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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、1970年代のアメリカ ~経済危機のルーツ~

2010年09月22日 | ●野口悠紀雄
 『経済危機のルーツ』は、日米の、経済危機に先立つ大繁栄の時代を振り返る。
 そして、この経済史に、その時代を生きた野口悠紀雄が個人的に見たもの、聞いたものを挿入している。
 ここでは、野口の自伝的要素を取り出してみたい。

 第1章で1970年代を回想するにあたって、まずスティーブン・キング『ランゴリアーズ』の「序にかえて」から引用している。
 1974年、大統領はフォード、イランではシャーがまだ権勢をふるい、ジョン・レノンは健在だった。エルヴィス・プレースリーもしかり。カセットレコーダー(ビデオのこと)は、ソニーのベータ方式がVHSを蹂躙するだろう、と予言されていた。レンタルビデオは普及していなかった。レギュラーガソリンは1ガロン48セント、無鉛ガソリンは55セントだった。
 ちなみに、レギュラーガソリンは、2008年夏には、1ガロン4ドルを超えた。

 キングにとって、この本を書いた1989年において、1974年は昨日のように思えるし、大昔のように思えたのだ。
 しかし、野口が思うに、1970年代の初めに世界経済の基本的な骨組みが大きく変動し、新しい仕組みが築かれた。この仕組みは、基本的には現在まで続いている(『経済危機のルーツ』を1970年代から始める理由)。

 1960年代までの戦後経済は、「ブレトンウッズ体制」の下で運営されていた。ドルと金と交換比率を固定する体制だ。
 1971年8月15日、ニクソンは金とドルとの交換停止の声明を出し、「ブレトンウッズ体制」の終焉を告げた。
 ニクソン声明の時、野口は米国で夏休みを過ごしていた。妻は出産のために帰国。学生のいなくなったコネチカット州ニューへブンで、秋にある試験(博士論文を書く資格を得るための試験)のため、ひたすら勉強していた。当時大蔵省の職員だったから、2年間で終える必要があり、普通の2倍のペースで試験を通過しなければならなかった。
 当時の通信状況では、日本の様子はほとんどわからない(国際通信は高価で、長女誕生の知らせもわずか2行の電報だった)。米国の新聞に突然登場した日本の証券取引所の写真、場立ちの全員が着ている白いシャツに奇妙な印象を受けた。誰も白いシャツなぞ着ていない米国社会に慣れてしまっていたからだ。

 2008年11月に来日したシンガーソングライター、キャロル・キングが、「私が若かったとき、水飲み場でさせ黒人と白人で別だった」とインタビューに答えている。
 映画『アメリカン・グラフィティ』にでてくる高校生は、すべて白人だ。黒人もアジア系住民も登場しない。これが1960年代前半までの米国だ。
 1960年代前半までの西部劇は、インディアンを未開で野蛮な民族、征服されるべき人々として描いてきた。
 それを大きく変えたのが、1970年の映画『リトルビッグマン(小さな巨人)』だった。カスター将軍全滅の戦闘をインディアンの側から描いた。米国社会が大きく変動してゆく象徴だった。
 人種差別が当然の基本原理は1970年代に大きく変化した。建前上の平等は、1970年代に確立し、現実を変えて今日に至る。

 アイビーリーグに女子学生が現れた。1960年代末までは、男女共学ではなかったのである。
 映画『ラブストーリー(ある愛の詩)』では、主人公はハーバード大学の学生で、恋人は同じ構内にあるが別の大学、ラドクリフの学生だ。野口のいたエール大学でも、状況は同じだった。女子用トイレはわずかしかなかったし、屋内プールは男子学生専用で、全裸で泳ぐのが普通だった。
 ヒラリー・クリントンはエール大学ロースクール出身だが、アンダーグラジュエイトは名門女子大のウェルズリーだ。
 「少数民族の中にも女性の中にも、優秀な人間は多数民族の男性と同じ比率でいるはずである。だから、彼らに対する社会的正客を取り払えば、社会はより多くの優秀な人材を活用できる。そして社会の生産性は高まるはずだ。このように純粋に功利的な観点からしても、差別の撤廃は社会にプラスの影響を与えるのだ。70年代以降のアメリカの経験は、まさにそのことの実証である」

 当時の大学キャンパスをベトナム戦争の暗い影が覆っていた。徴兵は大学院生にも及んできた。イラク戦争との大きな違いである。
 だから、大学生を中心とした反戦運動が大きな社会的潮流となった。ヒッピー文化が大学を覆い、ミュージカル『ヘア』が大ヒットした。ビートルズやビーチボーイズも、プレースリーさえも、こうした潮流のなかで大きく変貌していった。
 大学近くの書店にJ・R・R・トールキン『指環物語』がうず高く積まれていた。現実逃避願望の対象になった、としか考えようがない。ベトナム戦争から一方的撤退を主張したマクバガンさえ、学生の希望をつなぎとめることはできなかった。
 人種差別撤廃、ウーマンズリブ、アファーマティブ・アクションなどは、ベトナム反戦運動と密接に関係している。この時期、米国社会は根源的なレベルで価値観が転換しつつあった。

 他方、米国の世界戦略の基本は、変わらなかった。熱核戦争を現実の脅威として捉え、勝ち抜くつもりでいた。大学のどの建物の地下にも核シェルターが設置されていた。
 宇宙開発戦争では、アポロ計画を見事に成功させた。ソ連は明らかに敗北したのである。社会主義経済の機能不全の表れである。

 1970年代、コンピュータの技術が大きく変化し始めた。
 まず1970年代初めにプログラム電卓が登場した。
 そして、パ1970年代から1980年代にかけてパーソナルコンピュータ(PC)が発展した。1976年、車庫で作られたAppleが販売された。翌年発売されたAppleⅡは大成功をおさめ、PCの時代が到来した。1979年、日本電気(NEC)がPC-8000シリーズを発売した。
 こうしためざましい発展に、社会主義圏はまったく追随できなかった。むしろ、パーソナルなコンピュータは国家の安全を脅かす、と考え、その使用を妨げようとしていた。
 社会主義国家の崩壊は、情報技術の転換とほぼ同時期に起こっている。これは偶然ではなく、必然だった。
 「ソ連の崩壊は、情報技術がもたらした必然の結果だ(このように、分散的情報処理システムは、市場経済を前提としている。日本が90年代のIT技術に完全に対応できなかったのも、ここに基本的な理由がある)」

【参考】野口悠紀雄『経済危機のルーツ ~モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか~』(東洋経済新聞社、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、就業構造変化での日米間の顕著な差 ~ニッポンの選択第31回~

2010年09月20日 | ●野口悠紀雄
(1)日本の雇用構造の変化
 全体の2割を超えていた製造業の雇用は、1990年代中頃から減少しはじめた。
 製造業に代わって雇用を吸収したのは、生産性の低いサービス産業だ。非正規労働者を中心に雇用を増やした。そして、日本経済の所得水準の低下をもたらした。
 「失われた20年」の本質は、こうした過程を通じて日本経済の生産性が低下する過程であった。
 今後も製造業の雇用は増えず、むしろ急速に雇用減が進む可能性がある。
 非製造業のうち、雇用が増えるのはサービス産業であることは間違いない。
 ここで、「低生産性サービス産業」と「高生産性サービス産業」とを区別する必要がある。今後の日本経済が所得水準低下を回避するためには、後者を増やしていく必要がある【注】。

 【注】非製造業の2大グループ
 (ア)飲食・宿泊、運輸、複合サービス、その他サービス
   賃金水準は、製造業より低い(平均より1割以上低い)。
   資本装備率が低く、単純なサービスが中心になるからだ。
   なお、卸売・小売りは全体とほぼ同じ水準であり、鉱業、建設業は製造業より低い。

 (イ)電機・ガス、情報通信、金融・保険、不動産、医療福祉、教育・学習支援
   賃金水準は、製造業より高い。

(2)就業構造の面からみた日本経済の問題点
 高生産性サービス業(金融業がその代表)で雇用創出できなかった。
 今後の成長戦略は、この分野で雇用を増やすことが重要だ。

(3)内需主導経済
 内需主導経済とは、GDPを構成する項目で、純輸出の比率が下がることだ(需要面の変化)。
 需要面の変化は、結果として生じる。この変化をもたらすのは、産業別付加価値構造の変化だ(供給面の変化)。
 供給面の変化によって、輸出産業以外の産業で就業機会が増加する。

(4)日米の雇用構造の変化
 日米を比較すると、製造業が雇用を減らして全体の中での比重を下げた点は同じだ。
 しかし、サービス産業において、大きな違いがある。日本で増えたのが生産性の低いサービス産業だったのに対して、米国で増えたのは生産性の高いサービス産業だった。
 2009年における全雇用者に対する金融業の比重は、米国では5.9%、日本では2.6%であり、大差がある。
 金融やビジネスサービスは、1980年代以降に登場した先端的金融・IT技術を応用するものだ。これらのサービスは輸出も可能なので、国際収支面での貢献も大きい。

