かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

働き方が変わる、学び方が変わる、暮らしが変わる。
 「Hoshino Parsons Project」のブログ

押し入れを本棚に作り替え、蔵書整理

2020年09月06日 | 手作り本と表現活動

居間の押し入れをひとつ潰して、本棚に作り替えました。

ここは仕事部屋以外では、日常もっとも多くいる部屋なので、様々なジャンルの大事な本を凝縮してまとめてみました。

まだ未整理な部分も多々あり、配置のつじつま合わせが出来ていないところもあります。

実は、現物合わせの木工作業であったので、棚の後ろの布団などを片付けないままに、収まりを決めてしまい、もう簡単には取り出せない状態で固定してしまいました。

でも、このように絶えず棚の構成を組み直すことは、その時々の自分の興味関心や大切に思っていることが何なのかを確認することができてとても良い作業であると感じました。

10年に一度くらいは、こうした作業をして記録に残しておくのも良いかと思います。

 

 

 

この凝縮した新しい棚が、既存のどの棚に対応しているのかを確認するため、棚に番号をつけて対応ジャンルの棚写真を載せることにします。

① 万葉集、源氏物語などを軸にした古典文学関係の文庫本

② 渡辺京二、白洲正子、志村ふくみ、岡本太郎などの文庫・新書

③ 堤美果など現代社会問題などの新書

④ 贈与論関係の大事な本

⑤ 石牟礼道子(妻の家の方が多く置いてます)

⑥ 志村ふくみ、幸田文、赤木明登、樹木関係

⑦ 写真は未整理段階。現在は中沢新一の主要本

⑧ 現代社会キーワード:フリー、シェア、メーカー、エンデの遺言

⑨ 内山節の約7割

⑩ 歴史観、世界観キーワード

11 ハンナ・アーレント他、大事な本、単品バラ

12 現代社会:お金と社会構造関係、『負債の網』、E・トッド、苫米地英人、石井紘基など

13 梅原真、環境・景観問題ほか

14 シュタイナー、暉峻淑子、大平健、野田正彰など

15 自由経済研究、『モモ』、ビジネス書(今の仕事で使うもの)

16 環境問題、中村哲、ほか

17 岩波「図書」吉川弘文館「本郷」ほか、未整理本

 

以下は、この新設押入れ棚に対応した他の棚

 

A 一階居間 8畳(上記写真以外)

① 古典文学・芸能(お能、歌舞伎、文楽) ⑤ 石牟礼道子 
⑥ 民芸・工芸、自然造形、   古代信仰、仏教、月・暦関係

 古典文学や石牟礼道子関係は、別宅の妻と共有財産なので、妻の家に置いているものも多い。

 テレビの後ろの棚。旅の資料、雑誌や民俗学、自然関連の本

 

 

B  玄関ホール

② 文化・美術・宗教  ⑥ 民芸・工芸、自然造形

 

玄関ホール、歴史の本棚


 階段に作り付けた文庫中心の本棚
(吉村昭の文庫、ハードカバーを軸に)

 

C 1階和室 6畳

③ 現代の社会問題  ⑭ こころの在り方 ⑬ 環境・景観問題

1階、6畳和室の東面棚

(福岡、斎藤一人、音楽理論、映画、美学、北欧、日航機事故、山と自然、水問題など)

妹尾河童のような立体イラストで表現できたらずっとわかりやすいでしょうね。

    

   1階和室(文芸・古典)          一階奥の和室、未整理棚

 

 思えば、若い頃は一部屋しか使えなかったので、どんなに頑張っても7〜9本くらいの本棚しか置けませんでした。それが2LDKくらいのアパート・マンション暮らしになっても、3,000〜5,000冊くらいが限度です。

 それを超えると、どうしても親の家を占拠するしか方法がなくなります。

 でも、1万冊を超えたくらいからは、普通の住宅では対応不能になってしまいます。

 いまは廃棄処分したり、関連する分野のある場所に寄贈したりしているとこ  ろですが、やはり処分を口実に他所に寄贈するような本は、正直、大事な本ではない場合が多いので、その分ただの飾りならともかく、活用されることも少ないことになってしまうものです。

  

D 1階、仕事部屋(10畳)

歴史・郷土  

(足尾銅山、マタギ、クマ・ニホンオオカミ、修験道、サンカ、古代・中世史、宗教など)

どの写真も、腰から下の数段は、雑誌や資料、未整理本、大判画集・写真集、LPレコードなどですが、床から積み上げた本などで散らかっていることも多いので、画面には入れませんでした。

 

⑦ 分類不能 大切な本、撮影後、ここは中沢新一でまとめました。

 

⑧ 現代社会キーワード本  (ビジネス書・仕事、地域づくり関係の棚)

仕事部屋の棚(北側)

 

仕事の棚 (印刷・デザイン、出版・書店・図書館関係)

