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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、常識の誤り+非正規雇用がもたらす年金制度の危機

2010年08月24日 | ●野口悠紀雄
<常識の誤り>
 ・非正規雇用者の増加は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」ということではない。
 ・企業の立場から整理したいのは、非正規労働者よりは、賃金コストが割高な正規雇用者である。

(1)非正規雇用の増えた原因
 雇用と社会保険は密接に関連している。
 日本でいま雇用されている5,472万人のうち正規雇用者は3分の(3,386万人)、非正規雇用者が3分の1(1,699万人)である。長期的にみると、日本の雇用者は、非正規雇用者を中心として増加してきた。
 正規雇用者は、1980年代中頃には約3,300万人だったが、1990年代に増加し、1990年代中頃には約3,800万人となった。しかし、1990年代後半から減少しはじめ、最近では約3,300万人と、1980年代中頃とほぼ同水準に戻っている。
 これに対して非正規雇用労働者は、1980年代中頃には約600万人だったが、傾向的に増加し、1990年代中頃には1,000万人を越えた。そして、2003年には約1,500万人となり、2008年には1,700万人を超え、1,800万人に近づいた。
 つまり、1900年代中頃以降の日本の雇用者の増加は、ほぼ非正規雇用者の増加によって実現してきたのである。

 経済危機の雇用調整で正規雇用者と非正規雇用者の減少率にあまり大きな差がない。
 よって、非正規雇用者の増加は、一般に考えられているように「雇用調整をしやすいから」ということではない。

 より大きな要因は、社会保険料の雇用主負担であろう。
 正規雇用者の場合、とくに厚生年金保険料の雇用主負担は賃金コストを引き上げる大きな要因になっている。
 法人税が日本企業にとって重い負担になっている、と言われる。しかし、法人税は利益にかかる負担なので、これが生産コストを高めることはあり得ない。実際に問題になるのは、利益のあるなしにかかわらずかかる社会保険料負担、ことに年金保険料の負担だ。負担の大きさは、いまや法人税よりも重くなっている。国際競争力を下げていることは間違いない。

 1990年代以降、中国をはじめとする新興国の工業化によって低賃金労働による安価な製造業の製品が増えた。
 これに対抗するため、賃金コストの引き下げが必要とされた。その手段として社会保険料の雇用主負担が低い非正規労働差に頼った。・・・・というのが実態ではなかろうか。
 
 そうだとすると、企業の立場から整理したいのは、非正規労働者よりは、賃金コストが割高な正規雇用者である。
 民主党の労働政策で、雇用確保の観点から非正規労働者に否定的な態度をとっているのは見当違いということになる。

(2)雇用と社会保険料との関係
 厚生年金の被保険者は、1987年の2,800万人弱から、1990年代末の約3,300万人まで500万人増加した(1997年の旧3公社の統合、2002年の旧農林共済組合の統合の影響は除去して推計)。この期間に正規労働者が500万人弱増加していることと対応している。
 厚生年金の被保険者の増加は、雇用者総数増加の半分程度でしかない。これは、増加した非正規雇用者の一部(推計3分の1)しか厚生年金に加入しなかったことを示す。
 非正規雇用者が厚生年金に加入できないのは、厚生年金の制度からして不可避な結果である。日雇い派遣、週労働時間または労働日が正社員の4分の3未満のパート、2か月未満の短期契約社員、請負人は原則的に厚生年金に加入できない。

 2000年から2009年までの間に、非正規雇用者は400万人増加している。うち、3分の2の270万人は厚生年金に加入していない。
 他方、この間に、自営業主およびその家族従事者は200万人減少している。また、農業従事者は170万人減少している。
 国民年金の被保険者は、2000年以降ほとんど変化していない。
 以上を考え合わせると、厚生年金に加入しなかった非正規雇用者は国民年金に加入した。・・・・と考えることができる。

 しかし、問題は、加入したものの、保険料を完全に支払っているとは思えない点である
 国民年金の保険料納付率は、1980年代中頃まで90%を超えていた。その後、1990年代末には70%台になった。さらに、2000年頃から急激に低下して60%台となった。
 非正規雇用者の所得が低く、保険料が支払えなかったのが大きな原因ではないか。事実、年齢層でいえば、30~40代は正規雇用者が多いが、若年層と高齢者で非正規雇用者が多くなっている。

