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本を燃やす!?(2014年改訂)

2015年01月20日 | 書店業界(薄利多売は悪くない)

不良在庫の処理について、あるお店にレポート出すので、思いつくところを少し書いておきます。

買い切り商品、返品不能の色褪せた在庫が、文庫、新書、児童書など、どこの店にも多くみられます。
「店に出しておかない限り売れない、減らない」現実は確かにあります。

しかし、売れ残りや色褪せた商品が、棚に並んでいることは、
 (1)、まわりの商品も古く見えてしまう
 (2)、棚回転が上がらない売り場になってしまう。
 (3)、店全体の商品情報密度と鮮度を下げてしまう。
などのデメリットがあります。


  店に出し続けるのと一気に処分するのと、どちらが得かは意見がわかれることもありますが、
これから在庫を減らして売り上げを伸ばす店づくりをするためには、これらの返品不能品を「火をつけて燃やしてでも処分する勇気」が必要です。
 さらに、ロスを抱え込まないためのコストをきちんと店が抱え込む覚悟は、そのまま店頭の商品をより大事にする姿勢にもつながります。

 ロスの発生、処分は、担当者レベルで決断することは確かに難しいので、5年10年その商品を店におく価値など、会社としての考えをはっきりさせ、決算棚卸し前に思い切って台帳引き落とし処分することをおすすめします。


 また、廃業出版社在庫などは、今後もより大きな版元の倒産などで大量に発生する可能性があります。
 これらの在庫を特価処分販売するときは、常設的なコーナーにはしないで期間を限定しておくことで、お買い得感も増し、棚が薄暗くなる印象も減少させることができると思います。


* この考え方を徹底できるかどうかは、より効率のよい顧客満足度の高い新刊仕入れの絞り込み決断にもつながります。

 「売れるかもしれない」、「売れるかどうかわからない」商品は極力おかず、顧客に明快な情報とメッセージを伝える棚にすることで、在庫のない商品があっても確実に「客注取り寄せ」になる店づくりにつながっていくものと考えます。

 このことは、「売れる本」のみ置くことを勧めることではありません。

 管理されていない本を排除することを強調するもので、売れ行きが悪くても「売りたい本」であれば、ただ放置することなく、それに相応しい販売、展示方法をとるべきだということです。

 


 ところで余談ですが、みなさんは本を実際に燃やしたことってありますか。

 本を燃やすなんてとんでもないことですが、どうしようもない古い本とかは、ちり紙交換にもだせず、古本屋でも値がつかないので、やはり燃やすという選択肢はあると思います。

 ところが、本というものは紙でできているものには違いないのですが、現実にはなかなか燃えないものです。

 ページが閉じた状態では、間に空気が入らないので、木よりも燃えにくいというのが実態です。

 それを燃やすには、紙を一枚一枚広げるという手間をかけないと、なかなか燃えないものです。一枚一枚開くことができれば、かなりのエネルギーを出します。 

 

 本を燃やすといえば、先になくなったアメリカのSF作家レイ・ブラッドベリの代表作『華氏451度』(1953年)がありますね。 言論統制の危険性を、紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)をタイトルにしたものです。
 本を所有することを禁じられた社会を描いています。



 このことは、本というものがただ単なる紙の情報というだけでなく、実際にものすごい物理的エネルギーの塊であることも意味しています。

 1冊の本がもつ莫大なエネルギーを、私たちは読書とともに摂取しているのを感じます。

 

と思うと、「本を燃やす」という行為は、食の「安全」の代償に行なわれる家畜の殺処分と同じような罪悪感を感じますね。

 

           (2012年にアップした記事を加筆訂正致しました)

 

関連ページ

序 「たて糸」を断ち切りひらすら「よこ糸」のみをかき集めてきた時代

1、「たて糸」の読書と「よこ糸」の読書

2、「読書」は本来、(どくしょ)ではなく(よみかき)です

3、数字が如実に示すネット時代に生き残れる業界の姿

4、もう一つの「不滅の共和国」 「野生」の側にある本と本屋の本分

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「たて糸」を断ち切り、ひたすら「よこ糸」のみをかき集めてきた時代

2015年01月18日 | 書店業界(薄利多売は悪くない)

前回は、読書の「たて糸」と「よこ糸」のことを書きました。

前の文を読んでいただいた方には、おそらく次に書くことはだいたい想像がつくと思いますが、
また長くなりそうなので、暇で死にそうな方だけ読んでください。

この半世紀あまりの経済は、ひたすら「たて糸」のしがらみを断ち切り、可能な限り、
あらゆるところから「よこ糸」をかき集めることで、めざましい「成長」を勝ち取ってきた社会
であるといえます。