仕事部屋の棚(南側)

 

 

E 2階寝室 (10畳)

④、⑨、⑩ 世界観 (哲学、思想、贈与と大自然、心理、政治・経済 自然科学)

               2階寝室の本棚        

⑫、⑮ 現代の焦点 歴史キーワード

 

  

        2階寝室、机脇の雑多な棚

 

自分が丸裸になるような情報をネットに出すのは気が引けるものですが、すでに最近の購入・読書履歴は公開しているので、今さら気にしたところでどうということでもないでしょう。

OGPイメージ

月詠庵の本棚 (hosinoue) - ブクログ

hosinoueさんの本棚:

ブクログ

 

でもさすがに、1冊1冊を細かく見られるのは気が引けるので、写真の解像度は低いものとさせていただきました。

 

出先で自分の蔵書を確認できるように、Googlephotoに本棚の写真は入れてありますが、10年に一度くらいのペースで、その時期の棚構成の記録としてこのように残せたらと思います。

 

 

 

 

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「受け止める」教育、斉藤先生の貴重な経験

2015年08月24日 | 手作り本と表現活動

 指導はせず、子どものすべてを受け止める教育、その方が結果的に学力も伸びることを立証、実践している先生方のグループで飯塚先生とともに中心的存在になっている斉藤先生が、今年から特別支援学級の担任になられました。


 その斉藤先生の1学期の試行錯誤の経験をまとめた文章を、きょう飯塚先生が届けてくれました。

 その文章がとても素晴らしい!

 特学の免許もない斉藤先生が3人の子どもたちと、一歩一歩試行錯誤を繰り返しながら、ひらがなや数字を少しずつ理解していく過程が先生の失敗反省も込めながら、とても丁寧に語られていました。

 あいうえおの「あ」を認識するために、飴のあという絵のカードを手作りで用意して「あ」を「アメのあ」として子どもが認識できるようになります。ところが「あめのあ」を覚えることができても、抽象記号としての「あ」を理解できたわけではありません。絵図を通じて1+2は3を理解できるようになっても、抽象記号としての数字を読んで計算をすることはできません。

 

 そのようなプロセスをたどりながら、一歩一歩、認識能力を身につけていくのですが、ひとつのひらがなを覚えたということだけで、母親から驚きと感謝の手紙がとどきます。


 でも先生はそこに辿りつくまでに、ついイライラして子どもに意地悪な質問の仕方をしてしまったりもする。

 なにかそうしたやりとりの文章を読んでいると、哲学の認識論を読んでいるようにも思え、また老人の介護や地域づくりのコミュニケーション論をみているような錯覚にも陥るような感じで読ませていただきました。

 ひとつひとつつながるご縁に感謝。

 

 

 

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子どもの言葉を受け止める:新しい作文の発見!

2015年08月11日 | 手作り本と表現活動

 あらためて言うまでもなく、親や教師が子どもの発する言葉やサインを真剣に受け止めてやることが、とても大事であることは誰もが感じていることと思います。

 ところが、多くの親や教師は、「受け止め」てやりたい気持ちは持っていながらも、得てして目の前の子どもに対しては、受け止める前につい「ジャッジ」や「指導」をしてしまうものです。
「聞いてあげるよ」といって呼び寄せていながら、その先の行為が「聞く」ではなく「ジャッジ」や「指導」になってしまうのです。

 子どもの側からすると、「聞いてもらう」ために話すのではなく「ジャッジ」されるために「話す」「書く」ということになってしまっているのです。

 この違いが、熱心な教師や親ほど、なかなか気づかない傾向があります。

 

 その理由のひとつは、子どもが投げかける言葉、表現が、親や教師の側にとっては、はじめから明らかに「受け入れがたい」ものであったり「間違った」ものに見えることが多いからだと思います。

 
 普通の教師や親は、「間違った」ものや「受け入れがたい」ものを「ただす」ことこそが教育であると考えがちです。

 ところが、『田中の家に犬がくる』に続いて『えがおの花』という作文集を刊行された飯塚祥則先生のスタンスは違います。

  子ども達が一生懸命なげたボールは、たとえどんなに「間違った」ものであっても、「受け入れがたい」ものであっても、まず無条件に受け止めることが何よりも大事であると飯塚先生は考えています。

 

飯塚先生の作文教育がどのようなものであるのか、具体例をひとつあげます。

 

 学校で遊べるところ             4年 ◯◯周平

 今日は、階段。
 東階段は、足ですべれる。中央階段は、こしですべれる。西階段は、中央階段と同じ。
 会議室では、机にローラーがついたので走って、すーとのっかりながら遊ぶ。家庭教室は、しょうがいぶつがいっぱいあるから、かくれるところがいっぱいある。四年二組には、ホワイトボードがあるから、らくがきができる。トイレそうじでは、水をまいて、水ホッケーをしていた。
 ちなみに、スティックの代わりは、フリードライヤーと、デッキブラシだ。
 このように、どこのそうじでも遊ぶ物があるのだ。

(飯塚先生のコメント)
「おもしろい!遊びの天才だな。足ですべり、こしですべり、ローラーで遊び、家庭科室でかくれんぼをし、らくがきもでき、トイレで水ホッケーをし、どこのそうじでも遊べるなんて・・・。5年生になってもいっぱいやって、いっぱいおこられな。楽しみ!!