 60%台の納付率であるにもかかわらず保険料の引き上げや給付の引き下げがおこなわれないカラクリの基本は、基礎年金制度における財政調整のしくみにある。簡単にいえば、被用者年金(厚生年金と共済年金)が国民年金を財政的に補助しているのだ。
 こうしたしくみをとる理由は、非正規雇用の問題があるからだ。
 年金制度は労働者の福祉のためつくられた。→それを維持するにはコストがかかる。→雇用主負担を回避するため、企業は非正規雇用への依存を強めた。→非正規雇用者の多くは厚生年金から排除され、国民年金に追いやられた。→保険料を負担できず、未納に陥る者が増えた。
 かくて、第一に、大量の年金難民が発生した。第二に、国民年金財政を支えるため被用者年金が本来の負担を超えて負担を負うことになった。

(3)収支を悪化させる要因
(ア)給付が減る要因はなく、むしろ増える可能性が強い。
 ことに在職老齢年金制度との関係で給付は増える。
(イ)保険料が減少する可能性が強い。
 雇用者が減少すれば、厚生年金の加入者は減り、保険料収入も減る。また、企業負担も減る。厚生年金の財政状況はさらに逼迫する。
 企業の海外移転が加速すれば、雇用者はこれまでの見通しより大幅に減り、保険料収入も大蒲に減る可能性が高い。保険料の高さが企業の海外移転を早め、それが保険料収入を減少させるという悪循環に陥る可能性がある。

(4)公的年金の問題は日航企業年金と同じ
 日本航空の再建に関して、企業年金の削減が最重要課題となった。年金・退職金債務の積立不足は、2009年3月末で3,000億円を超える、とされた。金融機関からの借入などである有利子負債が約8,000億円であることと比較して、これは大変大きい。
 とくに問題なのは、予定していた利回りを実現できないことだ。日航の年金の積立金の給付利回りは、年4.5%とされていた。しかし、これは長期国債利回り(現在1.2%台)と比較して、いかにも高い。日本の低金利は1990年代以降継続している現象だ。日航の企業年金は高度成長期のままで、1990年代以降の経済情勢にはまったく不適合になっていることがわかる。
 
 国が運営する公的年金にも似た問題が存在する。厚生年金は、4.1%の利回りを仮定している。
 もっとも、公的年金は積立方式ではなくて賦課方式で運営されているので、金利の影響よりは人口構造の影響が大きい。
 賦課方式は、ある世代の年金を次の世代が負担する、という一種のねずみ講である。人口が増加する社会では問題がないが、人口が減少する社会では、負担者が受給者より少なくなるため破綻する。日本の現状は、まさにこの状態にある。
 企業と国とでは、年金が破綻するメカニズムに差がある。ただし、順調に成長していいた時代につくった制度を維持できなくなってしまった、という点では同じである。

   *

 以上、『日本を破滅から救うための経済学』第4章「6 非正規雇用の年金難民化がもたらす年金の危機」に拠る。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、世界を徘徊する財政赤字という妖怪 ~『「超」整理日記No.521』~

2010年07月25日 | ●野口悠紀雄
 全世界的に財政赤字という妖怪が徘徊している。
 これは、経済危機で税収が落ちこみ、他方で各国政府が危機対応策をとったことの後遺症だ。
 ギリシャのみならず、スペインの財政も急激に悪化しているし、ハンガリーの問題も深刻らしい。イギリスでも、2009年度末の財政赤字の対GDP比がギリシャを上回る12.7%以上だ。アメリカの財政赤字も拡大し、対GDP比で戦後最悪の10.0%となった(前年度の3.2%から大幅な上昇)。
 日本の財政赤字がきわめて深刻であることは言うまでもない。
 今後の世界は、長期にわたって巨額の国債残高に攪乱されることになる。未曾有の事態である。

 IMFは、2010年5月14日、各国の財政状況を分析した報告書を公表した。通常言及される単年度の赤字より重要なのは、この報告書が対象としている債務残高だ。
 注目するべき第一は、どの国でも、残高の隊GDP比が顕著に上昇したことだ。G7平均では、危機前には70~80%程度であったものが、90%を超える事態になった。
 日本は、1970年代中頃まではきわめて低い水準にあったが、1980年代には50%を超え、1990年代からは100%を超えて推移している。2010年では227%だ。他の国より飛び抜けて高い。
 債務の定義は一様ではないので注意が必要だが、財務省の資料では国の普通国債残高の対GDP比は134%、国と地方の長期債務残高は181%である。