(5)新しい雇用創出のメカニズム
 1980年代、米国における製造業からの転換は、簡単には実現しなかった。日本との貿易摩擦の中で、製造業が次々に撤退を余儀なくされたのだが、労働組合の強い抵抗があった。日本の輸出の自主規制を求めたり、国際協調介入でドル安を実現したりすることによって、製造業の衰退を食い止めようとする試みもあった。
 しかし、結局のところ、前述のような新しい雇用が創出された。しかも、生産性の高いサービス産業が成長したのだ。
 こうした雇用創出は、どのようにして実現したのだろうか。
 政府が援助を与えたわけではない。雇用創出政策で誘導したわけでもない。
 市場メカニズムを通じた自動的なメカニズムによって実現したのだ。
 雇用創出は、政府が行うことではなく、市場が行うことなのである。

【参考】野口悠紀雄「就業構造変化での日米間の顕著な差 ~ニッポンの選択第31回~」(「週刊東洋経済」2010年9月18日号所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、成長戦略のポイントは高度サービス産業 ~「超」整理日記No.529~

2010年09月18日 | ●野口悠紀雄
(1)低成長の原因
 経済成長こそ、今の日本にとっても最も求められるものだ。
 1990年代後半以降、日本経済の持続的成長能力が失われ、これが日本を覆う閉塞感をもたらした。雇用問題も財政赤字問題も、ここに発する。
 かかる停滞の原因を正しく把握しないで「成長が必要」と唱えても無意味である。
 日米では1990年代後半から、製造業の雇用が減少した。ただし、米国では新しいITを活用したビジネス支援産業が成長し、雇用を生んだ。この分野の所得は製造業のそれより高い。よって、米国経済全体の所得が高まった。
 翻って日本では、生産性の低いサービス産業が雇用を引き受けた(小売り、飲食、その他の対人サービス)。この分野の所得は製造業よりも低い。よって、経済全体の所得が低下した。1990年代以降、一人当たりGDPの順位が先進国の中で低下した所以だ。

(2)供給面の条件
 日本でビジネス支援産業の成長を阻害した要因は、次の3つだ。
 (ア)(特に通信分野での)規制。
 (イ)大企業がすべての業務を自社内で行い、外部のサービスを利用しない。
 (ウ)専門的人材の不足。
 他方、資本はさして重要ではない。だから、重点分野への金融などの措置を行っても、この分野の成長は促進されない。

(3)需要喚起経済政策の誤り
 日本で現実に行われている経済政策は、供給面の条件整備ではなく、需要を増やすことを目的とするものが多い。特に製造業の後退を食い止めるための需要喚起策が多い。なかでも重要なのは、金融緩和と為替介入によって円安を実現し、それによって製造業の輸出を支えたことだ。
 この政策は、2002年以降の外需依存経済成長をもたらした。2007年頃まではこの方向が成長するかに見えたが、経済危機によって頓挫した。持続可能なものではなかったのである。
 にもかかわらず、日本の経済政策は、製造業後退対策を目的としている。エコカー購入支援策しかり、家電のエコポイントしかり。さらに、雇用調整助成金によって過剰雇用を企業内にとどめた。
 これらは、長期的にみて、望ましい方向に日本経済を誘導するものではなかった。

(4)新興国へのシフトがもたらす弊害
 外需依存から抜け出せない製造業は、外需の先を先進国から新興国へ切り替えようとしている。
 しかし、新興国での需要は低価格商品が中心とならざるをえないので、日本国内の高賃金労働では対応できず、生産拠点を新興国に移さざるをえなくなる。
 この結果、日本国内における製造業の雇用はさらに縮小し、また、過剰設備も顕在化する。

(5)旧態依然の経済政策
 高生産性サービス業を発達させる必要性は焦眉のものとなっている。
 経済政策もそれと整合的なものい転換する必要がある。
 にもかかわらず、現在考えられている成長促進策とは、相も変わらぬ金融緩和と円安、そして法人税減税だ。
 これでは経済構造は変わらないし、政策が成功しても現存する供給能力が成長のリミットとなる。
 米国では、新しい供給能力をつくることによって潜在的需要を顕在化させた。この場合には、経済構造が変化し、成長のリミットはない。
 両者の違いは大きい。

(6)必要な経済政策
 今必要なのは、需要促進策ではなく、供給面のネックを取り払うことである。
 アメリカのビジネス支援産業は、政府の誘導策や援助によって発達したのではない。政府がはたした役割は、(ア)電話の独占的地位を守るため行われていた通信面での規制撤廃、(イ)1980年代には盛んに行われていた製造業への衰退阻止策からの撤退、(ウ)軍事産業の減少を無理矢理に引き留めない・・・・といった点だ。これによって、それまでは製造業に向かっていた有能な人材が新しい分野に参入したのだ。

(7)人材の確保
 ことに人材の重要性を強調しなければならない。高生産性サービス業は、高度の専門知識をもつ人材が最重要の生産要素だからだ。
 人材育成の機能を担うのは、基本的には教育だ。わけても、日本の場合には、これまで弱かった高度専門家教育を充実させることだ。それには時間がかかる。それを補うのは、海外からの人材である。
 米国のIT産業の成長において、海外からの人材が重要な役割をはたした。
 英国の高生産性サービス業である金融も、資本や人材の流入によって実現した。
 資本と人材の面で鎖国に近い状態の日本が、新しいサービス業で成長することは、きわめて難しい。21世紀の世界では当たり前となったこの事実をあらためて認識しなければ、成長戦略は宙に浮いたものとなる。

【参考】野口悠紀雄「成長戦略のポイントは高度サービス産業 ~「超」整理日記No.529~」(「週刊ダイヤモンド」2010年9月25日号所収)
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新刊書一読:野口悠紀雄『経済危機のルーツ』

2010年09月17日 | ●野口悠紀雄
 日本が舞台の『戦後日本経済史』(新潮選書、2008)に対して、本書は世界を舞台とする戦後経済史である。ただし、前者は戦後日本の経済全般に目配りしているが、本書はどういう経過をたどって経済危機が生じたか、という問題意識に貫かれている。そして、本書にとりあげられた論点は、その後の著述で理論的に展開される。
 その意味で、本書は雑誌に連載されている「「超」整理日記」ほかの論考、『日本を破滅から救うための経済学 再活性化に向けて、いまなすべきこと』(ダイヤモンド社、2010)や『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか』(ダイヤモンド社、2010)の副読本だ。

 1990年代以降の世界経済の大変化をたどった後、「日本の失われた20年」の原因を整理して、著者は次のようにまとめる。

(1)冷戦終結と中国の工業化という大変化が生じた。これは、経済的な観点からすると、製造業の労働力急増と同じことであり、製造業を中心とする日本経済に本質的な影響を与えた。しかし、日本はこれに対応できなかった。

(2)金融とITの面で大変化が生じた。ITは新しい産業革命ともいえるほどの大変化を経済活動にもたらしたが、日本は対応できなかった。
 また、1980年代以降進展した新しい金融技術も、英米の経済活動を一変させた。しかし、これを受け入れることについても、日本は否定的態度をとり続けた。

(3)21世紀の世界においては、資本と人的資源に関して、新しいタイプのグローバリゼーションが進展している。しかし、日本はこれに対応できていない。これまで日本が行ってきたグローバリゼーションは、製造業の製品を輸出することだ。モノに限定したグローバリゼーションだ。

 この結果、「変革」に関する消極的な空気が一般化した。とりわけ深刻なのは、本来は未來を開く推進力となるべき企業が、変革の意欲を失ってしまったことだ。世界経済の大変化に目を閉ざし、従来のビジネスモデル継続に汲々とし、企業の存続だけを目的としている。
 なぜか。年功序列的な組織構造のため、過去に成功した人が決定権を握る場合が多いからだ。いったん組織のなかで実験を握ると、競争圧力から隔離されてしまうため、現状維持が最優先の目的になる。技術開発も、社会の要請に応えるというよりは、会社が従来のビジネスモデルを継続して生きのびるための手段としか見なされなくなるのだ。 
 金融・経済危機によって最大の打撃を受けたのは、製造業大国である日本なのであった・・・・。

 1970年代から今日まで過去を振り返るなかで、著者の青春がチラホラ姿をみせる。一種知的自伝の趣をみせる。この点が、他の著書にはない魅力である。
 たとえば、1970年代を語る第1章において、映画『2010年宇宙の旅』の巨大コンピュータHALにふれ、「当時は、未來のコンピュータは、このように巨大な機械になると考えられていたのだ(なんたる見当違い!)」と驚く。
 あるいは、1980年代を語る第2章において、東西ベルリンの境界の地雷原を撮影したフィルムをポケットに入れたまま検問所を通る際、震え上がった体験を綴る。
 いずれも、米国あるいはドイツの経済を語る際のエピソードにすぎないが、自分の体験に裏打ちされた経済史という読後感を残す。著者の文章が読みやすい理由のひとつだろう。