 

 この例を学校の先生方にみてもらうと、このようなやり取りはとても今の教育現場では出来ない、との答えがかえってきます。飯塚先生はすでに退職されて学校現場を離れているから子どもたちとこうした会話ができるのだと。 学校でイタズラをしまくる子どもをこんなふうに褒めたら、先生自身が指導の対象になってしまうというのです。 

 とは言いながらも、このような子どもとのコミュニケーションが取れてこそ、親や教師と子どもとの間の信頼関係が生まれることの重要性、素晴らしさも多くの先生が認めます。

 まさにここにこそ、日本の教育現場の問題があらわれているのではないでしょうか。

 

 子どもが親や教師にボールを投げると、大抵の場合は子どもの未熟さゆえに、ストライクゾーンからは大きく外れたり、指示したところとは違う場所に投げたり、サインとは違った球種を投げたり、どこで拾ったのか臭くて受け取るのも嫌な球を投げてきたりするものです。

 多くの教師や親は、その都度、
 そっちに投げてはいけない、
 今のはサインとは違う球だ、
 そんな方になげたら受け取れるわけがないではないか、
 などと子どもに諭してしまいます。

 投げる子どもに対しては、キャッチャーとして座ってミットを構えていることで「受け止める」仕事をしていると思ってしまっているのです。

 ところが飯塚先生の場合は、どんなに外れたボールでも、ルールにない投げ方をしても、受けるのは嫌なとんでもなく臭い球でも、まず必死になってキャッチしてあげるのです。

 投げ方がどうの、サインと違う、ルールと違うなどとは一切言わずに、まずどんなボールでもしっかりと受け止めることができるのです。

 ここでまた多くの教師や親は、そんなこと言っても、あんなところに投げた球、誰だってとれるわけないではないか、と言います。

 それでも飯塚先生は、そんな球でも必死になって飛びついていって受け止めます。

 なぜそれが出来るのかと考えると、飯塚先生は、子どもが一生懸命になげたボールがどんなものであっても、それが面白くてしょうがないものに見えるからです。

「そんな投げ方があったのか、面白いねえ。」

「そんな球があったのか、驚きだねえ。」

 

 残念ながら、はじめから正しいかどうかをジャッジする立場で構えている人には、飯塚先生のように子どもの投げたその「ボールの面白さ」は見えません。

 

 また、子どもの側からすると、どんな球を投げてもしっかりと受け止めてもらえる信頼があるからこそ、腕を思い切りふってワンバンドになるようなフォークボールでも投げることが出来るのです(フォークボールを投げられる子どもはなかなかいないと思いますが、要はそういうことです)。キャッチャーが後ろにそらしてしまう不安があったら、絶対に三振をとれるようなフォークは投げられません。

 こうしてどんな球でも受け止めてもらえる信頼が生まれると、投げる側はさらに思い切り力を出し切った球を投げられるようになるのです。

 親や教師の立場で子どもをみる前に、
まず6歳の子どもはその時点で完璧な6歳の人格をもった存在であり、
10歳の子どもは10歳として完璧な人間であることを忘れてはなりません。

これは教育では何よりも大事なことであり、教育だけではなく世の中のコミュニケーションでも、とても大事なことであることに変わりがないと思います。

「受け止める」こと「聞いてあげる」ことが大事であると多くの人が言っていながら、なかなか相手との距離が縮まらない一番の理由はこの辺にあるのではないでしょうか。

 

 

 教育を語る限り学力の向上は確かに大事ですが、本来、教育で最も大切にされなければならないこと、

「子どもの翼をもぎとらない」

ということが今の学校現場でどうしたら実現できるのか、

飯塚先生の「受け止める作文」教育は、とても大切な問題を私たちに投げかけてくれています。

 

  

 多くの場合、世の中では「答え」を出すこと
あるいは誤りを正すことこそが大事なのだと思ってしまいます。

 でも、ものごとがうまくいくかどうかの現実をみると、世の中が「正しい」答えだけによってまわっているとは限らないこと、むしろ「正しい」答えがどうのこうのよりも大事なさまざまなことによって支えられている場合が多いことに気づきます。

 

 決して教科書の意義を否定するつもりはありませんが、

 そもそも教科書の枠にはおさまらない広大な現実のなかにこそ豊かな世界はあります。

 そしてその広大な豊かな世界を排除しない教育は、どのようにしたら取り戻せるのでしょうか。

 