 IMFの報告書は提言した、各国は遅くとも2011年には財政再建に着手するべきだ、と。日本は歳出抑制と増税が必要だとしている。消費税を5%から10%に引き上げれば、GDPの2.6%に相当する税収が得られるとしている。
 「ここでの分析は、菅直人首相の消費税増税発言や、六月下旬のG20における財政赤字削減目標の基礎になったものと考えられる」

 国債残高が巨額だと、(1)残高を縮小できないし、(2)インフレによって経済活動が混乱する可能性がある。(3)(2)とはならなくとも巨額の国債残高は経済活動を圧迫する。
 ただし、事はさほど簡単ではないし、日本では現実に問題が発生しているわけではないのでわかりにくい。国債発行が過大なら金利が上昇するはずなのだが、日本ではこの事態は起きていないし、アメリカでも長期金利は下落している。
 しかし、日本で問題が深刻化しているのは事実だ。資本蓄積が阻害されているからだ(民間設備投資・公的投資が低水準)。
 この結果、資本不足経済の生産力はきわめて低水準に落ちこむであろう。
 ところが、金利高騰が起きていないので、問題が認識されにくい。ために、国債発行の削減について合意を形成しにくい。増税も歳出削減も、選挙を意識せざるをえない政治家は避けて通ろうとする。
 増税は、短期的には明らかに経済にネガティブな影響を与える。消費税を増税しても、単年度の赤字は減るが、残高がただちに減るわけではない。
 日本のグロスの残高の対GDP比は200%を超え、さらに増加しつづける。人類がこれまで経験したことのない事態である。そこに何が起こるか、はっきりわからない点が多い。

【参考】野口悠紀雄『「超」整理日記No.521』(「週刊ダイヤモンド」2010年7月24日号、所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済回復の方向づけ

2010年07月15日 | ●野口悠紀雄
 野口悠紀雄は、第8章「日本の進むべき道は何か」で提言する。以下、要旨。

1 新興国シフトは日本の自殺行為
 外需を新興国にもとめても、日本の製造業は復活しない。なぜなら、(1)GDPが増えたといっても、米国にくらべるとまだ小さい。成長率が高くても、需要総額はさほど大きくなく、(2)新興国の一人当たりの所得水準がきわめて低いからだ。
 新興国むけの低価格最終需要消費財は「コモディティ」である。コモディティ生産では、価格競争によって利益と賃金が低下する。日本の賃金は中国なみの水準に低下する。この方向を志向すれば、日本は貧しくなる。「デフレ脱却」とは正反対の方向にいく。
 新興国むけ最終消費財の生産は、拠点を海外に展開せざるをえない。企業の存続には役立つかもしれないが、国内の過剰な生産能力に対する解決にはならない。
 需要を拡大することで過剰生産能力を覆い隠そうとする政策は、15年間続けられて失敗した。これ以上継続することはできないのだが、いま日本は同じ過ちを拡大したかたちで繰り返そうとしている。日本は「再び失われる15年」の入り口に立っている。
 基本的な方向は、新興国の需要を追求することではなく、新興国の安価な労働力を利用することである。適切な国際分業、水平分業を実現することだ。

2 内需主導型の経済へ
 冷戦終結後、旧社会主義圏に閉じこめられていた大量の労働力が市場経済にはいり、製造業のコストを引き下げた。これが国際分業の条件を基本的に変化させた。
 1980年代以降、中国の工業化により、国際分業の条件は大きくかわった。中国工業化の影響が顕在化した1990年代から、産業構造改革の必要性がますます重大になった。
 自民党政権は、輸出主導型製造業を基盤にしていた以上、外需主導型からの脱却は不可能だった。高度成長期に強かった分野(従来タイプの製造業)に固執した。その延命のため、円安、金融緩和政策に頼ってきた。
 延命措置は小泉純一郎内閣時代に顕著になり、財政引き締め・金融緩和が強化された。円安方向への政策が積極的に行なわれた。輸出が伸び、外需依存型の景気回復が実現したことで、問題は覆い隠されてしまった。小泉内閣は、構造改革を行ったどころか、まったく逆に、古い構造を温存したのだ。
 こうした経済成長は、2007年以降の世界経済危機のなかで破綻した。
 生産能力を所与として販売を拡大する、というビジネスモデルは、もう継続できない。現在存在する過剰施設を廃棄せず、それに見合う需要を探しだす、という考えに基づく「潜在成長力」の概念には問題がある。日本の産業構造を大転換させる必要がある。
 とりわけ、製造業で過剰になっている労働力を吸収できる産業をつくることだ。
 新しい需要は、現在の生産能力とは別のところに見出されなければならない。需要の、ことに個人消費支出の継続的拡大が重要である。
 財政支出拡大を日本の構造を改革する促進剤とし、これにより日本経済の大転換を図ることは可能だ。具体的には、(1)介護などの分野に資源と労働力を投入する。(2)都市基盤の整備を図る。(3)農業を改革して、未来の日本を支える産業に転化する。