この半世紀に限定すれば、それは正しいかどうかの問題よりも、
「そうすることしか出来なかった」現実があり、
その流れに乗ることがむしろ合理的であったとも言えます。

資本主義の経済社会がもたらす基本的な性格として、
お金が、しがらみに囚われずに、より移動しやすく、集めやすくなること、
商品も、しがらみに囚われず、より移動しやすく、集めやすくなること、
労働力も、しがらみに囚われずに、より移動しやすく、集めやすくすること、
さらには都合に応じていつでも切り捨てやすくなること、 
そのようにしてあらゆる「たて糸」のつながりを断ち切ることこそが、より大きな経済を
つくるための必須条件でした。 

こうした流れは、まさに「東京オリンピック」のころから、日本の隅々にまで広がりはじめました。

まず第一に、もともとあった何にも換えがたい自然景観などの資産を破壊し、
先祖から受け継ぐことで再生産し続けてこれた建物や土着の技術などを捨て去り、
さらには、暮らしや子育てなどの生活の知恵も身近なものではなくなってしまいました。

千年、万年、それどころか億の単位の年月をへて踏み固められてきた大地。
その上を半世紀にも及ばないほんのここ数十年の間に、私たちはコンクリートで蓋をしてしまいました。
コンクリートで塞がれ呼吸することのできない土の声を、私たちは聞くことができません。

そのコンクリートの大地の上で、生活に必要なあらゆるものは、かつて自分たちが持っていたもの
ではなく、外から買い続けることによってしか成り立たない社会をきずいてきました。
現代社会は、むしろそれを良いこととして目指してきた社会だったのです。

長持ちせずに、次々と買い替えてもらえる商品、飽きやすい商品を大量に供給することが、
経済発展の条件でした。 
それを疑うことはあっても、多くの経営においてそれはタブーでした。

まさに「東京オリンピック」のころから私たちはこの道を一直線に突き進んできたのです。



おかげさまで、どこの町へ行っても同じようなチェーン店が立ち並ぶロードサイドの景観、
地域づくりに至っても「◯◯カルチャーセンター」、「ふれあい◯◯」といった共通の
行政サービスがあふれ、かたちあるものばかりか、言葉や心の習慣までもが、
判で押したように同じ姿が全国津々浦々に浸透、定着しました。

背景には、技術革新や人口爆発があったものの、そこに「たて糸」のしがらみがあったならば、
決してあのような高度経済成長やバブル経済は起こりえなかったのではないかとさえ思います。

ところが、やがてバブルもはじけて人口減少社会になった今、
未だに、この「たて糸」を喪失したままで、「よこ糸」のみをかき集める経済成長を
期待し続けている人たちがたくさんいます。
今の政府頼み、行政頼み、業界頼みの発想は、どれもこの傾向を強く感じます。

なにごとでも徹底すれば、それなりの結果はついてくることとは思いますが、
長い歴史でものを考えれば、それはあまりにも目先の利益しかみない発想であることは
明らかです。

 

では、「よこ糸」のみに依存しない「たて糸」を活かす経済とはどのようなものでしょうか。

私はそれは、有形無形の「資産形成」こそを第一の目標にした経済だと思います。

「資産」というと、どうしても「お金」を貯めることのように思われがちですが、
「お金」が「資産」形成のプロセスで大事なことは事実ですが、「お金」ほどはかなく消えやすいものもありません。 
多くのお金持ちは、このことをよく知っていて、「お金」をいかに「資産」に変えるかこそ
最大の知恵の出しどころと心得ています。

私のような貧乏人には、如何なる資産よりも、さしあたっての10万、100万のお金ほうが
どんなにありがたいかと思ってしまいますが、たくさんのお金を長く持っている人ほど、 
恐慌や戦争などの度に、お金が紙くずになるリスクの高いものであることをとてもよく熟知しています。

まさに、こうした「お金」を「富」や「資産」に変えることの難しさを、私たちはバブルで経験しました。 

今、思えば・・・ですが、
あれだけお金があった時期に、なかにはいい思いをできた人もいたかもしれませんが、
日本の後世の歴史に残るようなものを当時の人たちは、ほとんど何もつくれなかったのです。
「土地」や「マンション」こそが間違いのない「資産」と勘違いしたのはバブルならではだった
かもしれませんが、ごく一握りの人でも、奈良や京都の寺院が千年を超えて日本人の
文化遺産として残っているように、なにか他のもので百年でも、千年でも残るような
「有形無形の資産」を少しでもつくったでしょうか。

「お金」が「お金」をうむときに、私たちは「資産」を何もつくってこなかったのです。
そればかりか、限りある貴重な「資産」すらもことごとく手放してきたのです。 


 