 日本でも遅ればせながら、暗記詰め込み型の大学受験のための特殊技能教育の弊害が反省されて、センター試験のシステムも変わろうとしています。

 しかしながら、多くの教育現場で教師や親の考え方は、そう簡単には変えられない現実があります。

 それだけにこの飯塚先生のような教育スタイルが、飯塚先生の特別な資質によるものではなく、多くの教育現場で本来必要とされている基本的なものとして受け入れられることが何よりも望まれます。

 そして2人目、3人目の飯塚先生が教育現場であらわれてくれることを願わずにはいられません。またいずれ遠くはない時期に、こうした考え方があたりまえの社会になることを心から願うものです。

 

 

 
 
電子書籍化もされました。
 
 
 

オンデマンド出版(ペーパーバック版)
 
                [商品について]
                ―子どもって、人間って面白い―
 子どものころ、学校や宿題で書かされることが多かった作文。好きではなかった、という方も多いでしょう。でも、そんな子どもたちが書かされるのではなく自分から書いた作文は、とても面白く、魅力にあふれています。本書は、教職に就いて5年目に「作文教育」に出会い、日常のさりげない生活を自然に、すなおに、ありのままに表現した子どもたちの作文に魅せられた著者が、作文教室などでこれまでに受け取ったたくさんの作文の中から、主に定年退職から現在までのものを中心に選びぬいてまとめた作品です。子どもたちの作文を通じて、生き方や人生を学んだり、笑顔や元気をもらえて自分も幸せになる、ぜひそんな素敵な時間を過ごしてください。


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理解することと諒解すること

2010年01月04日 | 手作り本と表現活動

前々回に書いた飯塚先生の本の紹介で「引き出す」教育ではなくて、「受け止める」教育のことを書きましたが、同じような表現で「諒解」という言葉がありまです。

これもまた、1年の半分を上野村で暮らす哲学者、内山節さんのよくつかう表現です。

年末のテレビ番組のなかで、内山さんが書いていたこととまったく同じような場面が放映されていたので、
このテーマだけでちょっと書いておきます。


身近な人の死に接したとき、その死をどのように受け入れるか、
それはまさに人によって様々なものです。

それは決して、今の脳死判定論議で言われているような、心肺停止や脳への血流停止からどの段階に至ったら「人の死」と断定できるのかといったはなしではありません。

かつて太平洋戦争で、夫がインパール作戦に参加して戦死したとの知らせを受けた妻。
遺骨も遺品ない戦死の知らせ。
妻は、あのしぶとい夫がそう簡単に死ぬはずがない。きっとどっか山奥に隠れて生き延びたに違いない。
おそらく現地で妻でもめとってそのまま暮らしているのだろう。
今頃、日本に帰るタイミングも逸してしまい、気まずい思いをして暮らしているのだろう。
そう思って、60年以上たった今も夫の死を認めていないという。

この妻の思いは、もしかしたら勝手な思い込みではなくて、この妻の言うとおり事実なのかもしれない。
なぜなら夫の死を証明するものはなにもないのだから。

他方、まったく同じ状況で証拠はなにもなくても、その知らせをうけたときに
「きっとそうなのだろう」と、夫の死を受け止めて、ずっと位牌に手をあわせている人もいる。

この違いを、他人から見てどちらの方が正しいと言えるでしょうか。
どちらの場合も、生物学的な死はまったく問題になっていません。
それぞれが「死」というものをどう受け止めるかの問題で、そのそれぞれのプロセスこそが「死」というものの、人間社会での意味なのだと思う。

もっと身近なところでも、日常的に家族などの死に接したその瞬間から、わたしたちは似たようなことを体験しています。

葬儀の準備にはじまり、さまざまなその土地のしきたりを面倒だと思いながらも、それにつきあい、追われる時間のなかで、私たちは少しずつ身近な人の「生物学的にはわかりきった死」というものを「受け入れ」て「諒解する」準備をしている。

民族によっては「死」というものを日本人には想像つかないほど、あの世に行けただけのこととしてドライに受け止められるところもあるようですが、多くの人々は、なんらかのかたちで、生物学的なことを論理的に理解するといったこととは別の次元で、その事実を「受け止める」「諒解する」といったことが、不可欠の営みとして持っています。

ところが、この「受け止める」「諒解する」というプロセスを、現代ではことごとく除外し続けてきました。

先の飯塚先生の「受け止める」作文を行っている教育現場でも、日常は「論理的に」「理解する」ことのみが要求される。
試験の問題に対して、その答えがAであるかBであるか、私はそのどちらも「諒解する」「受け止める」などと応えても、ものわかりの良い子どもだと褒められることはなく、確実に落第するのがオチです。