3 介護における雇用創出プログラム
 雇用調整金やエコカーへの買い換え補助などの一時しのぎの緊急避難策から脱却し、強力な雇用創出プログラムを開始する必要がある。
 日本の完全失業者は324万人である(2010年2月現在)。また、雇用調整金の申請対象となっている労働力は172万人存在する(2010年1月現在)。さらに、企業内過剰労働力は、500~600万人規模で存在すると推定される。
 他方、介護分野は、現在でも労働力が不足しているし、2014年には140~160万人の介護労働者が必要になると試算されている。しかし、現状では、必要な労働力が確保できるか、定かではない。
 介護関係労働者を必要な数だけ確保できないのは、低賃金だからだ。2008年の平均年収をみると、全労働者452.8万円、訪問介護員263.2万円、介護支援専門員367.5万円。ちなみに、看護師は415.9万円である。他職種との格差が鮮明だ。
 2007年の訪問介護員・介護職員の離職率は21.6%(入職率は27.4%)で、全労働者ベースの15.4%と比較するとかなり高い数値だ。
 ふつうは、人手が足りなくなれば給与水準が上がり、それによって人手が集まる。しかし、現在の制度(介護保険)では、給与を高くすると保険料が高くなり、人々の負担が増える。ここに問題の深刻さがある。制度やしくみをを換える必要がある。
 介護費用は保険と公費でまなかっている。
 介護は医療に似ているが、医療とちがって、必ずしも専門的な知識が必要とされるわけではない部分は市場化することが可能であり、必要でもある。介護保険では最低限のサービスを確保することとし、市場でのサービス供給を拡大していくとよい。
 介護分野に異業種からの参入があって然るべきだ。製造業がその施設と人員を転用して介護分野に進出してもよい。転換で利潤が確保できるかどうかは、料金体系や公的補助などをどうするかにもよる。工場を福祉施設に転換する際に、補助があってもよい。

4 日本の最大の悲劇は政治の貧困
 内需主導型の経済とは、ある意味で花見酒経済だ。
 輸出産業が外貨を稼がないと、経済活動に必要な原材料を海外から買う資金がなくなる。介護産業と消費財生産活動だけが拡大すれば、日本は早晩行き詰まってしまう・・・・という心配は当たらない。
 現在の日本は225兆円という巨額の対外純資産を保有している(2008年末)。ここからの収入である所得収支が巨額で、1兆2,468億円の黒字がある(2009年7月)。海外から資源その他を購入するための資金は、これによって賄うことができる。
 内需中心の経済構造に移行すれば、貿易黒字は縮小し、あるいはマイナスが固定化する。しかし、所得収支の黒字がこれを補うので、国際収支上の問題が生じることはない。1980年代には外貨を稼ぐ必要性が高かったが、この点で日本は変わったのである。
 内需拡大策は、原理的には可能である。
 生活基盤施設整備や介護サービスの拡充などに関しては、公的主体の役割が大きく、財政が重要な役割をはたす。財源の確保もさりながら、都市の新しいビジョン、介護のシステムや制度の見直しが必要だ。
 ところが、都市基盤整備にしても介護や農業についても、現在日本の政治状況では実現できない。経済的・原理的には解決可能でありながら、現実の制度を変える政治的なリーダーシップがないために、どの分野でも立ち往生してしまう。
 問題は、経済面にはなく、政治面にあるのだ。この重大な時点において、政治がまったく機能していないのである。
 さらに問題なのは、日本の政策決定能力が低下していることだ。1980年代までの日本は、官僚機構が政策の立案をおこなってきた。しかし、1990年代以降、「官は悪」という考え方が強くなり、この部門が弱体化した。政治も劣化した。したがって、いまの日本には、まともな経済政策を立案する体制がほとんどない。ために、経済政策は従来型の産業の救済を目的としたものになってしまっている。