□野口悠紀雄『経済危機のルーツ ~モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか~』(東洋経済新聞社、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、経済対策を検証・評価する

2010年09月16日 | ●野口悠紀雄
 2008年秋以来急激に落ちこんだ経済に対して取られた対策について、1年以上へた今、これらの効果を検証し、評価する。

(1)金融政策
 量的緩和政策が採られた。資金繰り倒産や取引生涯など、流動性不足からくる諸問題を回避する効果はあった。
 しかし、需要を増大したり、物価を押し上げる効果は、もともと金融政策にはなかった。なぜなら、日本経済は「流動性トラップ」(ケインズ)【注1】に落ちこんでいるからだ。
 金融政策の無効性は、特に物価について顕著である。

 【注1】貨幣に対する需要が無限大になると、流動性の増加が経済活動を刺激する効果をもたない。

(2)改正産業活力特別措置法
 公的資金による企業救済が行われることになったが、問題が多い。
 1990年代の銀行に対する公的資金注入は、信用危機回避のためやむをえない面があった。
 しかし、無原則に公的資金をつぎ込むのは、いかなる理由によっても正当化できない。際限のないモラルハザードをもたらす。

(3)麻生太郎内閣の景気刺激対策
 2008年度補正予算と2009年度予算において、マクロ経済学上景気刺激対策とみなせるのは定額給付金の2兆円と自動車従量税・自動車取得税の減税でしかない。
 2009年度補正予算では、雇用調整助成金拡充の6,012億円、一般会計における「雇用対策」として1兆2,698億円が予算措置された。雇用調整助成金は、失業率上昇を抑えたという点でマクロ経済的な効果があった。しかし、公共事業であれば手当を給付して事業を行わせるが、雇用調整助成金は後になにも残らないという意味で浪費的な政策だ。
 また、同補正予算で特定産業(自動車産業と電機産業)を対象とする支援策が行われたが、雇用調整助成金と同じ問題点がある。一時しのぎにはなっても、日本の産業が抱えている基本問題を解決しない。さらに、特定産業に偏った、企業救済措置である点も問題だ。資源配分を攪乱する危険が大きいからだ。
 また、高速道路の料金引き下げも行われたが、そもそもこの措置が何を目的なのかが明らかでない。その後民主党は、高速道路料金政策を変更したが、何を目的とするのか不明なままで、いたずらに事態を混乱させるだけのものだ。

(4)必要な財政政策
 現在の日本では「クラウディングアウト」【注2】が発生していない。他方では「流動性トラップ」に落ちこんでいる。したがって、短期的需要喚起策は、金融政策ではなく、財政政策である。
 ただし、財政政策のうち、移転支出はただちには有効需要を拡大しない。実際、定額給付金は消費支出を増大させる効果を上げなかった。消費にまわらず、貯蓄されたと推定される。
 現在の日本経済の経済的条件からすると、本来行われるべき財政政策は公共事業の増加である。しかるに、GDP統計をみると、実質公的資本形成は、2009年4~6月期は大きく増加したものの、7~9月期にはマイナス1.6%になってしまった。

 【注2】財政支出や財政赤字の拡大が金利を押し上げるという現象。

(5)一時しのぎ緊急避難策を継続した民主党政権
 自民党政権が行った追加経済対策は、一時しのぎの緊急避難でしかなかった。これは、「一時をしのげば復活する」という見方が前提となっている。
 しかし、国内と先進国の需要は復活しない。ここ数年の売上げ増加はバブルに支えられたものでしかなかったからだ。
 民主党は、何の見直しを行うもことなく、自民党の政策を継続した。

 経済政策を議論する場合、短期的課題と長期的課題を区別することが必要だ。
 雇用調整助成金を継続すれば、失業率の急増を抑えることはできる。しかし、給付期間には限度がある。単に現行制度を維持するだけでは不十分だ。拡充が必要であるが、それには膨大な予算措置が必要になる。仮に財源手当を行っても、雇用調整助成金によって本格的な解決を図ることはできない。他方で、雇用を積極的に拡大する方策が考えられなければならない。
 民主党は、労働者派遣法を改正したが、これが雇用をさらに減少させることは、ほぼ確実である。民主党は、一刻も早く雇用に関する経済メカニズムを理解してほしい。

 現在の日本で、労働力が数百万人単位で不足しているのは、介護部門である。ここで雇用増加を図ることが当然考えられるが、大きな問題は雇用条件の改善だ。賃金水準が低い。
 むろん、雇用創出可能な分野は介護に限らない。そうした分野をふくめて、本格的な雇用創出には、さまざまな制度改正と予算措置が必要だ。しかも、急ぐ。

(6)際限なく悪化する財政
 2008年度当初予算では、一般会計税収を53.6兆円と見積もっていた(うち法人税は16.7兆円)。しかし、二次補正予算では、法人税収は、10兆円のレベルまで落ちこんだ。
 2009年度当初予算では46兆円の税収を見こんでいたが、税収は激減した。2009年度補正予算は、国債発行額は50兆円を超し、国債発行が税収を上まわる異常事態に陥った。
 2010年度予算は、歳出が92兆3千万円に膨れあがった。他方、税収はわずか37兆円にすぎない。国債発行額は44兆3千億円だが、「その他収入」(その大半は埋蔵金などの臨時収入)が10兆6千億円もあり、実質的な国債発行額は55兆円を超える。
 埋蔵金は、数年しか続かない財源だ。
 税収が歳出の4割しかないとは、普通の国ではおよそあり得ない予算の姿だ。日本の「死相」が明瞭に表れている。
 今後、財政状況の悪化は確実に予測できる。すでに法人税が激減しており、企業利益の動向を思えば、今後もこのレベルから大きく回復することはない。他方で、雇用情勢や企業収益が好転しないから、財政に対する支援要求はますます増大する。財政赤字は、破滅的レベルまで拡大する危険がある。さらに長期的にみれば、年金財政が破綻する可能性が予想される。
 財政状況の悪化を阻止する方策は、残念ながら見あたらない。

   *

 以上、『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか 』第7章に拠る。

【参考】野口悠紀雄『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか 』(ダイヤモンド社、2010.5)
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【読書余滴】野口悠紀雄の経済成長戦略 ~「超」整理日記No.528~

2010年09月14日 | ●野口悠紀雄
(1)内需主導経済反対論
 内需に依存するだけでは外貨を稼ぐことはできない。
 経済活動を行うには輸入が必要である。輸入品を購入するには外貨を獲得する必要がある。よって、輸出が必要だ。

(2)内需主導経済反対論批判
 加工貿易的な生産活動が減れば、原材料などの輸入も減る(原油の輸入量もかなり減る.)。よって、外貨が不要になる。
 外貨がまったく必要なくなるのではないが、従来と同じような輸入は不要になる。

(3)外需依存経済から内需主導経済への転換
 純輸出【注1】の対GDPを減らし、他の需要項目の比重を増加させる。
 消費支出はGDPの6割を占めるから、これが5%増えればGDPの3%となり、純輸出の落ちこみは確保できる。
 国際収支においては、経常収支の黒字をあまり減らさずに維持するのだ。内需主導経済への転換に伴って、貿易収支の黒字【注2】が減る。減った分を所得収支【注3】の黒字で補うことができれば、経常収支の黒字は前と同じレベルに維持することができる。
 これまでの経常収支黒字は大きすぎた。この水準を将来も維持する必要はない。経常収支が将来にわたって赤字にならなければよい。
 所得収支黒字のGDP比を高めれば、内需主導経済への転換によって経常収支を大きく減少することはない。簡単にはできないが、不可能ではない。
 貿易収支の黒字が大きい構造から、所得収支の黒字の大きい構造に転換するのが「成熟国」としての国際収支構造だ。

 【注1】財・サービスの輸出と輸入の差。
 【注2】GDP統計の純輸出とほぼ同じもの。
 【注3】対外資産が生んだ収益と対外負債のための利子支払いなど。

(4)成長戦略の基本
 日本は巨額の対外資産を有している。資産大国としての経済構造への転換を成長戦略の基本に据える必要がある。
 所得収支黒字によって貿易収支赤字をカバーしている国の代表例はアメリカだ。アメリカの運用利回り【注4】は、調達利回り【注5】を常に上まわっている。2004年の利ザヤは2.6%である。アメリカの対外資産収益率が高いのは、第二次世界大戦後に行った投資が高い収益率を実現しているからだ。
 日本も2004年以降、所得収支黒字が貿易収支赤字をカバーするようになっている。ただ、収益率は低い。アメリカ短期国債(TB)への運用が多いからだ。資金調達を変えずとも資金運用利回りをアメリカ並みの水準に上げれば、所得収支黒字のGDP比は1.6%上昇する。
 金利が世界的に低下しているので、運用利回りを従来より高めるのは容易ではない。しかし、調達金利も下がるはずだから、利ザヤを拡大させるのは不可能ではない。