ビジネスの現場などでは、一層「論理的に」「理解すること」が求められ、「受け止める」「諒解する」などと言っていたならば組織は動かせない場合が多い。

にもかかわらず、
良好な人間関係を築こうとするならば、
教育現場においても、
ビジネスにおいても、
家庭においても、
共通して、「理解すること」以上に、「受け止める」こと、「諒解する」ことが極めて有効であると言われだしました。

しかし、このプロセスには、とても時間かかかります。
「論理的」とはいえないかもしれませんが、かなり多くの「言葉」も要するものです。
個人の努力だけでは報われない隣人の助けを要するものです。
時にはお金もないと出来ないこともあります。
教科書にはない、たくさんの知恵を要するものでもあります。

でも、この流れが自分の身の回りに少しでも見えたとき
経済不安がどうであれ、政治不信がどうであれ、
わたしたちはほんの少しだけ、これまでにはなかった暖かい希望を
身近に感じることができるようになるような気がします。

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文章を書くこと再考

2010年01月02日 | 手作り本と表現活動
皆さま、信念!おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

いつもなら、年頭の所感めいたことを書きたいところなのですが、書きたい書評なども溜まったままで年を越してしまい、遅れ遅れのだらしのない新年を迎えてしまいました。

生まれてきたついでに生きているわりには、昨年までは、運よく恵まれたわが身に感謝しつつ、今年も初詣は4つの神社に御礼参りをしてきました。

運の良さだけに支えられている私の信念を上手く書ければ良いのですが、まずは目先の二つの話題から片付けなければなりません。

そのうちのひとつは、もう一つのブログに年末に書いたのでそれを一部加筆訂正してここに転載させていただきます。



このところ文章を書くこと、つづることの意味を考えされる話題が続いています。

ひとつは渋川市在住の教師、飯塚祥則先生の本で
『田中の家に犬がくる』(本の泉社)952円+税

地元なので、直接先生が本を届けてくれました。
最初にお会いしたときに、私も「手作り本・小冊子活動」を少しばかりはじめている旨お話したところ、先生も本の本の紹介時にそのことを記憶にとどめていてくれて、その活動とはいったいどのようなことなのか先生の方から聞き返してくれました。
私の方は、文章を国語・文法的に正しく表現することよりも、そのひとらしさの発見と、誰に伝えるかを絞り込むことにこそ力点をおくものであることを話すと、先生のやっていることもまったくそのとおり同じことであると、立ち話ではありますが意気投合することができました。

すばらしいと感じたのは、先生は国語の先生としてこうした作文活動を行っているのではないということです。飯塚先生の専門教科は体育だそうです。
国語の授業で必要な作文としてではなく、子どもと教師が教育現場で向き合うために必須の、というよりはとても有効な手段として作文の力を知ったということのようです。

本書の「あとがき」には次のように書かれています。

「私が作文の指導法を大きく変えたことによって、現在の子どもたちは、以前の私には想像もできないほどの表現意欲に支えられ、教師が手を加えない「自然でありのままの表現」が可能となりました。
その中で子どもたちは、受け止めてもらえる安心感と分かってもらえる満足感が膨らんでいき、作文を書くための豊かな土壌となっていくのだと私は考えています。」

教育の力をどこに求めるのかということで、とても大事な視点を飯塚先生は経験を通じて提起されているように思えます。

2年くらい前だったと思いますが、フィンランド方式として『競争をやめたら学力世界一』(朝日新聞社)という本の紹介で、そもそも教育というのは、既存の知識の体系を子どもに教え込むことよりも、子ども自身が興味を持ったことを集中的に学ばせて、教師はそれをバックアップ、サポートする方が実際の学力も伸びるという話を書いたことがあります。
飯塚先生の視点も、まさに教育の力を「与えるもの」としてよりもこうした子ども自身の側から発揮されるものとしてその条件作りを試みてくれたといえます。

このことを飯塚先生は、教師が題材や内容に応じてこどもの持っているものを「引き出す」作文ではなくて、こどもの持っているものを「受け止める」作文の価値といったものを、体験を通じて感じたらしいのです。

当店では入荷が遅れて、先生の持ち込みでようやく店に並んだところですが、わかりやすいように専用オビを勝手につけさせていただきました。



 もうひとつの話題は、昨年末の上毛新聞に掲載された記事で知ったのですが、以前、私も県庁の企画でお世話になったことのある方、前橋で塾を経営されている立木睦己さんの活動です。
不登校や引きこもりなどの若者や保護者との交流経験を積み重ねてきた立木さんが、そうした若者たちが文章をつづることで、自分と向き合う経験をし、そのことが自立や就業支援にもつながると感じ、新しく「通信」を発行することになったとのことです。

