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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

昭和の時代区分(メモ)

2014年01月23日 | 歴史、過去の語り方

 

「昭和ラヂオ」で昭和についていろいろ話すようになったけれど、
毎度、テーマの選定には苦慮をしています。

 

ひと口に昭和といっても、あまりにも様々な異なる時代を包摂しているからです。

 

そこで、大まかな時代区分と節目の出来事をメモしておきます。

項目の優先順位は、まったく主観的な印象によるものです。

 

 

1、大戦に至る不穏な時代       人口およそ6千万人

   1923(大正12)年 関東大震災

   1930(昭和5)年 昭和恐慌  (自殺者1万5千人)

   1932(昭和7)年 『のらくろ上等兵』島崎藤村『夜明け前』

   1936(昭和11)年 二・二六事件  吉川英治『宮本武蔵』

   1937(昭和12)年 日中戦争開始

   1938(昭和13)年 火野葦平『麦と兵隊』M・ミッチェル『風と共に去りぬ』

   1941(昭和16)年 治安維持法、真珠湾攻撃 三木清『人生論ノート』

2、太平洋戦争~敗戦

   1942(昭和17)年 食料管理法

   1943(昭和18)年 ガダルカナル島撤退

   1944(昭和19)年 東京へ初めての空爆

3、敗戦、焼け野原、占領下、復興

   1945(昭和20)年 ポツダム宣言受諾 農地改革  

             8月敗戦の翌月9月15日発売『日米会話手帳』3ヶ月余りで360万部

   1946(昭和21)年 労働攻勢  サルトル『嘔吐』

   1947(昭和22)年 二・一ゼネスト中止 日本国憲法公布

   1948(昭和23)年 帝銀事件 東京裁判 A級戦犯25被告に有罪判決

   1949(昭和24)年 下山・三鷹・松川事件 1$=360円 湯川博士ノーベル物理学賞 

   1950(昭和25)年 朝鮮戦争 谷崎『細雪』ローレンス『チャタレー夫人の恋人』

   1951(昭和26)年 サンフランシスコ講和条約、旧安保条約調印、マッカーサー解任

   1954(昭和29)年 ビキニ水爆実験 菊田一夫『君の名は』

   1955(昭和30)年 55年体制 神武景気 三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)

   1956(昭和31)年 日ソ国交回復 国連加盟

   1957(昭和32)年 ソ連人工衛星打上げ成功 深沢七郎『楢山節考』

   1958(昭和33)年 五味川純平『人間の条件』井上靖『氷壁』 

 

4、成長期

   1959(昭和34)年 皇太子婚礼  (かみつけ岩坊誕生)

       1954(昭和29)年~1973(昭和48)年 高度経済成長

          まだ日本製品も、安かろう悪かろうの時代  団地族

         1954(昭和29)年~1961(昭和36)年 設備投資主導の時代

         1962(昭和37)年~1965(昭和40)年 転換期

         1965(昭和40)年~1973(昭和48)年 輸出・財政主導型 

                             GNP世界第2位に

      60年安保   巨人・大鵬・卵焼き

   1961(昭和36)年 松本清張『砂の器』 小田実『何でも見てやろう』

   1963(昭和38)年 日本初の原子力発電 ケネディ暗殺

   1964(昭和39)年 東海道新幹線開通、東京オリンピック

   1965(昭和40)年 赤字国債発行開始 ジョンソン北爆指令(ベトネム戦争)