【参考】野口悠紀雄『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか 』(ダイヤモンド社、2010.5)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、法人税減税が経済成長となる条件 ~「超」整理日記~

2010年07月05日 | ●野口悠紀雄
 増税だけで財政再建を行おうとしても、さまざまな問題が生じる。特に、消費税の税率引上げは、国債の値崩れを引き起こす可能性が強い。
 こうした問題が生じるのは、必要な増税額があまりにも大きいからだ。

 財政再建のためには、経済成長が不可欠である。
 経済成長はすべての問題を解決するわけではないが、経済成長がないと解決できない問題は山ほどある。
 たとえば、年金。受給者増加、保険料納付者減少の結果、経済成長がなければ赤字が膨張し、厚生年金は2030年頃に財政破綻する。
 一般に、経済成長がないと閉塞感が広がり、人々は意欲を喪失し、これがまた経済成長を阻害する。日本は今、深刻な悪循環に陥っている。
 政府が経済成長の方向づけを行うと、その政策はほぼ確実に失敗する。政府がまず行うべきことは、現行の企業救済策から手を引くことだ。

 経済成長に係る政府の唯一の具体的政策、法人税減税は経済成長に効果がない。
 最大の理由は、多くの企業が法人税を払っていないからだ。法人税の税収総額は、1950年代の水準の5兆円にすぎない。 
 かかる事情がないとしても、法人税は事業活動に影響しない。法人税は利益にかかる負担だからだ。利益は企業活動が招来するものであり、企業の基本的行動原理である。よって、法人税率が変化しても、それは法人の行動には影響しない。
 法人税減税→企業の手持ちキャッシュ増加→投資増加・・・・という流れにはならない。企業は、重要な投資にあたっては借り入れでもって資金調達する。借金利子は法人税上損金と見なされるので、法人税額が投資によって変わることはない。法人税率は、企業の投資決定に中立的である。
 投資減税は、原理的には企業の投資決定に影響する。しかし、今の日本のように投資需要のない状態では、投資減税をしても投資支出は増えないだろう。

 法人税減税が有効なのは、外国企業誘致の手段として使われるときである。
 欧米では、英国やアイルランドのように、外国企業の進出にオープンな姿勢をとった国が発展した。
 法人税減税は、外国企業に対してのみ行ってはどうか。賛成者は、経済成長を必要と考える人だ。反対者は、経済成長を口実に、じつは国内法人の負担軽減を求めている人だ。
 「日本人が、よそ者や異質なものを受け入れられるか否か。経済成長が実現できるか否かは、ひとえにこの点にかかっている」

【参考】野口悠紀雄『「超」整理日記No.518』(「週刊ダイヤモンド」2010年7月3日号所収)
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【読書余滴】世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか

2010年06月09日 | ●野口悠紀雄


 以下、「おわりに」の要旨。

1 短期的観点
 現象的には対アジア諸国の輸出が増え、これに伴って生産活動も回復していきた。
 しかし、日本の輸出が増えている基本的な原因は、中国への輸出(中国の内需向けではなく、中国の輸出産業向け)が2009年後半にめざましく回復したからだ。ところが、中国の輸出の伸びは先進国経済の伸びに規定されるので、今後輸出は鈍化するだろう。ギリシャ財政赤字問題に発するユーロ安も悪影響をおよぼす。対中国輸出で日本のシェアを奪っているドイツに、ますます奪われるだろう。
 また、日本国内の生産は、二つの時限爆弾を抱えている。(1)日本国内の生産は、自動車購入支援策(10月で終了する)などによってかさあげされている部分が大きい。(2)雇用調整助成金によって、企業内に過剰労働力がとどめられている(失業率が高まらない)。

2 長期的観点
 製造業の利益率が経済危機によって大きく落ちこんだのは、製造業の事業構造からくる必然的結果だ。需要増加時に拡張した設備が、需要急減時には過剰設備となり、利益率が圧迫されるからだ。英米の製造業も同様な事情にあるが、日本の製造業ではとくに顕著だ。
 日本では製造業のウェイトが高いから、国全体として経済危機の後遺症から脱却できない。世界が経済危機から脱却していくなかで、日本の回復が遅れるのはこうした構造的理由による。