今の子どもたちに限らず、私たち大人も含めて、自分と向き合うことの難しさといものを、私も手作り本の活動を通じてつくづく感じています。

そうしたことを小さい頃に飯塚先生のような方に巡り合えなかった子どもが、大人になって取り戻すというのは、とても難しいことです。
それを立木さんは、不登校や引きこもりの若者たちの間で取り組んでいます。
すでにこうした分野で長年の実践経験のある立木さんですが、ひとりひとり個別の実情に応じた文章との出会いは、また新しい体験であることと思います。
そのひとつひとつの表現と向き合い、またそれを受け止めるということは、下手な資格や学歴をひとつ増やすことよりもはるかに価値のあることだと思います。

教育方針の転換などということではなく、日本各地でこういった流れが生まれつつあるのを感じます。

随分昔のことですが、かつての日本教育界では「生活綴り方運動」といったようなことが流行ったことがありました。その成果を受け継いで、また新しい流れが各世代でおこりつつあるようです。

うれしいことですね。

こうした流れは、欧米型発想の「近代自我の確立」や「個人の権利の主張」などといったものとは、かなり違ったものであると思います。

これは、独立した個人の主張のし合いを目指すものではないからです。

常に、自分と他者との関係性をみつめる作業であるところが大事なところであると思っています。
自分の文章を完成させる作業も、「自我」といったものを確立する作業の場合でも、「私」の内部を固めることだけでできるものではありません。
また、様々な能力で武装することによって確立できるものでもありません。

そのひとそれぞれの固有の環境と、固有の他者との関わり合いのなかにこそ、
「わたし」の実態が見えてくるものなのだと思います。

この辺をもう少し整理して表現できるようにならないと、
私と他者との関係も前には進みません。

今年の大きなテーマです。



(この文章は、店のブログ「正林堂店長の雑記帖」の文章を加筆訂正したものです。)
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手作り本活動の句集編

2009年02月27日 | 手作り本と表現活動
(旧)月夜野町の実家の近所のおじいさんに頼まれた俳句集が出来上がりました。

手作り本活動の一環として作ったものです。

平成13年から21年までの間につくられた50句とふたつの短歌を掲載。

はじめは、ただ俳句を書き連ねただけの原稿をいただいて、はてどうしたものかと考えてしまいましたが、
電話でお話した感触では、あまり打ち合わせができそうな感じではなかったので、こちらでサンプルを作ってそれを見せながら進めることにしました。

ところが、お年寄りの場合は、やはり、なにを提示しても、
「うん、それでいい。」
としか言ってもらえず、相談の上の作業というよりは、「自分なりのイメージで了解をとりながらの作業」といった感じで進めました。

読みにくい漢字は、雰囲気が壊れるかもしれませんが、可能な限りルビを入れ、
俳句の掲載順番も、推測ながら多少変更させていただきました。

間をとるためのカットも、1ページに三句掲載のため、似た傾向の俳句が並んでいるページに、
雰囲気の邪魔にならない程度のカットを挿入しました。

書体を少し凝ったものと、見やすい書体の2種類で半々に作成してみました。

冒頭に作者の思いを伝えるような文章を入れたかったのですが、こんなような文章を考えてもらえないでしょうかと提示した文案が、そのまま掲載されることになってしまいました。

もう少し手を加えれば、もっとすばらしいものができあがったかと思うのですが、高橋さんは、とても満足してくれたので、ほっとしました。

こうした句集、詩集、歌集などは、かなりの需要が見込まれる領域ですが、
印刷屋さんにそのまま、自費出版として頼んだのでは高いものになってしまう。
さらに編集・レイアウトアドバイスなどは、あまり期待できない場合が多く、
ただ活字化して製本するだけの作業になってしまう場合がほとんどです。

ちょっとした文章の手直しと、イラストや写真などを挿入するだけで、著者の思いが伝わる記念品としての出来栄えは、かなり変わるものです。

そんな作業を、これからもう少し場数を踏んで、様々な要望に応えられる業務にしていきたいと思っています。
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「かみつけの国 本のテーマ館」の冊子つくり

2008年09月02日 | 手作り本と表現活動
このところ新しい仕事に誘われるような話が続いて、自分の作業がはかどっていない。
ブログも書きたいことがどんどんたまってしまっている。

先週、10年以上昔の同僚から、突然、お仕事のお誘いがあった。
新しい部門の仕事の立ち上げで、その責任者を探しているとのこと。
活字が好きで、家に帰ることにこだわっていない人がいいので、是非頼むと。

オイオイ、理由は、それか?

