語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】理論と実践又はアルジェリア式羊肉シチューの事 ~料理の四面体~

2011年01月13日 | ●玉村豊男
  

 玉村豊男、1945年10月8日生、エッセイスト、画家、ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー代表、長野県原産地呼称管理委員会会長、「安心、安全、正直」な信州の温泉表示認定委員会委員。

 彼の作家としての出発は、『PARIS パリ 旅の雑学ノート カフェ/舗道/メトロ』(ダイヤモンド社、1977)および『PARIS パリ 旅の雑学2冊目 レストラン/ホテル/ショッピング』(ダイヤモンド社、1977)だ。両者とも新潮文庫に入り、いまでは前者が中公文庫で入手できる。
 しかし、料理に関するエッセイストとしての出発は、『料理の四面体』(鎌倉書房、1980)だ。空気・水・油という3要素が構成するナマものの世界があり、料理以前の世界だが、これに火という要素を加えると、火と油で揚げもの、火と水で煮もの、火と空気で焼きものができる。すべての料理は、この4要素が基本である。ゆえに、料理の四面体・・・・と説く。
 実にシンプルな理論で、その単純さは衝撃だった。
 本の洒落た装丁で、御大みずから手がけた・・・・ものであることは、長い間気づかなかった。ほぼ同時に『文明人の生活作法』が同じ書肆から出ている。こちらも面白かったが、一度も文庫化されていない。『料理の四面体』は一度文春文庫に入っているから、このたび二度目に文庫化したことになる。

 『料理の四面体』を書き下ろした当時、玉村は34歳。バツイチで、東京は三田のマンションの一室にこもって、ヒマさえあれば料理をつくって独りで食べていた。
 本書の冒頭、アルジェリア式羊肉シチューの体験は、玉村23歳のとき、ほっつき歩いていたアルジェリア南部のサハラ砂漠近くで路傍のアルジェリア人に呼び止められたところから始まる。

 数人の青年がピクニックの仕度をしていた。すでに七輪のようなコンロに、炭火が真っ赤におこっている。そこへ青年は、ペコペコにゆがんだアルミの深鍋をかけ、大きな瓶から黄色い濃厚なオリーブ油をドボドボと中に注いだ。そして、袋からとりだしたニンニクの皮を剥き、手にもったまま小刀で削って、たっぷり一個分を小片にして油の中に落とした。ニンニクの小片の周囲にふつふつと小さな泡が立ちはじめる。しだいにニンニクの輪郭の白がキツネ色に変わりはじめ、香気が勃然とたちのぼって、あたりを支配する。そのころあいに、袋から取り出した羊肉を無造作に鍋の中に放りこんだ。羊肉は、あらかじめ骨ごとに適当な、しかしかなりの大きさにブッ切りにされている。
 以下、かんたんに要約すると、鍋をゆすってオリーブ油を均等に肉片にからめながら炒める。肉の表面に焦げめのついたころ、真っ赤なトウガラシの粉をかなりの量、上からバサバサと振りかける。もう一度鍋をゆすって混ぜ合わせた後、よく熟した真っ赤なトマトを3~4個、ヘタをもぎとって、鍋の上で握りつぶす。さらに、ジャガイモを2個、皮を剥いてから四つ切りにして、鍋に放りこむ。塩をふたつまみほど入れる。
 炭火はしだいに峠をこして勢いを失い、トロ火になる。その変化に任せて羊肉をじっくり煮上げる・・・・。

 玉村と青年たちは、川べりに敷いた毛布の上に車座となって、お茶を飲みながら話をかわした。30~40分たったころ、料理番の青年が「できたぞ」と叫んだ。
 玉村が鍋のフタをとってみると、一瞬すばらしい香りがひろがり、ふつふつと羊肉が煮えていて、ジャガイモにも汁がたっぷり滲みて、見るからにうまそうだ。小皿にとりわけて食べてみると、臭みのない羊肉が香り高いトマト辛子ソースと渾然一体になった、まったりとした味わいは「絶佳の一語に尽きた」。
 この料理を日本で再現するには、ハンデがある。
 「砂漠近くのオアシスのような木陰、小川のほとりで鍋を囲む、豪快にして繊細な感覚の美は再現することが日本では不可能だ。この料理の美味のかなり多くの部分はそうした舞台装置に支えられているのかもしれないから、その欠如はほとんど取り返しがつかない」

 しかし、玉村は、あえてこの料理の再現を試みる。火は、木炭七輪の代わりにガス・レンジ。天然でなく、人工的に精製された透明なオーリブ油。骨ごと断ち切ったフレッシュなマトンの代わりに、ニュージーランド産冷凍羊肉の骨なし。トウガラシは、アルジェリア産は入手できないから、メキシコ製チリ・パウダーで代用する。
 「肝腎なのは、つくりかたの豪快さである。/この点だけがホンモノそっくりに真似できる点であって、しかもそれがこの料理の味と雰囲気の再現のためにもっとも重要なポイントなのだ」
 以下のこまごました留意点は、本書に委ねよう。
 「料理の四面体」理論は、こうした細部の事実から帰納されている。

【参考】玉村豊男『料理の四面体』(中公文庫、2010)
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