新しい「商品」=「よこ糸」を次々に生産してかき集めることよりも、
この「たて糸」である「資産」を形成することの方が 、長いスパンでものを考えると、
ずっと効率が良いことにそろそろ気づいてもよいのではないでしょうか。 

「資産」とは、単純にお金を貯めることではなく、長く生き続けて活用できる財産を
つくることです。

自分の胸のうちに残る資産。

子どもや孫に遺せる資産。

会社の経営を支える資産。

地域に根ずく資産。

これらは皆、自分ひとりの占有物になるのではなく、隣りの人と、子や孫たちと、地域の人たちと
共有しあえるものです。

先の東京オリンピックの頃までは、一家というと三世代くらいが同居することが当たり前の社会でした。

それが急速に、親子二世代の社会になり、今では単身、独居世帯の比率が急速に増してきました。

かつての三世代同居時代には、無条件に親は、子供に残せる資産を守り増やそうと、土地を耕し家屋敷を守りそだててきました。

それが単身世代が増えるに従って、自分自身や子供に資産を残すということは、すなわち「現金」をより多く残すことこそが優先されるようになってしまいました。

親が大切に守り育ててきた田畑や屋敷は、子供にとってはタダでさえも欲しくはない、現金であれば歓迎する社会になってしまったのです。

地域資産が疲弊減少するのは当たり前です。

もう一度、現金よりも信頼に値する「資産」とは何か、

真剣に考え直す必要があると思います。

 

こうした「たて糸」=「資産」をふやすことこそが、人が育つ真に強い社会をつくることにつながる
のだと思います。

 

 

 

では、書店にとって「たて糸」に相当する「資産形成」とは具体的に何なのかを
次回に書いてみます。

 

 

「たて糸」の読書と「よこ糸」の読書 

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『21世紀の資本』再三の重版待ちのため『資本論』をおさらい

2015年01月14日 | 気になる本

ピケティの『21世紀の資本』再三の重版待ちで、なかなか入荷しません。

21世紀の資本
クリエーター情報なし
みすず書房

その間にマルクス『資本論』のおさらい。

1巻部分を通読しました。

 

「実際には、労働者の個人的消費は彼自身にとって不生産的である。というのは、それはただ貧困な個人を再生産するだけだからである。それは資本家や国家にとっては生産的である。というのは、それは他人の富を生産する力の生産だからである。」     

             マルクス『資本論』第7篇 資本の蓄積過程 より

現代にとてもいきる言葉です。

会社の枠内の労働にとどまっていると、いくら真面目に働いてもこの枠から出ることはできません。

でも、働くものが、その収入如何にかかわらず、自らの資産形成(お金にとどまらないもの)を目標にしてきちんと学び、働くことを考えれば、消費にとどまることのない生産的な労働に至ることは可能です。

もちろんそれが簡単ではないけれども、今はそれが可能な時代です。


ついでにアダム・スミスの『国富論』も読めたらいいんだけど、評判の新訳本は、これもちょっと高くて手がでない。

国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)
アダム・スミス
日本経済新聞社出版局
国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 (下)
クリエーター情報なし
日本経済新聞社出版局


ピケティの『21世紀の資本』のような高額で専門的な本がこれほど売れるというのは、ほんとうに異例のことです。

きっかけはなんでもいい。

私もおかげさまで、『資本論』『国富論』はなんとか読了したいという衝動がわいてきました。

『国富論』『資本論』のふたつは、思想的立場いかんにかかわらず、現代社会を知るための必読書だと思います。

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まるでバブル期に乱立したゴルフ場開発をみているかのようです。

2015年01月13日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜

やっぱり、どうしても黙ってはいられない気持ちです。


 太陽光発電のソーラーパネルが至るところにできるのを、群馬の山のなかに住んでる私たちからみると、まるでバブルの時にゴルフ場が次々につくられた景色が再現しているように思えてなりません。


 環境にやさしい自然エネルギー。

 

 自然エネルギーへの転換はまぎれもなく必要なことですが、今進んでいるのは、10年もつかどうかの助成頼みのやり方ばかり。

 短期戦略としてきちんと位置づけられているのならいいのだけど、やはりり20年、30年後のことは考えてはいないとしか思えません。

 

 日本という国は、許認可については異常に煩雑な手続きがつきまとう構造を持っていますが、景観や自然環境の維持のためには、他の先進国と比較しても、ほとんど野放しに近いような状態です。

 

 

 

確かに、休耕田の有効活用や、つぶれたゴルフ場などの敷地をうまく再利用するのは良いことだと思います。

容易ではない原発に依存しないエネルギー戦略を、国の戦略としてかかげ、助成をつけてそれを推し進めることも悪いことではないと思います。

 

でも、日頃、山のなかで暮らすわたしたちから見ると、それらの事態は、自然にやさしいエネルギーの生産のためという合法的なみかけを装いながら、どう見ても大規模な環境破壊が行われているとしか見えません。

高齢化とともに、土地を活用できない地権者にとっては、遊ばせている土地が収入源になることは願ってもないことで、さらにそれが深刻なエネルギー問題の解決に役立つとなれば、断る理由はありません。

 

でも、今、外資も含めて乱立している業者たちの経営は、10年後、20年後、ほんとうに大丈夫なのでしょうか?

