴である「反ユダヤ主義」的傾向から、「ネオコン」と違い、それほどイスラエルを特別視していない。しかし、その重しが取れた今、トランプ大統領が最終的に公約を完全に破棄する可能性が残されている。その結末を知るための時間は、それほど長くかかるまい。

□成澤宗男「トランプ政権内部で何が起きているか」(週刊金曜日 2017年5月12日号)
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