   1967(昭和42)年 美濃部東京都知事 小笠原諸島返還 第3次中東戦争

   1968(昭和43)年 三億円事件、ベトナム反戦運動

   1969(昭和44)年 東大安田講堂事件 水俣病、四日市ぜんそく、エコノミックアニマル

      拡大する需要にエネルギー資源が国内供給の拡大では追いつかない不安拡大

          人口 1億人突破

      70年安保

   1970(昭和45)年 大阪万博 光化学スモッグ 三島由紀夫自殺 高田好胤『心』『道』

   1971(昭和46)年 ドルショック I・ベンダサン『日本人とユダヤ人』

   1972(昭和47)年 札幌オリンピック あさま山荘事件 日中国交回復 沖縄返還 

             有吉佐和子『恍惚の人』田中角栄『日本列島改造論

   1973(昭和48)年 第一次オイルショック 小松左京『日本沈没』

   1975(昭和50)年 ベトナム戦争終結 有吉佐和子『複合汚染』

   1976(昭和51)年 ロッキード事件 村上龍『限りなく透明に近いブルー』

   1978(昭和52)年 日中平和友好条約 イラン・イスラム革命 第2次石油ショック

   1979(昭和53)年 サッチャー政権発足 スリーマイル島原発事故

   1980(昭和54)年 イラン・イラク戦争 光州事件 山口百恵『蒼い時』

   1981(昭和56)年 黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』田中康夫『なんとなくクリスタル』

   1982(昭和57)年 ホテル・ニュージャパン火災 フォークランド紛争

             森村誠一『悪魔の飽食』鈴木健二『気くばりのすすめ』

   1983(昭和58)年 土光改革と官業民営化 東京ディズニーランド開園 大韓航空機撃墜事件

     1979(昭和54)年~1985(昭和60)年 技術主導型イノベーションの時代

     サラ金地獄、家庭内暴力、カラオケ、インベーダーゲーム

 

5、バブル期  1986(昭和61)年~1991(平成3)年

   

   1985(昭和60)年 筑波万博 日本航空123便墜落事故 プラザ合意 ウインドウズ

   1986(昭和61)年 チェルノブイリ原発事故 スペースシャトル「チャレンジャー」爆発

   1987(昭和62)年 国鉄分割民営化 日米半導体摩擦 俵万智『サラダ記念日』

   1988(昭和63)年 リクルート疑惑 村上春樹『ノルウェイの森』

   1989(昭和64)年 昭和天皇逝去 消費税スタート 天安門事件 ベルリンの壁崩壊

   1990(平成2)年 バブル崩壊 イラク・クエートへ侵入 東西ドイツ統一

 

 

 

   1995年 阪神淡路大震災 地下鉄サリン事件

  (1996年 経済統計数値のピーク 右肩下がりへの転換点)

 

ふりかえって見れば、今でこそ日本製品は高品質で信頼性が高いなどと言われますが、

今、中国製品に対して騒がれているような国際市場で粗悪品と言われるような商品は、

昭和30年代までは日本が言われていたことです。

北朝鮮の信じがたい国内統制や国際社会からの孤立は、昭和10年代の日本の姿でもある。

 

昨日の自分の姿を忘れて、安易に他人を批判するよりも、

自分が経験したこと、それをどう乗りこえ解決したのか、

または未だに解決できないのかをしっかりと見据えることが大事ですね。

 

また、世の中の変化のスピードがどんどん早くなっているような気はしますが、

戦前・戦中・戦後の30年、

焼け野原、復興、高度経済成長、バブルとその崩壊、

いつの時代でも10年もたてば、まったく違う時代の中に生きていることを痛感させられます。

 

「昭和ラヂオ」への出演させていただくことで、とてもいい勉強ができました。

 

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人類が発明した偉大なる方便「貨幣(お金)」

2014年01月11日 | 無償の労働、贈与とお金

過去に何度も話してきたことですが、検索しても出てこないので、

改めてここに、まとめて書いてみることにします。

 

それを「貨幣」と表現するのがよいか、「お金」と表現するのがよいか、迷うところですが、

「お金」とは、

人類が発明した偉大なる“方便”である

と思うのです。

 

それは、そもそも交換不能な「異質」なものを「等質」なものに置き換える魔法であるからです。

 

経済学の最もやっかいな基礎理論の部分なので、わたしがうまく説明することなど無理ですが、

社会のあり方や意識を大きく規定している原理でもあるので、経済学の基本説明としてではなく、

社会通念のひとつの解釈として語らせていただきます。

 

20世紀は、この異質なものを等質なものに置き換える技術が高度に発達した時代でした。

それは、「異質性」をとことん排除することで、どんなものでも、

より交換しやすくする社会を実現するものでした。

つまり、あらゆるものの価値=「質」を「量」=貨幣に置き換えることです。

 

