語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】プーチン訪日と「ソチの宿題」

2014年04月12日 | ●佐藤優
 (1)2月8日、ソチ(ロシア)で、安倍晋三・首相とプーチン大統領が会談した。会談の冒頭、プーチンは、秋田犬「ユメ」(一昨年秋田県知事が贈呈)を連れて現れた(←プーチンが日本に対して好感を持っている、と報道させるための演出)。
 安部・プーチン会談は現地時間14時10分から1時間、小人数で行われ、その後車で移動、15時25分から16時30分まで昼食会が開催された。

 (2)ソチ冬季五輪に合わせて行われた非公式会談に2時間以上もプーチンが時間を割いたのは異例だ。
 米、英、独、仏など西側主要国の首脳が、同性愛宣伝禁止法などロシアにおける人権問題に対する懸念からオリンピック開会式を欠席した。だが、安倍首相は出席した。これをプーチンが高く評価していることを可視化するため、(1)の厚遇を行った。
 会談の実質的成果もあった。(a)今後の政治対話については、①プーチンの今秋の公式訪日に合意した。10月or11月に行われる。②6月でソチで行われるはずだったG8サミットにおける日露首脳会談を安部が提案したところ、プーチンは「検討する」と答えた。その後外交ルートで調整され、2月10日の記者会見で管義偉・内閣官房長官が、首脳会談が実現される、と発表した。この時点では、本年中に日露首脳会談が少なくとも3回行われることが確実視され、日露の戦略的提携が進んでいることを国際社会に示すことになるはずだった。

 (3)ロシアはしたたかに勢力均衡外交を行っていた。
 <ソチ五輪開幕式に合わせた安倍晋三首相の訪露はロシアで好感されている。ただ、プーチン大統領は6日、ソチを訪れた各国首脳の中で最初に中国の習近平国家主席と会談しており、日中両国を天秤(てんびん)にかけて国益の最大化を図る姿勢が鮮明だ。北方領土問題では、露外務省が日本側の受け入れられない歴史認識を振りかざし、日本に「譲歩」を迫る構図となっている。プーチン政権は「愛国主義」による支持基盤強化に動いてもおり、領土交渉を大胆に動かせる状況にはない。>【注1】
 <中国国営新華社通信によると、プーチン氏は6日の中露首脳会談で「日本の軍国主義による中国などアジア被害国に対する重大な犯罪行為を忘れることはできない」と述べ、2015年に予定される戦勝70周年の記念行事を共同開催する考えを示した。ただ、露主要メディアはこの内容を報じておらず、日本を刺激することを避けたい政権の意向があったもようだ。>【注2】

 (4)首脳会談の後、各国がジャーナリストに対してブリーフィングを行う。通常、
  (a)自国首脳の発言を説明し、相手国首脳の発言については必要最低限のことしか言わない。
  (b)表に出さないことについては、会談終了後に双方の事務方で合意する。
 「日本の軍国主義による中国などアジア被害国に対する重大な犯罪行為を忘れることはできない」というプーチン発言について、中露は「表に出さない」という約束はしていない。ロシア側としては、中国がこの発言を表に出すことは織り込み済みということだ。
 こういう形で日本に、「中国との外交カードとしてロシアを使うことは、そう簡単ではない」というシグナルを送っているのだ。
 ロシアのマスメディアは、この内容を報じてない(要注目)。
 ロシア政府は、日中対立に巻き込まれないように細心の注意を払っている。
 ロシア政府はいまは、マスメディアを全面的に統制することはできない。(2)のとおり日本はリスクを負って安部が開会式に出席した。露マスメディア関係者もこれを心から歓迎し、反日感情を煽るような報道は「ニュース性がない」という判断を下したのだ。

 (5)今秋のプーチン訪日は、北方領土交渉の正念場となる。北方領土交渉について、両首脳は慎重な発言に終始しているが、基本的な2つの方向性について合意している。
  (a)平和交渉に関する外務次官級協議(杉山晋輔・外務審議官・日本側団長、モルグロフ外務次官・ロシア側団長)で論点を整理し、解決できない部分を首脳間の決断で解決する。
  (b)経済協力、安全保障協力を拡大する中で、北方領土問題解決の環境整備を行う。

 (6)安倍首相は、日本側の交渉のスタンスのハードルを下げている。2月7日、ソチに向けて飛び立つ直前、東京の北方領土返還要求全国大会の挨拶で、「四島」に言及しなかった。この点をクレムリンはシグナルと受け止めている。前記挨拶は、四島の日本への帰属問題を前提とせずに交渉を行い、解決の糸口を探るという「出口」論を安部が採っていることを強く示唆している。

 (7)今回の首脳会談で、安部はプーチンに谷内正太郎・国家安全保障局長/元外務次官を紹介した。谷内はこの後、安部の「個人代表」としてプーチンとの連絡係になることが示唆された。ロシア外務省を迂回し、プーチンに直接つながるチャンネルの構築を安部首相は試みた。
 もっとも、谷内が両国外務省を迂回して、北方領土問題に関する交渉をクレムリンと直接行うわけではない。
 今秋のプーチン訪日に向けて、杉山・外務審議官とモルグロフ外務次官が、歴史的・法的問題について交渉する。
  (a)ロシア側:連合国の一員として国際法的な手続きを踏んで南クリル地方(北方四島)はソ連に編入された、と主張。
  (b)日本側:ソ連による日ソ中立条約侵犯が国際法違反であることを強調し、北方四島は今もロシアによって不法に占拠されている、と強調。
 結局、外交当局間の交渉では水掛け論になり、北方四島の帰属に係る問題は安部とプーチンの政治的判断に委ねられることになる。このことを見据えて谷内が連絡係になった(推定)。よって、歴史的・法的問題に係る論議はプーチン訪日までに終えなくてはならない。

 (8)さらに重要なのは、セーチン・ロスネフチ(ロシア石油)会長との関係強化だ。セーチンは、プーチンのインナーサークルの一員であり、ソチの首脳会談に同席した。
 ブリーフィングで、世耕官房副長官は、「セーチン会長からも具体的なプロジェクトに言及があった」と述べた。セーチンは、ロシアから日本へのLNG、電力供給などのプロジェクトを考えているのだろう。セーチン提案の具体的なプロジェクトがどの程度実現するかにによって、プーチンの北方領土に関する日本への譲歩の内容が変わってくる。

 【注1】【注2】記事「日露首脳会談 露したたか、日中天秤」(msn産経ニュース 2014.2.9)

□佐藤優「秋のプーチン訪日までに課された「ソチの宿題」を解く2人のキーマン ~SAPIO intelligence database第178回~」(「SAPIO」2014年4月号)
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