 【注4】受け取り所得を対外資産で割った値。
 【注5】支払い所得を対外負債で割った値。

(5)新興国への直接投資拡大
 さらに重要なのは、これまでの投資戦略からの大転換だ。
 日本の対外投資の収益率が低いのは、受け身の証券投資が大部分を占めているからである。受け身の証券投資から脱却し、積極的な投資活動(直接投資をふくむ)の展開が必要だ。
 特に新興国への直接投資が重要だ。成長の利益を享受するには、株式投資でもよいが、直接投資のほうが望ましい。新興国の成長には、「モノを売る」のではなく、「投資」によって対応するのだ。円高が要求しているのは、「外国に売る」ことではなく、「外国に投資する」ことだ。
 これまでの運用は適切でなかった。これを改善すれば、対外資産の運用利回り1%ポイント上昇を実現できる。他方、製造業などの成長を促進して成長率を1%ポイント高めるのはきわめて難しい。
 対外資産の運用利回り1%ポイント上昇は、GDP成長率1%ポイント引き上げと同じことだ。対外資産とGDPがほぼ同程度の規模なのだから。
 「成長戦略」の議論において、この認識がきわめて不十分だ。

(6)新興国への直接投資拡大の条件
 市場で客観的な価格付けがなされている証券投資に比べると、直接投資はリスクが高く、評価も難しい。現状では体制が不十分だ。
 現地経済の十分な知識と情報が必要だ。ODA供与などに関連して育成してきた専門家を、こうした目的のために動員するべきだ。
 また、リスクコントロールのため、ファイナンスの専門家が大量に必要である。そのために教育が必要だ。育成には時間がかかるから、海外から人材を招いてもよい。

【参考】野口悠紀雄「内需主導経済における所得収支の重要な役割 ~「超」整理日記No.528~」(「週刊ダイヤモンド」2010年9月18日号所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、緊急対策はもう限界、基本構造の改革が必要 ~「超」整理日記No.527~

2010年09月13日 | ●野口悠紀雄
(1)経済回復の行き詰まり
 日本経済は、世界経済危機による輸出急減の打撃で、2008年4~6月期からマイナス成長に陥り、2009年1~3月期まで続いた。
 その後、中国に対する輸出の増加や政府による購入支援策に支えられて、回復傾向に転じた。
 しかし、この傾向は、2010年4~6月期にはすでに終わってしまった。
 今後は、経済活動を下押しする要因が顕在化されてくる。
 こういた状況変化は、日経平均株価にも表れている。
 ●実質GDPの対前期比成長率(年率換算):200910~12月期:4.1%、2010年1~3月期:4.4%、2010年4~6月期0.4%
 ●日経平均株価:2010年4月頃に11,000円超、以後下落

(2)経済回復の行き詰まりの原因
 (ア)購入支援策の頭打ち
 実質GDPの需要項目をみると、自動車・家電製品の購入支援策の効果が限界にきたことを示している。

 (イ)中国への輸出の鈍化
 2009年上半期に急激な伸びを示した中国への輸出が鈍化した。
 背景・・・・ドルやユーロに対して円高が進行しているため、中国市場における日本の比重が低下し、ドイツなどのユーロ圏諸国の比重が上昇した。

(3)予測
 今後は、いっそう円高の影響が加わるため、輸出の減少が続くだろう。
 また、これまで自動車や家電製品の生産を支えてきた購入支援策が終了すれば、民間消費支出はマイナスに転じる可能性が高い。
 これらのいずれもが、経済に大きなマイナスの影響をもたらす可能性がある。

(4)日本経済の構造的欠陥
 近い将来の日本経済の状況を表すのに「踊り場」とか「二番底」といった景気循環上の表現が使われることが多い。確かに、今年初めまでの回復基調は、ここにきて変調した。
 しかし、重要なのは、循環的な動きの変化ではない。日本経済が構造的に袋小路に入りこんで抜け出せないことである。

 2010年4~6月期の日本の実質GDPは、危機前のピーク(2008年1~3月期)に比べると4.6%ほど低い水準だ。
 アメリカで同じ期間を比べると、すでに99%の水準になっている。これからも、日本の遅れがよくわかる。

(5)経済政策の問題点
 (ア)緊急対応策
 2008年に日本の経済が落ちこんでから取られてきた経済政策は、(1)雇用調整金(過剰労働力を企業内に押さえこんで失業を顕在化させるのを防ぐ)、(2)自動車や家電製品の購入支援策・・・・であった。
 これらは、いずれも短期的な緊急対応策にすぎない。日本経済の構造を改革するものではない。
 これらの政策が行き詰まっている現在、経済政策の基本方向を大きく変える必要がある。

 (イ)円高対応策
 現在の世界経済の条件(特に先進諸国の金利が低下したこと)を考えると、為替介入をおこなったところで効果はない。
 むしろ、損失が発生するだけの結果に終わるだろう【注】。

  【注】スイス中央銀行は、ユーロ買い介入を積極的に実施したが、ユーロ安が進んだため、2010年1~6月期に1兆円を超える損失を被った。同行は、現在では為替介入を休止している(「超」整理日記No.526)。  

 (ウ)法人税減税
 日本の法人税の実効税率が諸外国に比べて高いため、この引き下げが必要と論じられることが多い。
 しかし、日本共産党の資料によると、エレクトニクスなど研究開発費が多い産業では、法人税の実効税率は10%台である。さらに、経済危機後は赤字が拡大したため、製造業では法人税を負担していない企業が多くなっている。損失は将来に繰り延べできるため、この状態は今後数年間は続くだろう。
 したがって、法人税の税率を引き下げたところで、日本企業の状態にはなんの変化もないだろう。

(6)必要とされる政策 ~雇用の確保~
 日本経済は、手術が必要であるにもかかわらず、放置し続けてきた。1990年代後半から、15年間も続いている。
 外需に依存する産業は、今後は生産拠点を海外に移転することによって、対応しようとするだろう。これが進めば、日本国内の雇用に深刻な問題が生じる。

 したがって、今必要とされる経済対策として必要なのは、第一に雇用の確保である。
 介護分野の求人倍率は1を超えている。現在の日本において、大量の雇用を創出できるほぼ唯一の分野だ。
 ここに人が集まらないのは、規制のために賃金が低く抑えられているからである。
 だから、雇用を量的に確保するには、介護部門での規制緩和を図り、ここに大量の雇用機会をつくることが必要だ。

 長期的にみた場合は、むろん、これだけでは十分ではない。先端金融など、生産性の高いサービス産業の成長環境を整えることが重要だ。
 そのために必要なのは、高度な専門能力をもった人材の育成である。こうした政策の効果はすぐに表れるわけではない。しかし、日本経済の構造改革には、もっとも重要な戦略的手段だ。
 これまでおこなわれてきた緊急避難的需要追加策から脱却し、こうした方向へ経済政策を転換することが必要だ。

【参考】野口悠紀雄「円高に金融政策は無効 産業構造の改革が必要 ~「超」整理日記No.527~」(「週刊ダイヤモンド」2010年9月11日号所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、雇用・賃金構造の変化と経済政策 ~ニッポンの選択第30回~

2010年09月12日 | ●野口悠紀雄
(1)賃金の変化
 「毎月勤労統計調査」によって、1995年、2000年、2007年の5人以上事業所の現金給与総額の指数をみると、全産業では1990年代後半はほぼ不変、2000年以降に下落した。
 ただし、給与の動向は業によってかなりの差がある。概していえば、小売業、飲食店、運輸業、建設業など生産性が低い産業で下落し、製造業、金融・保険業など生産性が高い産業で上昇している。

(2)雇用の変化  
 上記調査によって、上記年の上記事業所の常用雇用指数をみると、全体としての雇用は、ほぼ一定で変化していない。
 ただし、建設業では製造業と同様に減少したが、サービス業では軒並みに増加している。卸売・小売業では全体の雇用は減少したが、パートタイム労働者は増加した。

(3)雇用・賃金の構造変化
 全体でみると、日本の雇用は1995年以降ほとんど一定で増えなかった。
 ただし、製造業は雇用を減少させた。
 製造業の雇用減少分を引き受けたのがサービス業であり、特にパートタイム労働であった。
 パートタイム労働は低賃金労働である。パートタイム労働の増加は サービス業の賃金を引き下げた。これに伴って、経済全体の賃金水準も低下した。
 ただし、この間に、製造業の賃金水準は(緩やかにではあるが)上昇している。