太陽光発電エネルギーの高額買い取りは、より長く続ける方向へふたたび努力できたとしても、この山々の至るところが切り開かれ、光り反射するパネルが山のそこかしこにできる光景は異様にしか見えません。

パネルの下の日当りの悪い空間を利用して、野菜をつくることもすばらしいアイデアだと思います。

しかし、土地の利用基準、考え方がまったく野放し状態で、この開発がどんどん進んでいます。

これは、私達が願うエネルギー政策ではなく、あくまでも自然エネルギー転換を加速するための過渡期の政策であることを十分理解してもらいたいものです。

その先にどうするのか。

技術革新やコストダウンがはかられた後、どのようなエネルギー政策を目指しているのでしょうか。

太陽光パネルが老朽化して処分するときの問題。

エネルギー政策と「環境」政策は一体のもの。

エネルギー政策と「景観」問題も一体のもの。

 

再生可能エネルギーは、確かにCO2削減や脱原発、リスク分散のためでもありますが、普及させる一番のツボは、「エネルギーとお金の地産地消」でしょう。


本来は、小規模ゆえに、設備や投資も自前で出来るものです。


お金が中東やアメリカメジャー資本に流れないだけではなく、地域内で回るお金が増え、しかもそれが地域内で完結する。

徹底すれば送電設備も劇的に減らせます。

売電のために送電設備を残すより、送電線や送電鉄塔を減らすことのメリットもこれからは考えるべきでしょう。 


ここをきちんと押さえていれば、多少のコスト高は決してマイナスにならないし、安易にメーカーの一見おいしい話に乗せられることもないことと思います。

 

いま日本中でおきているこの光景の異常さ、都会の暮らしからは見えないかもしれませんが、
間違いなく後世に禍根を残すものといえます。

政策が大きく変わるとき、新規参入を妨げないしくみというのとても大事であると思いますが、
無原則であるばかりに、公然と地域の破壊が進行してしまうことが少なくありません。

どうかこの異様な光景の実態を、多くの人に知ってもらいたいものです。 

 

 

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「たて糸」の読書と「よこ糸」の読書

2015年01月10日 | 書店業界(薄利多売は悪くない)

同業者のなかでも、もっともお世話になってる友人のひとり、北海道砂川市の岩田さんの行っている『1万円選書』が、いまブレイクして大変なことになっています。

大変な話題になっていながらも同業者からは、そのレベルの高さからか「さしあたって自分にはマネできないから関係のないこと」かのように思われがちなところがあります。

そこで、そうした誤解をうまないために、より多くの人に「1万円選書」のすばらしさと価値、これからの書店に応用できるさまざまなヒントがそこに満ちていることを伝えたく、何回かにわけて思いつくところを書いてみます。

 


1、「たて糸」の読書と「よこ糸」の読書


誰が言い出したことか知りませんが、私は東京の「読書のすすめ」の清水克衛さんから聞きました。読書には、「たて糸」の読書と「よこ糸」の読書があるのだと。

今の新刊本屋の店頭の本は、ほとんどが
「よこ糸」の読書によってささえられている商品であるとい
えます。
つまりその多くが、時間とともに市場からも記憶からも消えていってしまう性格の本でなりたっているということです。
それに対して「たて糸」の読書とは、時間が経っても、時代が変わっても、変わることなく生き続ける古典のような本の読書のことです。

岩田さんの「1万円選書」が、ネットサービスの「この本を読んだ人はこんな本も読んでます(買ってます)」といった情報サービスと決定的に違うのは、読書の視点を「広げる」「変える」といったことの他に、この「たて糸」の視点がしっかりと織り込まれていることにあると思います。

この意味で「たて糸」の読書というのは、従来の解釈よりはちょっとだけ深い意味をもってきます。

「1万円選書」を紹介したあるニュース番組のなかで、岩田さんに選書のためにカルテ(読んだ本のリスト)を提出したあるキャスターが、岩田さんから
「あまりいい本を読んでいませんね~」
とあからさまに言われてる場面をみました。
おそらくハウツーもののビジネス書がズラズラとならんでいたのではないかと思います。