これは、社会の社会たるゆえんの「交換」を前提とする限り、なんら間違ったことではありません。

 

ところが、より交換しやすいことばかりを追い求めるあまり、いつのまにか

「量」=貨幣の方が「質」=固有の価値(使用価値)よりも大きな力をもつようになってしまいました。

 

このことは同時に、「より交換しやすいこと」が「価値の低下」をもたらす側面もともないます。

価値の低下を補うためには、その固有の価値を上げることよりも、

より多くの「量」を交換することによってしか補えない社会が加速してしましました。

 

これは私たちには、困ったことのように映りますが、歴史の必然でもあり、

資本主義云々の評価の問題以前の、避けることのできない流れであったと思います。

 

ところが21世紀に入ってから私たちが目にする現実のなかには、

同じ原理の社会のなかにいながら、

より交換しにくいことでこそ価値が増す社会、

あるいは、交換しにくさを意図的に保持する社会が

徐々に目立つようになってきました。

 

商売は、より多くの人が来てこそ儲かるもの、

より人通りの多い好立地でこそ、大きな利益が保証されるものと言われてきましたが、

最近話題になる人気の温泉地や有名レストランなどでは、

あえて立地条件の悪いまま、

行きにくいところであること、

あるいは人通りの少ないことろに出店することなどが、

お店の付加価値を高め繁盛する条件になっていたりしているのです。

 

商品の場合でも、あえて売るために、どこでも手に入ることよりも、

「ここでしか手に入らない」ことを保持することで、

有名ブランドをつくり人気商品になるといった事例がとても増えてきています。

 

グローバル化そのものは、社会の発展では避けられない事実です。

問題は、グローバル化一辺倒で、ローカルが押しつぶされることです。

これからは、ローカルに徹底することでこそ、

真のグローバル化が実現できる社会がはじまるということです。

 

ここにきてようやく、

「質」は「量」によっておきかえられることが、

「質」は「量」によってしか表現されない時代に暴走した20世紀が終わり、

交換を前提にする限り「量」に置き換えることは不可避ですが、

「量」に置き換えるにしても、いかに「質」を保持するか、

あるいは「量」に還元できない「質」をいかに表現するかが問われる時代になりはじめたのです。

 

もちろん、量と質は不可分の関係なので、

決してどちらかに寄った方が正しいというわけではありません。

大事なのは、あまりにも、すべてのものが

より「交換しやすく」の方向にばかり暴走した時代が終わりはじめたということです。

 

このごとのはじめの大前提ですが、

そもそも「価値」とは、主観的なものであったはずです。

「価値」とは、固有のものであったはずです。

 

それが、いつのまにかその「主観的価値」すらも、

「量」=「お金」によってしか、 表現できないかの社会になってしまったのです。

 

今世紀に入ってようやく、安易に資本主義経済の否定ということではなく、

社会の経済発展の基本理論として、資本主義経済発展の必然としても、

ただ一方向に「質」を「量」に置き換える方向のみ「交換しやすさ」だけを追求する経済ではなく、

交換の前提である固有の価値=「質」をいかに「量」だけに還元されずに保持して、

スムーズな交換社会をつくりだせるかが問える時代になりはじめました。

 

わたしが、「お金」は、人類が発明した偉大なる方便である

というのは、そもそも「異質なもの」を「等質なもの」に置き換えることなど

原理上はありえないことを

「お金」という魔法が「方便」としてそれを為しているにすぎないので、

その矛盾は根底に常に存在し続けている上での話だということを確認、表現したものです。

 

言葉では、方便としてしか説明することのできない矛盾が存在する限り、

時代は、様々なゆがんだかたちでそれを調整し続けるもので、

これは決して数学的にはすっきりと解決することできない課題だと思うのです。

 

そもそも「価値」とは、「主観」的なもの

という当たり前の感覚を取り戻す人間社会がこれからようやくはじまるのだと思います。

 

わたしの関連ページ、かみつけの国 本のテーマ館 内

「質(価値)」は「量」によってしか表現しえないのだろうか。

http://kamituke.web.fc2.com/page128.html

 

 

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