(4)雇用・賃金構造変化の背後にあるもの
 1990年代以降、中国工業化の影響が顕著になり、世界経済の中での日本の地位が脅かされるに至った。中国の比重が上昇し、日本の比重が低下した。
 これに伴い、日本の製造業は頭打ちとなった。1990年代以降の鉱工業生産指数は、増減をくりかえすだけで、長期的に上昇することはなくなった。
 従来の日本の製造業は、特に大企業において年功序列敵な賃金慣行が強かった。ゆえに、このような生産頭打ちに対して雇用条件を柔軟に調整して対処することができなかった。賃金を下げることができなかったので、自然減を中心として雇用量を減らすことで対応した。
 これによってあふれた労働供給が、サービス産業のパートタイム労働となった。
 そこでの賃金が低水準なので、全体の賃金が下落した。

(5)問題の根源
 中国工業化という世界経済の大きな変化に対して、日本が前向きの積極的な対応をできず、製造業に代わる雇用を国内に創出できなかった点にある。
 多くの経済論議は、こうした事情を正確に把握しているとは言いがたい。
 経済政策も、問題に適切に対応するものになっていない。

(6)経済政策 ~雇用~
 民主党は、労働者派遣法を改正,し、「登録型」や製造業への派遣を原則禁止した。
 しかし、全体としての雇用が増えない中で、こうした規制をおこなえば、労働需要は減少し、底辺労働の条件はかえって悪化するだろう。
 派遣労働規制強化は「派遣切り」防止とされているが、経済危機で減少したのはパートタイム労働ではない。パートタイムの常勤雇用指数は、むしろ増加しているのである。製造業のパートタイムもしかり。
 その半面で、製造業の正規労働者は、減少している。
 非正規労働差に対する規制を強めれば、企業は正規労働者をさらに切らざるをえない立場に追いこまれるだろう。
 労働者の立場から何が望ましいか、正しく判断する必要がある。

【参考】野口悠紀雄「「失われた15年間」の雇用と賃金構造の変化 ~ニッポンの選択第30回~」(「週刊東洋経済」2010年9月11日号所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、貧富格差の拡大に経済政策は無対応 ~ニッポンの選択第29回~

2010年09月08日 | ●野口悠紀雄
(1)低所得世帯/非正規労働者の増加
 世帯所得の絶対数の変化をみると、1995年から2007年の間に、総世帯数は728万世帯増えた。増加世帯のうち8割の600万世帯は、年間所得300万円以下の世帯だ。この階層の世帯が、全世帯の3分の1(1,500万世帯)を占めるに至った。職業的には、非正規・パートタイム労働だと推定できる。単身なら最低賃金の150万円前後、夫婦とも非正規なら300万円程度の世帯が多いだろう。
 年間所得が300万円(月収25万円)以下だと、大都市では住宅を購入できない。この所得階層の世帯は、最低レベルの生活を余儀なくされている(病気・失業に対処する余裕がない)。
 低所得階層世帯の絶対数に比べると、生活保護受給世帯数は(増加してきたものの)少ない。
 ●生活保護世帯の推移:1960年代/50~60万世帯→1970年代/除々に増加して80万世帯近く→1980年代後半から減少→1992・93年/58万世帯まで減少(その後増加)→2005年/104万世帯(その後毎年3~4万世帯増加)→2009.12/130万世帯超

 低所得階層世帯の圧倒的部分は、生活保護を受給していない低賃金労働者によって構成されていると推定される。
 つまり、過去十余年間の変化は、低賃金労働者の増加である。そして、この傾向は非正規労働者の増加傾向とほぼ同じである。1990年代中頃以降の日本の雇用者の増加は、ほぼ非正規労働者の増加によって実現してきた。
 低所得世帯構成員を2人の非正規労働者と考えると、1990年代中頃から400万世帯ほど増えたことになる。最近にみた所得300万円未満世帯の3分の2程度は非正規労働者で構成されていると推定できる。なお、最近では、5,472万人の雇用者のうち、正規雇用者が3,386万人で、約3分の2を占め、非正規の雇用者が1,699万人で約3分の1となっている。
 ●正規雇用者数:1990年代前半まで/増加→1990年代中頃/3,800万人程度→1990年代後半から減少→最近/1980年代中頃とほぼ同水準(3,300万人程度)
 ●非正規労働者数:1980年代中頃/600万人程度(その後傾向的に増加)→1990年代中頃/1,000万人超→2003年/1,500万人超→2008年秋/1,800万人近く

(2)格差の固定
 豊かな人が減っているのは事実である。所得1,000万円以上では、各階層の世帯数が2割減少している(ひとつ下の階層にシフト)。しかし、この階層では、所得が100万円減ったところで10%未満の低下でしかなく、贅沢を減らす程度で対応できる。
 その半面、貧困階層に落ちこむと、子どもの教育が十分にできなくなる。ために、階級の固定化が生じる危険性がある。そして、格差が拡大するのだから、300万円未満の世帯が1,000万円以上になるチャンスはほとんど失われてしまっている。

 高度成長期には、社会全体が豊かになるだけではなく、貧困層が富裕層になる可能性も開けていた。夢のある社会とはそうしたものだ。
 閉鎖的な社会とは、社会全体が成長しないだけでなく、貧困と富裕の間の壁を越えることができなくなった社会である。

(3)経済政策の無策
 経済政策は、日本社会の構造的変化に対応していない。これが問題だ。
 (ア)民主党のマニフェストには、貧困社会への対処という問題意識が欠落している。高校無償化や子ども手当に所得制限がない。
 (イ)税制改革は、格差拡大の方向へ進もうとしている。資産所得は分離課税だし、法人税も減税しようとしている。
 (ウ)金融緩和や為替介入をおこなったところで、企業は助かるだろうが、低賃金労働者に福音がおよぶわけではない。

(4)非正規雇用者数増加の真因
 民主党が雇用確保の観点から非正規労働者に否定的な態度をとっているのは、見当違いだ。
 この規制は、労働者にとってかえって酷だ。深刻な問題に直面しているのは、正規労働者ではなく、組合の保護がおよばない非正規労働者だ。派遣が禁止されたら雇用そのものが消滅する。製造業の生産拠点の海外移転が進めば、雇用の総量はますます縮小するだろう。

 最近の雇用調整では、正規雇用者の減少率も、非正規労働者の減少率に近い水準となっている。
 だから、「非正規労働者は、雇用調整をしやすいから増えた」というのは俗説だ。
 より大きな要因は、社会保険料の雇用主負担だ。特に厚生年金保険料の雇用主負担は、賃金コストを引き上げる大きな要因になっている。
 新興国の工業化→低賃金労働による安価な製造業製品の増加→これに対抗するために賃金コストの引き下げが必要→その手段として社会保険料の雇用主負担の低い非正規労働者に頼った・・・・というのが実態だろう。

(5)日本経済全体の構造的変化
 現在日本がかかえる貧困問題、格差問題は、救貧対策で対応できない。対症療法で改善できるものもはない。
 1990年代後半以降の貧困の増加の問題は、日本経済全体の構造の問題としてとらえるべきものだ。
 日本の経済構造を、基本から見直すべきときにきているのである。 

【参考】野口悠紀雄「貧富格差の拡大に経済政策は無対応 ~ニッポンの選択第29回~」(「週刊東洋経済」2010年9月4日号所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、円高に金融政策は無効 ~「超」整理日記No.526~

2010年09月04日 | ●野口悠紀雄
 為替レートが円高に動いている。これを反映して株価も下落している。「政府や日銀は、これを静観せず、積極的な対応をせよ」という論議がマスメディアで高まっている。・・・・1年前とほぼ同じ状況だ。日本の経済論議は、この1年、なにも変わっていない。

(1)「積極的な対応」といったところで、金融政策や為替政策の範囲内では打つ手はない。これまでの高金利国で、金利が低下してしまったからだ。
 ●米国の国債利回り:3.59%(2009年8月)→2.6%(2010年8月19日)
 日本は、国債利回りをこれ以上下げることはできない。金利差が縮小したので、為替介入を行っても為替動向に影響を与えることはできず、損失を被るだけの結果に終わる。
 日本は、1990年代後半から、為替介入を繰り返してきた。とくに2003年から2004年には巨額の介入を行った。→円キャリー取引を誘発した。→異常な円安が進んだ。→日本の輸出が増大した。→米国のサブプライムバブルを増長した。→金融危機を招来した。
 こうしたことは、2007年頃までの世界経済情勢の下でこそ可能だったが、現在の状況はこれと違う。
 現在、「円が有利だから投資が集まる」というよりは、「これまでドルが有利で部一句に世界の投資が集まっていたが、それが変わった」ということだ。

(2)物価との関係に注意を要する。
 貿易に影響するのは、名目の円ドルレートではなく、実質為替レート(各国間のインフレ率の違いを調整)だ。
 ●米国の消費者物価:152.4→214.5(1995年~2009年)・・・・40.7%上昇
 ●日本の消費者物価:100.7→100.3(1995年~2009年)・・・・0.4%下落