 過剰設備の調整は容易でない。よって、製造業は生産能力を所与として、過剰生産のはけ口を外需にもとめた。金融緩和と為替介入(円安政策)がそれを支えた。2002年から日本の輸出は増大したが、それはバブルにすぎず、長期にわたって持続できるものではなかった。
 日本経済停滞の基本的な原因は、需要の減少にもかかわらず高度成長期のビジネスモデルから脱却せず、需要の拡張だけを追い求めた企業側にある。産業構造を変えないかぎり日本は生きのびられない。

 新興国への輸出品は、これまで中間財だった。いま、さらに最終消費財を加えようとしているが、日本が抱える基本的な問題を解決しないだけではなく、問題を深刻化させるだろう。
 米国の場合、金融・経済危機からの回復は、中国に依存するのではなく、新しい時代を開く先端的企業(たとえばクラウド・コンピューティング)が発展することで生じている。製造業においても、中国の安い労働力で製品をつくるタイプの企業が発展している(たとえばアップル)。
 日本は、技術、所得、資源などを考慮して、国際分業のなかの正しい役割を見いださねばならない。

3 ギリシャ財政赤字問題
 2010年5月中旬、ギリシャ財政赤字問題をきっかけに世界の金融市場が動揺し、世界同時株安が発生した。これは、共通通貨ユーロがもともとかかえていた問題が表面化したものである。
 ユーロ未加入であれば、通貨減価、インフレにより財政赤字の実質値が減少したはずだ。しかし、ユーロ加入国ギリシャはこうした調整ができず、増税や歳出削減で赤字を削減せざるをえなくなり、政治的解決しかない状態に陥った。
 日本の貿易も、対ユーロ圏のみならず対中国輸出に悪影響を受ける。

 ユーロ諸国や英国における財政赤字は、経済危機による税収減や財政支出拡大の結果生じたものだ。おなじことが日本でも生じている。
 ただ、かの国々と日本とでは単年度赤字の対GDP比に大差はないが、赤字に構造的要因がふくまれている点で日本ははるかに深刻だ。
 しかも、英国の場合、金融業という未来的産業があるが、日本には未来をささえる産業が何もない。

4 続編
 本書では現状分析を主としておこなった。政策のすべての分野について論じることはできなかった。
 デフレ、財政・年金、そして日本がめざすべき高付加価値産業などの問題については、7月に刊行予定の続編で論じる。

【参考】野口悠紀雄『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか 』(ダイヤモンド社、2010.5)

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【読書余滴】野口悠紀雄の経済診断

2010年06月06日 | ●野口悠紀雄
 ちょうど1年前、野口悠紀雄は「「超」整理日記No.467」、題して「20年遅れのGM破綻 日本にも多くの教訓」(「週刊ダイヤモンド」2009年6月20日号)で概要つぎのように書いている。

1 GM破綻の理由は多数ある。
 (1)企業一家的雇用形態。たとえば退職者の健康保険も企業がみるから、生産コストが上昇した。
 (2)新製品開発の欠如。
 (3)2002年頃からの円安の影響。これは、逆にみれば日本車の価格競争力がアップしたということだ。

2 背景として、つぎのようなものがある。
 (1)70年代(石油ショック)、日本車が進出した。
 (2)80年代、日本車進出拡大に、米自動車産業は政治力で対応した。
 (3)90年代、原油価格の安定的推移(ごく低いガソリン税率)ため、大型車生産を持続し、問題が隠蔽された。
 (4)21世紀、米経済の重点はITや金融にシフトし、自動車産業は政治力による対応ができなくなった。

3 クライスラー、GMの破綻は、日本へ教訓を示す。
 (1)政治力に頼る延命措置(エコカー補助、買い換え補助は国民の負担による)は、問題が隠蔽されたままで、長期的には逆効果となる。ひいては、企業の政府依存の姿勢が高まり、モラルハザードにいたる。
 (2)時代の変化に応じたビジネスモデルの変更が必要である。ところが、今の企業形態、ビジネスモデルを変えないで、需要(新興国需要、ハイブリッド車)を開拓しようとしている。新興国需要は、解決にならない。技術面での日本の優位が今後も継続するか不明である。
 (3)めざすべきは、自動車生産の水平型展開であり、その中での確固たる位置の確保である。企業形態の変革(垂直統合→水平分業)が必要である。

