(1)「デフレスパイラル」論
「デフレスパイラル」論の内容は論者によって違うし、整合的に秩序だてて述べられているわけではないが、概要次のとおりだ。
①製品価格が下落する。→企業利益が伸びない。
②利益が伸びない。→賃金を引き下げざるをえない。→消費者の所得が伸びない。
③将来はもっと安く買えると消費者が予測する。→購入を延期する。
④需要が②と③のために減少する。→受給ギャップが拡大し、さらに製品価格が下落する。→①からの過程がさらに拡大されて進行する。
⑤受給ギャップを埋めるため、需要を拡大する必要がある。そのためには、いっそうの金融緩和が必要である。
(2)「デフレスパイラル」論のウソ
批判①:じつは賃金の下落より製品価格のほうが大きく下落しているため、製造業の利益が減少しているのだ。
批判②:じつは新興国との競争のため賃金が下落しているのだ。
批判③:単純な誤り。購入を延期しても、実質購入量は物価上昇率に関わりなく一定である。
批判④:工業製品価格は、世界経済の条件(とくに新興工業国の供給条件)によって外生的に決まる側面が強い。
批判⑤:(3)を参照。
(3)諸悪の根源である「流動性のトラップ」
現在の日本では、金利が著しく低いために金融政策が利かない。
貨幣(定期預金をふくむ)すなわち流動性に対する需要が無限に大きくなっている。→金融緩和をおこなって貨幣量を増やしても、無限に大きい需要に吸い込まれてしまう。→金利が低下しない(ケインズのいわゆる「流動性のトラップ」)。
この状況で有効需要を増大させるためには、金融緩和しても需要は増大しない。財政支出を増大させるしか方法がない。
「流動性のトラップ」に陥っていない経済では、海外要因で物価が下落した場合、貨幣の実質残高が増大する。→利子率が低下する。→投資支出が増大する。→経済が拡大する(以上を「リアルバランス効果」という)。経済が拡大するので、実際の物価下落は、当初のショックよりも緩和される。
しかし、「流動性のトラップ」の下では、リアルバランス効果が働かない。物価下落が経済を拡大しない。このため、外生的要因による物価下落圧力がそのまま実現してしまう。
新興国工業化による供給条件の変化が世界共通であるにもかかわらず、日本における物価下落が激しいゆえんである(日本で製造業の比率が高いことも一因)。諸悪の根源はデフレではなくて、「流動性のトラップ」(金利が低すぎること)なのである。
物価と賃金の下落から脱却するには、企業がビジネスモデルを転換し、新興国とは直接競合しない分野に進出する必要がある。または、製品の企画段階に集中して、実際の生産は新興国の低賃金労働を活用するべきである(例:アップル)。
こうした転換には大きな摩擦が伴う。だから、企業はこれまでのビジネスモデルや産業構造を維持しようと、「原因はデフレだ」と責任転嫁したいのだ。
かくして、産業構造はいつまでたっても転換しない。「デフレスパイラル」論は、かかる怠慢を正当化する邪教にすぎない。邪教の信者によって、日本経済は15年間停滞させられた。
(4)デフレ(デフレーション)という言葉
①経済学の教科書的議論において、すべての物価が一様に下落する減少をさす。さまざまな財・サービスの間の相対的価格が変化することはない(物価水準=絶対価格の下落)。
②しかし、日本の現状は、こうした一様な価格下落ではない。工業製品とサービスの価格動向には著しい差異がみられる(相対価格の変化)。したがって、この現象を「デフレ」と呼ぶのは、厳密には誤りである。
①と②では、対応が異なる。
①に対処するには、貨幣供給量の増大などのマクロ政策が必要だ。
②に対処するには、産業構造や経済行動を変える必要がある。
*
以上、『日本を破滅から救うための経済学』第1章「1 デフレが諸悪の根源とされている」に拠る。
【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
