語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】情熱のイタリア年代記 ~「ヴァニーナ・ヴァニーニ」~

2016年01月16日 | ●スタンダール
 (1)本書は、「カストロの尼」、「ヴァニーナ・ヴァニーニ」、「パリアノ公爵夫人」、「サン・フランチェスカ・アリッパ」、「ヴィットリア・アッコランボニ・ブラッチャーノ公爵夫人」をおさめる中短編集である。
 アラン『幸福論』もそうだが、宗左近の訳は、詩人の手にかかるせいか、読みやすい。
 宗左近が編んだこの本の冒頭におかれる「ヴァニーナ・ヴァニーニ」の女主人公は、182*年にローマの社交界に登場した絶世の美女、ヴァニーナである。

 (2)ヴァニーナは、父親が屋敷にかくまったナゾの男に興味をもち、さいしょは好奇心から、のちには恋して密会する。そのピエトロ・ミッシリッリは逃走中に負傷した炭焼党員(カルボナーロ)であった。彼もまた恋におち、相思相愛の二人は結婚を決意する。
 しかし、恋よりも祖国に対する義務感が勝ち、ピエトロはローマ郊外の同志のもとへ戻った。
 若いピエトロが諸般の事情から結社の党首に推された。ヴァニーナは活動資金を提供し、数千の叛徒が決起する陰謀が進行した。だが、動きを探知した当局によって幹部が逮捕され、一切は烏有に帰した。
 陰謀頓挫の直後に集会が開かれることを知り、ピエトロは苦悩のうちにつぶやく。「今度もまた政府にかぎつけられたら、今度はぼくは党と縁を切る」
 政治と愛に引き裂かれる男の言葉である。
 そして、政治より愛を選ぶヴァニーナにとっては運命的な言葉となった。
 ヴァニーナは当局へ密告し、憲兵が見張っていると偽って、ピエトロをうまく集会からひき離した。
 だが、同志捕縛さるの報を真夜中に受けて絶望したピエトロは、翌日自首した。
 狼狽したヴァニーナは、才知をかたむけて救出をはかる。だが、牢獄をおとずれて脱走を説得している最中に、うっかり秘事を漏らしてしまった。ヴァニーナの献身、すなわち密告である。
 ピエトロは激怒した。「この人でなし!」
 ヴァニーナは茫然自失し、ローマに戻った。「新聞の伝えるところでは、ごく最近(中略)公爵と結婚したということである」

 (3)要約すると、情熱を活写するスタンダールの簡勁な文体の魅力が薄れてしまう。
 「ヴァニーナはもう19になるのに、願ってもない結婚相手を、いくつも断っている。理由は何か。シッラがその地位を捨てたと同じである。すなわちローマ人にたいする軽蔑の念」
 富豪の娘が無一文の反逆者のもとに走る伏線だが、スタンダールは描写しない。情熱をそのまま、まるごと取り出すのである。
 そして、その情熱がいかに自分勝手なものであるかも、スタンダールは剔抉している。自分勝手は、愛する者によって大抵の場合許されるが、このケースの場合、男のレーゾン・デートルを揺るがし、破壊してしまったのだ。

□スタンダール(宗左近訳)『カストロの尼』(角川文庫、1970、1990復刊)
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