こう言うと、ハウツーもののビジネス書や自己啓発書でも、歴史的流れの「たて糸」をふまえた良い本は、たくさんあるではないか、と言われそうです。
ビジネス書の多くは、まさに売るためにはどうしたらよいかを真剣に考え進化し続けている領域なので、「たて糸」の知恵もたくさん取り込まれていそうなものですが、
個々の本の分析や評価の問題を抜きにしても、それが10年後、20年後に残るかどうかを想像すれば、だれもがおよその見当はつくと思います。
つまり、その本を読んで成功したビジネスそのものが、10年後、20年後にはほとんど無くなっているからです。

では、すでに古典となっている哲学や思想、文学、経済学などの本以外で、「たて糸」の読書になるような本とは、どのような本のことなのでしょうか。
『1万円選書』を紹介したテレビ映像のなかに、時々梱包包装している本がチラリとうつってました。

まず目についたのが、渡辺京二『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)です。
おそらくこの本など、相当な人に岩田さんは売ってるはずです。
まさにこれこそ「たて糸」の本の代表です。 

 

この本の他でわたしが「たて糸」の本としていま思い浮かぶのは、
石牟礼道子の『苦海浄土』三部作です。
水俣病という現実を素材し取り上げていながら、安易に政治的断罪にはしることなく、そこに暮らす漁民たちの歴史や風土、民俗が見事に織り込まれています。

ふたりとも九州の熊本周辺で活躍されて交遊もあるので、この組み合わせではちょっと偏りすぎですか?
まあ、とりあえずの例としてですが、この二人の作家は、まだ読んでいない方がいれば絶対おすすめです。

考えてみれば、ロングセラーリストや古今東西の名著を紹介したものはいろいろあります。
それらに対して「たて糸」の読書としてもし本を現代の視点でリストアップしたならば、そうとうビシッとした本のリストが出来上がるような気がしますね。

そうだそうだと話がそのまま進めば良いのですが、

・・・ところが現実は、です。

それらの商品では市場が支えられないからこそ、棚から消えて、出版社の企画からも外されてきたのではないか。というのが、これまでの業界の常識です。

ひと際、日本の出版市場は、まさに諸外国と比べて雑誌とコミック、それと新刊依存度が高いので、圧倒的に「よこ糸」の読書によって支えられ牽引されつづけてきたといえます。

もちろん、すべての人がそれを良い事として選んでいたわけではなく、「たて糸」の読書を大事にしようと思っても、読みにくい、わかりにくいなどの要因とからんで「売れない」という現実が、「よこ糸」偏重を選択せざるをえなかったともいえます。

本の世界に限ったことではありませんが、右肩上がりに市場規模(人口)が拡大していた時代であれば、そのように「よこ糸」のみに依存していてもなんら問題を感じることもなかったかもしれません。
もし可能であれば、その「よこ糸」偏重でも長年育ててきた大事な財産ではあるので、まだまだ維持し残していくべきでしょう。 

ところが市場が縮小し続ける時代になると、これこそが縮小し続ける出版市場の首を自ら絞めている原因になっているということが逆に浮き彫りになってきているのです。

 「よこ糸」偏重では、これからの時代に「強い」社会は絶対につくれなくなってきています。

むしろ「たて糸」を強調したほうが、手間がかかるように見えながらも実は楽な時代になりだしていると思うのです。

 

 


そもそもタテ糸とヨコ糸は、なぜ両方必要なのでしょうか。

誤解されたくはないのですが、今の時代、「たて糸」が大事で、「よこ糸」は必要ないと言っているのではありません。

ここで強調したいのは第一に、ここ数十年の歴史があまりにも「よこ糸」のみに依存し、「たて糸」を放棄しつづけてきた異常性を問題にしたいのです。
「たて糸」の面倒なしがらみを出来うる限り断ち切り、より自由に動き回れる商品や人(労働力)を増やすことこそが、売上げ増のいままでの鉄則でした。
数少ない「成功?」モデルの超大型店の乱立も、実態はヨコ糸偏重の弱い経営体質のまま規模の拡大のみで数字をつけているにすぎません。

第二には、この「よこ糸」と「たて糸」をパーソナルな環境や意識にあわせて一本一本、手間をかけて織り込んで行く作業にこそ、読書の本来のダイナミズムと本のパワーを発揮するビジネスの面白さがあるのだということです。

わたしたちは、このような「たて糸」を意識することではじめて、昨日読んだ本すらも忘れてしまう新刊情報の渦のなかで、どんなに市場性の低い変な本であっても、その固有の価値を位置づけ意味あるものにして残し伝えつづけることが可能になるのではないかと思います。