 <例:車>日本で850万円=米国で10万ドル(1995年、1ドル=85円)
     → 日本で850万円=米国で14万ドル(2009年、1ドル=【後述】)
        ※車も消費者物価平均値と同率で変化したと仮定、簡単化のため日本の消費者物価は無視。 
     ⇒ 10万ドルで販売するなら、圧倒的な競争力。
        10万ドル以上14万ドル以下で販売しても売れるし、多額の利益を稼げる。

 競争条件を1995年と同じにするには、為替レートは、1ドル=60.4円にならなければならない。
 1990年代なかばまで顕著な円安介入はなかったので、当時のレートは市場実勢を反映した正常なレートだった。現時点での正常な円ドルレートは、1ドル=60.4円程度ということになる。 
 つまり、実質レートでみれば、現在のレートは適正なレートに比べてまだかなり円安なのだ。
 本来円安であるにもかかわらず、「これでは採算がとれない」というのであれば、日本の輸出産業の競争力が1990年代中頃に比べて格段に落ちてしまったからだ。

 ちなみに、「財政危機進展→インフレ→円安→輸出増加」・・・・という意見は、誤りである。
 国内インフレの結果円安になっても、実質レートが下がるとはかぎらない。為替レートの調整が遅れたら、実質レートで円高になり、輸出産業は大打撃を受けるだろう。

(3)現在の日本で有効需要を増やす短期的政策は、国債を増発して財政支出を増やすことだ。
 金利が低水準に落ちこむと、金融政策が利かなくなり、金融緩和をしても有効需要を増やすことができない(「流動性トラップ」)。
 こうした経済においては、財政政策しか有効需要を増やす手だてはない(ケインズ)。国債で財源を調達し、都市基盤整備を行うのだ。
 この政策で増えるのは、建設国債である。子ども手当のような移転支出ではない(現状では貯蓄にまわり、有効需要を増やさない可能性が高い)。直接有効需要となる。日本の大都市で、社会資本投資によって経済環境を改善できる余地はまだ大きい。こうした投資は、将来の生産性を高め、国債の償還財源をつくるので、財政再建には逆行しない。また、長期国債金利がきわめて低水準になっているので、国債を増発しても消化に問題が生じることはない。
 現実には、経済成長が必要とされながら、公共事業は縮小し続けている。
 ●公的固定資本形成の季節調整済み対前期成長率:マイナス12.9%(2010年4~6月期、2009年7~9月期以降連続マイナス)

 短期的政策と並行して必要なのは、産業構造を変え、1ドル=60円でもびくともしない経済をつくることだ。
 製造業であれば、生産拠点を海外に移し、また世界のさまざまなメーカーから水平分業で部品を調達するようなものだ。そして、これによって減少する国内の雇用を、別の産業で補う必要がある。
 いずれにせよ、日本の経済構造は大きく変わらなければならない。円高をはじめとするさまざまな経済指標が発している基本的なメッセージは、「現在の経済構造を継続することはできない」ということだ。

【参考】野口悠紀雄「円高に金融政策は無効、産業構造の改革が必要 ~「超」整理日記No.526~」(「週刊ダイヤモンド」2010年9月4日号所収)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、「デフレが停滞の原因」という邪教批判

2010年09月03日 | ●野口悠紀雄
(1)「デフレスパイラル」論
 「デフレスパイラル」論の内容は論者によって違うし、整合的に秩序だてて述べられているわけではないが、概要次のとおりだ。
 ①製品価格が下落する。→企業利益が伸びない。
 ②利益が伸びない。→賃金を引き下げざるをえない。→消費者の所得が伸びない。
 ③将来はもっと安く買えると消費者が予測する。→購入を延期する。
 ④需要が②と③のために減少する。→受給ギャップが拡大し、さらに製品価格が下落する。→①からの過程がさらに拡大されて進行する。
 ⑤受給ギャップを埋めるため、需要を拡大する必要がある。そのためには、いっそうの金融緩和が必要である。

(2)「デフレスパイラル」論のウソ
 批判①:じつは賃金の下落より製品価格のほうが大きく下落しているため、製造業の利益が減少しているのだ。
 批判②:じつは新興国との競争のため賃金が下落しているのだ。
 批判③:単純な誤り。購入を延期しても、実質購入量は物価上昇率に関わりなく一定である。
 批判④:工業製品価格は、世界経済の条件(とくに新興工業国の供給条件)によって外生的に決まる側面が強い。
 批判⑤:(3)を参照。

(3)諸悪の根源である「流動性のトラップ」
 現在の日本では、金利が著しく低いために金融政策が利かない。
 貨幣(定期預金をふくむ)すなわち流動性に対する需要が無限に大きくなっている。→金融緩和をおこなって貨幣量を増やしても、無限に大きい需要に吸い込まれてしまう。→金利が低下しない(ケインズのいわゆる「流動性のトラップ」)。 
 この状況で有効需要を増大させるためには、金融緩和しても需要は増大しない。財政支出を増大させるしか方法がない。
 「流動性のトラップ」に陥っていない経済では、海外要因で物価が下落した場合、貨幣の実質残高が増大する。→利子率が低下する。→投資支出が増大する。→経済が拡大する(以上を「リアルバランス効果」という)。経済が拡大するので、実際の物価下落は、当初のショックよりも緩和される。
 しかし、「流動性のトラップ」の下では、リアルバランス効果が働かない。物価下落が経済を拡大しない。このため、外生的要因による物価下落圧力がそのまま実現してしまう。
 新興国工業化による供給条件の変化が世界共通であるにもかかわらず、日本における物価下落が激しいゆえんである(日本で製造業の比率が高いことも一因)。諸悪の根源はデフレではなくて、「流動性のトラップ」(金利が低すぎること)なのである。
 物価と賃金の下落から脱却するには、企業がビジネスモデルを転換し、新興国とは直接競合しない分野に進出する必要がある。または、製品の企画段階に集中して、実際の生産は新興国の低賃金労働を活用するべきである(例:アップル)。
 こうした転換には大きな摩擦が伴う。だから、企業はこれまでのビジネスモデルや産業構造を維持しようと、「原因はデフレだ」と責任転嫁したいのだ。
 かくして、産業構造はいつまでたっても転換しない。「デフレスパイラル」論は、かかる怠慢を正当化する邪教にすぎない。邪教の信者によって、日本経済は15年間停滞させられた。

(4)デフレ(デフレーション)という言葉
 ①経済学の教科書的議論において、すべての物価が一様に下落する減少をさす。さまざまな財・サービスの間の相対的価格が変化することはない(物価水準=絶対価格の下落)。
 ②しかし、日本の現状は、こうした一様な価格下落ではない。工業製品とサービスの価格動向には著しい差異がみられる(相対価格の変化)。したがって、この現象を「デフレ」と呼ぶのは、厳密には誤りである。
 ①と②では、対応が異なる。
 ①に対処するには、貨幣供給量の増大などのマクロ政策が必要だ。
 ②に対処するには、産業構造や経済行動を変える必要がある。

   *

 以上、『日本を破滅から救うための経済学』第1章「1 デフレが諸悪の根源とされている」に拠る。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、「民主党大敗は消費税のせいだ」説批判

2010年09月01日 | ●野口悠紀雄
 『日本を破滅から救うための経済学』の「はじめに」で野口悠紀雄は次のように説く。

(1)消費税増税に対する国民の態度
 2010年7月の参院選において民主党が大敗した。「週刊現代」の立花隆・野中広務対談によれば、仮に鳩山・小沢コンビが居座っていたら大敗どころか壊滅的敗北するはずだった・・・・とは野口悠紀雄は書いていないが、それはさておき、この民主党大敗は消費税増税を提案したせいだ、という意見は、政治家間の選挙結果責任論においてのことだ。
 国民は、消費税増税を頭から拒否したわけではない。
 証拠(ア):同じく消費税増税を公約に掲げた自由民主党は、議席を伸ばした。
 証拠(イ):消費税増税絶対反対をとなえた共産党や社民党は、むしろ議席を減らした。
 仮に国民が消費税増税をどうしても拒否したいなら、自民党も議席を減らし、消費税増税反対政党が大躍進したはずだ。

