よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

ケースで学ぶ実戦起業塾

2011年04月13日 | No Book, No Life

以前、「ケースで学ぶ実戦起業塾」という本について雑文を書きましたが、日本ベンチャー学会から依頼があり、正式な書評を学会誌向けに書きました。

ブログに走り書きしたものが、学会誌に飛び火するとはなんとも面白い現象です。このところ、ブログがモトになって書評になることが続いています。

この学会誌も早いところ、webに移行してほしいものです。欧米の一流学会では、論文提出、審査、掲載、会議開催まですべてオンラインが主流です。「ベンチャー学会」とうたっている以上、もっとスピード感を高めて、顧客=会員満足度を高めてほしいものです。

 とまれ、記念に貼っておきます。

<以下貼り付け>

日本ベンチャー学会誌:Venture Review No. 17. pp75-77.March 2011.

『ケースで学ぶ実戦起業塾』 

Case Studies: Starting and Running Your Own Venture

木谷哲夫編著 日本経済新聞出版社 2010年 

1本書の特徴 

本書の執筆陣は、京都大学産官学連携本部寄附研究部門 のイノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門 に所属して起業、ベンチャー支援に実務経験を有する研究者達である。専門家向けというよりはむしろ、起業に関心のある学生、起業家予備軍のために書かれた一冊だ。書名に「塾」とあるように、本書が展開するステップに沿って、考えながら読める構成となっている。

経営現象を専門的に記述するときのスタンスは大きく二つに別れる。ひとつめは純粋な観察者の視点に立って、客観的に、あるいは論理実証的に記述する行き方だ。ふたつめは、経営に深く関与した経験がある者が、自らの経験を基にして、そこから抽出される事例、パターン、モデルなど記述する行き方である。前者の記述スタイルの典型は経営学者のそれだろう。経営学者にとって、実務としての経営にタッチすることは積極的には求められない。ゆえに、請求書を発行したことのない人、経営計画書を書いたことのない人、人を採用し首にしたことのない人、イノベーションについて当事者として取り組んだことがない人でも、大学院を出て経営に関する論文などを書けば経営学者の一端には入れる。後者の記述スタイルの典型は、経営に積極的に関わり、携わってきた実務家ないしはプロフェッショナルのそれだ。この本は、後者に属する執筆者によって書かれたものである。

さて、ここで注意しなければならないことは、起業経営(Entrepreneurial management)におけるプロフェッショナルな経験というのは、凡百な企業の研究開発担当者、管理職、事業部門長、新規事業創出担当者、ベンチャー投資担当者、会計士、税理士、起業評論家、ベンチャー評論家などのレベルではないということだ。起業経営におけるプロフェッショナルな経験とは、そうそう間口が広いわけではなく、以下のように限定される。

(1)ハンズオン投資を行いイグジットまで持っていった経験。(投資経験)

(2)自らリスクを取って起業し、かつイグジットさせた経験。(起業経験+イノベーション経験)

(3)グローバルレベルでのイクスパティーズが蓄積されたコンサルティング・ファームでのコンサルティング経験。(コンサルティング経験)

 

この本の著者チーム、つまり木谷哲夫、瀧本哲史、麻生川静男、須賀等は、上記の稀有な起業経営プロフェッショナルの条件を満たしている。本書の第1の特徴は、そのような経験を具備する執筆者によって書かれている、そのこと自体である。

第2の特徴は、本書のタイトルが「実践」ではなく「実戦」とされているところに顕れているように、起業という戦場で活用できるプラクティカルな内容に重点を置いている点である。海外発のケースの羅列では、環境、制度など与件が異なりすぎるので日本国内で起業する向きにとっては有効な知見を得にくい。この点、本書のケース群は異なる。著者4人が濃厚に関与した日本国内の起業事例を中心にして丹念に絞り込まれた記述は有用な洞察の宝庫である。

第3の特徴は「事業の作り方」を解説している点だ。本書は、ビジネスモデル作りに重点を置き、ヴィークルとしての各種法人の作り方は二の次としている。このスタンスは全章を通して一貫しており、25事例の紹介と相まって、事業やビジネスモデル作りの勘所が読者にビビッドに伝わるような編集となっている。

2本書の構成

この本の構成を概観する。まず第1章「勝てる土俵で戦う~ビジネスアイディアと起業マーケティング」(瀧本哲史執筆)は、いわゆる起業家発想法の本質が分かりやすく述べられている。私見によれば、起業マネジメントにおいては、成功要因より失敗要因の方が圧倒的に多く、その意味で失敗パターンに気づくことが起業家のリスクマネジメント上、より重要である。その意味で、失敗する起業家はどこでつまずくのか(019ページ)は示唆に富む。

第2章「他力を活用する~チームビルディング~」(木谷哲夫執筆)は、スタートアップスのいわゆる人的資源論だ。まさに「はじめの10人がベンチャーの成否を分ける」、「はじめの10人が会社の性格を決定づける」、「大学は人材獲得源として活用すべし」などというような着眼点が光っている。

第3章「合理的なリスクを取れるまで計画する~ビジネスプラン~」(木谷哲夫執筆)は、単調になりがちな事業計画づくりのフローを、「合理的なリスク」を取るという視点で論述する。成功の確率をいかに上げてゆくのか、というテーマはリスクマネジメントなのである。