一見「くず糸」のようなもの、均質さを欠いた玉のようなふくらみのある糸や「まだら色」の糸、それらは「たて糸」のなかに丁寧に一本一本織り込むまれるとではじめて、美しい風合いと生地の強さを生み出すことができます。
また、こうすることで、ただ消えて行く運命だった「よこ糸」を意味あるものとして末永く残すことも可能になるわけです。

 

 

 

「よこ糸」の「商品」をただ拡大生産して消費するだけの読書から、「人類の資産」である「たて糸」を活かして、そこに「よこ糸」を一本一本織り込む作業で、さらに私たちの「あたらしい資産を生む」ことができます。

そのような活動が書店を通じて、いま求められており、現実にあちこちで生まれだしているのではないかと思うのです。

もう少し別の言い方をすれば、読者を「消費者」としてだけしか見れない「よこ糸」のみの経営タイプ。

本をつうじて情報と情報、人と人をつなぐように、「たて糸」を織り込んでいくのがこれからの自分のなかの「資産」や地域の「資産」をためていく、地域に生き残る価値のある本屋の仕事であると感じられるタイプです。

それは、一書店員のパーソナルなそれぞれの視点を活かし、個々の読者のパーソナルな領域にも踏み込むこと、自分をさらけ出すことを恐れたり、個人情報云々を不要に気にすることなく踏み込むことでこそ、周辺にあまた存在する「沈黙の読者たち」を巻き込んでいけるようになるのだと思います。

それを知るにはこんな長い文章で語るより、できれば岩田さんと特定ののお客さんとの「顧客カルテ」を通じた具体的な生々しいやり取りを見た方が、はるかに説得力があるのですが、個人情報の問題と岩田さんの営業秘密の問題で、残念ながらそれはかないません。

例えば、ですが、

岩田さんは一時、孫が出来たころ、それはもう孫にベタベタで、わたしが遠くから見ていて、もう本屋の仕事など興味がなくなってしまったんじゃないかと思えるほどでした(笑)。

そんな岩田さんのところへ、最近、大好きなおじいちゃんを亡くしてしまった孫をかかえたあるお母さんから「1万円選書」の依頼が届きます。 
自分も孫が可愛くて可愛くてしょうがない立場なので、自分がそのじじに代わって孫へのクリスマスプレゼントとして本を選んであげます。

その孫のことを思って自分が1万円分、プレゼントの本を選ぶとしたら・・・

その孫へ亡くなったじじの思いを自分が代わりに天国から伝えてやるとしたら・・・

そんな関係がひとつひとつの出会いからはじまるわけです。

こんな仕事なら、能力の問題じゃなくて、
本屋なら、誰もがやってみたいと思うでしょう。 

 

岩田さんのように、どんな分野でも縦横無尽に本をセレクトすることは、確かに誰でもマネできることではないかもしれません。

でも、目の前にあらわれた一人の読者と自分がどのような関係をつくれるのか、本を通じて何が表現出来るのか、伝をえられるのかを考えることは、 日々の雑務から自らの天職の喜びを思い起こさせてくれる最高の財産につながることと思います。

「モノ」としての本を「消費者」に届ける毎日ではなく、記憶に残る体験としての本が地域に循環するような仕事、それは、ほんの少しでも出来ただけでどんなに素晴らしいことかと思います。 

 そんなようなことを岩田さんの「1万円選書」は考えさせてくれています。

 

また別の角度からいえば、自分自身にとっての「よこ糸」とは、他人との比較で見る世界であり、自分自身にとっての「たて糸」とは、昨日の自分との比較であるともいえます。
個人の生き方や経営の姿など、どんな場合をみても、自分を変えることを棚上げにしたまま他人との比較ばかりに走ってしまうのが常です。 
 

「たて糸」も「よこ糸」も、どちらも大事であることに変わりはありませんが、自分を変えることを棚上げにしたままいくら「よこ糸」をかき集めても、何かことを成し遂げことはありえないと思います。

本来は「読書」こそが、そうしたことを私たちに気づかせてくれるものに違いないと思うのですが。

 

 

 

 補足 

 古典を読むことの意義については言うまでもないことかもしれませんが、
最近出た本、
出口治明『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』角川oneテーマ 
で、この「たて糸」の読書にも通じる視点を得てとても触発されました。 


本文では終盤になって「資産」という言葉が出てきましたが、そこで、次回には、
「経営のたて糸とよこ糸」といったようなことについて書いてみます。

 

 

 

 関連ページ 

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4、もう一つの「不滅の共和国」 「野生」の側にある本と本屋の本分

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そばにいる隣人、タヌキ。いつもこちらの暮らしは見られている。