(2)消費税増税に対する民主党の取組み方
 民主党の大敗に消費税が関与しているとすれば、増税の是非そのものではなく、問題提起のしかたにあった。
 鳩山悠紀雄・前首相は「4年間は増税しない」と明言していたのに、このたび民主党は突如5%の税率引き上げを提案した。全体の見とおしなしに、消費税増税だけが唐突に持ちだされた、という感じであった。しかも、民主党独自の案を示すことなく、自民党案をそのまま採用する、という無責任とも見えるかたちをとった。
 これでは選挙戦術として「財政再建」が選ばれた(あるいは財務省の策略にのせられた)という印象を与えてしまう。その印象は、選挙戦中に民主党の支持率がさがるにつれて提案が後退したことで強められた。その半面、増税の必要な理由、増税したら問題がどれだけ改善するか、といったもっとも肝要な説明がなおざりにされたままだった。
 増税という国民負担増加には提案者自らその政策の必要性を納得したうえで、強い政治的信念をもって全力で努力しなければ実現できない。今回の民主党の提案には、「信念」が欠けていると判断されたのである。

(3)財政再建に係るごまかしの議論
 (ア)「増税すれば経済成長できる」という奇妙な論理で増税を正当化した。増税で経済成長できるのであれば、とっくの昔に増税されていたはずだ。
 重要なのは、いまなぜ増税が必要であるかを国民に納得させることであった。また、負担が公平になるよう慎重に制度を設計することであった。今回は、インボイスなしのままで税率引き上げが提案されたが、インボイスなしの多段階売上税は欠陥税であって、公平の条件をとうてい満たしえない。
 (イ)2009年の衆院選の際、「無駄を排除すれば巨額の節約ができる。だから増税しなくてもよい」と主張した。しかし、これもウソであることがわかった。事業仕分けの結果が、民主党のウソを雄弁に語っている。注目を集めた仕分け作業で節約できたのは、わずか7,000億円程度でしかなかった。
 小沢一郎寄りの山岡賢次・民主党副代表は、NHKのインタビューに、最初のマニフェストに「戻る」と答えているが、どうやら小沢一派は既に明らかになったウソをさらに大ウソに拡大する気らしい・・・・とは野口悠紀雄は書いてないが、事実としてそういうことだ。
 無駄の排除は必要だが、それだけで財政再建ができると考えるのは幻想にすぎない。「マニフェストの完全見直しはもちろんのこと、国民生活の基盤的経費を含めて削減の対象としなければ、意味のある歳出削減はできないのである」

(4)バラマキ政策がもたらすもの
 民主党は、2010年度予算で典型的なバラマキ政策を実施し、歳出を前代未聞の規模に拡大した。しかし、それは参院選で得票を増やすことに何も寄与しなかった。
 かつて日本経済に活力があった時代には、バラマキは政治的に効果があったかもしれない。しかし、日本経済がここまで疲弊し、財政赤字がここまで拡大してしまえば、バラマキはむしろ国民に恐怖を与えるものとなってしまった。バラマキによって、将来の私たちの生活が破壊されることが明白になってしまったのである。
 日本で大量の国債発行が継続しているにもかかわらず、金利上昇など目立った弊害は生じていない。民間企業の設備投資も公共投資も大幅に落ちこんでいるからだ。つまり、資本を蓄積していない。この結果、将来、生産力が低下し、国民は貧しい生活を余儀なくされる。バラマキはこうした結果をもたらす。国民は、バラマキ政策で騙されつづけるほど程度は低くない。
 国民が望んでいるのは、財政再建の納得できる方策であり、それを実現する強い政治的な意思である。
 今回の参院選でタレント候補の票がこれまでのように伸びなかった。国民が本当の問題解決を求めている証拠だ。

(5)問題の正しい把握
 政治に求められているのは、自体の正しい把握と正しい政策方向である。日本経済の基本に関わる問題に、あまりに間違った理解が多い。
 (ア)「デフレスパイラル論」は、デフレのため日本経済が活性化できず、そこからの脱却のために金融緩和が必要である、とする。しかし、物価や賃金の下落は、海外要因(長期的には中国の工業化、2009年においては原油価格の下落)によってもたらされている。それから脱却するには企業のビジネスモデルを転換させる必要がある。デフレスパイラル論は、ビジネスモデルを転換できないことの責任を転嫁する言い訳にすぎない。
 (イ)為替レートに係る誤解が多い。「異常な円高が企業の利益を圧迫している」とよく言われる。2007年以降の円高への動きは、それまでの異常な円安を是正する過程にほかならない。日本の金融政策は、1990年代後半以降、円高を阻止するために運営されてきた。しかし、経済危機以後、各国の金利が低下したため、日本が金融緩和を進めても、かつてのような円安を実現できない。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か

2010年08月31日 | ●野口悠紀雄
 『日本を破滅から救うための経済学』第5章は消費税増税による財政再建は可能か、を問う。以下、要旨。

1 消費税引き上げ前にインボイスが必要
 2010年度予算の実質的な赤字は、55兆円である(国債44兆円+「その他収入(大部分が埋蔵金)」10兆円超)。
 55兆円すべてを消費税増税で解消するためには、税率を22%上げる必要がある(したがって27%になる)。
 赤字半減を目的にするなら、税率を11%上げる必要がある(したがって16%になる)。
 現在の国税は、所得税が15兆円、法人税が10兆円(ただし、2009年度の補正予算では5兆円、2010年度予算では6兆円弱)と消費税が10兆円だ。消費税の税率が20%なら税収は50兆円になり、最重要の税目になる。

 しかし、現在の日本の消費税は不完全なものであり、高税率になればきわめて大きな問題を引き起こす。
 最大の問題は、インボイスが存在しないことだ。消費税のモデルとなったヨーロッパの付加価値税は、取引の各段階で売上高に課税する(多段階売上税)。累積課税を避けるため、前段階税額控除が必要になる。付加価値税は、これをインボイスによっておこなう。売上伝票のようなものだ。購入者は、インボイスに記載されている消費税額を控除して納税する。
 インボイスは、累積課税を解消するのみならず、脱税を自動的に防ぐ。
 インボイスは、零細業者にとっても有利だ。インボイスがあると、消費税額を次段階に転嫁できる。

 日本の消費税には、インボイスがない。過大な控除がおこなわれる点で不都合なのだが、それ以外にも問題がある。
 (1)合法的な免税要請が高まる。
 (2)零細事業者が税を転化することが難しくなる。
 (3)生活必需財を非課税にできない。最終段階で非課税にしても、仕入にふくまれている税まで控除できないから、消費者はそれを負担することになる。ことに問題になるのは、住宅だ。住宅建設に要する大量の資材(木材、鉄、セメントなど)に取引において課税され、それを建築事業者が住宅購入者に転嫁することで、その分住宅価格は上昇する。
 住宅のような耐久財に負担軽減ができないと、世代間の負担不公平という問題も生じる。すでに住宅を購入している世代は、今後消費税が高くなっても、消費税の負担なくして居住サービスを享受できるからだ。
 日本の消費税は、インボイス不在の欠陥税である。それでも何とかやってこれたのは、税率が低かったからだ。

2 福祉目的税は議会の自殺行為
 消費税を「福祉目的税」にするアイデアは、無意味か、危険な結果をもたらす。
 支出自然増が税自然増より大きい場合、増税が自動的におこなわれることになる。社会保障関係費の自然増は、税自然増より大きいから、基本的にはこういう結果をもたらす。増税が自動的にできるので財務当局にはつごうがよいが、制度の見直しは不十分になり、納税者は自動的な負担増を押しつけられることになる。

 目的税化の意味を明確にみるためには、社会保障費を一般会計から隔離して別勘定で経理する必要がある。
 そして、消費税収の全額をこの勘定の歳入にする必要がある。消費税だけでは不足する部分は、「その他歳入」をあてる必要がある。他方、歳出には国債費も計上する必要がある(過去の社会保障費の一部は国債でまかなわれてきた)。

 (1)この勘定に何もルールを定めない場合、消費税を目的税化して別勘定としても、何の違った結果も生じない。福祉目的税に何の意味もない。
 (2)この勘定にルールを定める場合、たとえば社会保障関係費に係る「その他歳入」を現在より増やさないとした場合、勘定の収支をバランスさせるために、消費税が自動的に増税される。この結果、既存の支出の見直し、新規事業の抑制がおろそかになり、社会保障費が際限もなく膨張する危険がある。
 (3)さらに危険なのは、「その他歳入」が現在よりも減ることを認める場合だ。この場合、歳出増加を上回る消費税増税が可能になる。「その他歳入」を減額した分は、他の勘定に充てられる。つまり、増加した消費税の一部は、他の目的に使用されることになる。福祉目的税と称しながら、実際にはそれが守られないことになる。

 以上、(1)は無意味だし、実際に意味をもつのは(2)か(3)だが、いずれも財務当局にはつごうがよく、納税者には危険だ。

3 全額税方式という欺瞞
 <略>

4 消費税増税では財政再建できない?
 現在の財政赤字を解消するには、前述のように税率を30%近くに引き上げる必要がある。
 このような規模の増税は、政治的に難しいだけではなく、経済的にも問題がある。とりわけ、次の点が重要だ。
 