続く第4章「市場の目で技術を見る~知財と技術マネジメント~」(麻生川静男執筆)では、技術経営(MOT)の視点で主として知財と技術マネジメントが論じられる。技術経営領域で頻繁に用いられる概念が初学者にもわかりやすいように平易に解説されている。

以上の議論を受けて、第5章「会社の成長に合わせて進化する~成長の管理~」(須賀等執筆)はスタートアップス経営の本質である成長のマネジメントについて深堀りする。筆者自身がハンズオン・キャピタリストとして深く関与したタリーズコーヒージャパンのケースが味わい深い。「どうだ、俺と組まないか?」「はい、よろしくお願いします」という会話から急展開されるリアルな事例に思わず読者は引き込まれるであろう。

終章となる第6章「出口戦略を常に意識する」(瀧本哲史執筆)は、イグジットに焦点をあてて議論を加えている。日本人一般に欠けているもののひとつは、入り口で出口を構想するシナリオプランニング能力である。瀧本は、おそらくはこのような認識に立って、すべての段階においてイグジットを積極的に意識せよ、との具体論を展開する。本書の構成上、この章は終章ではあるが、実質的には序章でもある。終章(イグジット)を吟味して序章(エントランス)に取り掛かれ、というメッセージが込められていると理解したい。そのエスプリを味わうためには、終章を読んでから全部の章を改めて読んでみるのもよいだろう。

さらに、全編を通して25事例もの日本国内の生きたケースが掲載されていて、これらの事例がバランスよく各章の議論に埋め込まれている。ケースというと、ケースを記述する際の構造に神経質になる向きもあろうが、本書のケースは厳格なフレームによって構造化するものではなく、各筆者の個性が多様に反映されている。このようなケースの記述があってもよいと思う。

具体的には、第1章に2事例、第2章に4事例、第3章に5事例、第4章に12事例、第5章に1事例、第6章に2事例が掲載されている。このように章立ての文脈に沿って、日本国内の起業事例が紹介されているので、各章のポイントが腑に落ちる構成となっている。「そういえばこういう事例があったな」と想い出し、個別の文脈で起業家や起業家の卵たちが、判断する際に、大いに参考になるはずだ。 

3 内容の吟味と検討

 「はじめに」でも論じられているように、先進各国におけるマイクロカンパニーないしは「自分経営」の動向は意味深長である。そして、米国や欧州では大会社を辞めて個人ベースで生きる人の割合が増加しており、組織から個人への「民族大移動」が起きているという。これらの動きを受けて、執筆者代表の木谷は、「日本でも、その動きが周回遅れで起こっている。この『中抜き』の時代に大事なのは、『会社経営』ならぬ『自分経営』の視点である」と述べ、「起業という選択肢は、他の人と共同し、大きな事業機会にチャレンジできる魅力的なものだ」と論ずる。

 この部分について付言する。2010年12月の時点で有効求人倍率は、従業員5000人以上の大企業では0.47倍(リクルート調べ)だが、300人以下の中小企業では4.41倍(アイタンクジャパン調べ)である。このデータからも読み取れるように、大企業への就職は厳しい状況だが、ベンチャーを含む中小企業では1人の求職者に対して4社以上が求人を出している「売り手市場」なのである。しかし、中小企業への就職希望者は低迷し、狭き門の大企業のみに就職希望者が殺到し、内定が出ないと学生は苦悩の声を上げ、その情景をマスコミは盛んに「就職氷河期」であると喧伝している。就職先としての中小企業、ベンチャー企業志向が低迷していることと、起業率の低迷は無関係ではあるまい。いったいこの情景に「自分経営」はあるのだろうか、という疑問を呈するとき、「周回遅れ」の「周」とはたぶん1周ではないように思われる。日本民族の「民族大移動」は大企業志向にとらわれ、目詰まり現象を起こしてはいまいか。

 さて、前述したとおり、本書はハイレベルな実務家による著作物ではあるものの、ライティングスタイルについていささか気がついた部分を挙げておこう。

(1)社会起業(Social Entrepreneurship)という切り口がない

本書はfor-profitのビジネス起業を中心に構想しているが、social(社会的)インパクト、社会イノベーションといった昨今の社会起業の動向に関する記述が見当たらない。これらのテーマに対しても一瞥を加えておいた方が、本書の相対的位置づけが明確になったことであろう。

(2)知財を活かす「三位一体の戦略」(246ページ)

「知財戦略の三位一体とは、①研究開発戦略(技術戦略)、②事業戦略、③知財戦略」(248ページ)を挙げているが、この言説に関する先行文献にもリファーしておくべきだろう。

(3)マーケティング・ミックスの4P

異なる章の2か所で重複して解説されている(079、216ページ)。無用な重複は避けるべきだ。

(4)オープンイノベーション(283ページ)

近年、ベンチャー企業、地域クラスター、産官学連携コミュニティとオープンイノベーションの関係性が盛んに議論されつつある。起業家やベンチャー企業単体を凝視する目をミクロの目と呼ぶのならば、オープンイノベーションを俯瞰するのはマクロの目だろう。京都という土地柄を借景として、起業を国内事例中心に論じる本書にとって、このような議論に独自の一石を投じる視角もあってよいのではないか。

しかしながら、以上はむしろ瑣末な点とすべきであり、前述した本書の大胆な構成、斬新な着眼点をいささかも損じるものではない。読者諸賢には、瑣末な点は横に置き、本書の本質とじっくり対話をして欲しいものである。

 

<以上貼り付け>


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