今の仕事で十分、家に帰らない環境と活字に埋もれてた生活なので、
簡単には移れない。
高崎の新しいオフィスを見せてもらったが、とりあえず今度、酒でもゆっくり飲もうということになった。

もうひとつは、前々から誘われている知人の本作り教室。
これは、私自身がすでにやっている活動とリンクしているので、どうつながりをもっていくか、関わり方の問題。

そのSさんは、本格的な本作りの解説本(これも265頁の手作り製本)も完成して今とても頑張っているところ。
手作り本の作り方の問題としてではなく、いかに自己と向き合うか、ということをテーマにしているので、私の問題意識とも十分合っている。

そのSさんが、なんとか時間をつくってくれと、しきりに言ってくるその悩みの背景は、

「オレ、暇なんだよ」

と言う。

今どき、実に出来たひとだ。

そのSさんと先週、一杯飲みながら話していたときに、手作り本のバラエティを増やしたいので、これまで私が手がけた本以外に、私の雑文を冊子にしてはどうかと持ちかけられた。

そういえば、他人の冊子をつくっていながら自分のは出してなかった。
なるほどと思い、早速、作業に取りかかりだしたら、
なんと、これまでホームページで公開していた文章のなんと完成度の低いことか

校正を続けているうちに、これまで自分で言いたいこと、書きたいことはほぼ書き込めたと思っていた文章が、まったくまとまっておらず、人に何かを伝えるというレベルにはなっていないことを思い知った。

ここにこそ、もっと労力を裂かなければならないと痛感。

やはり手軽なWEBと比較して、紙に印刷することのほうがはるかに慎重になり、また伝えることの完成度が要求される。

どうやら、webは伝える前の広報手段で、
紙媒体こそ、伝えるための究極媒体のような気がした。
そしてリアルの関係にいかにつなげるかだ。
それぞれのレベルをなんとかうまく活用したいのだけど。

夜は当分、この作業になりそうだ。
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伯母の本作り

2008年04月23日 | 手作り本と表現活動
(以下、2007年の正林堂店長の雑記帖よりの転載記事です)


年内の完成を目指しているのですが、間に合わせられるだろうか?


同じような手作りの本を作っていて、
その方法論を確立しようとしている渋川市内の佐々木金義さんは、
手作り本の理念を次のようにまとめています。

本作りの理念(抜粋)
1、自分で作るから伝わる
2、お金をかけないから本心が見える
3、普通の人間が作るから共感を与えられる
4、自然体で作るから後世に感銘を与えられる
5、残し遺せる安心感は幸せへのプロローグ
6、頭脳活性は健康へのバロメーター
7、口は災い、書くは幸い
8、書くは「開拓」「開発」「発見」
9、自己アピールは仲間作り
10、羞恥心より向上心




 わたしが、ちえおばさんの文をはじめてみたとき、その素直な文章の表現力に驚いたものですが、同時にノートや広告用紙の裏に書き連ねられたたくさんの文を見たとき、それらのほとんどは、私にはまだ宝の山ともゴミの山とも判断のつかないものでした。

 ところが、おじさんがそのなかのいくつかをワープロで清書してくれて、そのデータを持ち帰って文章を少しずつ整えていくうちに、雑文集にしか見えなかった数々の切れはしが、次第にどれも立派な作品としても通用する珠玉の集まりとして見えてくるようになりました。

 もちろん、それは決して本にしたからといって一般の人たちに売れるようなものだという意味ではありません。

 でも、ほとんどの人が自費出版などで出す経歴や体験と連ねただけの自伝的な本よりも、しっかりとその時々の自分と向き合っているおばさんの姿が見えるものであり、
これこそ、その人のほんとうの生きざまを伝えるメッセージとして、多くの人に伝える価値があるものと確信しました。

 本(冊子)というものは、不特定の人に見てもらうことよりも、
この言葉は、
この文章は、
あの人に伝えたい、
うちの子どもたちに伝えたい、
孫たちにに伝えたい、
といったそれを見せる相手を具体的に想定してこそ、価値は増すものだと思います。
 しかし、この特定の世界を表現するということは、同時に他の人には本来見て欲しくないこと(伯父の浮気事件など)まで立ち入ることも意味します。
 この踏み込んだ表現をおじさんが見事に理解、バックアップしてくれたことでこの文集の価値が増して出来上がったともいえます。
 このおじさんの行為は、ただ「寛大」だからというものではなく、おじさん自身がこれを伝える価値や意義を感じてくれているから出来たことと思います。

 たまに遅い時間に月夜野の家にお邪魔してこの伯父伯母夫婦の話を聞きながら、原稿の打ち合わせをすることは、私にとってはとても誇りに思える作業でもありました。
 しばしば、同じ話を何度も聞かされる年寄り特有の会話に対する我慢の時間もありましたが、このメッセージを自分がどれだけ顔の浮かぶひとりひとりに伝えられるかを考えると、この関係をもてたことが自分にとってもとても大事な時間であることを痛感させられるのです。
 
 私も決して、本を作ること、増してや他人の文章を直すことなどできるような資格はないものですが、ひとりの親戚筋のものが、ビジネスベースではなく、こうしたご縁でこのような価値ある仕事が出来ることがうれしい。