 (1)増税すれば単年度の赤字は解消され、新発債の発行は楽になる。しかし、既発債借り換えの問題は残る。利子負担と償還の問題は残る。
 (2)税率が除々になされる場合には、将来の物価水準が高くなるという予想が形成されるので、名目金利は上昇する。このため、金利負担が重くなる。また、それまでの金利では既発債の借り換えができなくなり、利上げが必要になる。これは国債の時価の下落を意味し、国債を大量に保有している金融機関に多額の損失が発生する。

 インフレは、財政再建のひとつの方法である。最近では、ロシアでも同じことが起きた。財政赤字に悩むギリシャでインフレが生じていないのは、ユーロに加盟しているため、金融政策の自由度を奪われているためだ。
 コントロールされた物価上昇も可能かもしれない。
 実質財政赤字縮小の方策として、消費税増税とインフレのどちらが害悪が少ないか、必ずしも自明ではない。

【参考】野口悠紀雄『日本を破滅から救うための経済学 -再活性化に向けて、いまなすべきこと-』(ダイヤモンド社、2010)
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【読書余滴】野口悠紀雄の、「失われた15年」で拡大した所得格差 ~ニッポンの選択第28回~

2010年08月29日 | ●野口悠紀雄
 1990年代中頃からの「失われた15年」の間に、日本の世帯所得は低下した。世帯あたりの平均所得は、659.6万円(1995年)から556.2万円(2007年)へと、約100万円、率では15.7%ほど低下した【注1】。

 世帯所得の分布をみると、中間所得世帯(Y:300~700万円)の比率がほぼ不変だった反面、それより所得の高い世帯(Z:700万円以上)の比率が減り、より所得が低い世帯(X:300万円未満)の比率がほぼ同じだけ増加した【注2】。
 「Xの比率が増加して、Zの比率が低下する」という現象は、各所得階層の所得が等しい率で減少しても生じる。この場合、物価の変化はどの家計でも同じなので、実質所得の変化率はどの家計でも同じである。何の問題も生じない。
 しかし、実際に生じたのは、こんなことではなかった。ジニ係数が上昇したからだ【注3】。

 1995年と2007年の所得分布をみると、平均所得以上の階層では、どの階層でも所得が12年間に100万円ほど低下した(と解釈できる)。
 同じ率ではなく、同じ額だけ低下したので、低所得ほど低下率は高くなる。
 物価下落は誰にとっても同じだ。したがって、低所得では実質賃金が大きく下落したが、高所得では実質賃金はさほど下落しなかった。
 高所得世帯(Z-2:1,000万円以上)の比率もあまり変わっていない。1995年が18%、2007年が12%である。
 なお、1995年から12年間に世帯総数が増えている。増加率は人口増加率(2%)よりも大きい。つまり世帯は細分化されたことになる。特にXにおいて、高齢者や若年層の単身世帯が増えた(可能性がある)。

 Xでは、YやZとは異なる現象が生じている。600~700万円以下では増加している。ことに。400~500万円以下で顕著である。これは、生存に必要な水準以下に所得を減らすことはできないからだ。生活保護や最低賃金レベルの年間150万円程度が世帯所得の一応の下限であり、これより世帯所得を下げることは困難である。
 そこから300万円程度までの所得水準において、「底だまり」「吹きだまり」的現象が発生することになる。
 実体面では、それまでは正規労働者によって担当されていた仕事が非正規労働者に変わることによって、こうした現象が生じるのであろう。

 高度成長期の日本は、しばしば「一億総中間階層社会」とか「平等社会」と言われた。正確には、所得格差は存在していた。ただし、すべての階層の所得がほぼ比例的に上昇したので、格差が拡大することはなかった。
 しかるに、1990年代後半以降、底辺所得世帯が増える反面、高額所得世帯はあまり影響を受けなかった。
 つまり、二極分化が進み、格差が拡大したわけだ。

 こうなった背景は、外需依存のための新興国との競争である。競争のために低賃金労働が必要となり、他方で企業利益は増加したのだ。
 これまで日本社会に存在した階層間の安定は破壊され、貧しくなった低賃金・低所得階層とあまり影響を受けなかった上流階層に分解した。
 このような日本社会の変化は、消費動向、資産動向などにも大きな影響を与えた。自動車保有率の低下なども、これによってもたらされた(可能性がある)。

 【注1】「国民生活基礎調査」(厚生労働省)による。
 【注2】Xの比率は、22.4%(1995年)から31.3%(2007年)に増加した。他方、Zの比率は、37.2%(1995年)から27.5%(2007年)に低下した。Yは、40.4%(1995年)と41.4%(2007年)で、あまり変化していない。
 【注3】総務省統計局の「全国消費者実態調査」によれば、2人以上世帯の年間収入のジニ係数は0.297(1994年)から0.308(2004年)まで上昇した。つまり、この間の所得の変化は、一定率の縮小ではなく、格差を拡大させるようなものだった。

【参考】野口悠紀雄「経済危機後の大転換 ~ニッポンの選択第28回~」(「週刊東洋経済」2010年8月28日号所収)

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【読書余滴】野口悠紀雄の、日本企業は経済危機を克服できたのか? ~『「超」整理日記No.525』~

2010年08月28日 | ●野口悠紀雄
 東京証券取引所の一部上場企業522者の2010年4~6月期決算で、経常利益が前年同期比約4.3倍になった。
 しかし、これをもって国内企業の復調が鮮明になった、とすることはできない。
 利益の前年同期比が高かったのは、2009年4~6月期の水準が非常に低かったからである。この期には、製造業はほとんどが赤字だった。電機は5,000億円、自動車は1,664億円の赤字だった。日本経済は文字どおり「奈落の底」に落ちこんでいたのである。
 だから、この時点と比較した伸び率は、きわめて高い値になる。そのため「順調に成長している」という錯覚に陥るのだ。

 今年は、これが黒字に転換した。しかし、黒字といっても、電機で6,494億円、自動車で7,260億円である。経済危機前、トヨタ自動車1社で年間2兆円を超える利益があったことを思うと隔世の感がある。
 前述の上場企業利益でみると、リーマン・ショック前に比べてまだ92%の水準でしかない。つまり、まだ経済危機前には回復していない。

 しかも、電機と自動車は、政府支援の特需に支えられている。また、雇用調整助成金の支援もある。
 しかし、この施策は需要を増加させたのでなく将来の需要を先食いしただけだ。自動車の購入支援策が9月に、電機の支援策が今年中に終了すれば、需要は急減する。
 また、2009年には中国に対する輸出が急激に伸びたが、今後は同じようには伸びないだろう。
 だから、よくてピークの8~9割の水準を維持できるだけで、それを超すことは当分のあいだはできないだろう。平均株価は、ピーク時(2007年7月頃)の52%程度の水準でしかないが、これが利益の長期的見通しを示している、とみてよい。

 日本の企業は、黒字になったというものの、利益率は非常に低い。
 利益率は、事業モデルが経済の構造変化に対応しているか否かを示す。
 総資本利益率(ROA)を見るのがよい。「1単位の資本投入でどれだけの利益が得られるか」
 通常用いられる自己資本利益率(ROE)は、借入を増やせば事業の実態が変わらなくとも上昇してしまう。ROAは、こういう操作の影響を受けない。
 2010年3月期連結決算においける日本企業のROAは、次のとおりだ。ホンダ2.3%、トヨタ0.7%、日産0.4%、ソニー▲0.3%、東芝▲0.4%、日立製作所1.2%。

 主要企業のROAは、ホンダを除けば国債の利回りよりかなり低い。しかも、政府による購入支援策が与えられている状況での数字である。
 ホンダの場合、2008年のROAは4.9%だったから、半分以下に低下したことになる。
 これは経済危機後、需要の動向が利益率を引き下げる方向に変わったことを示している。
 それは、新興国シフトだ。新興国向けの伸びが高いということの実態は、「利益の高い先進国が伸びないので、利益率の低い新興国に向かざるをえない」ということだ。

 アメリカ企業のROAをみると、次のとおりだ。マイクロソフト18.8%、アップル18.4%、グーグル14.1%、IBM11.5%。
 日本企業の利益率とは隔絶的な差がある。しかも、これは政府の支援に支えられたものではない。また、外需に依存するものでもないので、為替レートの変動によって動いてしまうものでもない。新しい技術に支えられたものだ。だから、将来の動向にあまり大きな不確実性はない。日本企業とはまったく異質の事業を展開しているとしか考えようがない。
 ここでみた先端的企業以外の企業もふくむダウ平均株価でみても、現在の水準はピーク(2007年7月)の77%である。日本の52%と比べると、だいぶ高い。

 今回の決算をみて日本企業が順調に回復していると考えるのは、大きな誤りだ。
 「基本的な方向転換をしなければどうしようもないところに追い詰められた」と考えるべきである。

【参考】野口悠紀雄『「超」整理日記No.525』(「週刊ダイヤモンド」2010年8月28日号所収)
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