2015年01月05日 | 言問う草木、花や何 〜自然・生命の再生産〜

先日、雪の積もった朝、家の前に犬の足跡がありました。

ただ雪の上に犬の足跡だけがあったので、前の叔父の家の犬が逃げ出したのではないかと心配になりました。

リードのついていない野良犬など、この辺では見たことがありません。てっきり叔父の犬が逃げ出してしまったのではないかと思いました。

その犬は、前にも大雪のときに柵を飛び越えて脱走した前科があるので、叔父夫婦が高齢になって機敏な対応が難しいだけに、私はとても心配になり、すぐに叔父の家に確認にいきました。

すると、その犬は彼専用の広い運動場の端のほうにちゃんといました。ほっとしました。

 

では、あの足跡はなんだったのだろうか。

よくネコが家の前を通り過ぎるのは目撃していますが、 この雪の深く積もったときに、悠々と横切って行くネコがいるだろうか。

足跡の大きさも、ちょっとネコとは思えない。

 

そんな経験をした矢先、あとで知ったのですが、

叔父の家の物置に、背中にケガだか病気だかのあとのある弱りきったタヌキがいるのを叔母がみつけました。

そのタヌキは可愛い顔をしていたようですが、物置の隅にうずくまり、 エサをあげてもまったく食いつかないほど弱っていたようです。

叔母が困っているところにちょうど知り合いの人が来たので、その人がタヌキを毛布にくるんで山へ放してきてくれたそうです。

 

この話しを叔母から聞いたとき、とりあえずは良かったと思いました。

 

しかし、しばらくすると、なにかとても可哀想なことをしてしまったのではないかと思えてならなくなってきました。あのタヌキは、どう考えても人間に助けを求めてあの物置にうずくまっていたのではないだろうか。

日ごろから人間の近くで生活しているタヌキです。

自らの安全だけを考えるのなら、相当弱りはててでもいない限り、わざわざ人間にみつかる所にうずくまるようなことはちょっと考えにくい。

もっと安全な茂みは、周囲にたくさんあるはずです。

 

多くのタヌキは家族単位で暮らしているものです。

もう働く力がなくなったと判断して自ら群れから離れる動物は少なくありません。

行動範囲の広いシカなどなら、遠くへひとり離れていくことも考えられますが、行動範囲の限られたタヌキのことです。

人間界のそれぞれの家がどのような家なのかは、日ごろからよく目にしているのではないでしょうか。

 

叔母の家は、この辺でも犬、ネコだけでなく、鶏やウサギなど動物を多く飼っている家です。

このあたりの人家のなかでは、動物にやさしい家といった印象は、毎晩のように近くを徘徊している動物であれば当然感じているのではないでしょうか。

 

やはりあのタヌキは、最後の助けを人間にもとめて、動物に優しい叔母の家の物置にうずくまっていたのに違いありません。

 

とすれば、毛布にくるんで山に放してやったことは、とても可哀想なことをしたことになります。

確かにあのタヌキのケガだか病気は、もうどうすることもできないほど末期のものであったかもしれません。

仮に動物病院に連れて行く事ができたところで、助けることは無理であったかもしれません。

 

それだけに、人家の物置にうずくまっていたタヌキの思いを想像すると、

毛布にくるむ優しさはあったとはいえ、山に放してきたことがひと際可哀想なことをしてしまったように思えてならないのです。

 

ただ、ただ死を待つしかないタヌキだったのかもしれません。

でも、そのタヌキが動物が大好きな叔母に見守られて、

いつも畑の作物を荒らして嫌われていたことを知っていても、

生き物が大好きな叔母に最後を看取ってもらえたならば、

どんなに幸せだっただろうか。

 

ただの害獣であるのか、

それとも、畑を荒らして憎まれつつも、いつも隣りで暮らしている隣人であるのか、

そんな交歓が、ちょっとした互いの生活感覚のこころの距離で、大きく変わる。

 

私達は気づかなくても、

毎夜、家の明かりをみながら、

家の庭をとおりすぎながら、

それぞれの家にいる人間の生活の違いを感じている動物がいるのです。

 

それは、あのタヌキに限らず、

今も様ざまな生き物たちが、人間たちの暮らしをそっと見ているに違いない。

 

言葉を交わすことなく、顔をあわせることも滅多にない隣人ですが、

間違いなく同じ土地に暮らすもの同士として、

相手の気持ちをあと半歩、歩み寄って理解してやりたいものだと思いました。

 

 

 

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三峰神社縁起(資料)

2015年01月04日 | 「月夜野百景」月に照らされてよみがえる里

 河内神社が正式な神社名であるが、一般に知られている神社名は三峰神社である。三つの峰を持つところから三峰山と称し、其処に祀られた神社故に称された社名である。祭神は大己貴命、日本武尊、少名彦命、菅原道真外七柱となっている。

 