 願わくば、このおばさんの文章を読んで、ひとりでも多くのひとが、「世間」を相手にすることではなく、その時々の自分と向き合うことがどれだけ価値のあることか、考えるきっかけになっていただければ幸いだと思っています。

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手作りの本

2008年04月23日 | 手作り本と表現活動


 今、私はプライベートで、叔母の書いた文を本にまとめる作業をしていて、先日ようやくゲラ刷りレベルまでこぎつけました。
 実は、私がこの叔母の本つくりの作業をするのは、今回が二度目。
 叔母にとって出版は三度目になります。
 叔母の最初の本は、きちんとした出版社から市場にも出回るかたちで出版したものでしたが、一人前の本として出した満足感こそあったものの、装丁や編集など、どうも思いどおりにいかなかったことが多く、なんとなく不完全燃焼の叔母の姿をみていました。

 そんなとき、叔母の書き散らかして溜めてあるたくさんの文章を見ていて、私はひとつのとても魅力的な文章に出会ってしまいました。
 もし、自分がこの文章を他人に見せて喜んでもらえる本のイメージとして完成させるなら、などと考え一部だけワープロ、コピーで試作品をつくってみたら、これが思いのほかいいものが出来て、叔母にもたいへん気に入られてしまいました。
 それが1枚目、2枚目の写真のものです。
 最終的には50部程度つくったかと思います。

 ストーリーは、ネコ嫌いであった叔父が、あるいきさつで家でネコを飼うことになり、それとともにそれまでの生活が一変してしまったこと。
 同時のその叔父の浮気騒動などもあり、不安定な夫婦の間がネコとの予想外のかかわりのなかでとりもたれていく経緯を書いた文です。
 赤裸々な内容もありますが、子どもや孫たちに、あるいは親しい友人にひとりの女性の生きザマを伝えるものとして、とても価値あるものがつくれた満足感がありました。

 これがきっかけで、どうしても他の文章も、本に仕上げて欲しいと頼まれてしまい、今回の話になったのですが、前回の「猫の子守唄」のようなよくできた話は、そうあるものではなく、叔母のたくさんのノートや広告用紙の裏に書いた文章の山を渡されて、半分、困ったことを頼まれてしまったと思っていました。

 ところが、
 叔母のひとつひとつの文章を校正して清書していくうちに、この文も、あの文章も、「猫の子守唄」に劣らず、どれも見事なストーリーにあふれていることに気づきました。

(そのうちに、この文章は私のホームページ上でも公開しようと思ってます)
 
 よくこうした自費出版のたぐいは、本人だけの自己満足で終わるものであったり、他人は聞きたくない苦労話の羅列であったり、ただのご立派な経歴の叙述であったりするものですが、叔母の文章の場合は、そういった雰囲気がほとんどありませんでした。
 ひとりの田舎の厳しい農家に嫁いだ女性の生きザマが見事に表現されているのです。
(もちろんすぐ作家デビュー出来るほど、商品になるようなものではありませんが)

 こうした文章は、ひとに見せると評価が真っ二つに分かれるのを感じます。
 というか、興味を持つ人と持たない人に分かれるといったほうが正しいか。
 ずっとこの叔母の文章を見てきて、その違いがだんだんわかってきたのですが、自分と向き合う生き方のできるひとは、総じてこの叔母の文章にとても興味を持ってくれるのですが、自分と正面から向き合うことをせず、組織や世間の間だけでものを見ようとするひとの場合、どうも興味を持ってもらえないような感じがします。
 学歴や肩書きで生きてきているような人には、総じて読んでもらっても、なんの感想ももらえないことが多く、見せたことを後悔してしまう場合が多いのです。

 私にとっては、出版社に依頼する仕事ではなく、直接かかわりのある親戚のこうした本の制作をすることが、次第に限りなく価値のある仕事に思えてきて、残念ながら商売にはつながりませんが、このような仕事ができることがとても嬉しく思えてきました。

 本来、出版とはこういうものなのだと思うのですが、その著者の思いがわかる人が、それに最もふさわしい表現や装丁を模索しながら、著者と時間をかけていく作業。
これは、専門家の知恵や技術があってこそ出来る領域もありますが、身近なその人を知る関係のなかでこそ、もっと手軽に様々な形態でつくられるべきものだと思います。

 では、身近な町の印刷屋さんや、出版社の自費出版部門が、どうしてそこまでしないのか?

 これは、ものすごーく手間のかかる作業なんですよ。
 
 趣味でつくる手作りの本(絵本や歌集・句集、写真集など)について、いくつかガイドブックも出ていますが、1、2部の凝った本はいろいろ出来るものですが、数十部程度のある程度の量産レベルになると、やはりあまり趣向はこらせなくなってしまいます。

その手間をかけてこそ、良いものはできるのですが、ビジネスベースではなかなか難しいですね


   正林堂店長の雑記帖 2007/8/24(金) より転載
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