↓クリック、プリーズ。↓
「デフレスパイラル」論の内容は論者によって違うし、整合的に秩序だてて述べられているわけではないが、概要次のとおりだ。
①製品価格が下落する。→企業利益が伸びない。
②利益が伸びない。→賃金を引き下げざるをえない。→消費者の所得が伸びない。
③将来はもっと安く買えると消費者が予測する。→購入を延期する。
④需要が②と③のために減少する。→受給ギャップが拡大し、さらに製品価格が下落する。→①からの過程がさらに拡大されて進行する。
⑤受給ギャップを埋めるため、需要を拡大する必要がある。そのためには、いっそうの金融緩和が必要である。
(2)「デフレスパイラル」論のウソ
批判①:じつは賃金の下落より製品価格のほうが大きく下落しているため、製造業の利益が減少しているのだ。
批判②:じつは新興国との競争のため賃金が下落しているのだ。
批判③:単純な誤り。購入を延期しても、実質購入量は物価上昇率に関わりなく一定である。
批判④:工業製品価格は、世界経済の条件(とくに新興工業国の供給条件)によって外生的に決まる側面が強い。
批判⑤:(3)を参照。
(3)諸悪の根源である「流動性のトラップ」
現在の日本では、金利が著しく低いために金融政策が利かない。
貨幣(定期預金をふくむ)すなわち流動性に対する需要が無限に大きくなっている。→金融緩和をおこなって貨幣量を増やしても、無限に大きい需要に吸い込まれてしまう。→金利が低下しない(ケインズのいわゆる「流動性のトラップ」)。
この状況で有効需要を増大させるためには、金融緩和しても需要は増大しない。財政支出を増大させるしか方法がない。
「流動性のトラップ」に陥っていない経済では、海外要因で物価が下落した場合、貨幣の実質残高が増大する。→利子率が低下する。→投資支出が増大する。→経済が拡大する(以上を「リアルバランス効果」という)。経済が拡大するので、実際の物価下落は、当初のショックよりも緩和される。
しかし、「流動性のトラップ」の下では、リアルバランス効果が働かない。物価下落が経済を拡大しない。このため、外生的要因による物価下落圧力がそのまま実現してしまう。
新興国工業化による供給条件の変化が世界共通であるにもかかわらず、日本における物価下落が激しいゆえんである(日本で製造業の比率が高いことも一因)。諸悪の根源はデフレではなくて、「流動性のトラップ」(金利が低すぎること)なのである。
物価と賃金の下落から脱却するには、企業がビジネスモデルを転換し、新興国とは直接競合しない分野に進出する必要がある。または、製品の企画段階に集中して、実際の生産は新興国の低賃金労働を活用するべきである(例:アップル)。
こうした転換には大きな摩擦が伴う。だから、企業はこれまでのビジネスモデルや産業構造を維持しようと、「原因はデフレだ」と責任転嫁したいのだ。
かくして、産業構造はいつまでたっても転換しない。「デフレスパイラル」論は、かかる怠慢を正当化する邪教にすぎない。邪教の信者によって、日本経済は15年間停滞させられた。
(4)デフレ(デフレーション)という言葉
①経済学の教科書的議論において、すべての物価が一様に下落する減少をさす。さまざまな財・サービスの間の相対的価格が変化することはない(物価水準=絶対価格の下落)。
②しかし、日本の現状は、こうした一様な価格下落ではない。工業製品とサービスの価格動向には著しい差異がみられる(相対価格の変化)。したがって、この現象を「デフレ」と呼ぶのは、厳密には誤りである。
①と②では、対応が異なる。
①に対処するには、貨幣供給量の増大などのマクロ政策が必要だ。
②に対処するには、産業構造や経済行動を変える必要がある。
*
以上、『日本を破滅から救うための経済学』第1章「1 デフレが諸悪の根源とされている」に拠る。
【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
↓クリック、プリーズ。↓