   *

 なお、本誌の特集は「自動車100年目の大転換」で、野口悠紀雄の談話も載っている。「「超」整理日記No.467」のくり返しだが、要旨を記しておこう。
 日本の産業界の中核的存在、自動車産業は、約30%(200~300万台分)の過剰生産設備を持つ。過去数年間、過剰分を輸出でカバーしてきた。米国の住宅価格バブル、円安が輸出急増を可能にさせた。が、2008年秋以降、輸出に依存できなくなった。
 (1)政府の補助は、需要の入れ替えをもたらすだけで、需要全体を増やす効果はない。
 (2)新興国の需要を掘り起こすことはできない。低価格車は、プロダクトの差別化要因がなく、結局価格競争になる。コモディティ(日用品)で日本が競争しても勝ち目はない。
 (3)わが自動車産業の非常に高い技術力を生かすには、「垂直統合」から「水平分業」へシフトし、世界市場で生き延びる道を探らねばならない。政府の補助は、過剰生産設備の廃棄に対して行われるべきだ。

   *

 2010年6月4日、日本自動車工業会会長は、9月で打ち切りになるエコカー補助金の延長は求めない、とNHKほかに述べ、併せて世界の自動車産業の見とおしを語った。今後1社ですべての環境技術、ラインアップをそろえるのは難しく、先進国のメーカーでは緩やかな部分提携が進むだろう・・・・。

【参考】「週刊ダイヤモンド」2009年6月20日号
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【読書余滴】『未曾有の経済危機 克服の処方箋』のうち「個人がなすべきこと」

2010年06月04日 | ●野口悠紀雄
 この本、「外需に期待するビジネスモデルはもはや機能しない」、よって産業構造の転換が必須である、という議論を多面的に検証する作業なのだが、第7章の「個人がなすべきこと」で次のようにいう。

 金融投資ではなく、自己投資せよ。
 金融リスクはこれまでになく大きいし、普通の家計は自らの仕事を持っているはずで、それに全力を傾注するべきだ。「資産運用に時間を使わなければならないような社会は、不健全な社会である。普通の家計が資産を定期預金で持っていれば安心できる社会が、最も望ましい」
 雇用調整は、非正規社員や派遣労働者から、いずれ正社員におよぶ。組織人から、市場価値のある個人へ・・・・日本全体としても必要なことだ。

 不況時にビジネススクールや大学院の入学者が増えるが、これは「機会費用」が不況時には低下するからである。
 ちなみに、機会費用とは、ある選択肢を選んだとき、他の選択肢を選んだ場合に得られたはずの利益(失われた利益)の最大値のことだ。
 米国では、MBAは収益率の高い投資で、失われた利益は5.8年で回収できるし、以後は純利益が発生する。
 日本では、企業は大学院での勉強の成果を給与に十分に反映させていない。企業は実務経験しか評価しない。この状況は改善されるべきだし、所得税法上も学費を必要経費として認めるべきだ。
 経営者にも自己投資が必要だ。日本の大企業の経営者の多くは、単に「組織のなかでえらくなった」というだけのことで、経営の専門家とは言いがたい。経営者は企業間を移動せず、したがって経営者のマーケットは存在しない。日本の経営者に、企業の進むべき方向について適確な判断を持っている人は少ないようにみえる。経済危機にあたって他力本願の経営者が多い。

 自己投資の手段は、大学院だけではない。資格取得は、単に資格を生かした仕事に就く場合だけでなく、私はこういう人物ですよ、というシグナルとしても使える。
 本を読む人と読まない人との違いは大きい。社会に大変化が生じるとき、それに流される人と、積極的に対応しようとする人との間には大差が生じる。「その違いは、読書しているかどうかに、まず表れる」
 重要なのは、問題を把握すること、問題そのものを「探す」こと。何をやったらよいかを自分で判断するのである。
 日本の学校教育では、与えられた問題を解くだけだ。受験勉強の最大の弊害である(詰めこみ教育、暗記教育はむしろ必要なものだ)。受験勉強に励み、上司の指示で仕事をしてきた人は、指示待ち人間になる。かかる人物が組織のトップになっているから、状況が変わっても、これまでのことを続けるだけで、新しい事態に対して事業の方向を大きく変えることをしない。 

【参考】野口悠紀雄『未曾有の経済危機 克服の処方箋 -国、企業、個人がなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2009)
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