語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【旅】比叡山

2010年08月15日 | □旅
  オン アビラウンケン

 延暦寺大講堂に鎮座する本尊、大日如来を拝む際にとなえなければならない真言である。意味不明だが、ともかく老母の快癒を祈り、併せてお守りも入手する。
 大きな大きな大日如来像よりも、脇仏の弥勒像のほうに心惹かれる。モナ・リザよりももっと謎めいたほほえみが口元に浮かんでいる。
 ちなみに、弥勒には「オン マイタリヤ ソワカ」と真言を唱えるよし。



 ところで、延暦寺にいささか違和感を覚えるのは、山寺でありながら、舗装した道が縦横にのびている点だ。
 大講堂から、その南西西に位置する法華総持院東塔へいたる道も舗装されている。
 勾配のある道をのぼっていくと、右手に戒壇院がみえてくる。阿弥陀堂はさらにその先にある。

 法要があるらしく、阿弥陀堂の前に高級車が数台駐車し、付近のベンチに運転手たちが紫煙をくゆらせていた。
 法要中であっても、屋外で拝観者が拝観するのはさしつかえないらしい。賽銭を投じた母子がともども、敬虔に手をすりあわせては頭をさげるのであった。



 阿弥陀堂にむかって左手に東塔がある。
 比叡山振興会議のリーフレットによれば、「伝教大師は、日本全国6カ所の聖地に宝塔を建立しました。法華総持院東塔はそれらを総括する宝塔で、根本中堂と共に重要な振興道場です。信長の焼討ちから400年ぶりに再建され、塔の朱と自然の緑が溶け合って優美ですばらしいコントラストを見せています。内部の壁画も印象的です」
 たしかに朱と緑の対照は美しい。
 しかし、私には秋雲との対照がいっそう美しい。
 佐佐木信綱に「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲」の名歌がある。
 「ゆく秋」は季語では晩秋である。では、「一ひらの雲」は、どのような雲なのか。



 歳時記でいう秋の雲とは、「代表的な秋の雲とされる鰮雲や鯖雲などの巻積雲を含めて、秋の雲一般と解してもいいが、俳句作品にあらわれる場合は、高空に刻々変貌する片雲、その爽やかないろと姿を示すことが多いようである。生絹(すずし)のような流雲によって、碧空は一層高く、そして深く仰がれ、思わず深呼吸をしたくなるような気分になる。月明の夜の雲は、また一段と爽涼」(飯田龍太)【注1】

 『俳句の中の気象学』によれば、秋の代表的な雲は巻雲や巻積雲である。
 巻雲は絹雲とも書き、すじ雲ともいう。5千メートルから1万5千メートルの高さにあらわれる上層雲で、雲粒はすべて氷晶からできている。氷晶は、上昇気流にはこばれた空気塊が一定の高度に達すると、その中にふくまれていた水蒸気が昇華してできる。ひとたび氷晶となると、ゆっくりと下に落ちていく。水滴より蒸発しにくいから、長く尾をひく尾流雲になる。上下の風速が同一なら、雲はまっすぐ下に尾をひく形になる。しかし、夏の間シベリアのはるか北に去っていたジェット気流が、秋にはふたたび南下して日本に近づく。ために、風速に上下差が生まれる。雲はカール状の巻雲になる。これに風向のちがいがくわわると、もっと複雑なカール状をみせる。横にながく伸びた巻雲の筋は、ジェット気流が日本に帰ってきた証である。大空に秋がきたことを示す。
 鰯雲や鯖雲、鱗雲は巻積雲である。巻雲とおなじく上層雲で、雲粒はほとんどが氷晶からできている【注2】。

 東塔の雲は、巻雲でも巻積雲ではなさそうだ。いわゆる羊雲のようにみえる。羊雲は高積雲。高さ3千メートルから6千メートルの中層雲で、雨を予兆する雲である。上層雲が現れた時点より低気圧や前線がさらに近づいていることを示す。じじつ、この翌日、古都は雨にみまわれた。
 さきの佐佐木信綱の歌の「一ひらの雲」も高積雲ではあるまいか。

 延暦寺バスセンターから比叡山頂までシャトルバスが運行している。
 ただし、山頂バス停は山頂にあるわけではない。バス停のすぐ先から遊歩道が伸びていて、てくてく歩いていくと、木々に囲まれた山頂に着く。霊山の頂上に何があるかというと、朝日放送、関西テレビ、読売テレビの中継基地がある。
 悄然と引き返すしかない。



 山頂バス停は、「ガーデンミュージアム比叡」の出入口に直面している。
 このミュージアムは、庭園である。薔薇、藤、睡蓮、その他の庭のほか、展望塔あり、押し花や香りの体験工房ありで、カフェもグッズ・ショップも設置されている。庭園全体の規模は神戸の布引ハーブ園に匹敵するだろう。ギャラリーでは、ちょうどこの時、**画伯の蓮の絵を展示していた。
 山頂バス停に近い出入口(プロヴァンスゲート)から園内の起伏のある道を歩いていけば、もう一つの出入口(ローズゲート)に達っする。そこから叡山ロープウェイの比叡山頂駅までほんのひとまたぎである。
 庭園のなかばほどに位置する「見晴らしの丘」からは琵琶湖を眺望できる。

 この庭園が独特なのは、磁器に模写された印象画派の作品が園内の随所に配置されている点だ。「ガーデンミュージアム」と称するゆえんである。
 たとえば、ラヴェンダーやローズマリーの咲く「香りの庭」にはモネの『草上の昼食』や『庭の女たち』が飾られている。
 あるいは、ベンチで休憩できる「プラタナス広場」にはルノワール『田舎のダンス』ほかが展示されている。



 おもしろいのは、絵の場面にあわせて造られた庭もあることだ。自然は芸術を模倣する。・・・・いや、模倣したのは、庭師だが。



 蓮は見ていて飽きない。見ていると、蓮がぐらりと揺れ、鯉が顔をだした。



 【注1】水原秋櫻子・加藤楸邨・山本健吉監修『カラー図説 日本大歳時記 秋』(講談社、1989、p.47)
 【注2】安井春雄『俳句の中の気象学』(講談社ブルーバックス、1987、pp.183-187)
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