 由緒、三峰山宝物写によれば、抑上毛利根郡沼田郷三峰山河内大明神由緒の義は、掛け幕も当初人皇七十八代二条院平治元年(1159)己夘十一月九日、河内国河内郡一宮牧岡の神社を此処に祭る。其の由来は社頭宮下の元祖、宮部右馬頭藤原義信とて、その古は河内国の領主たり。牧岡は藤原氏の神祖たり。よって殊更信心慇懃なり。 ー後略ー

 また、先進繍像玉石雑誌に曰く、河内大明神と言うは三輪神(大物主神外二神)と同体なりという。或は凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)を祭るという。 ー以下略ー

 

 さて、河内神社の由緒を掲げたのは、凡河内躬恒を引き出したい為であった。
三峰山宝物写には凡河内躬恒の名は見えていない。
先進繍像玉石雑誌がどのような雑誌であるかわからないが、畿内の凡河内氏は平安時代の史籍に多く下級地方官程度の所で表われ、歌人躬恒もその一人であったことが立証されている。


 躬恒は三十六歌仙の一人で、父は淡路権掾凡河内利である。
 躬恒の経歴は寛平六年(894)甲斐少目、延喜七年(907)丹波権大目、同十一年泉権掾、同二十一年正月三十日淡路権掾となり、その任を終えている。
 その間古今和歌集の選者を命じられ、紀貫之に次いで六十首の歌が採用された外、延喜の種々の和歌の催しに出詠し、二十一年の京極御息所褒子歌合への出詠まで続いており、没年は定かでない。  

 この躬恒が三峰神社の主神であるという伝えは何処から派生したのか。
 その大元は河内国河内郡一宮牧岡の神社を勧請して薄根の地に祀り、河内神社と命名したところにある。
 この河内と凡河内の河内が混同されて古今和歌集で名を馳せた凡河内躬恒を神に仕立てたものである。 
 都合のよいことに躬恒の没年が不明であったことも一助となった。躬恒が歌合せなどの判者を多く行なっていることから、いろいろな憶測が飛び交い、此処に一つの仮説が誕生した。そしてあたかも事実であったように宣伝され伝説化したのである。その根拠が「躬恒宮」の誕生である。 

 

 

 さて、その伝説であるが、躬恒は承平天慶の乱(940)の後の歌会で、村上帝の歌を書き損じたという咎(過失)により、上毛野国沼田郷の三峰山麓に流罪の身となり、単身のわび住まいを強いられた。

 その数年後の秋の候、妻の花萩御前が躬恒の住まいを訪れたが、生憎その日官吏の巡視日であったので、流された身ゆえ会うこと叶うまじ、といって再会は叶わなかったのである。
 その状況を妻の花萩は次のように語ったと伝えている。

「逢いに来てわらわ花萩は何を仕らんや。
ただ、ひたすらに吾夫(つま)の身を思うのみぞ。
逢えぬは死地に赴くよりも悲しきこと。
ひと目なりとも見ましきものを・・・・」 
と言って、わずかに開いていた戸の隙間から吾が夫を慕って、

 

 いかにせん哀しくばかり身をも浮く

   ささかに見ゆる吾夫を慕えば      (ささか=ごく僅かの意)

 

とやっとの思いで歌にして今の心境を夫に伝えたと言われる。
この歌に対して躬恒も、これが今生の別れ、と返した歌が次の二首であった。

 

 秋露の晴るる時なき心には

    立ち居のそらも思ほえなくに


 世を捨てて山に入る人山にても

    憂きときはいづちゆくらむ 

 

 花萩は、傷心の身を引きずりながら、近くの寺に身を寄せ、夫の戒めを解く二十一夜の祈りに入ったが、遠路の旅の疲れと逢えぬ傷心の思いから満願の日を待たずに天国に召された。 

 躬恒はこのことを大分後になって知ったのであるが、知ったときには躬恒も既に憔悴しており、「せめて髪の毛なりとも」と、官吏に懇願したという。
 だが、受け入れられず花萩が天国に召されてから半年も経たずにあの世へと旅立った。

 利根伝説書留記によると、村人達は躬恒と花萩の悲愴な死を悼んで、神として祀るべく凡河内躬恒を三嶺(みつね)と解して三峰山と称して、山中に祭祀してある十二神社に躬恒宮として合祀したという。
 その拝殿に、右の三首の歌、花萩の歌を中にした三首が明治の初期まで飾られてあったといわれる。

          ー利根伝説書留記・聞き取り(昭和三十五年)等ー   

 

                以上、飯塚正人『異聞 刀祢の伝説』啓文社印刷 より

 

 

(注)後になって、三峰神社の表記は「峰」ではなく「峯」が正しいことを知りましたが、ここでは原文のままとさせていただきます。

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